「ここだね」
「そうですね」
フェイトとアスナはとある研究所に到着した。駐車場に車を止め、正面から研究所に入っていく。
布束や芳川からの情報の中では小さめの研究所だ。この後に2つほど、2人の担当の研究所がある。
研究者の残党逮捕と
研究員の逮捕には管理局の捜査という大義名分が欲しいため、フェイト、ティアナ、シグナムにそれぞれ、アスナ、雪菜、オルタ、セイバーが割り振られた。
狂三、理子、アリア、耀、桜は
六課の隊舎に残ったのはクローディアと楯無、はやてだ。その中のはやてが、翔の連絡を聞いて病院に来た形になっている。
クローディアが来なかった理由は、押して図るべしだ。
クロやティナはもう遅い時間だということで、高町家へ行くことになった。その際、ヤミも同伴している。
協力者の情報がいつまで有効か分からない。行動は素早く迅速に行わなければならない。
フェイトは六課の制服、アスナは防弾制服に、まだ抜いていないとはいえ腰に細剣を下げている。実力行使も辞さない構えだ。
時間は日付変更まであとわずか。受付の明かりは消え、人もいない。だが、上の階の窓にはしっかりと電気の光が見えた。
自動ドアではなく、その脇にある夜間、休日用の呼び出し窓口に行く。
「管理局、特務六課所属、フェイト・T・ハラオウンです」
《ご用件をお伺いします》
自動応答AIに状況を説明すると、しばらく待つようにという答えが返ってきた。
「これで相手がどう出るかですね」
「そうだね。何かあった時は、こっちから指示を出すから」
実際2人はここに来るまでに2つの研究所へ行っている。片方はすんなりと片づけることが出来たが、もう片方では妹達を人質に取られ、抵抗された。
妹達の事を実験動物としか思っていない研究者も、管理局はそうは思わないことを知っているのだ。
しかし、ただの研究員が人質を取ったところで、この2人のスピードから逃げられるわけがない。
研究員は人質を取った瞬間に、気絶させられることになった。
だが今回もあんなことになってはたまらない。
「早く終わらせないと、ですね」
「そうだね。でも夜月君が見つかってホッとはしてるでしょ?」
「それはもちろん! ……そうなんですけれど」
翔が一方通行と戦い、病院に運ばれたと女の子達が聞いたのは今から3時間以上前になる。その報告を聞いたとき、みんな生きた心地がしなかった。
それは芳川に聞いていた一方通行の能力の威力のこともあった。翔は強いように見せかけて意外とギリギリの勝負が多いということも、不安の材料になっていた。
いっそのこと、すべてを超越したような力を持っていれば安心できた。
今回の実験の内容は想像を絶するものだった。
その戦いに巻き込まれないようにという配慮があったのは分かったが、それでも1人で戦いの場に赴いたのにはモヤモヤとした気分になる。
「これが終わったら、お説教しないとですね……」
確かに大変な実験だが、それで尻込みするような自分達ではないと、自分たちはそんなに弱くないと、一言言ってやらなければ気が済まないアスナ達だった。
「あはは、ま、まあ、しっかり言うのは大切だと思うよ?」
「え、フェイトさんからは言ってくれないんですか!?」
「うーん……正直そういうのは、なのはで慣れちゃったから。あんまり強く言えないかもしれないんだけど……」
「高町さん、昔はずいぶんと無茶してたんですね……」
『慣れた』と言うからには、それはもう相当のレベルと回数だったのだろう。昔のフェイトやその周りの人に深く同情するアスナだった。
そんなことを話しているとAIからの返答があった。
《申し訳ありませんが、今日はお引き取り下さい。後日、正式な令状をお持ち下さい》
ここまでは、
「どこも同じだね」
「そうですね」
それはそうだ。一体どこに、違法研究をしている研究所に管理局を入れるヤツがいるというのだろうか。
これは前2つの研究所でも全く同じだった。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
フェイトは一瞬でBJを纏う。その手には戦斧と化したバルディッシュが握られている。
アスナは音を立てて細剣を抜いていた。
「突入します」
フェイトが魔力弾で扉を破った。同時にけたましいサイレンがなり響き始める。しかし警備員が出てくることは無い。
「バルディッシュ」
《人の反応は8つ。全てこのビルの上階からです。距離から考えて、全員が同じ部屋にいるようです》
「妹達は居ないんですか?」
《申し訳ありません。そこまでは》
「とにかく、そこしかないなら行くしかないね」
《ただ―――》
早速行動を開始しようとした2人だったが、バルディッシュの報告には続きがあった。
《その近くで未知のエネルギーを感知しました。》
「未知のエネルギー……?」
《今まで観測したことのないエネルギーです》
「(未知のエネルギー……)とりあえず、注意して進まないといけないってことですよね」
「うん。そうなるね」
アスナは未知のエネルギーという言葉に心当たりがあった。まさかとは思うが、そんなことがあり得るのだろうか。
しかし、具体的な内容が分からなければ、気を付けて進む以上の案が出てくるわけがない。
口に出した通り気を付けて進むが、これと言って罠が仕掛けられているわけでも、攻撃が飛んでくるわけでもなかった。
バルディッシュの指示に従い進むと、特に妨害もなく目的地に到着してしまった。
唯一電気のついた部屋。7つのPCが稼働し、7人がキーボードを叩いている。フェイト達が部屋に入ると、その管理局員の制服を見た1人が手を止める。
「手を止めずに。時間がありませんよ」
唯一PCを操作していない女性の声で、研究員はビクつきながらも作業に戻る。女性は背を向けたまま、2人に対応し始めた。
「すみません。こちらは今、作業中でして。ご用件はお聞きできない可能性が高いです」
「特務六課です。対テロ特殊権限により、あなた達を逮捕、拘束します」
「……なるほど」
「「「……!」」」
今度は全員がその手を止めた。だがそれは逮捕を恐れているのではなく、どこか救いを求めるような表情だ。むしろこの場に来てくれたことを歓迎しているかのようだ。
「……ご用件はそれだけですか? ではお聞き出来ないですね。今はこの作業に集中しなければならないので」
「そもそも、何の作業をしているんですか?」
アスナの問いに、女性は簡潔に答える。
「実験データの消去です」
つまりは証拠隠滅だ。ここまで堂々と言われるとは思わなかった2人は、少々面食らってしまう。
「これが残っていては、都合が悪いですからね……そう、です。都合が悪い……でも、私は……?」
魔力弾が床に着弾する。
「今すぐ作業を中止して、こちらの指示に従って下さい。次は威嚇ではありません」
部屋に、PCの稼働音だけが聞こえる。女性とフェイトの言い合いの行き着く先が、この場の行く末を決めるからだ。
「何度も言いますが、要求は受け入れられません。これは重要な仕事なので」
「……わかりました。強制連行します」
フェイトが拘束のために行動しようとすると、座っていた研究員の1人がバネに跳ね上げられたように立ち上がり、
「わ、私は……ッ!」
椅子を蹴飛ばして走り出した。
「私は抵抗しない! 知っていることもすべて話そう! だからこいつから! この化け物から助けてくれ!!」
転びながらもフェイトに縋りつく。
「え、えっと……」
予想外の反応にしどろもどろになる。
「(怪物……未知のエネルギーのこともある。もしかして、この人が……)」
怪物という言葉に、アスナは女性への警戒を高める。
「困りますよ、木村教授。そんなことをされては」
アスナの警戒を知ってか知らずか、女性は逃げ出そうともがく研究員に話しかける。
「うるさいッ!! こんなことをするなんて聞いていないぞ! 私はあくまで絶対能力者進化計画のために、この実験に参加したんだ! 犯罪の片棒を担ぐつもりはない!」
「1万人の妹達を実験で殺しておいて、今更そんなことを言いますか?」
「何を言っている! あいつらは実験用のモルモットだっ!! 生身の人間と一緒にするなっ!」
結局は、助けを求めた研究員も他の研究者と同類だった。どこかズレている感覚を持っているのだ。
「これが犯罪と言うなら、必要な犯罪なんだ! 科学の発展には犠牲がつきもの。そうだろう!?」
都合のいい言い訳に、2人の間にわずかに芽生えていた同情の心は完全になくなった。
「《実験には参加していても、犯罪、つまり
「《でもこの人たちは末端で、知らなかっただけかもしれませんよ》」
アスナとフェイトは念話で通信する。
ちなみにアスナは魔法を使えないため、念話を受信出来る特殊な通信機を耳につけている。
「……とにかく拘束します。他に指示に従っていただける方はいますか?」
「困りますね。そういう勝手な行動は」
女性は立ち上り、初めてフェイトとアスナを正面から見た。その顔を見て、2人は驚愕する。
アスナは、
「(ヤミちゃんに、そっくり……!)」
この世界の金髪の女性は、全員そっくりさんにならなければいけないのかと思うほど、その顔は似ていた。
フェイトを初めて見た時にもそう思ったが、この女性は別格だ。親子だと言われても納得してしまう。
「あ、あなたは……!」
「フェイトさん?」
「ティアーユ・ルナティーク博士!?」
「……私を知っているんですか……?」
フェイトが知っているのは当たり前だった。
自らの境遇を考えれば、調べていないのが不自然なことだ。
「そう、ですか。よく知っていますね、私のような女のことを……」
「当たり前です! 私は、ずっとあなたに真意を聞きたかった。あんな、変身兵器の作製に参加してしまった真意を! 母の作った技術で、どうしてそんなことをしてしまったのか!」
「フェイトさん……」
「それは……」
いつものイメージとは全く違う、まくしたてる様子にアスナは口を挟めない。ティアーユの鉄仮面が、少しだけ歪む。
研究員たちがひそひそと話している。
「おい、管理局のフェイト・T・ハラオウンといえば、さ……」
「ああ。噂ではあの『プロジェクトF』の成功例だって……」
「新時代のクローン技術を確立させた天才、プレシア・テスタロッサが残した遺産か……」
研究者や特務六課の面々は知っていることである。
フェイトはとある人物のクローンなのだ。
フェイトの母親であるプレシア・テスタロッサはすでに他界してるが、生前は有名な魔道工学の研究者だった。
プレシアにはアリシアという、立場上フェイトの姉となる娘がいた。
そんなアリシアを、新型エネルギー炉の稼働実験で失ってしまう。これは不運な事故ではなく、安全をはじめから度外視した危険なものだった。
何度も忠告したプレシアの意見を無視する形で、実験が強行された結果だったのである。
プレシアは娘を失っただけではなく、会社から全責任を押し付けられ、違法研究者のレッテルすら張られる結末になった。
その後『プロジェクトF』に参加して人造生命の開発と記憶転写の技術を学び、アリシアのクローン、フェイトを生み出すことになった。
奇しくも、ティアーユとプレシアは似たような経緯で、クローンを生み出していた。片や自分の、片や娘のクローンを。
そしてそのクローンに、我が子同然の愛情を注いでいたことも同じだった。
違法研究者として扱われていたプレシアに出来る仕事がそれしかなかったとはいえ、国際法違反の研究だ。やがて資金は底をつき、実験は自然消滅することになった。
違法研究の証拠になりうるアリシアだったが、処分を拒んだプレシアは引き取り、育てることを決意する。
最終的には様々なすれ違いから別れが訪れることになってしまったが、それを経た今でもフェイトが母親と慕う女性だ。
自らの境遇も合わせれば、人造生命体絡みの事件に力が入るのは仕方のないことだった。
プレシアは『プロジェクトF』の一件で、その界隈に大きな影響を与えた。実験が消滅したことで技術が世界各地に広まったのだ。技術に罪はないということで、学校の教材にすら取り扱われているほどに。
妹達の基本製造方法も、プレシアの理論に基づいていた。皮肉な話である。
ティアーユは先ほどとは違う小さな声で、謝罪を口にしていた。
「それは……ごめんなさい。本当に……本当は、そんなことをするつもりじゃ、なくて……あの娘には、幸せになってほしくて……」
「だったらどうして! こんな実験に参加してしまったんですか! どうして過ちを重ねて―――ッ!!」
交わされる単語から、アスナはおおよその事情を察した。
「ティアーユ博士。実は今、私はヤミちゃんと―――あなたが創った変身兵器の娘と一緒に暮らしています」
「え―――」
ティアーユの表情が変わった。目尻に涙さえ浮かべ、口は何かを言おうと開閉している。しかしそこからは何の音も出てこない。
「貴方が昔の事を少しでも悔いているのなら、自首してもらえませんか」
うつむき、肩を震わせるティアーユ。
「これ以上――――」
「え?」
ティアーユの口調が変わる。
「――――これ以上、あなた方と話すことはありません。指示には従えない。それだけです」
「……え?」
表情は元の鉄仮面に。目尻に浮かんでいた涙は、目尻にたまるだけで、流れ落ちることは無い。
「木村博士。私からも最後の忠告です。『今すぐ作業に戻りなさい』。『最後』というのは脅しではありませんよ」
「ひっ―――」
豹変。ティアーユの変化は、そう表現するにふさわしい。
すっかり腰を抜かした木村をフェイトとアスナは後ろに庇う。
庇われたまま動こうとしない。何か言うこともない。それが返答だった。
「残念ですね」
「う、がああああああぁぁぁぁぁ――――!!」
急激に苦しみだす木村。
慌ててアスナが駆け寄り様子を確認するが、目立った外傷はない。その体が、徐々に変化していることを除けば。
「科学の発展には犠牲がつきもの、というのがあなたの意見でしたね」
「ティアーユ博士、やめてください!」
フェイトの呼びかけを無視して、ティアーユは続ける。
「なら今度は、あなたが犠牲になる番ですよ」
未知の物質『ネビュラガス』を多量に注入された木村は、その姿を大きく変える。怪物―――『スマッシュ』へと姿を変えた。
「そん、な……」
まともな人間ではありえないパワーで暴れ始めるスマッシュ。助けを求めていたはずのフェイト達にまで襲い掛かってきた。
そしてティアーユも姿を変える。
《BUILD》
手に持ったウォッチを取り込む。アナザービルドに変化した。
「皆さんは引き続き作業を。彼のようになりたくなければ」
異形の存在と化したティアーユの言葉に逆らう者は、もうその場にはいなかった。