「ふぅー……」
「お疲れですね、部隊長」
「ん、まあなぁ。まだまだ若いと思っても、体はだんだんと年をとっていく。少し無理するとすぐわかる、ってところやな。あーあ、若いってええなぁ」
はやてと楯無は、部隊長室で新しく六課の仲間になる少年少女、特に翔についての資料をまとめていた。
ちなみに翔たちは、忙しくなる8月を避けて、9月からの採用になっている。
「それなら、少しでも負担が軽くなるように、私も頑張らないといけませんね?」
「や、楯無、アンタが私と同じくらい働いてるの知っとるんやけど」
「やはり若さですかね?」
うらやましい、うらやましいとぼやきつつも、手元の報告書に目を落として読み進めるはやて。
「見たことのないパワードスーツの『仮面ライダー』……を2種類。見たことのない魔法の『術式兵装』。異能の力を無効化する『幻想殺し』。さらにはスタンド能力……」
「私的には、もう決まりだと思います。間違いなく、新谷航平と何か繋がりがあります」
いくら才能があったとしても、これほどまでに特異な能力、技術が1人に集結しているというのは、少し考えにくいものがあった。それについては、はやても同意見だ。
「繋がりがある、イコール仲間ってわけでもないやろ? 」
「未知の能力を使って人格をコントロールしている可能性も捨てきれません。それこそ、
「そんなこと言ったらなんでも有りやん?」
「あらゆる可能性を考慮するべきだということです。特に彼に対しては。つつけば何が飛んでくるか分かりませんから」
結局はこれからの働きぶりを見るしかないという結論に落ち着くしかなかった。
「内側にこんな爆弾を抱えても平気ですか? 部隊長の場合、『外』とのストレスの方が大きいのでは?」
「そーなんよー。やっぱり、これ以上誰かを引き抜くことは出来なさそうで……」
「やはり、スカウトしかないですか……」
「それも併せて、諸々検討中。なのはちゃんに、良い子がいたら声をかけといてって言ってあるから。後は夏のインターミドルとか、
なるべく元の、『機動六課』メンバーを集めて再設立した特務六課だったが、全員がこの部隊へ再加入したわけではない。
合計で3分の1程度。今の実質的な実戦スタッフは、はやての持つ固有戦力のヴォルケンリッター、フェイトとティアナ、そしてスバルだけだ。
なのはは教導隊との掛け持ちだ。なのは自身は六課に絞りたいと思っているが、優秀な人材をそう簡単に引き抜けるほど、各々の現場に余裕はない。ギリギリで回しているのは、何処も一緒なのだ。
それでも、今は訓練校にいるエリオとキャロの教導過程が終了すれば、六課専属になる予定だ。それでもはやてはかなり無理をした方だ。
翔たちが部隊に加われば、かなり楽になるのは間違いない
「色々と特例を貰えた分、敵も増えたなぁ。出来ればみんなで仲良くしたいんやけど」
「それが出来れば」
「苦労はしない、な?」
「差し当っては、今の事件ですね」
「上へのご機嫌取りで、押し付けられた案件やったけど、意外なところで意外なものにつながりそうな予感がするんよ」
フェイトの報告は2人で聞いた。他の場所に比べて大規模化しやすいここの犯罪の中でも、とびっきりに厄介な案件を持つことになったらしい。
2人にはその確信があった。
「軍用クローン、ね」
「まさかこの隔離された島で、そんなものを作っているなんて、ずいぶんと大胆ですよね。しかもレベル5のクローンだなんて」
「レベル5だからこそ、科学者とその買い手はこぞって飛びつくんだと思うよ。まったく、この御坂 美琴って娘はどこにいるのやら」
研究所を襲撃している犯人は、間違いなく御坂 美琴だ。国際法的にもクローンの製造、特に軍用クローンの製造は禁止されている。相手は間違いなく悪事を冒している。
かと言って、悪人には何をしても良いという訳ではない。
きちんとした手順を踏まなければ、その周りに迷惑をかけることになるのだ。
「自分で解決しようとしているんでしょう。仮にも彼女はレベル5ですから。同じ立場だったら私だってそうします。自分のクローンには、自分でカタをつけたいと思うのは自然では?」
「その前に、大人に相談してほしかったわ。ま、当分はフェイトちゃん達に任せるということで……フェイトちゃん、暴走しないといいけど」
フェイトの過去を考えると、人並み以上に、事件解決に躍起になりそうだと考えてしまう。
やる気を出すのは良いが、空回りだけはしないでほしいと切に願うはやてだった。
と、ここで、扉がノックされた。
「蛇倉です」
「どうぞー」
扉を開けて入ってきたのは六課の制服を着た男性だった。手には端末が握られている。
男性の名前は『蛇倉 正太』。数少ない特務六課から入った隊員だ。30を過ぎたばかりの好青年で、六課の事務作業を一手に引き受ける、なくてはならない人材だ。
180ほどの身長と、事務員にしておくにはもったいない立派な体格の持ち主だ。
「新しく採用された隊員について、頼まれていたものの手続きが終わりましたので、確認をお願いします」
「はいはい~」
蛇倉はもちろんはやてよりも年上だが、特に文句を言うことなく命令を聞いてくれる。蛇倉は、はやてに敬意をもって接しているのだ。
資料を見ていると、もう1度扉がノックされた。
現れたのはメイド服を着た少女だ。他の人が全員制服を着ているので、1人だけ場違いなコスプレをしているようだ。
だが少女本人はいたって真面目。メイド服も伊達や酔狂で着ているわけではないのだ。
双子のメイドの片割れ、お姉さまのラムだ。
「失礼します。お部屋の掃除に参りました」
「ん、よろしく~」
「はい。お任せください」
お任せくださいと言っているが、その働きぶりはあまり真面目という訳ではない。
デンジャラスゾンビの家にいた女の子は、様々な治療を施された。ほとんどの娘が身体的な傷よりも心の傷の方が深刻だったため、社会復帰にはまだまだ時間がかかる。
もちろん特務六課は、ただ助けて終わりという訳ではない。その後のことにも、出来るだけ力になれるように努力するつもりだ。
丁寧に対応しているからこそ、仕事が増えてしまうのだが、文句を言う隊員は1人もいなかった。
そしてそんな悲惨な目にあった少女たちの1人、いや、2人であるレムとラムは、本人たちの希望で、そのまま六課の清掃員兼雑用係として働くことになった。
2人は他の娘と比べて、デンジャラスゾンビとの接触が少なかった。そのおかげで、すぐに元の生活に戻ることが出来たのだ。
六課に保護された時にメイド服を着ていたのが効いたのだろう、部隊長であるはやては2人の申し出を快く承諾した。
「あ~、眼福や~」
「同感です」
「話が分かる男やな」
サムズアップを交わすはやてと蛇倉にため息をつく楯無。年齢の差を超えてうまくやれているのは、こういう所にあるのかもしれない。
「ほい、これ」
「ありがとうございます」
「私もこれで失礼します」
各々の仕事が終わり、部屋は再びはやてと楯無だけになる。
「やっぱり、色々とレムちゃんの方がうまいかなぁ」
「そうですね……」
四角い部屋を丸く掃除したラムと、はやての認印を貰った蛇倉が部屋を出て行った後、はやてと楯無はそう呟くのだった。
―――――――――――――――――――――
ラムは給湯室で事務職員へ持っていくお茶の準備をしていた。部隊の主要なメンバーが日本人だからか、ここでお茶と言えば緑茶だった。
人数分の湯飲みに加え、お茶請けであるおせんべいをお盆の上にのせていると、唐突に後ろから声をかけられた。
「そのお茶、俺たちの所にだろ? 持っていこうか?」
「……蛇倉」
「おいおい。いくらなんでも呼び捨てはまずいだろ」
背後から気配もなく現れた蛇倉。入り口をふさぐように立っている。まるでここを通さないと言うかのように。
「結構よ。これはラムの仕事だから」
「ふーん。そうかい」
蛇倉は初めからそんな問答に興味はなかったようだ。不愛想を通り越して冷酷とも受け取れる口調でも、浮かべた笑みには微塵の揺らぎも見えない。
手早く準備を済ませたラムはお盆を持った。
「お茶が冷めるわ。どいてもらえないかしら」
「そう急ぐなよ。俺はちょっと冷ました方がうまいと思うぜ?」
ラムは深いため息をついて一度お盆を下ろした。腕を組み、おおよそ使用人とは思えない不遜な態度で話の続きを促す。
「別にそんな難しい話をするつもりはないんだけどな? ちょっとした世間話をしたいと思ってるだけだよ」
「……私は、あなたがここにいるのが驚きよ。しかも何? 蛇倉なんて安直な偽名を使って」
「ま、信用ないか、俺は」
「当たり前よ。だってあなた―――イ・ウーのスパイじゃない」
「まあな」
いともあっさりと認める蛇倉。他の部隊員がいれば腰を抜かしているだろう。蛇倉はそんなヘマはしないが。
「ずっと見ていたけれど、あなたにしてはまじめに働いているわね」
「ああ、だからあんなに俺を見てたのか。熱烈なラブコールかと思ったよ」
「……次にそんな冗談を言ったら、これを顔面に投げつけるわ」
「やめろやめろ!」
湯飲みをもって脅すラムに、蛇倉は大げさなリアクションを取る。
「目的、目的ねぇ……正義の心に目覚めたってのはどうだ?」
「最初に会った頃から思ってたけど、やっぱり食えない男ね……そんなこと微塵も思ってないでしょうに」
「そんなことはないって。あの教授がくれた身分だけあって、偽装は完璧だ。ここの優秀なスタッフがだれも疑わないくらいにはな。晴れて将来安泰、高給取りの管理局員だ」
俗な欲望だ。だが、言葉には続きがあった。
「ま、世界の平和には全く興味が無いけどな。暇つぶしに、ちょっと教授の言う事を聞いてるだけ。ここにいれば刺激的な事件には事欠かないからなぁ」
「あなたらしいと言えばあなたらしいわね。そういう所、分かりやすく野蛮で。教授もよくもまぁ、あなたみたいな男に任務を任せるものね」
各々が自分勝手に目的を持つ『イ・ウー』で、他人の命令を聞いて何かをする人間というのはとても珍しい。
蛇倉のようなヤツに命令しなければいけないというのが、人材不足を物語っていた。
「別に、俺の役目は特に重要じゃないんだろ。六課の情報を流せって言われてるだけだが、いくら怠けても、いつ裏切っても教授には痛くも痒くも無いんだろうさ……それで?」
「何よ」
「おいおい。俺だけにしゃべらせて、自分からは何も無しか?」
今度はお前の番だと、顎でしゃくっている。
「貴方からしゃべりかけてきたんでしょう?」
「俺は驚いたけどな。お前と妹がココで働くことになるなんて。少しばかり焦っちまったよ」
蛇倉はかまわず話をつづけた。
ラムとは面識があった蛇倉だったが、まさか六課に保護されてそのまま同僚になってしまうとは思わなかったのだ。
「……都合が良かったのよ。この世界のことを私達は知らなすぎる。私はこんな体だし、無償で保護してくれるお人よしっていうのは。ここが無くなるのは困るわ」
「さっきも言った通り、この部隊をぶっ潰そうなんて考えはないから安心しな」
「それは良かったわ」
「ん?」
「―――あなたの目的がここを潰すことだって言うなら、ラムも色々と考えないといけないところだったから」
ラムの目つきが一段階鋭くなる。
「おいおい。あんまり俺の心を揺さぶらないでくれよ。何をしてくれるってんだ?」
「はっきり言ってちょうだい。場合によっては、あなたのことを部隊長に報告するわ」
「何もしない。少なくとも今はな。それに、俺たちが争っても得する奴はいないと思うぜ?お前も、せっかく見つけた都合の良い場所を、俺とのいさかいで無くしたいのか?」
「……」
強気に出ていたラムだったが、睨みつけるだけで口を開かない。開けないのだ。プライドの高い彼女は、それを態度に出すことは無い。
この世界に召喚された女の子であるラムにとって、六課のようなお人よしの庇護下にあるというのは、都合が良いことこの上ないのだ。
そしてその六課が、不安定な綱渡りをしていることを、ラムは知っていた。
だから、派手なことをして弱みを作るわけにはいかない。
「ああ、それとなんだけどな。俺だけじゃなくて教授も、特務六課を潰すつもりは全然ないみたいだぜ。むしろ無くなったら困るって感じだな」
「……そう」
後ろから、他の事務員の声がした。
「あ、蛇倉さん。ちょっといいですか?」
「おう! 待ってろ、すぐに行く! ……それじゃあな。これからもお互い、なるべく無干渉で行こうか」
「長話だったわね。せっかくの飲み物が冷めてしまったわ」
「悪かったって。謝るよ」
軽く手を上げて、その場を後にする蛇倉。
そんな背中に向かって、ラムは独り言を投げかける。
「あなたが言った事、1つだけ共感出来るわ。私も世界の平和なんてものに興味はない。私たちが……いいえ、レムだけでも、平和に暮らしてほしいだけ。自分たちのことしか考えていないのは同じよ」
蛇倉は聞こえていたのか、いなかったのか、特に反応することなく管理局員のロールプレイに戻っていった。
「姉さま? どうしました?」
準備に時間がかかりすぎたためだろう。蛇倉と入れ替わりで、ラムの妹であるレムが様子を見にやってきた。
レムもラムと同じメイド服を着ている。双子であるため瓜二つ。見分けるポイントは髪の毛の色ととある部分のボリュームだ。
「なんでもないわ。すこし、物思いにふけっていたの。お茶を淹れ直すわ」
「あ、レムも手伝いますっ!」
2人そろって準備したお茶は、それはそれは大好評だったという。
給仕を済ませたラムの視線は、笑顔でお茶をすする蛇倉に向けられたままだった。