何か特別なお話という訳ではなく、普通に続きになりますが。
これからもよろしくお願いします。
「どう? おいしい?」
「はい。この手の甘味を口にする機会は少ないですが、おいしい、と感じます。とミサカは舌を動かしつつ応えます」
「そっか、そっか。良かった~」
こうして2人してアイスを頬張っている姿は、一見するとただの友達だ。制服こそ違うが、違う学校の友達、もしかすると小学校は一緒だったのかもしれない。
学校もない夏休み、騒がしくなるであろう8月前に夏の思い出を作っている。
周りからはそう見えていることだろう。
俺からはそう見えない。
「どういう、事だ」
「ん、ちょっと気になっちゃって」
メアはアイスを食べつつ言った。
「調べたんだよね、実験について」
ちょっと調べたくらいでここまでたどり着いてしまうのか。全くうらやましい。やはり俺達とは情報網が違うようだ。
「私だけじゃなくて『教授』の力も借りたけどねー」
ちびちびと食べる御坂妹とは違い、メアは一気にアイスを食べ切った。
「この娘の
どういう偶然か、その番号は原作で上条さんが助ける妹達、その1つ前の番号だった。おそらく上条さんが事件を知るきっかけになった、裏路地で無残に殺されてしまった妹達。
目の前で生きている。
「……っ」
薄暗く、車のほとんどがライトをつけて走っている。あと十分もすれば太陽は完全に沈み、夜になるだろう。
場面が刻々と整ってきている。
「それで、やっぱり気になっちゃって」
「じゃあやっぱり……!」
「うん。次の実験で使われるのが、この娘。10031号ちゃん。もうあと30分もしないうちに実験が始まるんだよ」
30分。それは目の前にいる妹達の寿命に等しい。
「実験についてしゃべってしまっても良いのですか? とミサカはあなたの不用心を咎めます」
「あはは、大丈夫だよ。翔君は関係者だから、ね?」
「……ああ。まあな」
実験の関係者、と思われるのはあまりいい気分ではないが、無用な疑いを向けられる必要もない。
「あなたは自分のクローンが現れたらどう思いますか、とミサカは尋ねます」
「は?」
御坂妹が突然、質問をしてくる。
「質問の意味が分かりませんでしたか。前回あなたとお会いしたとき、お姉さまと親しげにお話していました。覚えていますか? とミサカはあなたの記憶能力の確認から始めます」
親しく? あれ、そんな親しそうに話した記憶がないが。
「あの後、実験のためにお姉さまと別れました。そして次に会った時に言われたんです」
抑揚のない声で、すらすらと音読するように言う。
「もう二度と、ミサカのことを見たくないと」
「……」
俺は下を向き、黙った。
「いくつかの書物で見ました。クローンを扱う作品の登場人物は、その多くがクローンに対して好意的ではありません。理解を示すのはごく一部。法律でも禁止されているのは人を不快にさせるからしょうか? とミサカはあなたの意見を求めます」
「それは……! 俺は……俺はまあ、自分のクローンが現れたら驚くとは思うけど、不快に思ったりはしない。御坂だってそのはずだ」
「そうでしょうか……」
もっとわかったようなことを言いたい。
御坂だって、別に不快に思ってそんなことを言ったわけじゃない。絶対に。御坂はそんなことを考えるような奴じゃないって。
そうじゃなければ、わざわざ危険を冒して実験を止めようとする訳がないんだ。
「ですが、ミサカに与えられた自由時間は少ないです。あれからお姉さまに会うことなく、あの言葉の意味を聞けずにいます、それが―――」
「心残りなのか?」
「心、残り……そうかもしれません」
一瞬、少しだけ声のトーンが下がったような気がした。しかし、すぐに元に戻る。
「そろそろ時間ですね。これで失礼します、メアさん、翔さん」
「……っ」
「もし次にお会いすることがあっても、そのミサカはこのミサカではありません。ですが記憶は共有しているので、自己紹介する必要はありませんよ。とミサカは最後の別れを口にします」
思わず口にしていた。
「最後なんかじゃない」
「……?」
「はい……?」
御坂妹とメアはそろって首を傾げていた。
「また会うぞ。実験を終わらせてからな」
「おっしゃる意味が分かりません。実験が終わったときにはすでに、すべてのミサカは『処理』されているはずです。とミサカは間違いを指摘します」
「間違ってない。すぐにわかるさ」
俺の言葉を御坂妹は最後まで理解しなかったが、メアは理解したみたいだ。
段々と小さくなる御坂妹の背中を見ていると、声をかけられた。
「どうして?」
「何……?」
「どうして助けようとするの?」
メアは俺の意志を正しく理解してくれたらしい。
「別に助けを求められているわけじゃないんだよ? ううん、むしろあの娘たちの邪魔をしてる。何もわかってないんだよ、翔君は。勝手にかわいそうだって思って、勘違いしてる」
「……」
俺は黙って話を聞く。
「あの娘はね。実験動物っていうのを正しく理解している。わかっていながら自分たちの事を平然と『実験動物』って言うんだよ。翔君から見たらおかしいことなのかもしれないけど、私たちの中ではこれが普通なの」
ラノベやアニメで御坂が言っていたセリフだ。だが、メアの考えによって内容が少し変えられている。
「ニンゲンって、よく悩むんでしょ? 自分がどうして生まれてきたのか、とか、何をするべきなんだ、とか。でも私たちは違うの。私やヤミお姉ちゃんだったら兵器。あの娘だったら実験。どうやって生きるべきなのか、死ぬべきなのか、あらかじめ決まってるの。作られた瞬間から、生きる目的が決まってるだよ。それはとっても素晴らしいことでしょ? 翔君はそれを取り上げようとしてるんだよ?」
確かにな。何をすればよいのか決まっているってのは、楽でいいだろう。生まれた瞬間から天啓を受けているようなものだ。
だが、
「そんなのはクソくらえだ」
「は……?」
クソだ。そんなものは。
「あいつらがモルモットとして死ぬことを望んでいる? そんな訳ねぇだろうが! そんな訳、無いんだよ」
実験に必要な最低限度の知識を学習装置で脳みそに刻まれた妹達に、そんな望みなんてものは無い。
1万回殺され、あと1万回殺されるとわかっていながら、泣き言一つ言わずに実験に参加する御坂妹は、確かにモルモットなんだろう。とても人間とは思えない。
だが、それでも。
「自分の姉との会話をずっと心に留めておくくらいには、あいつらは人間なんだろ……!」
確かにあいつは言った。姉と話すことが出来ないのが心残りだと。
「メア。どんなに都合の良いようにデザインしたって、人はロボットにはなれない。感情が無いふりをしたって、感じる心を止めることは出来ないんだ。人間じゃないって言うなら、そういう心を平気な顔で踏みにじることが出来るようなヤツらだ」
相手のことを思いやる気持ちがあるのなら、人間でもAIでも人外でも―――クローンでも、それは尊重するべき、尊敬するべき『個』だ。
「ヤミやメアだってそうだ。ヤミを見ればわかるだろう。ヤミがヴィヴィオに心を開いて、ここにいようと思ったのは―――」
「違うッ!! 私は……ッ! マスターに言われてここにいるだけ! ヤミお姉ちゃんだって、勘違いしてるだけなんだ! 私達は……!」
大声で言い争っているため、周りの視線が痛くなってきた。だが、それももう終わりだ。
この場で言い争いをして得るものは、もう何もない。
「サヨナラ、翔君。翔君が死んだあと、ヤミお姉ちゃんのことは好きにするから」
「安心しろ。俺は死なねぇよ」
そう言い残し、俺は歩き始めた。
御坂妹の後を追って。
―――――――――――――――――――――
「これが、私が知っているすべてよ」
「「「……」」」
布束の説明に、一同は重苦しい空気になった。
緊急の会議だと今回集められた特務六課のメンバーは、はやて、楯無、クローディア、なのは、フェイト、ティアナ、シグナム、蛇倉の8人だ。
たった今、布束が実験の説明を終えたところだ。
いずれも相当の修羅場を潜り抜けてきた強者だが、この事件の衝撃は、過去のどんな事件よりも大きいものだった。
「これで色々と合点が言ったなあ」
「そうだね。こんなに強引に捜査権を持っていかれたのも、きっとこのせいだったんだ」
はやての言葉にフェイトは同調する。
「おそらく、テレスティーナ・木原・ライフラインは黒でしょう。何も知らずに内通者に使われていると言うよりも、内通者の身内の可能性の方が高い」
「そうですね。六課だけじゃなくて、現場にも来たって話ですし」
「知っている人が多いほど、悪だくみは外に漏れちゃうからね。知っている人数は少なくしたほうがいいもん」
その時ドアがノックされ、レムとラムが入ってきた。手に持つお盆には、湯飲みが置かれている。
「「皆さん、お茶をお持ちしました」」
「ん、ありがとうな」
2人は一礼して、テーブルに湯飲みを並べていく。
「とりあえず、彼女は保護という形で六課にいてもらうのが良いと思います。いったいどこに内通者、直接的に言えば、裏切り者が潜んでいるのかわかりませんから」
(どの口が言うんだか)
蛇倉の提案に、ラムは心の中で鼻を鳴らした。
「そやな。布束さん、それでもええ?」
「はい。ありがたいです」
「布束さんはそれでよいとして、実験を知ってしまった私たちは、今度どのように動きますか?」
楯無は、扇子で肩を叩きつつ問う。
「もちろん、私たちは実験の阻止に向けて動く」
「よろしいんですか? 相手は内通者ですが、命令はれっきとした上からのものですよ?」
迷い無く言い切ったはやてに、クローディアは苦言を呈する。美琴と接触できたことを翔からの連絡で知っていたクローディアとしては、もう少し時間が欲しかった。
だが、そんなことを知らないはやてから見れば、布束からの情報は反撃の糸口だ。
「向こうが持って行ったのは、あくまで『研究所襲撃について』の捜査権。あくまでうちらの捜査は『
「名目上は別の捜査。もちろん屁理屈だし、向こうが妨害してきたらどうしようもないけど、それ以上の速さで動いちゃえばいい。こっちには実験の関係者の布束さんがいるからね」
「もちろん。私も協力させてもらいます」
なのはの視線に、布束は頷いた。
こうして六課は、事件解決のために動き出すことになったのだった。
―――――――――――――――――――――――
「さて、ここですのね」
「そうみたいだね」
狂三と理子はとある研究所の前に来ていた。
翔がいないとわかった時の女の子たちの反応は、大方翔の予想通りだった。
今朝起きてみると布団に翔がいない。連絡もない。なら、探しに行くしかない。
単純な論法で、翔の捜索が決定した。だが、少しとは言え今の事件の事情を知っている2人には、何となく理由が見えていた。
つまりは事件に関わった誰か(確実に女の子)と一緒にいるのだろう、と。
そうとは知らない女の子たちは、翔がスタンド使いの襲撃にでも遭って、1人捕らえられてしまったのではないか、と考えている。
それはもう必死で、翔の無事を祈って街を走り回っているわけだ。
色々な意味で、翔の未来は詰んでいた。
「まあ、カモフラージュにはなったのかな?」
「ですわね。こうして2人でこんなところに来ても、おかしいとは思われないんですもの」
そんな中、2人には知らない人物から連絡があった。
その待ち合わせ場所に指定されたのが、この研究所だったというわけだ。
2人は警戒しつつ忍び込んだが、研究所はもぬけの殻だった。警備員もいなければ、電気的な設備も何一つ動いていない。
そうして三十分程、捜索を続けた。
ようやく人を見つけた。別に最上階の一室という訳ではない。施設の片隅の部屋だ。たくさんある部屋で、そこだけ明かりがついている。
2人は迷うことなく踏み込んだ。
「わたくし達を呼んだのはあなたですの?」
狂三と理子は銃を構える。
「そうよ。別に警戒しなくても、この施設には私しかいないわ」
このペーパーレスの時代に、膨大な量の紙の資料が床に散らばっている。うっすらと埃が積もり始めているものもあるところを見ると、この作業をし始めて1,2週間は経っているのがわかる。
小さなビルのオフィス程度の大きさの部屋。中央に陣取られたテーブルには、1人の女性が座っていた。
何度も洗濯をしているのだろう、色の抜けた紺色のTシャツとジーンズ。その上にこれまたよれよれの、買ってから1度もアイロンをかけたことが無いと主張している白衣を着ている。
「本当は
女性は手に持った資料を適当に床に放り投げた。
「初めまして。私は芳川 桔梗。実験の邪魔をしているあなたたちに、少しお願いしたいことがあるの」
女性―――芳川 桔梗は、化粧っ気のない顔に笑みを浮かべるのだった。