ゼットンが歩いた後には破壊の跡しか残らない。大きさは本家と比べるとかなり小さい5メートル程度だが、堅牢な研究所の外壁もゼットンの攻撃の前には無力だった。
「あのタイプの生物、見たことはあるか、テスタロッサ」
「初めて見るタイプだよ。この辺りにあの手の研究所があったなんて……」
「なんにせよ、危険な生物であることには変わりない。早急な無力化――――最悪の場合、殺害も許可されている」
地上から攻撃をしている管理局員がいる。それだけにとどまらず、隊員たちを輸送してきたヘリからも攻撃が行われていた。しかし、銃や魔法が直撃しているが、ゼットンは全く怯む気配がない。
豆粒のような弾丸をいくら撃っても埒があかないと思ったのだろう。ヘリがロケット弾を発射する。
「ピポポポ――――!」
激しい爆炎とともに、ゼットンの動きが一瞬だけ止まる。
「今だ! 撃てぇ―――!」
そこにすかさず、魔導士5人による砲撃が発射される。なのはの砲撃と比べてしまうと、1人1人の攻撃は弱い。だが、タイミングを合わせればなのはに匹敵するくらいの攻撃になる。
「ピポポポ――――!」
しかし、ゼットンとは相性が悪かった。光線のエネルギーが全て吸収され、ゼットンブレイカー――――光線技として跳ね返された。
地上で応戦していた管理局員は、悲鳴を上げならが吹き飛ばされていく。
光線はそのまま、攻撃の起点となったヘリに向けられた。ヘリの本体には当たらなかったが、プロペラが溶断される。バランスを崩したヘリは回転しながら墜落していく。
「う、うわああああぁぁぁぁ―――!!!」
パイロットは、通常の飛行ではありえない角度になっているヘリの操縦桿を握り締め、絶叫していた。
どの角度から墜落しようと、怪我をするのは間違いない。あるいは墜落の瞬間に燃料が引火するか。ゼットンに踏みつぶされるか焼き殺されるか。
しかしどう考えても、未来に待つのは『死』の運命だけだ。
地面が見え始めたところで、操縦桿から手を離し顔を覆った。
ザンッ!!!
機体に一瞬衝撃があったかと思うと、すさまじい勢いで操縦席から引っ張り出される。
パイロットはフェイトに抱えられて外に脱出していた。一瞬の出来事に目を丸くしている。
フェイトは、バルディッシュを死神の鎌のような形態、『ハーケンセイバー』に変形させ、発生させた魔力刃で、ヘリの胴体と機首が分離するように切断、パイロットを救出したのだ。
「特務六課のフェイト・T・ハラオウンです。応援に来ました!」
「あ、ぇ……?」
「テスタロッサ! 奴の動きを止めるぞ!」
救助活動を待ってくれる怪獣ではない。フェイトの腕が塞がっているのなら、シグナムが先行して攻撃するだけだ。
そして夜天の書の守護騎士。烈火の将とも呼ばれる近接戦のスペシャリストであるシグナムがそうそう後れを取るわけがない。
「はあああああ――――!」
シグナムは自らのデバイスであり愛刀『レヴァンティン』で斬りかかる。
狙いは火球が発射されていた腕だ。渾身の力を込めた一撃はシグナムの魔力が限界まで通された一撃だ。空を飛び、下半身の動きを刀に乗せられないハンデをものともしない。
それをゼットンは自身の腕で受け切った。
シグナムは最低でも腕は両断するつもりだったが、腕の骨を断つことすら出来なかった。分厚い筋肉に刀の衝撃が吸収され、丈夫な骨に完全に受け止められる。
「(こいつ、硬い!)」
満足のいく結果を得られなかったシグナムは、顔をしかめる。
しかし、ゼットンにとっては初めての骨のある攻撃だ。シグナムを明確に敵対者として認識し、腕を振りかぶった。
「ッ!!」
「シグナム!」
技術の伴っていない、単純な腕力による攻撃だ。タイミングさえ見極めれば、受け流すことは容易い。しかし、予想以上の衝撃があった。
「気をつけろ! お前の防御では一撃で落とされかねん!」
「わかった! フォトンランサー!」
ならばとフェイトが用意するのは雷の矢だ。なのはの使うアクセルシューターとは違い誘導性は無いが、代わりに真っ直ぐと、弾速が早いのが特徴の魔法になっている。
「ファイヤッ!!」
フェイトの号令で、一斉に発射される。弾丸はすべて命中するが、ゼットンは少し揺れるだけで平然としている。
「物理も魔法も、生半可な能力は効かないね」
「ああ。私がまともに斬っても、かまわず反撃するほどのタフネスだ」
ゼットンの狙いは完全に2人になっている。その間に他の管理局員は撤退することで2人の戦闘の邪魔にならないようにしていた。
手伝うよりも邪魔にならないでいたほうが、2人にとってはありがたい。そのくらいの実力差があり、ゼットンに対抗できるのはこの場では2人しかいなかった。
「仕方がない。時間をかけては怪我人が増えるだけだ。次の一撃で決める」
「うん、任せても?」
「問題ない。援護は任せるぞ」
そう言うと、シグナムは空中であるにもかかわらず、まるでそこに地面があるかのように腰を落とす。
シグナムのデバイスは剣と鞘で1つだ。わざわざ片手をふさいでまで鞘を持っているのには大きな理由がある。
剣を鞘に納めると、ガシャンッ! と音がして、鞘から薬莢が排出される。
カートリッジシステムと呼ばれる、一部のデバイスに搭載されている機能だ。魔力が圧縮されたシリンダーを炸裂させることで、瞬間的に出力を引き上げる。空になったシリンダーは排出されるため、一見すると薬莢のように見えるという訳だ。
そして瞬間的に出力を上げるということは、大技の準備―――シグナムは宣言通り、次の一振りで決めるつもりなのだ。
フェイトはその攻撃を成功させるために動き始める。ゼットンの周りを飛び回り、魔力弾でかく乱するのだ。
先ほどは平然としていたゼットンだが、それでも煩わしいようだ。
ゼットンの周りに透明なアクリル板の様な物体が現れた。全方位バリヤーである『ゼットンシャッター』だ。それに阻まれるせいでフェイトの魔力弾はゼットンに当たらない。
しかしゼットンの注意を引くことは出来た。反撃のメテオ火球を華麗に避け、シグナムに対して後ろを向かせることに成功したのだ。
「背中から斬るのは卑怯かもしれないが、相手が猛獣ならば―――ッ!!」
一気に加速する。
「紫電―――一閃ッ!!」
抜刀された刀身は炎を纏っていた。
研ぎ澄まされた斬撃は、滑らかに滑り、空中に炎の軌跡を作り出した。
「ピポポ、ポポ―――!!」
断末魔を残し、ゼットンは爆発したのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
ゼットンが消滅すると、あたりは一気に静かになった。
破壊の後は凄まじい。インベーダーがほかの研究所に行って良かったといっていた研究員たちも、その時の晴れやかな表情は出来なくなっていた。
救急車が到着し、怪我人が運ばれていく。緊急出動した六課だけではなく、通常の管理局員も到着し始めた。
(そろそろ引き継ぎかな)
流れだけを見れば、つい昨日までの工場襲撃事件と全く同じだった。だが今回の事件を見る限り、フェイトはどう頑張っても同一犯の仕業とは思えなかった。
「今回の事件に便乗して、どこかの研究機関が生物兵器の実験をした? それとも事故で逃げ出したか……」
少なくとも、巨大生物を使って無差別に破壊するようなまねはしないだろうという、確信にも似た何かがあった。
そんなことを考えつつ、施設の破壊跡を空から眺めていた。そんな時。
「あれ……?」
視界の端に、白いものが見えた。瓦礫に紛れて、汚れた白衣が見えている。ここは研究所だ。白衣自体は珍しいものではない。
だがその白衣は、ちょうど作られた空間にあった。頑丈な部屋だったのか、それとも破壊の魔の手がそこまで及ばなかったのかはわからないが、部屋1つ分が、割ときれいな形で残っていた。
「大丈夫ですか!?」
フェイトが慌てて着地する。
白衣は脱ぎ擦れられたものではなかった。1人の少女がしっかりと着ていた。
「外傷は……無い。とにかく早く救急車に……!」
フェイトは少女を抱えて飛び立とうとする。
「ん、ぁ……?」
と、少女が瞼を震わせた。
「もう大丈夫ですよ。どこか痛むところはありますか?」
「ぃ、いえ、大丈夫、自分で立てるわ」
「私は管理局です。じっとしていてください。これから救急隊に運びます」
「管理局……?」
自分で立てるという割には、フェイトの言葉への反応が薄い。フェイトは体を宙に浮かべた。少女の負担にならないように、いつもに比べればはるかに速度を落として飛行する。
「これは……何が起こったの?」
ゼットンによる破壊の跡を上空から見下ろした布束は、フェイトに問う。
「正体不明の生命体が暴れまわったんです。あなたが働いていた工場は機能不能、幸い今のところ死者は確認されていませんが……」
「……あなた、本当に管理局員なの?」
「はい? そ、そうですけど?」
「表向きの所属は?」
「表向き? 表向きと言いますか……私は特務六課所属の、フェイト・T・ハラオウンです」
いまいち会話が成り立っていないと感じたフェイトは、とりあえず身分証を提示する。すると、少女はそれを食い入るように覗き始めた。
(この反応、ここまで素直にしゃべるってことは、暗部の息のかかった連中じゃない。それに特務六課にフェイト・T・ハラオウン……『ゆりかご』を堕としたチームと、プロジェクトFの成果……こんなことがあるの? 実力と実績のある部隊に捜査させるなんて。わざわざこんな危険を冒すなんて。暗部の連中は、こんな危ない橋を渡っているっていうの? いえ、でもこれは――――)
「あの、納得していただけましたか?」
「ええ。私の名前は布束 砥信。ここの研究所の人間じゃないわ」
「そうなんですか?」
自分のペースで話し始める布束だったが、フェイトは何も言うことなく相槌する。布束も、ようやく見え始めた光明に焦っていたのだ。
「このままこっそりと、私をあなた達の部隊に連れて行ってほしい」
「え、病院に行ったほうが……」
「怪我なんて無いわ。それに、医療設備ならそちらにもあるでしょう?」
「それはそうですが……」
当たり前だが、布束の提案はそう簡単に承諾出来るものではない。そんなフェイトに対して、ダメ押しの一言を放つ。
「私はこの島で行われている恐ろしい実験について知っているの。管理局内部にも内通者、協力者がいる。信頼できる人物じゃないと話せない」
「……それはあなたの身も危ないということですか?」
「そうよ」
フェイトには心当たりがあった。管理局の内通者、協力者。突然捜査権限を持って行かれてしまった事件について。
いつの間にかフェイトは、空中で足を止めていた。
「それはもしかして、御坂美琴の軍用クローンに関係することですか?」
「っ、だったら話が早いわ。それよりももっと深い情報を、私は持っている」
「……分かりました。あなたを私たちの隊舎に連れていきます《シグナム、ちょっといい?》」
シグナムに念話を飛ばすフェイト。
「いえ、ですから《どうした、テスタロッサ》」
「《ごめん、取り込み中だった? 重要なことだから、すぐに話したいんだけど》」
「《いや、本部の連中が到着してな。今日、主はやてのところに来た、テレスティーナ・木原・ライフラインという女だ》」
そう、下で救助活動の指揮をとっていたシグナムは、到着していた木原と向かい合っていたのだ。
「シグナム二尉? いい加減聞き分けて下さい。捜査の権限は私達にあります」
「何故だ? 話では、貴様らに与えられているのは、一連の研究所襲撃事件の捜査に関する権限だったはずだ。貴様達にはこの事件も同一犯、あるいは同一グループの仕業に見えるのか?」
「それを決めるのはあなたではなく、我々です。我々がそう判断した。それで十分なんですよ」
斬りつけるような視線で見降ろされる木原だが、余裕の笑みは無くならない。
「《シグナム! いろいろ言いたいことがあるかもしれないけど、今日は抑えて! それ以上に有用そうな情報が手に入るかもしれないの!》」
「《……わかった》ふぅ……了解した。この場は任せる」
「はい。ご理解いただけたようで、何よりです」
飛んでここまで来たフェイトとシグナムは、帰りも空だ。だが、それはそれで都合が良かった。
木原に背を向けて飛んだシグナムは、しばらくしてフェイトと合流した。もちろん初めに問うのは、
「その抱えている少女は?」
「情報提供者の布束さん。この事件の突破口になるかもしれないの」
「ふむ……詳しくは六課に戻ってからだな」
2人は急いで、六課へ向かって帰還するのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
「ッチ! いちいち突っかかりやがって。真面目な局員なら、命令もまじめに聞いてろってんだよ」
それまでの口調はどこに行ったのか、シグナムのことを口汚く罵った木原は研究所のとある場所に向かって足を進める。
研究所で一番頑丈に作られている、生体ポッドのある部屋だ。そこに入っているのは一糸まとわぬ姿の御坂美琴―――のクローン。妹達だ。
「オイ、人払いは済んでるか?」
「はい。救急隊、一般の管理局員、すべて」
「よし、運べ」
ポッドごと移送する。大きな輸送車3台を使った大掛かりなものだ。
木原が力仕事をすることは無い。あくまで彼女は現場監督。力仕事は部下に任せるものだ。しかし部下もプロだ。テキパキと作業を済ませていく。
木原は先ほどのシグナムの言葉を思い出していた。
「『貴様達には、この事件も同一犯、あるいはグループの仕業に見えるのか?』、ねぇ? んなの、思ってる訳ねえだろうが。クソが、いったいどこのどいつの仕業だってんだよ。この期に及んでちょっかいをかけてくるクソのクソがよぉ」
そんなイラついている木原を、物陰から覗く影があった。
「まさか、ここまで収穫があるとはなぁ。あいつらも、何か掴んだみたいだしな。あの木原とかいうババァの弱みも……ま、持ってて困るもんじゃねぇもんな。さて、これでどう転んでいくのかね」
そう言い残し、影は姿を消したのだった。