御坂(姉の方)がお見舞いに来てくれるとはね。八神さんが笑った理由がよく分かったよ。
随分と顔色が良くなったように思う。やっぱり実験の最中は食べ物が喉を通らないくらい追い詰められていたんだな。
「ほい、これ、お見舞いのクッキーね」
「サンクス。ま、俺も明日退院だけどな」
「あの第一位と戦ってその程度のケガで済んだんだから、一生分の運を使ったんじゃないの?」
「そいつは困るな」
これからもギリギリの勝負があるだろうに。こんなところで使い果たすのは困るぞ。
「学校は大丈夫なのか?」
常盤台は厳しい学校だ。レベル5を手放すなんてことは無いだろうから退学はないだろう。でも、事件が噂になっているかもしれない。
取り調べ云々で行けていないのかもしれないが、一応聞いてみる。
「あー、それね。実験のデータが消されてたのは知ってる?」
「ああ」
「そのおかげで、色々と都合よくなってるわね。ルームメイトの話では、私が自分の軍用クローン計画を阻止したって形になってるらしいわ。一方通行の話は影も形も無し。今のところ、評価は半々って所ね。縦横無尽の活躍をするレベル5と、裏で危ない計画に加担しているレベル5……今までと全く変わんないわ」
そのあたりには影響なかったのか。
や、裏で誰かが調整したのか……?
どうにもこの動き、レベル5を守るように事実が歪められているような気がする。
「なんかさ」
御坂は椅子に座って足を組み、膝に肘をつきながら言う。
「アンタとの話題が無いのよね。実験の事じゃない、平和的な話題」
雑談なんてしたことなかったしな。
「そんなアンタが一方通行を倒して、実験を中止に追い込んだってのが、全然現実として受け入れられないのよね」
「嬉しくはないのか?」
「わかんない」
実験を止めることには成功した。殺されるはずだった妹達を救うことは出来た。しかし、1万人の妹達が死んでしまったことには変わりないのだ。
救えなかった命があまりに多い。
その事実がある限り、手放しに喜べるものではないんだろう。一生をかけても、償いきれない罪なのかもしれない。
「そうそう。妹達とはもう話したか? この病院にいるはずだけど」
「……まだよ。そんな簡単にはいかないわ」
それもそうだ。気持ちはわかる。
「昨日の夜、ここに来たぞ」
「……何言ってた?」
「なんで自分たちを助けたのか質問されたよ。だから、難しい理由なんてねぇ! 助けたいから助けたんじゃ! って言っといた」
「ありがと、私の手間が省けたわ」
「自分でも言えって。やっとゆっくり話せるんだから」
顔を合わせにくいのはわかるけど、いつまでもこのままってのはいけないな。
「それでもさ、お前がDNAマップを提供しなければ、そもそも生まれてくることすら出来なかったんだからさ」
生きて死ぬことも、生まれてこなければ出来ないことだ。
「私のせいで、数えきれないくらいたくさんの妹達が死んじゃったのに?」
「ああ。あの実験は良くないものだったけど、妹達が生まれてこれたことだけは、良かったんだよ。あいつらも、それには感謝してるはずだ」
俺の言葉に、御坂は息を飲んだ。
「一回話してみろよ、妹達と。お前に言われたこと、ずっと気にしてるみたいだぞ」
「……うん、そうする」
先生に諭された子供のように、素直な返事を返す御坂。これは相当にレアなのではないだろうか。ここまでしおらしい御坂というのは。
それを自分でも理解したのか、勢いよく立ち上がる。椅子の足と床が擦れて、大きな音をたてた。
耳が若干赤くなっている。
「じゃ、じゃあ! そろそろ帰るわ。お大事に」
扉を開ける直前、こちらに顔を向けることなく言う。
「今回のことは感謝してるから。何かあったら連絡しなさい。力になるから」
「次に会う時も、そのしおらしいモードでいてくれよ」
「うっさい!!」
流石に病院で電撃は遠慮してくれたみたいだ。
それだけ言い残し、彼女は去って行った。
―――――――――――――――――――――――――
翔の部屋から出たはやては、シグナムが運転する車に乗っていた。六課に帰る予定なのだ。
はやての目の前には通信ディスプレイがあった。画面に出ているのは楯無だ。
「ってな訳で、夜月君への説明は終わったよ~」
《彼は何と?》
「特定の個人が憎いってことは無いって。実験を止めたかった、それだけって」
《彼に実験を止めるメリットはありませんからね……》
「特に誰かからの依頼っていう情報もない。こっそり協力してたクローディアも、本当に善意で協力してたみたいやな」
《まったく、六課よりも個人的な付き合いを優先されると困るんですけどね》
一息ついて、はやては自分が出した結論を告げる。
「いい加減、信じてみるのも悪くないと思う」
《今回の1件だけで、ですか?》
「今回の1件もそうやけど、今までの資料も見て、や。これだけ人のために戦ってる子を、これ以上疑い続ける必要はないと思うよ?」
《……なら私は、疑い続けるポジションにいることにします。どちらか片方に寄るというのは、危ないと思うので》
「ん、そうしてくれるとありがたいかな」
はやての性格的にも、善人だと思っている相手をこれ以上疑い続けるのは厳しかった。
「そっちはどうなん? 準備は進んでる?」
《それはもう。今回の事件はすでに知られてしまいましたからね。各国からの問い合わせが多数。当日の警備は骨が折れそうですよ》
楯無は六課の仕事の他に、もうじき行われる各国要人が集まっての会議で、管理局の警備担当も担っていた。
「ま、テロやなんやらは、毎年の事やろ? それでも特に被害が出てないってことは、皆さん相当の腕だってことやね」
《それはもう、各国の威信をかけたスペシャルチームですからね……ああ、そうそう、部隊長、当日は事件についての証言のために会議に呼ばれていますよね?》
「そやね。公になれば不祥事どころの騒ぎやないし、今回の出来事で、管理局の信用問題にもなりそうやから。今から気が重いわ~」
8月の予定を確認しつつ、車は走り続けた。
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ここは特務六課の事務室。フェイトはPCの目の前で難しい顔をしていた。キーボードの上の手は、その先を打ち出すのをためらうように動いている。
「どう、しよう……」
今は報告書を書いているところだ。事務員は事件の後処理を。逮捕に向かった実働部隊は、その時の報告書を挙げないといけない。
特にフェイトはアナザービルドがいたせいで、他の人よりもたくさんの報告書を書かなければならない。
今、ちょうどその部分を書いていたところだ。
アナザービルド―――そして翔についてだ。
フェイトはティアーユがウォッチを使って怪物になるところを、目の前で目撃していた。そして翔も、全く同じウォッチを使って変身していたのだ。
それどころか、アナザービルドから何かエネルギーを分け与えられて、新しい姿に変身していた。
どうしても関係を否定できない。
だが、翔を信じていたい気持ちもあった。
「書いた方がいいよね……でも楯無さんとか、あんまり翔を良く思ってないみたいだし……これであの2人の仲が拗れたらどうしよう。でも翔がいなかったら、怪物が倒せなかったのも事実だし……むしろそれで、関係を否定できないんだけど……」
思考がどうしてもまとまらない。迷いがふりきれないせいで、その部分だけが未完成だ。
「フェイトちゃん?」
「っ!? な、何、はやて?」
「うわぁ! っと、そこまで驚かんでも」
過剰に反応したフェイトに、はやてが逆に驚かせられてしまう。
「ちょ、ちょっと集中してたから。何か用事?」
「ん、そろそろ報告書はできたかなーって。様子を見に来たんや」
「ぁ、ごめんね。もう少しでできるから」
「や、別に急かしてるわけやないから。書くことも多いやろ?」
結局アナザービルドの情報はティアーユから集めることは出来なかった。
実験中の時間で残っている記憶が無いのだ。専門家の話ではティアーユは、ずっと夢を見ているような状態だったと言われている。
ウォッチの事だけでなく木原 幻生のことも、何も残っていなかった。
結局のところ、直接戦った人の意見が一番重要だ。
「(うん……うんっ。大丈夫。翔は良い子だもん。悪いことはしてないよね。信じるからね)」
わずかな疑念を振り払ってしまえば、後は早かった。
フェイトは手早く報告書を完成させ、はやてに提出するのだった。
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「って、ことだ。報告終わり」
《フム、六課は無事、妹達の暴走を未然に防ぐことが出来たんだね。それは良かった》
蛇倉は通路の陰で、自分の上司へと連絡していた。
いや、上司という表現は少し違うのかもしれない。別に忠誠を誓っているわけでも、何か命令を受けているわけでもない。
今回、蛇倉やメアに実験の情報を渡した人物、『教授』である。
「なあ、教授。今回の事件、アンタはどこまで見えていたんだ?」
《全て、とは言えないな。少々予想外のことも起きた。問題は特務六課が事件へ介入できるかどうかだったよ》
「……つまりは、俺はうまく使われたって訳か」
ウォズの言っていた、『駒にされている』という言葉は、間違いではなかったということだ。
《気を悪くしないでほしいな。報酬はダークリングということで、許してはもらえないかな?》
それを言われてしまうと流石の蛇倉も何も言えない。ずっと欲しかった物を貰っておきながら、腹を立てるほど子供ではなかった。
「フン……じゃあな。また、何かあれば報告する」
《ああ。少し待ってくれ》
通信を切ろうとした蛇倉だったが、引き留められた。
《8月だが、こちらで少し動きがありそうでね。仕事を頼みたい》
「……内容によるな」
《結構だ》
仕事の内容を聞いた蛇倉は、顔をしかめた。
「おいおい、そりゃどういうこった? あの自称ファラオの嬢ちゃんの手助けをしろって?」
《何か理解できない部分があったかな?》
「アンタがそんなことを頼む理由が分からねぇな。あいつはイ・ウーの中でもとびきりの問題児だったはずだ。ぶっ飛んだ考えと、それに見合ったパワー。何をするにも、俺の手助けなんていらねぇと思うが?」
強いて言えば、そのぶっ飛んだ感性のせいで世間の常識からズレているところがあることだが、教授がわざわざ仕事としているのだ。そんなことではあるまい。
だが、
「面と向かって協力なんざ出来ねぇだろ。向こうの性格を考えても」
あのプライドの高さを考えると、いくら教授の指令でも、蛇倉の助けなんて受け入れないだろう。
「それに細かいところはいつも一緒にいる女……男? がやるんだろ? それこそ俺の出番はないと思うが」
《念のために用意をしておきたくてね。カナ君とも連絡を取る必要はない。あくまで陰で、彼女たちのやることを手助けしてもらいたい》
具体性を伴わないふわふわとした依頼だ。
「あいつらは一体、何をしようとしてるんだ?」
《どうやらパトラ君は、私を倒してイ・ウーのトップに君臨したいらしい》
「……はぁ?」
ますます意味が分からなくなった。
教授が手助けをするように言った相手―――パトラは、教授を倒そうと考えている。イ・ウートップの座を奪い取ろうと考えている。
「自分を脅かす奴らを手助けしろって事か?」
《そういうことになるね》
「……」
《正直言って、私にも推理しきれないイレギュラーが今の島には多すぎる。不測の事態には対応してくれる人物が必要だ》
「それを言うなら依頼は、『私の護衛をしてくれ』じゃねぇと、辻褄が合わねぇんだよな……」
自分は、相当重要なポジションを任されようとしているのではないか。蛇倉は静かに今の状況を考える。
だが、相手は蛇倉の何倍も賢い相手だ。何処まで行こうと釈迦の掌の上。依頼を引き受けようと、断ってしまおうと、教授の策は揺るがないのだろう。
この段階で依頼があったこと、依頼を引き受けることが蛇倉にとって有益なことに繋がるのかもしれない。
そしてこの考えも、教授に推理されているのかもしれない。
そのことを考慮して、蛇倉は結論を出した。
「依頼は受けるが、あんたの駒になるつもりはねぇ。適当なところで裏切るからな」
《ああ。もちろんそれも、『推理済み』だよ》
蛇倉と教授の通信は終わった。
丁度良く声がかかる。
「蛇倉さん、ちょっとええ?」
「はい。何ですか、部隊長」
蛇倉は六課の通常業務に戻っていくのだった。
―――――――――――――――――――――
「まさか、本当に勝っちゃうなんて……」
メアは自分の部屋で寝転び、天井を眺めていた。
「メア」
「マスター……」
今までどこに行っていたのか、メアの同居人が姿を現す。
「惑わされるな、メア」
「―――うん」
たった一言で、メアの頭が冷える。
「夜月 翔に何を言われても」
「そうだね。そうだよね。私達は兵器。ニンゲンの翔君が、私達の事を完全に理解できるわけない」
「金色の闇を元に戻すことも、本来ならば容易いことだ」
「うん。だって間違っているのは向こう。向こうの考えがおかしいんだから」
妹達だってすぐにわかる。
作られた命が、作られた目的を失うということが、どういうことなのか。
途方もない不安に襲われる。今までの存在理由が消滅するのだ。それは絶対に避けられない。
「それが『正しい』訳が無い」
メアは、誰よりも自分にその言葉を言い聞かせるのだった。
―――――――――――――――――――――
「かくして、事件は終わりを迎えた」
事件から2日が経った夜。妹達の実験の後処理を六課が終え、次なる事件に備えていた頃。
二つの場所に姿を現し、しかし終始傍観に徹していた男、ウォズは海岸沿いのビルの屋上に立っていた。
そこから見えるのは海だ。普段なら、暗い穴のような海面が広がっているはずだが、この時期は違った。
港には大型の客船が停まり、外から来た人たちが宿泊している。その光によって、煌々と光っていた。
「この本によれば、この世界に来て最初の8月。ここは大きな転機になったと記述されている」
8月に起きること、出会う人物、その結果。それらを経て、翔は次の段階に進むことになる。そのように記載されている。
「だが、そのためには」
ウォズは懐からあるアイテムを取り出す。それは時計のような形のモノ。しかし翔が持っているものとは全く違うものだった。
それに視線を向けつつ、
「この私も、表舞台に出る必要があるな」
そう呟くのだった。
これにて、妹達編は終了になります。