「あんまり静かだったから、てっきりやられちゃったと思ったけど」
この場にはそぐわないヒールブーツを鳴らしながら、俺達へと近寄ってくる女性―――麦野 沈利。
同じレベル5の御坂の顔を知っているのかは知らないが、その歩みに迷いはない。絶対的な自信に満ち溢れている。
フレンダはこの援軍に涙ぐんでいる。
フレンダのすぐ横まで歩いた麦野は、やれやれといった具合にしゃべりだした。
「全く、私らが到着するまでは足止めに徹してろって言ってたのに」
「っぁ……」
「深追いした挙句、返り討ちにあって捕まっちゃうなんて……撃破ボーナスに目がくらんだからって、何やってんだか」
フレンダから滝のような汗が流れる。裏でどんなやり時があったのかは分からないが、ぐうの音も出ないほどの正論なんだろう。
麦野のインパクトがすさまじかったからか、それとも麦野に比べて格好が地味だったからか、これまで一言もしゃべらずに後ろをついてきた少女が、今更ながらに視界に入る。
そのまま街を歩ける格好である麦野とは対照的に、ピンクのTシャツにジャージという年頃の少女が人目にさらすには少々ラフすぎる格好。顔は整っているが眠たげな印象、というよりも半分閉じたような瞼で、色々と台無しになってしまっている少女だ。
「大丈夫だよフレンダ。私はそんなフレンダを応援してる」
「(『そんな』って何、そんなって……)
彼女の名前は、滝壺 理后。麦野の立派な仲間だ。
彼女たち―――麦野 沈利、滝壺 理后、フレンダ=セイヴェルン、そしてここにはいない絹旗 最愛の4人―――は、『とあるシリーズ』に登場する暗部組織の1つである『アイテム』のメンバーだ。
暗部組織とは、後ろ暗い任務を行う集団のことで、様々な事情(人質や、他に行き場所が無い、自ら望んでなど)で集められた人たちの事で、まあ言ってしまえば、良いことをする奴らではない。
この世界ではどうなっているのかまだわかっていなかったが、この様子を見る限り、その辺りは原作と大差ないようだ。
だが、御坂にそんなことは関係ない。
明らかに増援で、あの強力な能力。御坂も薄々気が付いているのかもしれない。目の前の女が
そんな美琴の攻撃は初手から苛烈だった。
磁力を使って手近な鉄片を投げつける。文字で書いてしまえばそれだけだが、ちょっとした交通事故並みの暴力を初手でお見舞いした。
「おっと」
対する麦野は軽い調子で、右手を前に出した。
麦野に衝突したかに見えた鉄片は、崩れるようにバラバラになる。
「で、あんたらが噂のインベーダーで合ってるわよね?」
「御坂、後退しよう。正面から撃ち合うのはマズイ……!」
「そうね、あの女の能力、普通じゃないわ……!」
だが、相談する暇なんて与えてもらえるわけがない。
「あ、あはははは、あははは――――! ここまで来て逃げる相談か!!」
壁をぶち抜いたときと同じ光が麦野の胸の前で収束し―――俺達2人に向かって放たれた。
「「ッ!!」」
ギリギリのところで回避する俺達。
御坂は同じように鉄片を投げつける。俺も援護として銃弾を放つがまるで効果無し。光線と同じ光が薄く、丸く、麦野を守る盾のようになることで、そこにあたった鉄片は残らず消滅する。
「ふーん、パワーは結構あるみたいね。でも無駄よ。いい加減理解しなさいな。そっちのあんたも。拳銃なんて無意味だから」
「っ、コイツ……!」
「まぁ、そうだろうな……!」
俺達は2人そろって歯噛みする。
「滝壺」
そう言って麦野は後ろにいる滝壺に何かを投げ渡す。小さいプラスチックのケースのようだ。
「使っておきなさい」
「んっ」
受け取った滝壺は小さく頷いた。
「このっ!!」
「アンタらはこっちだっての!」
麦野を即座に無力化するのは難しいふんだ俺は、滝壺に銃口を向けた。直接当てるのではなく、手に持ったケースを撃ち落とす。みすみす使われるわけにはいかない。
だが、それを許す麦野ではない。埃を手で払うように、発射されたままのビームを、そのままビームサーベルのように横なぎに振るってきた。
建物を輪切りにするような、俺達を殺すためならここがどうなっても良いのかと錯覚するような攻撃だ。
「うわッ!!」
無意識に展開しているラムダ・ドライバが悲鳴を上げる。が、強度を上げることで何とか持ち直した。
「へぇ!? あんたもおもしろい能力持ってるんじゃない! そっちの女は蜘蛛みたいだしさぁ!!」
磁力を使って壁に張り付く美琴には絶えず光線を放っている。光線の出処は麦野の体を守るように周囲を漂う小さい光球だ。
反撃の電撃も効果が無い。
電撃は光球に触れた瞬間、無理やり軌道を曲げられ、明後日の方向に着弾する。
「(電撃を強制的にっ、曲げてるっ!!) 同じ系統の能力者か……!」
御坂は麦野の能力に近づきつつあるみたいだ。
しかし、遠距離戦では分が悪い。かといってこの攻撃。近寄ることも難しいだろう。
避けつつ考えていると、視界の端に棒立ちでじっと俺を見てくる滝壺の姿が目に映った。
眠たそうだった瞼は、眼球が取れてしまうのではないかと思うほど見開かれている。
「ッ! もう体晶を使ったのか……! 下がるぞ!」
「わかったわ!」
御坂も滝壺のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、俺の意見に賛同してくれる。
俺は背中に背負っていた特殊弾頭を装填できる銃を手に取り、引き金を引く。視認できるくらいの弾速で放たれた直径3センチの円柱は、地面に落ち、煙を吐き出し始めた。それはもの数秒で辺りに充満する。
「ッ! 煙幕か……うっとおしい……!」
麦野の声を背中に受けつつも、撤退を開始する。俺達はなんとか距離を取ることに成功したのだった。
―――――――――――――――――――――――――――
「逃げたか……滝壺」
「大丈夫。ターゲットのAIM拡散力場は記憶した。でも男の方は超能力者じゃなかったから追跡できない」
「ふーん、でも魔法や魔術って感じもしかなかったけど……じゃあ女の方だけでもいいわ。教えなさい」
滝壺の黒目はせわしなく動き、焦点があっているようには思えない。しかし彼女にはもっと別のものが見えていた。
「10時の方向、距離は凡そ30m」
「はいよ」
浮いていた3つの光球が集まり―――射出された。
もちろんビルの外壁は耐えきれず、大穴が開けられる。
「(うへぇ~……相変わらず派手な能力)どう? やった?」
フレンダはすっかり見慣れた麦野の能力に内心恐れつつ、攻撃の結果を聞いた。
「いや……あの壁に当たったような感触……駆動鎧の方ね。これはラッキー。2人とも一緒にいるみたいね。さてさて、いつまで逃げれるのかなぁ」
麦野は第2射を開始した。
―――――――――――――――――――――――――
「ちょ、下ろしてよ!」
「いいから乗っておけ! 俺の方が速い! それに能力を使いすぎただろうが!」
「ッ、あ、あたしは大丈夫だから! 下ろしなさいって!」
言い返す御坂の抵抗は弱々しい。確実に消耗しているのだ。
そもそも何の能力も付与されていない女の子の細腕で、アーバレストを着こんでいる俺の腕を動かすことなんて出来るわけがない。
「あのレベルの敵を3人も相手にしてたら、いくら時間があっても足りないな!」
「特に後から現れたあの女。あいつはヤバいわ。あの規模の能力―――超能力なら違いなくレベル5よ!」
話していると、横の壁がいきなり爆ぜた。
ラムダ・ドライバの防護フィールドがぐにゃりと歪む光景を幻視する。だが、歪んだだけで、光線の方が逸れていった。
「ちょッ!」
突然の横からの衝撃で、俺達は転倒する。間違いなく先ほどまで戦っていた麦野のビームだ。
「ど、どうして? こんなに正確に位置が……うわっ」
呟いている御坂を背負い直して走り出した。すると2秒前までいた場所にビームが着弾する。
「やっぱり位置がバレてる……探知系の能力者がいるわ!」
「ああ! さっきの奴らの中にいるぞ! レベル4の能力者が!」
「は? あんた知ってるの?」
この状況では仕方がない。御坂に情報を共有する。
「ああ、名前は滝壺 理后。能力の名前は
「ええ。超能力者が無自覚に発してしまう微弱な力のフィールドよね?」
「そうだ。滝壺 理后は相手のAIM拡散力場を記憶して、その位置情報を検索することが出来る」
「じゃあそういつの検索範囲外に出ないと……!」
「ちなみに太陽系の外に出ても補足されるらしい」
「はぁ!?」
一度記憶されてしまえば、一生逃げられないのだ。
俺は超能力の開発を受けていないので、今回探知されているのは御坂だけのはず。能力に変更が無ければな。
ちなみに言うと滝壺はこの能力を使う時、『体晶』という物質を使って意図的に能力を暴走させている。もちろん体への負担はデカい。
「そしてさっきまで俺達が戦っていたのは、第4位の超能力者、麦野 沈利だ。能力の名前は
「説明が適当すぎるでしょ! というか、私と同じレベル5なら、どんな能力かくらいは知ってるわよ!」
「ええ……」
本来『粒子』又は『波形』のどちらかの性質を状況に応じて示す電子だが、麦野はその二つの中間である『曖昧なまま』の状態に固定し強制的に操ることが出来る。
『曖昧なまま固定された電子』は『粒子』にも『波形』にもなれないため、物体に衝突すると『留まる』性質を持つようになる。
この『留まる』性質により擬似的な『壁』となった『曖昧なまま固定された電子』を強制的に動かし、高速で叩きつけることで絶大な破壊力を生み出すのだ。見た目はビームになる。
こんなこと、とっさに説明出来るかッ!
「来るッ!!」
「っちぃ!」
根っこの部分では御坂と同系統の電撃使い。なのでお互いに干渉しあうことが出来るのだ。相手の攻撃を受け流したり、攻撃を事前に察知したりな。
防御に神経を使わなくてもいいからか、光線の威力はさっきよりも高い。ラムダ・ドライバで防ぐのもギリギリだ。
御坂の警告と着弾はほとんど同時。今度は転ばないように踏ん張るが、どうしても足は止まってしまう。
さらに何やら聞こえてくる音。
あの地面を走る炎は―――フレンダの導火線か!
「この―――ッ!!」
敵は麦野と滝壺だけじゃない。ここはそもそも、フレンダのトラップが張り巡らされているんだ。
ありったけの意志を込めて出力を上げる。
爆炎が目の前で逸れる。炎だけではなく熱すらもこちらには来ない。
「結構絶体絶命だな……!」
この遠距離からの正確な射撃。例え能力を全開放しても反撃できるのか怪しい。
「御坂、このままだと不味い! ここは一度施設から脱出して体勢を立て直した方が―――」
「ふざけないでッ!!」
俺の提案は激しい一喝によって一蹴される。
「逃げるなら1人で逃げて! 私は……私はッ! ここまで来て逃げる訳にはいかないの!」
「そんなこと出来る訳ないだろ……!」
ここで2人で争っている場合ではない。
御坂を下ろしてしまえば、超能力者ではない俺は
「……っ」
結局俺は、当初の目的地を目指すことにしたのだった。
―――――――――――――――――――――
「ッ!?」
攻撃を続けて10分余り。たった今撃った
「今のは……私の
「麦野? 何があったの、って滝壺!? あんた大丈夫な訳!?」
「っ、ぁ……ハア、ハア、ハア……!」
滝壺は大きく息を切らし、膝から崩れ落ちた。全身に汗をかき、明らかに異常だと言える。
「よし。滝壺、フレンダ。あんたは先に戻ってなさい。後は私がやるわ」
「っ、だ、大丈夫! 私はまだやれるから……!」
ぽたぽたと滴るほどの汗をかいた顔で麦野を見る滝壺だったが、とてもやさしい顔で諭される。
「滝壺の負担もそうだけど、フレンダもアイツらからのダメージがあるでしょ? 無理してるけど動きが悪いわ。滝壺に限界が来た場合、敵の反撃を察知できない。私1人であなたたち2人を守るのは難しいわ」
「……ごめんね、足引っ張って」
どんなに武装しても埋まらないレベル5との差に、フレンダは思わず謝罪する。
「別に責めてやしないわよ。むしろよくやってくれたわ。2人のおかげで相手は虫の息だしね。絹旗にも連絡するから、休んでなさい」
そう言って、麦野は自ら電話をかけようと端末を手に取る。すると、戦っている間にメッセージが来ていたことに気が付いた。
「……向こうの研究所に正体不明の怪物が出て、絹旗と連絡が取れない? しかも下部組織も動けないって……はぁ……面倒なことになってるわねぇ」
そういいつつも、一応絹旗の番号にかけてみる。
《もしもし、麦野ですか?》
「あー良かった。繋がったわね。そっちはどう?」
《たった今、侵入者と思われる女を超拘束したところです》
「ご苦労様、と言いたいところなんだけど、そいつ運ばなくてもいいわ。依頼のインベーダー2人はこっちに来たから」
《良いんですか? 同じ一味かもしれないですよ?》
「あんたがそこまで仕事熱心なら運んでもいいけど。今は車回せないらしいわよ? そこで変な怪物が暴れまわってるんでしょ? 合流ポイントまでアンタが担いでいく事になるわよ」
《あー……》
絹旗の能力なら、人を1人運ぶくらいなんともないが、それでも面倒なものは面倒なのだ。
《分かりました。超撤退することにします》
「了解。滝壺とフレンダと合流して。私も、サクッと殺して合流するわ」
2人と別れた麦野は、
「まあ、邪魔な奴もいるけど、こんな機会そうそうないもんねぇ?」
麦野の
第3位と第4位。数字によって明確に上下を決められた同じ系統の能力者。
「第3位――――常盤台の
犬歯をむき出しにして、麦野は笑った。