研究所の外へ出る頃には、滝壺は自分の足で歩くことすら難しくなっていた。フレンダは自分よりも体格の良い滝壺に肩を貸しつつ、何とか合流ポイントまで到着した。
そこでは3人の男たちが車を用意して待っていた。滝壺の様子で察したのか、すぐに上着を持ってくる。
「お疲れ様です」
「撤収するわ! 麦野は後で合流! 先に絹旗と落ち合いましょう!」
迅速に車は発進した。
後ろのブリーフィングルームも兼ねている席に2人は座る。
2人とも疲れ切り、全力で体重をシートに預けた。
「ふあぁぁー、疲れたぁー……早く帰ってシャワー浴びたーい」
「……フレンダ」
少々オーバーに疲れを表現するフレンダに、滝壺は少しだけ顔色の良くなった顔を向ける。
「フレンダだけだったら、別に帰る必要なかったのに……」
「いいの、いいの。後は麦野に任せておけば大丈夫でしょ。結局、滝壺がいたから一方的に追い込めたんだしねー」
先ほどまでは爆弾で援護もしていたが、全力の麦野の前では、逆に邪魔になる可能性の方が高い。
「それより、そんな無茶な力の使い方して大丈夫? 見てるこっちが心配になるんだけど」
この状態になるのはこれが初めてではない。自分で立てなくなるくらいまで使うのは珍しいが、能力を使った後はいつも調子が悪そうにしているのをフレンダは覚えている。
「ん、大丈夫だよ。私の居場所、ここだけだから。頑張らないといけないし」
「うぅ、ん……そっかぁ……」
ここにしか居場所が無い。
暗部にいる理由は人それぞれだが、滝壺の性格とこのセリフから考えれば、生活の諸々を暗部に依存しているのは想像に難くない。
かわいそう、だとは思わない。汚れ仕事を選択したのは滝壺自身だからだ。滝壺の能力なら、それこそ管理局にでも行けば良いだろう。
そうしないのは、単に順番が早かったからだ。管理局に見つかるよりも、暗部に見つかる方が速かったから。
自分の居場所を守ろうという気持ちがあっても、自分から居場所を創ろうという気持ちにはならない。
そしてそもそも、自ら暗部に留まるフレンダが何かを言える立場ではない。
「いつか他にも、滝壺の居場所が出来るといいね」
「……どうだろうね? わかんないや」
「やっぱり、男じゃない?」
「男?」
「そう! 男よ! 結局、女っていう生き物は、恋をすると別人になる訳よ! だから恋をするといいわ!」
「そういうものなの?」
滝壺にはとんと縁のない話だ。
暗部にいれば出会いはゼロ。周りにいる人間は、基本的に暗部に落ちたどうしようもない奴らばかりだ。
「まあ、彼氏ができたからってすっぱりと辞められるようなところじゃないけど。結局、そういう理由があったほうが絶対良いって訳よ!」
「そういうフレンダには、相手がいるの?」
「うっ……や! 友達がいないってわけじゃないんだけどね? 結局、こっちの仕事の方が優先になるって訳よ……暗部だと出会いもないし……」
「……大丈夫だよ。私は、そんなフレンダを応援してる」
「どうして元気づけてるはずの私が、逆に励まされてる訳?!」
そんな、年頃の乙女のような話に花を咲かせていると、
「あっ、ああああああああああああああああああ―――!!!!」
「っ!? ど、どうしたの……?」
表情がころころ変わるフレンダ。ついさっきまで軽く笑っていたというのに、今は顔を青くしている。
「ぁぁ、ああ……爆弾」
「え?」
「爆弾、回収してなかったぁ……!」
そんな悲痛なセリフに、滝壺は首を傾げるだけだった。
―――――――――――――――――――――――――
目的地に行くには、この部屋を通らなければならない。どういう用途で使うのか、コンクリートむき出しの広い部屋だ。天井は10メートルと高く、部屋の中央には太い柱がある。
遮蔽物はそれだけだ。もっとも、これから戦う相手を考えれば遮蔽物なんてなんの意味もないだろうが。
麦野はそこで待っていた。
1人で壁に寄りかかり、目をつぶっている。周りを見ても、フレンダと滝壺の姿はない。どこかに潜んでいるのか、他の場所を守っているのか、それとも一足先に脱出したのか。
確か原作では先に研究所を出た筈だが、ここではどうなっているのだろうか。途中から攻撃が止まったことを考えると、能力使用の限界になったとみるべきか。
どちらにせよ、ここまで近づいたら滝壺は役に立たない。でも、フレンダはトラップの使い手だ。何が仕掛けられているのかわからない。
目の前の脅威を突破しなければならない事実に変わりはない。
「ずいぶんな重役出勤ぶりねぇ、第三位…………はぁ?」
麦野の挨拶の勢いが、いきなり悪くなる。理由は絶対に、俺達が両手いっぱいに持っているものだろう。
それはぬいぐるみだ。すべて同じデザイン。茶色い髪の毛を肩で切りそろえられ、赤いリボンが飾られている。目はボタン。口は雑に糸だけで表現され、服装はメイドさんってところだ。
この人形の元の持ち主はフレンダだ。
俺達は逃げ回りながら施設中に張り巡らされた導火線を辿り、この人形を回収して回った。最初の内は、これ以上爆発しないようにという考えだったが、そのうちこれを武器として活用しようという考えに至ったのだ。
俺達の後に、宙に浮いたぬいぐるみが大量に部屋に入ってくる。
採集した金属片を仕込み、御坂の能力で操れるようにした一品だ。
麦野の頬がひくひくと動いている。これが一体誰の置き土産なのか理解したんだろう。
「他の奴らはどうしたんだ?」
俺は確認も兼ねて麦野に問う。これが戦闘前の最後の会話になるだろうと予想しながら。
「帰したわ。そっちの女とはサシで勝負したいのよ、
「やっぱり、私のことは知ってたのね、
「別にアンタのファンって訳じゃないんだけどね。目の敵にされる理由、1つや2つくらいは思い当たるんじゃない?」
「……」
思い当たるんだろう。御坂は何も答えず、代わりに人形を投げつけた。
「ッ!!」
いつもの御坂に比べると、ごく微弱な電撃が人形を打ち抜いた。
爆弾使いフレンダの人形だ。中に仕掛けられている爆弾も一級品。それが麦野の目の前で爆発した。
「ふーん」
爆炎の向こうから聞こえてくる声に焦りはない。
「消耗している分、フレンダの爆弾でカバーしようってか? でもそれって、もう自力じゃ私を倒せないって白状してるようなもんだよねぇ」
麦野は
「御坂、見ての通りだ」
「なるほどね。真っ正面からじゃ、意味ないってことか……!」
「作戦通りに、何とか隙を作って一発で決めよう。ちまちま攻撃すると、無駄に怒らせることになる」
「……信用するけど、本当に行ける?」
「何とかするって」
麦野の能力は非常に強力だ。攻撃性能で言えば順位の差をひっくり返して御坂を上回るかもしれない。だがその分、繊細なコントロールが必要になり、防御面では弱いという弱点を抱えている。
麦野の狙いはあくまで御坂。俺は添え物程度の認識だろう。
そこを突いた作戦だ。
御坂が多数の人形を従えて一歩前に出る。
「アンタの能力、いちいち狙いをつけて撃たないといけないみたいね」
強力な分扱いが難しい。適当に使えば、自らが怪我をする。
「この数を、相手にできるのかしら?」
ぬいぐるみが一斉に襲い掛かった。
御坂の指摘は当たっている。それを俺は知っていた。
だが、それ以上に麦野は自分の能力を知っている。
「はっ―――」
麦野はポケットから取り出した黒い板を軽く投げる。縦20センチ、横10センチ程度の長方形。板チョコのように規則正しい直線と斜めの模様が入ったソレに、
次の瞬間、板に当たった
バラバラになった板それぞれが、鏡のように
1本だった
「
麦野の手には5枚の
いくら人形を差し向けても、厚い弾幕を突破することは出来ない。
空を飛んでいたぬいぐるみは、いつの間にかなくなっていた。
「……おいおい」
麦野はため息をつき、人差し指を向けてくる。
「脇役はすっこんでろよ」
真っ正面から突進した俺は、
「ハッ、バカが!! その妙なバリアごとブチ抜いてやんよォ!!」
「ッ!!」
前方からの圧力が一気に増した。
虫メガネで太陽の光を集めるように、何本もの
それでも、前に進む。一歩、一歩、前へ。
そして、とうとうその距離になった。
俺は右手を前に突き出し、ラムダ・ドライバを停止させる。視界は変わらず光しか見えないが、右手に凄まじい圧力を感じる。
そしてその直後、
『アーバレスト』はあくまで『アーム・スレイブ』という兵器。異能の力を使っているわけではないため、使おうと思えば
特徴のある能力だし、最後まで使用はためらわれていたけど、こうなってしまっては仕方がない。
「なん、だ―――」
「やれッ!! 御坂!!」
「おお―――っりゃあああぁぁ!!」
俺の背に隠れていたぬいぐるみが、猛スピードで麦野へ突撃した。
自慢の
ゴスッ!!
見事眉間にぬいぐるみは命中した。しっかりと金属を仕込んだぬいぐるみだ。御坂の磁力操作で、ぬいぐるみは空飛ぶ鈍器に変貌する。
白目をむいて麦野は気絶した。
起き上がる気配はない。
「「ふぅ……」」
俺と御坂は2人して息をつく。
「とりあえず、倒したな」
「そうみたいね」
今のうちにと、俺達は先へ進む。
麦野に話を聞きたい気持ちはあったが、今はそちらが優先だ。次に戦ったら、同じ手は通用しなくなる。もう邪魔されるわけにはいかない。
麦野を突破した俺達には、もう敵はいなかった。
やすやすと目的の場所にたどり着く。沢山のモニターが並んだ部屋、最近ではよく見た光景だ。
銃を向けようとして御坂に制される。
「私がやるわ」
電撃が放射され、すべてのモニターの電気が消える。これだけで、すべての機器が使えなくなったらしい。
これで一番の仕事は終わりだ。
「これからどうする?」
「戻って
―――コツ。
「「ッ!!」」
後ろで足音が聞こえた。
その瞬間、何度も見たあの緑色の光線が、俺と御坂の間を斬り裂いた。
転がるようにして机の後ろに隠れる。
入り口にはちらりと麦野が見えた。
「アイツ、もう起き上がって来たのか……!」
頭からは血を流しているが、能力には消耗が見えない。
狭い部屋があっという間に光線に埋め尽くされる。大して狙いをつけていないのかもしれないが、それがかえって近寄りにくくしている。
この状態じゃ、話を聞くどころじゃないな。
「こっち!」
逃亡用の大穴が作られる。
「逃がす―――っ!? クソが!! うっとおしいんだよテメェ!!」
弾を撃ち尽くす勢いで散弾銃を撃ちまくる。
悉くが
俺に気を取られているうちに、御坂が脱出する。続いて俺だ。ラムダ・ドライバの防壁が削られる感触を感じつつ、穴に転がり込んだ。
ここはビルの最上階。御坂はすでに隣のビルに飛び移っていた。
お土産のスモークグレネードを発射し、俺は大空に身を躍らせた。最後の
隣のビルに到着する。
律儀に待っていてくれた御坂と、この場から離れた。
「――――っ!! ――――っ!!!」
麦野は穴のふちに立って、いまだに
だが、これだけ距離が離れてしまえば、まず命中することはない。
ギリギリのところで、俺達は逃げ出すことが出来たのだった。
――――――――――――――――――――――――――
フレンダは気が気ではなかった。
絹旗にかかってきた電話。その結果次第で自らの生死が決まるといってもよい。
「はい……はい……わかりました。それではまた後程」
絹旗は電話を切った。相手は1人で残っていた麦野だ。
滝壺は規則正しい寝息を立てている。体調はすっかり元通りになっていた。
アイテムのメンバーは適当な駐車場に車を止め、麦野からの連絡を待っていたのだ。
「麦野、インベーダーに逃げられてしまったようです。まさか麦野が仕留めきれないとは思いませんでした」
「へ、へぇ~? そうなんだぁ~?」
絹旗は麦野との連絡結果を簡単に報告する。
仕留めきれなかったという報告に、フレンダの冷や汗の量はどっと増える。戦闘中、強力な能力者と丸腰で相対したときのような緊張感だ。そしてその例えは、あながち間違いではない。
レベル5の麦野が仕留めきれなかった。そこには理由があるはずだ。予定外のイレギュラーが絶対にあるはずなのだ。
「ち、ちなみに、麦野は何か言ってなかった? ほら、爆弾が、うんぬん、とか?」
「いえ? そういうことは言っていませんでしたが」
フレンダはホッと胸を撫で下ろし―――
「フレンダは、お し お き か く て い ね……だそうです」
「ゴフッ……」
吐血して倒れた。
次回からは『裏』になります。