「(やった、か……?)」
今の俺に出せる最高の拳だった。俺の挑発に乗ってまともに受けてくれたこともあって、能力をすべて切っているとは思えない、素晴らしい手ごたえだった。
だが、そう簡単にはいかない。
「ァ、は? い、たい。はは、何だよそりゃあ?」
意識を刈り取るまでにはいかなかったみたいだ。地面に倒れる衝撃まで体に与えられていれば。反射のせいで、俺の右手以外のダメージが全く入らないからだ。
これでおしまいにできなかった代償は大きい。俺の右手が反射を貫けることを知られてしまった。
「何をしやがったあああああァァァァ!!!」
さっきとは一転した血走った眼を向けてきたかと思った瞬間、駄々っ子のように腕を振り回した。
俺はこの先起きることを予測して能力を切り替えた。
人の頭よりも一回り大きいコンクリート片、それが。
「ガアアアアアアァァァァ―――!!」
砲弾の速度で俺に向かって撃ち出された。
まともな力で全力投球したのなら肩の方が壊れる質量だが、ベクトル操作を使ったんだろう。狙いは正確に俺の頭だ。
「
爪弾がコンクリート片に命中する。
「な……ッ!?」
回転の中に一瞬身を隠し、回転を移動。もう一度外に出る。出た時にはすでに
三歩で届く距離―――!!
「アアアァァァッ!!!」
だがその動きは幼く、稚拙だ。拳は握られていない。パーの形になり、指先だけでも俺に触れようとしているのが分かる。
だが、
「ご……ァ……!!」
ベクトル操作を行っていない、素の身体能力なら俺が負けることは無い。
2度目の拳が顔面に突き刺さる。
「ク、ソ、がァァッァァァ!!!」
手で振れれば俺を爆散させることが出来る。その考えがあるからだろう。鬼ごっこのように俺に手を伸ばしてくる。
「調子にのってンじゃねェぞ、三下アアアァァ!!」
柔道や相撲のように相手に組み付き、投げ飛ばす洗練された動作ではない。子供がじゃれつくような単純な動きだ。
しかし、振り回すだけでもそれは脅威だ。右手以外では触ることが出来ない俺は、攻撃と防御の両方を右手だけで行わなければならない。
一度でも他の部位に触れられればアウト。
だが、
「なんだよそりゃァ! ちょこまか、ちょこまか動き回りやがって!」
「こちとら、いつもアリアの相手をしてるんだぞッ!!」
アリアのちっこい体が繰り出す天才的な格闘技に比べれば、全然、何もかもが足りていない。
近づけば悉く顔面に拳をお見舞いされる。ようやくそれを理解したのか、
俺もむやみに追撃を仕掛けるようなまねはしない。
「『後ろに下がる』なんて、初めてじゃないのか、
「……黙れよ。三下がァ……!」
血走った眼で俺を睨みつけてくる
「面白れェ右手じゃねェか。俺の能力を破ったヤツは初めてだぜ」
「面白い手品だろ?」
「アァ……だがその手品も、右手以外じゃ出来ねェみたいだな」
「……」
あんなにぼこぼこに殴られてたのに、しっかりと分析されているみたいだ。
「手品よりも一発芸って呼ンだ方がいいのかもなァ? しかも、反射を突破している間は、テメェは魔法を使えねェ。使われてたら、とっくの昔にやられちまってる」
「種が割れちまえばつまらねェなァ。俺を殴るには、テメェは無防備になるしかねェって訳だ」
「……」
俺は無言で
どんな攻撃が飛んでくるのかわからないが、生身だと即死するかもしれない。
だがそれは同時に、受けに回ることを意味する。どんな攻撃も出来なければ、右手も含めて、触れられただけで死ぬ状態で、受けに回るのだ。
だがここで強引に攻撃すれば、俺は生身であると宣言しているに等しい。拳が届かない範囲に逃げられ、壊滅的な攻撃を浴びせられるだろう。
まずい。考えている時間が無い。
「この一手でお前は退場だァ」
「ッ!?」
「マジか……!」
その意味はすぐに理解できた。
揺れがどんどん強くなる。その中心は
地面が無くなり、ぽっかりと大穴が作られる。底が見えない。アインハルトや綺凛と一緒に落っこちたことのあるバラストエリアまで続いているんだろうか。
連鎖するように、周りのビルの倒壊が始まる。
ここはビルに囲まれた細い路地だ。そんなところで、地盤そのものをぶち壊せばどうなるか。
コンクリートの雨が降ってくる。耳には建物が崩壊する音しか入ってこない。
このエリアをまとめて破壊しかねない破壊だ。俺だけなら何とかなるけど……
「御坂……ッ!!」
「クソッ!!」
このままでは間違いなく死んでしまう。
急いで救助に向かう。
もはやいつ足元が抜けてもおかしくない。御坂妹を背負い、ふと、今俺が何をしているのかを思い出した、
「―――ッ!!」
空を見上げると同時に、白い隕石が落ちてきた。
空に飛びあがっていた
しかも足が下になっている。まるでライダーキックだ。あの勢いだと、拳で迎撃することも出来ない。破れかぶれで拳を突き出しても、向こうは片足がつぶれるだけだが、こちらは粉々だ。
当然背負っている御坂妹ごと。
「くたばれェェェェェ! 三下ァァァァァ!!!」
その攻撃によって、島の一角に大穴が開くことになった。
―――――――――――――――――――
「(お願い、無事でいて……っ!!)」
美琴はすっかり日の落ちた空を飛びながら、それだけを考えていた。
ビルとビルの屋上、そこに能力を使って磁力のケーブルを繋ぎ、一直線にあの裏路地へ急いでいたのだ。
研究所のモニターに映っていたモノの意味はすぐに理解することが出来た。一方通行と妹達。紛れもない実験のさなかに割り込むように映りこんでいた翔。
数時間前の会話の内容を思い出せば、翔が何をするつもりなのかなど簡単に想像出来る。
「なんで、なんであんたが知ってるのよ……っ」
どんな運命があったのか、美琴が最後まで教えなかった情報を掴んでしまった。そうとしか思えなかった。
「(お願いだから無事で―――)ッ!?」
突然、町のど真ん中が黒くなった。日が沈み街灯やビルの照明がある中、そこだけ絵の具で黒く塗りつぶしたかのように、電気が消えてしまったのだ。
「なに、この音……!?」
続いて聞こえるのは、地鳴りのような音だ。
「あの場所、まさか……っ」
明らかな異常事態だ。これを人為的に引き起こそうとすれば、それこそレベル5級の能力者が腕を振るわなければならない。
全ての情報が、1つ1つ丁寧に積み重ねられる。
「……は?」
美琴が着地したときには、裏路地は消滅していた。正確には、ぽっかりと大穴が作られていたのだ。大型トラックでも簡単に飲み込んでしまうほどの大穴だ。周りには瓦礫の山が作られている。
電気が消えたのは、このせいだとすぐにわかる。たった今作られたものだということも。
場所を間違えてしまったのか、何かの工事の最中かと美琴は現実逃避を始めるが、その淵に座る白髪の少年を目にする。
「―――は、ァ……笑った笑った。死ぬかと思うぐらい笑っちまったぞ、クソったれが」
「ァ、
「あァ?」
一方通行は美琴の存在に気が付く。
「よォ、また会ったなァ、オリジナル」
美琴に向けられた顔は痛々しいものだった。顔中血だらけで、頬は腫れている。だがそれでも、その表情は晴れやかだった。
「アイツ、は……」
「あァ?」
「アイツは何処よ!!」
「アイツだァ……? ああ……」
一方通行は穴の底を指さす。
「まァ、実験のことを知ってるンだったら、お前の知り合いでもおかしくはねェよなァ。気をつけろよな、アイツのせいで実験がめちゃくちゃになるところだったぜ」
「だから……っ!」
「まァ、貴重な体験はしたけどなァ。あンな奴は初めてだったぜェ? なンせ俺の能力を破りやがったンだからなァ」
「ッ……!」
美琴は
「本当に、本当にアイツは、拳一つで……」
「おいおい、知ってたンだったら止めてやれば良かったじゃねェか。お前だって、いくら何でも無謀だってわかってただろうが。まァ、死んじまった今となっちゃ遅ェけどなァ」
「死ん、だ……」
「ああ……そういや、お前のクローンも一緒に潰しちまったな……どうでもいいか」
「そん、な……」
美琴は全身の力が抜け、そこに座り込んでしまった。
―――ほら、やっぱり死んだ。私のせいで、関係ない人が。
「(私のせいで、私の、せい、で……妹達だけじゃない、関係ない人まで、犠牲に……)」
一方通行は舌打ちした。
「おいおい、勘弁してくれねェか。そいつは何の真似だよ、三下」
「…………」
美琴はコインが乗せられた右手を一方通行に突き出していた。
「そいつが俺に効かないって事はよォ、最初に会った時にわかったことじゃねェのか?」
「……うるさい」
美琴と一方通行が初めて会った場所、それはすなわち実験の会場で、妹達の惨殺現場だった。
怒りに任せて放った
あの時の感覚は今でも身震いする。
妹達を殺し、実験はもう終わりだというところで乱入した美琴。予定外の事態に一方通行が小首をかしげたのだ。そのおかげで、正確に跳ね返すはずの『反射』が少しだけズレたのだ。風圧で倒れ、少しすりむくくらいで済んだ。
だが、二度目はない。
しかしどんなに決意を固めようと、どんなに必殺の攻撃を向けようとも、一方通行にとっては有象無象の1人でしかない。
やれるものならやってみろと言わんばかりに、そっぽを向く。
今、一方通行の心を満たしているのは、初めての勝負に勝ったという充足感だけだ。
だがその時。
「ふう……」
「「ッ!?」」
瓦礫をかき分けて、黒い影のようなものが立ち上がった。同じ色の翼を広げ、2人の人を守っていた。
少年と少女だ。少女は気を失っているが怪我はなく、少年はボロボロだがしっかりと立っている。
「ありがとよ、
お礼を言われた影は、少年の足元に消えていく。
一方通行が立った今勝利したと思っていた相手―――夜月 翔がそこには立っていた。
―――――――――――――――――――――
俺が盾になったから、御坂妹に怪我は無いとは思うけど、一刻も早く病院に運ばないといけない。
そのためには、いい加減この戦いに決着をつけないとだな。
「(あ、ありえねェ。俺が何人の妹達をぶっ殺したと思ってやがるッ! どうすれば人が死ぬかなンて嫌というほど分かってるッ! 今の攻撃で死なねェはずが……!)」
一方通行との距離は10メートルも無い。向こうは腰が引けている。指先が震え、せわしなく呼吸を繰り返している。
「ハ、ハハ。いいネェ、オマエ」
それでも、引く意志は無いようだ。
「最っ高にッ! 面白ェぞ!!」
砲弾のような速度で俺に突進してくる一方通行に、俺の口が少しだけ緩む。
やっぱり戦い方を知らないな。せっかく自分に有利な距離があったのに、勢いに任せて近寄ってくるなんて。まっすぐと俺の懐に、俺の間合いに飛び込んできてくれる。
左右から迫る一方通行の腕。かがんで避けると、引きつった表情の一方通行と目が合った。今更ながらに、己の失策を悟ったんだろう。
握った拳を空に突き出すように振り上げた。それは正確にアゴに突き刺さる。
今度こそ、一方通行が起き上がることは無かった。