《気を付けてくださいね。翔の入ったところとは別の入り口から、侵入者がいたようです》
「御坂が来たって事か」
《確定ではありませんが、可能性は高いですね》
俺は現在、目標の施設に無事侵入し、ルートを確認していたところだ。今回ははっきりとした工業というわけではなく、工場とビルが合体したような建物だ。一番下には様々な機械が並べられた簡易的な工場、その上にデータを管理する施設がある形だ。
目的地はここの一番上。別にそれは問題ない。
だが、施設は不気味なほどに静まり返っている。ガードマンどころか、警報1つならない。外から見たときには、上の階が明るかった。上には人がいるってことなんだろうけど、だったらこの無防備さは何なんだ?
御坂の対策でそっちに全員が出払っているのか? でもここまですっからかんになるっていうのは……
「っ!?」
《どうしましたか?》
俺が息をのんだのが伝わったのか、それとも今の轟音がマイク越しに伝わったのか。
「御坂が来てる……こっちでも確認した……ッ」
爆発、轟音。断続的に続いている。特に爆発が鳴りやまない。この施設が耐え切れなくなるんじゃないのかと思うくらいだ。
《どうしますか?》
「音の方向は分かる。向こうに上の階に続く階段があるんだ」
流石の俺も、高層ビルの壁を登りきる自信はない。
「行くしかないだろ」
俺は戦闘への参加を決意した。
―――――――――――――――――――――――――――
一方、こちらは御坂美琴。自前の端末と能力を使い、目的のものがある場所を割り出していた。
「ここの最上階か。何事も無ければいいけど……」
協力機関が残り少ないのは、御坂だけではなく相手―――今回の実験の首謀者も重々承知しているはず。そして、いままでの防衛設備では全く無意味であることもわかっているはずだ。
「そうは問屋が卸さないわよね……!」
だとすれば。今までとは違う、新しい防衛策を講じていてもおかしくはない。
それでも進むしかない。
美琴は物陰から一気に走り出した。
開けた場所に出た瞬間、
「ッ!?」
天井が切り裂かれた。
建物の天井が、あみだくじのように走った火によってバラバラになり、美琴の頭上めがけて降り注いできた。
「そりゃそうよね……ずいぶんとレベルが上がった気もするけど、っと」
対する美琴の顔に焦りはない。
降り注ぐ瓦礫が、まるで彼女だけを避けているかのように、不自然な空間を作る。その中心に立つ美琴には、埃しか当たっていない。
その様子を物陰から見ていたフレンダは驚愕していた。
(一つも当たらない? 磁力で落下物の軌道をずらしたの? ふーん、電気系の能力者って情報は確かみたいね)
彼女の右手にあるのは、修正テープだ。一般的なモノよりも少々大きいが、形はそのまま。それを壁に押し当てて、白いラインを引いていく。
修正テープのように見えたこれは、この島で作られた小型の導火線を引く道具だ。
(よし、っと。本来はドアや壁なんかを焼き切るための道具なんだけど……)
続いて取り出したのは、アイスピックのような形状の器具。だが針の部分が少し曲がっている。小型の発火装置だ。
「ほい」
それを白いテープに押し付けた。すると、先ほど天井を分解した赤い光が、かなりの速度で白いテープを伝っていく。
その先にいるのはもちろん美琴だ。
地面を高速で這いずり回るその姿は、炎の蛇を思わせる。
「ッ!」
とっさに身を浮かせ、回避する。炎自体はそれほど大きなものではない。軽く飛び上がれば、回避は余裕だ。
だがそれは、彼女を狙ったものではなかった。
(あれ、は? あれは……ッ!!)
炎の行き先を目で追っていた美琴は、この場にそぐわない不自然なものを目にする。
(にんぎょ――――)
地面を走る炎は人形を真っ二つに焼き切り―――直後に爆発した。
「うッ!!」
高熱が肌を撫でる。磁力と電撃を操れても、迫りくる熱風は防ぐことが出来ないのだ。
「爆弾!?」
慌てて辺りを見ると、そこかしこに同じような人形がゴロゴロと転がっていた。
「どうしてこういう連中は……!」
そして後ろから迫る5つの炎。デモンストレーションは今ので済ませたとばかりに、美琴に迫ってくる。
「ぬいぐるみの中に爆弾を入れたがるのかしらッ!!」
前髪から火花が散った。
「このッ!」
鉄製の部品が組み込まれた壁の破片を操作し、地面を走る導火線の炎の上に叩きつける。炎は瓦礫に阻まれて爆弾まで届くことは無かった。
じっとしていてはいい的だ。御坂は瓦礫の操作をそのままに走り出した。
電撃は相手を射抜く矢にはなっても、爆風から身を守る楯にはならない。だったら、盾を持ち歩くまでだ。幸い、磁力で操るため重量は関係ない。
「あらかじめ部屋に仕込んだ導火線で発火させてるのか……」
走りながらも冷静に現状を分析する美琴。天井や陰に走る白い模様。壁だけでなくドアにもある。
ふと、横目で盾にしている瓦礫の状態を確認して、目を見開いた。
「(瓦礫に爆弾が挟まって――――) このッ!!」
反射的に瓦礫を遠くまで吹き飛ばした。壁に突き刺さったところで起爆する。
「っう……!」
爆弾によってのけがはなかったが、衝撃で尻餅をついてしまう。
「動きが読まれてる……? アタシが電撃使いだってことも、とっくにばれてるってことか……!」
その通りだった。
そして獲物を誘い込んだ狩人が、攻撃の手を止めることはない。
尻餅をついたままの美琴に迫る2つの炎。
(やば――――)
周りを見て盾になりそうなものを探すが、もう間に合わない。
動かせそうなものが無いのなら、自分が動けばよい。何でもよいからと奥にあるものに磁力の手を伸ばす。そして繋がった瞬間に、全力で引っ張った。
「い、った……!」
爆発は回避することが出来たが、自分と磁力のケーブルを結び付けた鉄製の壁に、壁が少しへこむくらいの勢いで、思い切り体が叩きつけられてしまう。
「磁力を最大にしての緊急脱出、これだからあんまり使いたくなかったんだけど……っ! それより相手はどこに……」
レベル5の御坂美琴がいまだに反撃に転じることが出来ない。
先ほどの場所からだいぶ離れたが、ここの床にも白いテープは張り巡らされている。もちろん人形もだ。
だが、張るタイプとは言え導火線だ。とすれば、
「これを辿れば……!」
敵にたどり着くことが出来る。
床に気を取られていたせいで、上への警戒がおろそかになっていた。
気の抜けるような、ロケット花火が点火したような音。
美琴に迫ってくるのは2発のロケット弾だ。
(もう1回、緊急脱出を……!)
だが火花とロケット弾の速度では、後者が段違いに速い。美琴の思考も遅かった。
「ッ!?」
その瞬間、美琴とロケット弾の間に割り込む影があった。1秒の間も無く、ロケット弾は着弾した。
(さてさて、まともに当たったように見えたケド――――)
爆炎が無くなると、座り込んだ美琴の前に、無骨な駆動鎧が立っていた。
(うげぇ、もう1人が合流したって訳ぇ? こんないいタイミングで……絶対殺れたと思ったのにぃ)
物陰からその様子を見ていたフレンダは、舌を出しつつ、しかめっ面になった。
(しかも直撃で全くの無傷って、どういう絡繰りがあるんだか)
考えつつも奥へ、新しい仕掛けを作りに行く。
一方、美琴と駆動鎧―――翔は。
「大丈夫か、御坂!?」
「は……? ア、アンタ、どうして……!?」
助けに入った翔を見て、一瞬何が起きたのかわからなかった美琴だったが、流石レベル5の優等生、すぐに答えを出す。
「なるほどね……あんたがもう1人の襲撃者だったわけか」
「詳しい話は後にしよう。目的は一緒だ」
「……わかったわ。後でキチンと説明しなさいよ」
翔と美琴がそろえば、多少のトラップなど、物の数ではなかった。
そうして進むと、やがて上と続く階段が見えた。そこには1人先客がいた。階段の上。長い髪、ベレー帽の少女が、一瞬こちらを振り返り、にやりと笑った。
「あいつか……!」
「ああ……!」
この時翔は、今回の相手が誰なのかを完全に理解していた。
敵を見つけたなら攻撃するものだ。美琴はすぐに雷撃を放つが。
「っち! 鉄骨が邪魔か!」
電撃が鉄骨に吸われるせいで、相手まで届かないことに歯噛みする美琴。もっと威力を上げればそんなのは関係ないが、美琴は別に人を殺したいわけではない。
(後々ちょっかいを出されても面倒だし、先に片づける!)
少しでも情報を引き出すためには、気を失う程度よりもさらに低出力の電撃を食らわせる必要がある。喋ることが出来ても、満足に動けなくなる程度の威力のモノをだ。
「ちょ! おい待てって!」
キンジの銃技ならば、ここからでも撃ち抜けるかとも思ったが、残念ながら相手との距離が離れすぎている。拳銃は意外と遠くまで狙える武器ではないのだ。技術でもカバーしきれないものがある。
仕方なく走る美琴を追いかけ始める翔。
その様子を上から見ているのはフレンダだ。
「まったく、派手にやってくれちゃって。いつものリモコン式なら、あの時やれてた気もするけど、このレベルの電撃使い相手じゃ、逆に支配されてたカモ。結局、『これ』が正解かぁ」
フレンダが言った瞬間、階下で爆発音が響いた。
通路に張った糸を切ると爆発するという古典的なトラップだ。導火線の火という前兆もなく、電波も出ていないので探知も出来ない。これなら倒せる、はずだったのだが。
(ウソ!? 陶器爆弾を一蹴!?)
物陰に隠してあった爆弾は、単純な爆風だけではなく中に仕込んだ陶器の破片をバラ撒くタイプのものだ。念動力で防いでいると思っている(フレンダはそう思っている)翔と違って、美琴は盾を持っていなかった。十分に効果があると思っていたのだが。
(今まで相手にしてきた能力者とはレベルが違うかも……っ!)
始めて冷や汗を流し、フレンダは階段を上っていく。
「逃がすか!」
必勝を考え、立ち止まっていたフレンダとの距離はもうない。
「直接か間接かは知らないけど、実験に加担する奴は―――許さない!」
美琴が会談の真ん中まで登ったときには、フレンダはすでに一番上にいた。そのまま逃げるのではなく、振り返って自らの体を抱いた。
「ああ! まずいわ! 捕まったら八つ裂きにされちゃうかも!」
素人でも『誘っている』とわかるくらい、見え見えの挑発を行うフレンダ。
だが、お互いを遮るものは何もない。美琴は前髪から火花を散らし―――
「くす……なぁぁぁんちゃって!」
それより先に、フレンダの仕掛けが発動した。
階段全体に、赤い炎の蛇が這いずり回る。
天井と同じように、バラバラに分解される階段。
「あ……」
突然の浮遊感に襲われる美琴。
ここの高さは10メートル程度。美琴に襲い掛かるのは位置エネルギーに加えて、降り注ぐ多数の鉄片だ。
「よし! 結構ギリまで惹きつけたから、結構な高さだった訳よ! これならいくら高位の能力者、で、も―――」
「はッ――――」
この展開を予知していたかの様に、翔の体は動いていた。
一瞬身を屈める。すると体の周囲がラムダ・ドライバの発動により、陽炎のようにゆらめく。
瞬きの瞬間に翔は美琴を抱きかかえていた。見えない空中を蹴り、そのまま階段の上へ。だが、巨大な鉄片が迫っている。
「ハァッ!」
殴られた部分が大きく凹み、軌道が無理矢理変えられる。もはや何の障害も無い。
難なく着地した2人にフレンダは、
「何それズルすぎ……! 逃げないと――――」
思わずそう漏らした。
「逃がすかっての!」
「ふぎぃ!?」
雷速の槍を、生身の人間が躱せる訳がない。
絶妙な力加減で放たれた美琴の雷撃は、フレンダの体を完全に捉えた。
まさにカエルが潰れたような声を出して、地面に沈むフレンダ。走り出そうとしていたため、お尻を突き出してうつ伏せという何とも無様な格好だ。
「アンタね。別に助けなくてもよかったわよ。あの階段、鉄で出来てたから、私の能力があれば落ちなかったんだから」
「そんなの分からないだろ。結果的に無傷なんだからいいじゃないか」
「ま、一応お礼を言っておくわ。そもそも―――」
言い争いしている間に逃げられないものかと、もがくフレンダ。
「―――ともかく。アンタには色々と聞きたいことはあるわ。本当に色々と! でも、まずはこっちよね」
「ああ。そうだな」
美琴と翔はそろって顔を向ける。
電撃によって、いまだに手足の先をピクピクとさせているフレンダは、自分がいかに分の悪い勝負をしていたのか、今更ながらに理解した。
しかし、理解してももう遅い。
フレンダの戦闘スタイルは、爆薬を使った良くも悪くもド派手なものだ。一応対人格闘術を学んではいるが、この2人に対しても武器としては心もとない、というよりも役に立たないだろう。
(ううっ~……どうしようどうしよう! ひょっとしなくても私、大ピンチな訳!?)
内心では焦りまくっているフレンダだったが、顔には出せない。電撃のせいで、引きつった笑み程度にしか動かすことが出来ないのだ。
「こうしてしっかりと妨害されたのは初めてだからね。どう見ても堅気の人間じゃないわよね、あんた。アタシよりも年下っぽいのに、能力者と戦いなれてる」
「おまけに武器の爆弾も。あんな量、そうそう用意できるもんじゃないだろ(や、まあ、フレンダなんだから、当然っちゃ当然なんだけど。となると、どこからアイテムが出てきてもおかしくないな)」
翔は目の前のフレンダよりも、周りにいるであろう敵に意識を割き始めた。フレンダへの尋問は、美琴に任せることにしたのだ。
「あんたにはいろいろと聞きたいことがあるわ。計画について知ってること、洗いざらいしゃべりなさい。主導してるメンツは? あんたを雇ったのは?」
(や、そういう情報は知らないし……っ!)
何とか体を起こして美琴と対面するフレンダだが、まだまだ体が自由に動く段階ではない。
「そもそも、アンタ1人なの? ほかに仲間がいるんじゃない?」
(はっ! 仲間を売るなんて、そんなこと出来る訳が―――)
視界が真っ白になるほどの閃光が、2人の間で迸った。いくら出力を押さえたとしても、その一撃は落雷と称して問題ない。精密なコントロールで、フレンダの足元が抉られていた。
「喋らないってんなら―――」
(違う違う! 痺れてるせいでまともにしゃべれないんだって!!)
(気の毒に……)
コロっと心の態度を変えるフレンダ。
フレンダの心を読めるわけではないが、翔はフレンダを慮って合掌していた。
「「ッ!?」」
一瞬で壁が赤熱化。融解する。そこからビームとしか形容できないモノが俺たちに向かって迫ってきた。
翔達のいた場所、正確には美琴のいた場所が撃ち抜かれた。ビームの勢いは衰えず、そのまま反対側の壁に着弾する。ビームが止まると、綺麗な穴が開いていた。
「あらら? あんまり静かだったから、てっきりやられちゃったと思ったけれど」
最初に開けられた穴から、女性の声が聞こえてくる。
何も持っていない、服も何ら特別なものではない。だが、いまだ高熱で赤くなっている大穴を、何のためらいも無く跨ぐその姿は、どう見ても一般人ではない。
「むぎにょー!」
「来たか……」
フレンダは歓喜の声を上げ、翔は唇を噛む。
「危機一髪だったみたいねぇ―――フレンダ?」