「「「……ッ!!」」」
研究員たちはざわめいていた。
モニターに映る荒い映像には、たった今決した勝負の勝敗が映し出されていた。
一方通行の攻撃によって辺りのカメラが全滅したため、急いで飛ばしたドローンによってやっと見ることのできた現場だった。
今回の実験の核になっていた一方通行は、倒れたまま起き上がる様子はない。
これは認めるしかなかった。
一方通行は負けたのだ。あの少年に。
「っ!
我に返った研究員が指示を飛ばす。
申請はすぐに受理され、再演算の結果は30分ほどで帰ってきた。
《第10031次実験で起きたイレギュラーによる一方通行の敗北により、一方通行の
帰ってきたのは無慈悲な通達だった。
あっさりと、短い文章で、実験の終わりが告げられた。
翔や美琴たちを苦しめた
1人の例外もなく崩れ落ちる―――いや、そうではない人物がいた。
落胆した様子のない幻生にティアーユは声をかける。
「ふむ……」
「木原さん……?」
幻生はいつもの調子でしゃべり始めた。
「いや、失敗したものはしょうがないさ。うん。実験だからね。科学の発展に多少の犠牲はつきものであるのと同様に、実験に失敗はつきものなんだ」
「は、はぁ……?」
その通りだが、この状況で言われるとどうしても違和感を覚えてしまう。
「(……違和感? そう違和感よ。どうして私はここに、どうしてこんな実験に参加を……)」
疑問ははっきりとしているのに、思考が靄のように定まってくれない。何度も経験したことのある症状だ。掴み取ることのできない靄を追いかけているうちに、思考は消え去ってしまうのだ。
「ルナティーク君、君に渡した『アレ』は今も持っているよね?」
「はい」
「見せてくれないかい?」
「わかりました」
幻生の声で、いつもの通り疑問が霧散して消えた。
そして言われるがまま、胸元のポケットから赤と青、時計型の『何か』を取り出すティアーユ。
「どれどれ、このウォッチの本当の使い方を教えようか」
《BUILD》
「え――――」
幻生は『何か』を―――アナザーウォッチを起動して、ティアーユに埋め込んだ。
「これはこれで研究のし甲斐のあるモノだったんだけどね? 残念だが今回は、こういった形で使わせてもらうとしようかな」
「あ、ああ、あああ――――――」
ティアーユの姿がみるみる変わっていく。
赤と青2色が良く目立つ。2色の複眼からはウサギの耳のようなブレードと、戦車の砲身のようなアンテナが伸びている。
『本物』には無い『歯』はより生物的な恐怖を与えてくる。
「これは力の結晶なんだよ。『仮面ライダー』という英雄の力だ。この世界のものではない、全く未知の力を与えてくれる」
もうそこにはティアーユ・ルナティークは存在していなかった。そこにいるのは異形の怪物だ。
「木原博士!? いったい何を!?」
「あー、そう。彼は何と言っていたかな。その姿のことを」
異変に気付いた研究員が何か言うが、幻生は気ままに頭をひねる。
「最近、実験に関係ないことはめっきり覚えられなくなってしまってねぇ……んー、何だったか……、……、……ああ! そうだ思い出した!」
もはや部屋の中は、一方通行が負けてしまったことなど、実験が失敗したことなど意識の外に放り出されてしまった。
あるのは異形の怪物への警戒心だけだ。
「アナザーライダー。アナザービルドだったかな? ルナティーク君、今日から君が―――『仮面ライダービルド』だよ。君達。これからのことは、『コレ』の指示に従ってね? それじゃあ―――」
「きっ、木原博士―――!!」
全く計画にないことを言い、背を向ける幻生。
「静かにしてください」
アナザービルドは元の、ティアーユの姿に戻る。それにホッとする研究者たちだったが、明らかに様子が変わってしまった。
「実験は、これからプランBに移行します。指示に従って下さい」
「(うんうん。もう暗示は必要ないみたいだね?)」
暗い廊下を1人で歩く幻生は、
「それじゃあ、『後』は任せたよ、ルナティーク君」
その言葉を残し、姿を消した。
―――――――――――――――――――――――――――
俺と一方通行の戦闘が終わってすぐに、管理局が駆け付けてきた。そしてその場にいた全員、病院に搬送されることになった。
突風で壁に叩きつけられた御坂妹。俺にぼこぼこに殴られて気を失った一方通行。一方通行からの攻撃を受けた俺。怪我が無いのは御坂姉だけだった。
そして、御坂姉もその場にいた重要参考人として、一緒に来ることになった。特に拒むことは無かったため、それ自体はすんなり完了した。
1つ気になったことと言えば、駆けつけてきた局員に六課の人がいなかったことか。
や、そりゃあ、すべての事件に六課が来るなんてことは無いだろう。俺の知り合いだけで世界が回っているわけじゃないんだから、確率としてはそっちの方が高いのは重々承知しているんだけどね。
そうして俺たちは病院に搬送された。
治療を受けて、意識のあった俺達は取り調べを受けることになる。
俺はベッドの上で、御坂は別の部屋で。
当然最初に聞かれるのは名前だ。
御坂はレベル5の中でも超有名な
常盤台中学は厳しいからなぁ。門限破りをしてるのがバレた時点でヤバそうなのに、余罪がどんどん出てくるんだもん。夏休みは、さぞ不自由な思いをすることになるだろう。
目の前にいない御坂に、少しだけ同情する。
無名な俺は、そんなに失うものは無い。
「夜月 翔……まだ正式配属はされていないようですが、特務六課所属になっていますね。今回は捜査ではありませんよね?」
「あ、はい」
忘れてた。俺ももう管理局員じゃん。じゃあ取り調べとかされなくても良いのでは?
「暴行の現場を目撃したので対応しました。武偵免許もあるので問題無いかと」
「なるほど、わかりました。あなたの上司にはこちらから連絡しておきますので、報告書もそちらにお願いします。武偵として処理する場合は、建物の修理費があなたにも行ってしまうので」
「わかりま―――」
ああ、まあね。公務で行動したのなら、報告書は必要だよな。
あんなバラストエリアまで貫通した島の修理費なんて、いくらかかるかわかんないし。前回は聖天子様に立て替えてもらったけど、自分て払うなんて想像出来ない。
だったら、報告書の手間くらい、全く惜しくは―――
「――――連絡したんですか?」
「え? はい。しましたよ」
「そうですか……仕事、早いですね」
「はぁ? 恐縮です」
連絡されたってことは、色々と知られてしまったってことだよな。俺が戦って、街をぶっ壊して、病院送りになったってことを。
しかも報告書とは。今回のことを事細かに報告しないといけないだろう。
第1位の超能力者と、あんな派手な戦闘をする理由……? ははっ、ごまかせるわけない。
これは覚悟を決めるしかないな。クローディアに迷惑がかからないようにしないと。
それから2時間が経過した。覚悟を決めたと言いつつも、往生際悪く言い訳を考え続けていたが、全く何も思い浮かばない。
タイムリミット。とうとう六課から人が来た。それはまさかの、
「部隊長が直々に来るとは思いませんでしたよ……」
「どーう? 元気してるー?」
ニコニコと笑いながら部屋に入ってきたのは俺の上司であり六課の部隊長、八神 はやてだった。
「あはは、まー、私も暇なんよ。指揮官がそんな前線に行くわけにはいかないらしくて」
「小さいころは、そんなの関係ないって突っ込んでいきそうですよね」
「いやいや、魔導師としては後方支援型だから。突っ込むのはフェイトちゃんで」
戦場には行ってたって事じゃないか。
八神さんが席に座る。気まずい雰囲気になる前に切り出した。
「えー、それで、ですね。今回の事ですが」
「うん。私達もびっくりや。まさか君がここまで先にいたなんてなぁ」
先にいた?
「クローディアから、あらかたの話は聞いた。夜月君も六課のことを聞いとるんやろ? 順を追って説明すると……」
六課が欠陥電気のことを調べていたのは俺も知っていた。だがその段階で、捜査権を無理やり持って行かれてしまったらしい。
このまま引き下がるしかないかと思われたが、昨日俺が襲った研究所とは別の方に怪獣が現れた。
スクランブル出動が掛かり、フェイトさんとシグナムさんがこれを撃退する。すると偶然にも、絶対能力者進化計画について知っている情報提供者が現れたと。
それで実験について知った六課は、解決に向けて動き出すことになったのだが、
「まさかその日の内に、実験の中核のはずの一方通行が身内に倒されるなんて思いもしなかったわ」
「やっべぇ……」
それは、やっべぇよ。
映像を見せてもらったけど、研究所を襲ってる怪獣、あれゼットンだろ!! あんまりウルトラマンに詳しくない俺でも知ってる、超メジャーな怪獣じゃないか!!
六課ではどこかの生物兵器が逃げ出したってことになってるみたいだけど、絶対誰かが召喚しただろ。
嫌な予感がするぞ……
「ま、結果的には妹達の犠牲は少なくて済んだし、クローディアともども、この件は不問ということで」
そっちも流石に隠し通せないよなぁ。
「でも、これは御坂 美琴にも言えることやけど、今度からはしっかりと大人に相談すること。それだけは守ってほしい。私達は仲間なんやから」
「……はい」
「今回は管理局にも裏切者がいたから、あんまり力になれなかったのかもしれないけど、それでも一言欲しい」
「……はい」
「それに君のことを心配してる女の子はたくさんいるんよ。その娘たちにも秘密にして、それがどんなにヒドいことか、わかってる?」
「はい。それはもちろん―――」
あれ?
「みんなに秘密にしてるって、クローディアに聞いたんですか?」
「うん? いやいや、本人から聞いたんよ」
「は?」
「うん。あー、複数やから、本人達って言うのが正しいんかな」
それはつまり。
「みんな、今は六課にいるってことですか!?」
「そや。ちょーっと、お手伝いしてもらっとるよ」
先送りにしていた問題が、まさかこんなところで降りかかってくるとは。
「お手伝いとは?」
「一方通行を倒したって言っても、実験をしようとしていた研究者が捕まったわけやない。協力者の情報を頼りに、一番重要な、中枢になっていた場所に行くんや。逮捕のために。まあ、後処理って感じかな。一番美味しいところは君に持っていかれたからなぁ」
「じゃあ俺も―――」
「許可を出すと思う?」
「……思いません」
「女の子達にも言われとるんよ。絶対に無茶をさせるなって。病院でじっとしてるようにって」
重症ではないけど、一方通行から受けたダメージはしっかりと残っている。
まあね。あの実力者たちだったら俺の助けなんていらないだろう。一番の障害だった一方通行を倒したところで、今回の俺の仕事は終わったようなものだ。
後はこのベッドの上で、事件解決の報告を待つだけ。
そして、みんなのお叱りを受けるのを待つだけ。
「はぁ……気が重い」
「ま、そんなことで悩めるのは、モテ男の特権やからな」
そんなことを話しているとメールが届いた。
「あ、これはお叱りのメールとちゃう?」
「怖いこと言わないでくださいよ……みんなには俺がここにいることは知らせてるんですか?」
「モチのロン。一番気にしてたのはそこやったから」
だったら本当にお叱りのメールかもしれないな。
「確認しても?」
「ええよ?」
俺は端末を開いてメールを確認する。
「……」
「んー? みんなはなんて?」
俺は無言で端末を閉じる。
「八神部隊長」
「なに?」
「みんなは実験の後処理をしてる、って言ってましたけど、それは本当ですか?」
「どういう意味? 私が君にウソをついたって言いたいの?」
いや、嘘はついてないだろう。
「いえ、そうじゃあないです。ただ……使う言葉を間違っているんじゃないかと思って」
「……」
「本当は、まだ『後処理』の段階じゃないのでは?」
もちろん根拠がある。
メールはみんなからのものではなかった。
差出人の名前は無い。『緊急ミッション』発令の告知だった。
その内容は―――『妹達の暴走を止めろ』。この内容の緊急ミッションが発令されたのに、後処理をしていると言われても納得出来ない。
「妹達になんかありましたか?」
「はぁ、ホントに君は勘が良いというかなんというか」
八神さんは観念したと話し始めた。
「協力者は『2人』いるんよ」
「2人」
1人は布束 砥信。妹達の学習装置を監修した科学者で、フェイトさんとシグナムさんが保護した人だ。
「そしてもう1人。君の知り合いの女の子達が連れてきてくれた協力者がいるんよ」
「みんなが?」
そんな接点があったっていうのか?
「布束さんの方の情報は、正直君が活躍してくれたおかげで問題なくなった。それは本当に良かったって思ってる」
「じゃあ今は、その2人目の協力者の情報に対応してるんですか? ……もったいぶらずに教えてくださいよ」
「協力者の名前は、芳川 桔梗」
八神さんはそれでも、もったいつけて言う。だがそれは、
「このままだとこの島は―――世界中の国から狙われることになるかもしれないんや」
それに見合った、最悪なものだった。