「本当か!」
「はい。2人とも、向こうの研究所に現れたとのことです」
「良かった……! こっちも、移送を急がせてくれ。3人目の襲撃者が現れないとも限らないからな」
心の底からほっとしたという口調で、白衣の中年男性たちは胸を撫で下ろしていた。
ここは残り2つになっていた研究機関、翔と美琴に襲撃されていない方だ。
「あ、すみません!」
「ん、なんだ?」
若い研究員が、声をかけてきた。
「お客様が、その、ずいぶんと若い女性なんですけれど」
「ああ! はいはい。すぐに行くよ」
待合室まで急ぐ中年研究員。そこにいるのは確かに若い白衣姿の女性、少女と言っても良い年齢だ。
「いやー、お待たせしてすみません。初めまして、えー、あなたが……」
「御社の
「こんな若いお嬢さんだとは、いえ、だからなんだというわけではないんですけどね?」
思った通りの感想を告げようとして、慌てて失言だと言葉を打ち切る研究員。近頃はこの程度の言葉でセクハラだといわれるのだからやりにくい。
今では、若い職員との会話には注意を払わなければならないくらいだ。
それに、年齢に関係なく布束の仕事は完ぺきだった。この年齢で仕事をしているというのは、それだけ才能がある証だ。仕事の世界で年齢が関係のないことぐらい、研究員には分かっていた。
「すみません。特にお願いすることがあるわけではないんですが、なにぶんここまで大掛かりな移送は初めてのものでして」
意識を切り替え、会話を始める。
「なので、関わられていた布束さんに万が一のためにいてもらおうかと」
「了解しました」
「ありがとうございます! ……それでは、何かあればお願いすると思うので、それまで待機しておいてください」
「はい」
そう言って、研究員は部屋の外に出た。
布束は扉から目を離し、出された紅茶に向けるのだった。
――――――――――――――――――――
「ありゃあ、カタギの車じゃあねえな」
蛇倉は隣を通り過ぎて行った黒塗りのバンを見て呟く。証拠があるわけではない。しかし、勘でそう断言することが出来た。
車が来た方向にあるのは、蛇倉の目的地―――『教授』によってもたらされた情報にあった研究施設の駐車場だ。
「暗部連中のボディーガードか。こんな早い時間に店じまいか? それとも別の用事ができたのか……御坂 美琴と夜月 翔はもう1つの方に行ったって事か?」
当然、『教授』には今回の事件が見えていた。美琴と翔が関わっていることもすべてお見通しだった。そして、2人とも暗部に協力を仰ぐわけがないことも、情報としてもたらされていた。
「まあ、向こうの工場に出たからって、暗部連中全員が向こうに行くとは考えにくい。何人かは残ってるだろうな…………時間丁度だな。お嬢ちゃん」
「……はい、これ」
突然知覚出来るようになった小柄な女性。周りに隠れるところがあるわけではない。蛇倉にすら気配を悟られることなく、女性はそこに立っていた。
能力の組み合わせによって完全な隠密行動が可能な透明人間。翔とフェイトから逃げおおせた犯罪者。ライだ。
彼女の手には小さなジュラルミンケースが握られている。
短く言い、それを蛇倉に向かって突き出している。今回のライの用事はこのケースを蛇倉に届けることだった。
「くくっ、ああ、ありがとよ」
今回、行動を起こすにあたって、蛇倉は教授にとあるものをおねだりしていた。一目見た時から、その力を目の当たりにした時から心奪われていたモノだ。魂が惹かれたといっても過言ではないアイテム。それを教授は快く与えてくれたのだ。
ケースを開ける。そこにあるのは『ダークリング』。そして、ダークリングによって力が引き出されるカード達だ。
ダークリング
『ウルトラマンオーブ』に登場するアイテム。曰く『宇宙で最も邪悪な心を持つ者のもとを巡り、持ち主の能力を増幅させる』と言われる闇のアイテムである。ウルトラマンシリーズに登場する怪獣のカードを使うことで、怪獣を召喚し、使役することが出来る。さらにもう1つ、隠された能力が……
これらは翔と同じ異世界からの来訪者、新谷 航平が残したアイテムだ。翔達が航平の家を捜査した時、ライが持ち去ったアイテムの1つ。
「って、もういねぇのか。足の速い女だ」
少し目を逸らしたときには、ライはすでにいなくなっている。実は近くにいるのかもしれないし、本当に遠くに行ったのかもしれない。
だが仕事を済ませたライは、あらゆることに関して無関心だ。蛇倉が何を言っていようが、何をしでかそうが、姿を見せることは無い。
「さて、一騒ぎ起こすとしようか!」
持ち主の心に反応するように、リングが妖しい赤色に発光する。
「ゼットンよッ!」
《Z-TON》
リングにカードを読み込ませると、カードは粒子となり、全く別のものを形作っていく。
「さあ、行ってこい!」
「ピポポポポポ――――!」
本物と比べていくらかサイズダウンしているとはいえ、生物とは思えない無機質な体躯は見るものを恐怖させる。
ウルトラマンシリーズ最強とも名高い、宇宙恐竜『ゼットン』だ。
あいさつ代わりに、ゼットンの代名詞ともいえる一兆度の火球、『メテオ火球』が放たれ、施設の一角を丸ごと吹き飛ばす。
今の一撃で何人死んだのだろうか。蛇倉は笑い、ゼットンは進撃を開始する。
「うまく倒してくれよ。特務六課」
そう言って、蛇倉はその場を後にするのだった。
――――――――――――――――――――――
「ッ! 何、今の揺れ……まさかこっちにも襲撃者が……?」
非常用の梯子を使って地下に降りていた布束は、急な揺れに体を一瞬硬くした。そして次の瞬間に鳴り始めるけたましい音。緊急事態を告げるサイレンの音だ。
「都合がいいわね……これで調整中の妹達の移送も、もっと遅くなってくれる」
布束は襲撃者の内、1人について心当たりがあった。そもそも、『彼女』が実験を知るきっかけになった原因は布束にあったのだ。
もう1人については見当もつかないが、研究所を襲撃して1人の死者も出していないところを見ると、どういう性格なのかわかるというものだ。
襲撃者について、布束は特別不安には考えていなかった。
「襲撃者と急な移送のおかげで、内部のセキュリティが疎かになっている……アレを実行するなら、今しかない」
そう呟き、ペンライト片手に暗い通路を進んでいく。
急な呼び出しでこの研究所へと来た布束だった。この企みはお世辞にも綿密な計画とは言えない。
だが、少し前―――布束が美琴に計画の事実を告げた時に交わした言葉を思い出していた。
『計画の関連施設は20や30じゃないわよ。1人でする気?』
『アタシを誰だと思ってるの。自分で蒔いた種だもの―――自分の手でカタを付けるわ』
確かにDNAマップを提供したのは御坂美琴だ。妹達から始まる一連の実験の肝になっている。
「なら、私もそうね」
妹達製作にかかわっていた布束にも当てはまるセリフだった。
「自分のことは、自分で行動してカタをつける」
しばらくして、目的の場所にたどり着いた布束。研究所の奥深く、機密が漏れないようにと作られた他とは少し違う頑丈なコントロールルームだ。
端末を操作し、アクセスするのは妹達が入っている生体ポッドだ。
「御坂美琴たちの研究所襲撃がうまくいったとしても、おそらく実験は中止にはならない。レベル6という名の闇は、そのくらい深く、暗い」
布束はポケットから記憶媒体を取り出し、読み込ませる。
「今までの研究で収集してきた人間の感情データ。これをシスターズの脳にインストールする……この程度のプログラムで真の感情が芽生えるわけがない、でも、疑似的な反応くらいは得られるだろう」
画面に小さいウィンドウが表示され、インストールまでの時間が表示される。
「こんなことで実験にダメージを与えることが出来るかはわからない。でも、彼女たちに絶望的な死のレール以外の道を示せるのなら―――」
膨大な量のデータをインストールするには少し時間がかかる。布束は自らの都合のよい賭けを、ぼんやりと頭に浮かべた。
「死を当然のことと考えている今の妹達の中に、その運命を嘆く者が現れるかもしれない」
かつての自分がそうだったように、妹達に実験動物以上の感情を持つ研究者が現れるのかもしれない。
そして、これ以上戦いたくない、死にたくないという声が、誰かの心を動かすのかもしれない。
「……バカげている。都合のいい考えだ。でもあの時私が感じた感情は……」
初めて妹達を研究室の外に連れ出した時、彼女たちに抱いてしまったのだ。研究者としてあるまじき、『情』というものを。
「ガッ――――ッ、ぁ……!?」
夢のような妄想から、脳みそが揺さぶられる感覚によって、無理やり現実に引き戻される。
頭をコンソールに押さえつけられ、左腕が捻りあげられている。
それを行っているのは、布束よりもさらに年下の少女だ。オレンジの半そでパーカーに短パンという動きやすい服装に、パーカーのフードをかぶっている。
「関係者である可能性も考慮して上に確認を取りましたが、データ類の移送が完了するまではここへの立ち入りは超禁止とのことでした」
「ぁ、ぁ……っ!」
力が込められ、こういった荒事に慣れていない布束の体から抵抗の力が消える。
もしもの襲撃の可能性を考え、こちらの研究所に残っていたアイテムのメンバーの1人、絹旗 最愛だ。
「2人いるのなら、3人目がいても超不思議ではありません。こっちに残っておいて超正解でしたね」
もう片方の研究所に翔と美琴が現れたとはいえ、全員がそちらへ向かう必要はない。レベル5の麦野がいれば、殺せない相手の方が少ないのだ。念のために絹旗が残ってみれば―――この通りだ。
「麦野の読みが超的中したようですね。ええ。まあ本当に来るとは思っていませんでしたが。上の騒ぎ、これもあなたの仕業ですか? や、そうじゃないと辻褄が超合わないんですよね。管理局も出動しています。おかげで私たちもずいぶんと動きにくくなりましたよ」
「っ……!」
布束には何が起きているのかはわからないが、こそこそとこんなところに来ていた布束に疑いがかかるのは、当然の流れだった。
「別に施設がいくら破壊されようとも、依頼には超関係ないのでどうでもいいんですが」
依頼はあくまでインベーダーの排除。研究員はいくらでも補充できると思っている『上』からすると、美琴と翔を排除するのが最優先なのだ。
部屋の入り口から、20代前半の男が2人ほど入ってくる。絹旗の同僚―――ではなく、部下だ。
「それじゃあ、ちゃっちゃと運んで下さい」
「わかりました」
部下には部下らしい仕事を任せる絹旗。
「っ!」
拘束のために手錠をかけられそうになった一瞬、絹旗の手が離れる一瞬を狙って、布束が動いた。
それは荒事に慣れていない彼女にしては、最高の結果を生み出す。
拘束しようと近寄っていた男の顎に掌底を決め、ベルトに差し込まれていた拳銃を奪取する。
銃口は絹旗に向けられた。
その距離は2メートルも無い。いくら下手でも1発なら当てられる距離だ。しかし絹旗は、そんな銃口をくだらなさそうに見ている。
もう1人の男は拳銃を抜いているが、構えるだけで撃とうとはしていない。
「最後の抵抗ですか。いいですよ。一発撃つまで超待ってあげます」
「……っ」
ポケットに手を入れたまま棒立ちする絹旗。どうやら本当に動くつもりはないらしい。
ならばと狙いをつける布束。しかし彼女は気が付けない。この極限状態ならしょうがないのかもしれないが。
わざわざ撃たせてくれるというのは、その程度の武器なら何とも思ってないということだ。
一瞬迷い、思い引き金を―――引く。
小さい部屋に銃声が反響する。
「な、に……?」
弾丸は絹旗の左肩に当たる直前で、硬い壁に正面からぶち当たったかのように潰れていた。やがて床に落ち、小さな音を立てる。
「この期に及んで急所を外してくれる心遣いはありがたいですが、あいにくと私の
待つ時間は終わりだ。鳩尾に一撃いれ、一瞬で意識を刈り取る。
「それじゃあ今度こそ運んじゃってください……どっちを持ちます?」
「も、もちろんこっちを」
「ですよね……っと」
絹旗は布束を、男は昏倒した男をそれぞれ抱えようとして――――電話が鳴る。
「もしもし、麦野ですか?」
《あー良かった。繋がったわね。そっちはどう?》
「たった今、侵入者と思われる女を超拘束したところです」
《ご苦労様、と言いたいところなんだけど、そいつ運ばなくてもいいわ。依頼のインベーダー2人はこっちに来たから》
「良いんですか? 同じ一味かもしれないですよ?」
《あんたがそこまで仕事熱心なら運んでもいいけど。今は車回せないらしいわよ? そこで変な怪物が暴れまわってるんでしょ? 合流ポイントまでアンタが担いでいく事になるけど》
「あー……」
それもそうだ。下部組織のドライバーがこの戦場になっている場所、しかも管理局がうろついている場所に来れる訳がない。
「分かりました。撤退することにします」
《了解。滝壺とフレンダと合流して。私も、サクッと殺して合流するわ》
電話を切って、布束を下ろす絹旗。流石に昏倒した男を置いて行くような薄情な真似はしない。運ぶのは元気な男だが。
目を覚ます様子の無い布束に背を向け、歩き出す。
(まあ、私が超連れて行かなかったとしても、あの怪物に殺されるのがオチでしょうからね。むしろ、暗部に沈んでいくよりも幸せかもしれないです)
そんな同情ともいえる感想を浮かべつつ、絹旗はこっそりと施設を後にするのだった。
――――――――――――――――――――――――――
絹旗が施設から抜け出したその前後の時間。空を飛びその施設に向かう2人の影があった。研究所からの通報と現地の管理局の要請でお呼びがかかった特務六課の隊員。フェイトとシグナムだ。
「まったく、研究所の捜査が持っていかれたと思ったら、また研究所が襲われるなんてね」
「しかし、今回は別件だろう。少なくとも、生物兵器を使って無差別に破壊するというのは、今までの犯人の手口からはかけ離れている」
目的地は火事でぼんやりと明るくなっている。
「あそこだね!」
目的地が見えて逸ったのか、フェイトのスピードが上がる。
「テスタロッサ! 力が入りすぎだぞ!」
目視できれば到着はすぐだ。1分もかからずに今回の目標が目に飛び込んでくる。
「エンゲージ! 行くよ、シグナム!」
「油断はするなよ、テスタロッサ!」
2人は暴れる怪獣―――ゼットンとの戦闘に突入した。