「よっと。お邪魔します、クローディア」
もうすっかり慣れた手つきで、クローディアのマンションの部屋の鍵を開ける。
今回の行動をするにあたって、クローディアには合鍵を渡されたのだ。実験の話を外でするのは、少々危険だ。どこかのお店では、周りの誰が聞き耳を立てているのかわからない。
だったら、一番安心できるのは自分たちの家だということで、作戦会議や状況確認はクローディアの部屋で行うようになっていた。
俺の家がダメな理由は言うまでもないので割愛する。
そんな訳で、ここ1週間、この部屋には毎日のように足を運んでいた。今日も予定されていたすべての研究所を破壊し、明日の確認のために立ち寄ったのだ。
時刻はもう夜中の2時。毎日こんなに遅い時間まで付き合ってくれるクローディアには、感謝しかない。
「……ん、クローディア?」
返事がない。
いつもなら俺が扉を開ければ返事が返ってくるんだけど。どこかに出かけているんだろうか……こんな時間に?
「まさか、な……」
俺は意識を切り替えて進んでいく。
研究所を襲撃しだしてから今日で8日になる。破壊した施設はすでに両手両足を使っても数えきれない数だ。8日もあれば、俺が誰かを特定して暗部の誰かが襲いに来てもおかしくはない。
協力者であるクローディアも十分に狙われるレベルになっているだろう。
普通に扉を開けて声を出してしまったので、部屋に誰かがいた時には気づかれてしまっているだろうが、それでも恐る恐る足を進めていく。
一番広い部屋。いつも話し合いをしているリビング的な部屋に出る。
そこでは――――クローディアが机に突っ伏して寝ていた。
怪我をしている様子はないし、単純に眠っているだけみたいだ。横になっていないからか、あんまり夢見が良さそうではないな。少々寝苦しそうにしている。
机の上には資料の束と、開かれたままの端末、それとクローディアのデバイス(魔法を使うための物)が置かれている。
珍しいデバイスだ。厚さ5センチ程度、手のひらに乗るサイズのひし形に、目のような装飾が施されているもの、それが2つある。同じ形状で色違い。2つで1つになっているんだな。
やっぱりこの時間だ。眠たくなるのはしょうがない。でも、明日の確認もある。疲れているところ申し訳ないが、少しだけ頑張ってもらわないと。
「ごめん、クローディア。ちょっと起きてくれ」
少しためらいつつも、肩を揺らした。それに布団で寝なければ、風邪をひいてしまうかもしれないし、寝違えてしまえばつらいだろう。
肩をゆするとすぐに反応があった。眠りはそこまで深くないみたいだ。
「ぅ、ぁ、ん……っ?」
まつ毛がかすかに揺れ、
「――――――」
「ッ!?」
次の瞬間、俺はとっさに身を引いていた。
俺の動きについて来れなかった前髪が、少しだけ短くなる。
俺が足を後ろに下げた時には、すでにクローディアの二の太刀が迫っていた。
「ちょ、ちょっと……!」
斬られる前に、ACT3の爪弾の回転の中に避難する。
距離をとって仕切り直そうかと思ったが、そう甘くなかった。
「うわ、ぁっ!?」
回転から出るタイミングが完璧に合っていた。位置をずらし、タイミングをずらしたはずなのに。あと少しで胴から首が離れているところだった。
クローディアには殺気というものが全く感じられない。だが、狙いは的確かつ躊躇が無い。それどころか、俺の動きを先読みしたかのように、刃を繰り出してくる。
ひし形のデバイスは起動状態となり、柄と刀身が現れている。先ほどから俺を狙っているのは、この双剣だ。
刀身は半透明の魔力ブレード。2つの軌跡が、俺を追い詰めていく。
「ちぃ……!」
反撃をしないまま逃げに徹していたが、とうとう壁まで追いつめられてしまった。もう反撃するしかないか……!
「クローディアッ!!」
「っ!? あ、しょ、翔……!? ぁ! ご、ごめんなさい! 私、なんてことを……!」
間一髪で、動きが止まった。
振り上げられた2刀が何かに縛り付けられたように空中で止まり、クローディアの指から力が抜けると同時に重力に従って地面に落ちた。
ようやく正気に戻ったのか、目に生気が宿る。表情の抜け落ちていた顔に赤みが差し、状況を理解すると同時に青くなった。
「とりあえず、武器を下げて。落ち着いて話を聞かせてくれ」
これは、まだまだ寝る時間にはならないみたいだ。
確信を持ってそう言えた。
―――――――――――――――――――――――
いつものようにテーブルにつく俺達。目の前には淹れたばかりのティーカップが並べられている。
ここまで準備を整えれば、いつもなら快活にしゃべりだすクローディアだったが、この日は流石に違った。思案顔で俯いている。
わざわざこうして向かい合って座ったのだ。ましてはクローディア。自分の中で色々とまとめてから話始めてくれるんだろう。下手に急かさずに待った方が良い。
「ふぅ……」
その考えは正しかったようだ。
上げられた顔は真剣そのものだ。本題に入る前のからかうような表情は無い。
「先ほどは申し訳ありませんでした」
「ああ。しっかり説明をしてくれるんだろ?」
「もちろんです」
本人の意思ではなかったようなので、襲われたことは気にしていないが、理由だけははっきりとさせておきたい。本人には心当たりがあるみたいだしな。
「私の持つデバイス―――『パン=ドラ』は、
アスタリスクのキャラクターたちが使う武器は、
光線を出したり、剣を作り出したり、作品の超常的な現象を引き起こす重要なアイテム。
その中でも、純度が高いマナダイトである『ウルム=マナダイト』を使用しているのが
だが1つ1つが特殊かつ強力な能力を有している、まさに主要メンバー御用達の武器なのだ。
そんな
まずマナダイトという素材が存在しない。なので、ウルム=マナダイトも存在しない。
また、明確に開発者がいる。それは『インフィニット・ストラトス』の登場人物、『篠ノ之 束』だ。
正直言って篠ノ之 束は、存在していてほしくなかったと言いたいレベルの人物。なるべく相手にしたくない人物筆頭と言っても良い。その気持ちは、
この学園島の技術者ですら作ることの出来ない品々を作り出し、無責任に世に放つはた迷惑な『天才』。や、『天災』といったほうが正しいだろうか。
そんな『天災』の作品である
既存のパワーバランスを壊してしまうレベルの大発明だ。
1年ほど作られ続けた
篠ノ之 束がしているのはどこまで行っても趣味。どんなに目の飛び出るような研究であっても、飽きてしまえばそれでポイ、だ。
そのため、数に限りがある。モノによっては、かなり中途半端なモノもある。
もっと研究を続けていれば、使い手を選ぶというデメリットが無くなり、誰もが
溢れる才能を思うがままに振りかざしているのだから、世界は次の篠ノ之 束の行動に、希望よりも不安を抱いている。
各国はそんな篠ノ之 束の作品を確保するのに躍起になっている。解析することで、さらに発展させようとしているのだ。うまくいった例は全くないが。
話が長くなってしまったが、そんな貴重な
わざわざその話をするということは、
次なる質問は少々予想外のモノだった。
「翔、あなた死んだ経験はおありですか?」
「や、流石に……」
別にこの世界に来る時に死んだわけじゃないしな。
俺の反応が期待通りだったのか、クローディアはクスクス笑いつつ話をつづけた。
「私はすでに1200回以上死んでいます」
「ふむ? ゾンビにしては健康そうに見えるな」
「まさか、本当に死んでいるわけではないんですよ。私の
未来視。未来予知って奴か。
そしてその代償が――――自分の死を、味わう。
「私は眠るたびに、いつか来る死の瞬間を味わい続けているんですよ」
つまり、眠るときに見る夢はすべて悪夢だという事か。
「この子のいやらしいところは、一度として同じ死に様を見せてこないところです。病死、事故死、凍死、焼死、圧死、自殺、誰かに与えられる死。可能性は無限にある、って本当によくできた言葉ですよね。考え付くあらゆる死に方を、私は経験してきました。それがどれも、まったく違うものです。同じような死に方はあっても、同じ場面はありません。一番ヒドイものですと……いえ、やめておきます」
わざわざ口に出して、嫌な空気にする必要は無い。この場で必要な情報はもっと別のことだ。
「未来視という破格の能力を与えてくれるにもかかわらず、使いこなせる人、使いたいという人がいなかったのはこのためです」
「そりゃ、毎晩自分が死ぬところを見せつけられてたら、おかしくなっちまうよな」
リゼロのスバル君もびっくりだ。
「常人なら、手にして3日も持たないそうですから」
「クローディアは平気なのか?」
「意外と慣れてしまうものですよ?」
「……スバルは何度死んでも慣れないけどね」
「すばる……? どちら様ですか?」
「や、同じような特殊能力を持ってる、小説のキャラクターだから」
似てないか? まあ、スバルの『死に戻り』も実質的な未来視みたいなもんだし。自分の死を味あわないといけないところとかは同じだな。現実で死ぬか、夢の中で死ぬかの違いはあるけど。
「あら、残念です。もし実際にいるのなら、良いお友達になれそうなんですけれど」
「クローディアとは少しタイプが違いすぎるような気もするけど、な」
っていうか、スバルはこの世界にはいないんだよな。まあ一般人だし、この島にはいないのかな。
「こういうデメリットはありますが、夢の中ではかなり自由に動き回ることが出来るんです。どうせ最後には死んでしまいますから。少し危険な捜査をして、無理やり情報を集める……そうして集めた情報を翔にお渡ししていたんです」
「そう、だったのか……」
しかしランダムな夢で、よくもまあ今回の事件の情報をピンポイントに集められるもんだな。
「言ったでしょう?
「最悪だ……」
しかし、パン=ドラが無ければ、そもそも情報を集めることすら出来ないのだ。1人だけで情報収集から実行までできている御坂美琴は、やはり別格なのだ。
「そして夢を見ているとき、外部からの接触で、一種の夢遊病のような症状になることがあります。死ぬ寸前、必死で抵抗している体の動きが、表に現れてしまうんです。なのでなるべく1人で寝るように心掛けているんですけれど……」
今回は俺が入ってしまったというわけか。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「や、そういうことならしょうがない。こっちこそ、無理に起こそうとして済まなかった」
クローディアはパン=ドラを受け入れ、俺はパンドラの力を必要としている。今はそれで良い。今は。
この話はここで終わり。ここからは仕事の話になった。
「残りの研究所、私が夢で仕入れることのできた情報では、残り2つです。しかし、今回はどちらに御坂さんが来るのか分かりません。確率的に、確実に御坂さんと鉢合わせすることになります」
「とうとうか……」
超電磁砲。レールガンの御坂美琴か。第3位の超能力者。敵対することになれば、甘く考えれば、簡単にやられてしまう相手だ。
「勝負は明日。明日の結果次第で、何か状況が動くことになります」
「ああ。明日は気合入れるよ」
そこから、俺達は細かい作戦会議に移ったのだった。
―――――――――――――――――――――――
薄暗い研究所、5人の研究者が作業をしている。その様子は慌ただしい。ここは『妹達』実験の中枢。連日飛び込んでくる報告は、関連研究所が次々と襲われているというものだ。
実験自体は順調に進んでいるが、各方々からの悲鳴で大混乱になっているのだ。
そんな火事場に、白衣を着た2人の人物が入ってきた。
1人は美しい女性だ。流れるような金髪に、白衣の上からもわかる凹凸のある体。埃臭い部屋の中でPCに向かうよりも、流行の服を着てカメラを向けられるほうが似合うだろう。
もう1人はそれとは対照的な老人だ。腰が曲がり始め、髪も薄くなり始めている。年齢的にはもう定年を迎えてもおかしくはない。だが不気味に渦を巻く眼球が、ただものではないことを知らせている。
「皆さん、進捗はどうですか?」
「木原博士、ルナティーク博士……!」
「そんなに慌てなくても、御坂美琴のことは気にしなくても大丈夫ですよ」
「ですが御坂美琴に加えて、正体が掴めないインベーダー。さらには管理局まで嗅ぎつけ始めていますが……」
若い研究者が言いにくそうに発現する。
「ええ。ですが問題ありません。いくら研究所を潰されようとも、痛くも痒くもない。彼らが行っていたのはしょせん雑務ですから」
「ワシらの頭脳さえ無事なら問題はない。だが、フム、そうじゃな。管理局はワシが何とかすることにしようかねぇ」
圧力をかけて捜査を遅らせる。いつまでも妨害することは出来ないが、インベーダーを抹殺するくらいの時間は稼げる。あとは適当な相手を犯人にしてしまえば、それで終わりだ。
「御坂美琴に対しては、適当な部隊を配置しましょう。相手は第3位の超能力者……でしたら、やはり『アイテム』をぶつけるのが良いですね」
「ああ、第4位では必勝とはいかんが、近頃反抗期の第2位よりも確実に仕事をこなしてくれるだろうからねぇ。だが、表立って御坂美琴が狙われたとあれば、都合が悪いこともわかってるよね?」
「そうなってしまえば隠蔽にも無理が生じますからね。もちろん、抜かりなく」
そう言う女性の手には、赤と青2色の、時計型の『何か』が握られていた。