妹達の事件が終わっても、俺達の前にはまだ1つ大きな山がある。ティアーユ先生とヤミについてだ。
ヤミは子供たちと一緒にいたため、捜査には参加していなかった。だが、捜査に協力したということで、情報共有はしっかりと行われている。
「どうしましょうね?」
「どうしましょうねぇ~……」
御門先生と一緒に首をひねっていた。
退院の日。ちょっと病院にお泊りする形になった俺は、慣れた手つきで荷物をまとめていた。
「とりあえずティアの家はこっちで考えるわね」
「御門先生の事ですから、ティアーユ先生も俺の家に、って言うのかと思ってましたよ」
「全く考えなかったわけじゃないけどね。でも流石に荒療治過ぎると思ったのよ」
確かにな。こちらから何かしないとあの2人に変化をもたらすことは出来ないだろう。でも、ただ近くにいるだけじゃ、何も変わらないことも容易に予想出来る。
お互いに顔を合わせにくいだろうしな。ティアーユ先生はヤミを研究機関に置き去りにしたってことで、ヤミは暗殺者として人を殺してきたということで、どちらにも引け目がある。
一緒の空間にいて、永遠と居心地の悪い空気になっていては、かえって拗れてしまいそうだ。
「結局、大切なのは時間よ。人の仲っていうのは、お互いに時間をかけて修復していくしかない。特にこの2人は、特殊な別れ方をしちゃったわけだしね」
「そうですね、っと」
俺は荷物をもって立ち上がる。
「はい、それじゃあ完治おめでとう」
「かすり傷でしたけど。今度は1月くらいはお世話にならないようにしたいですね」
「……そこは二度とって言ったほうがいいわよ?」
そこまで自分に自信が無いからな。目標は、忙しいらしい8月を乗り切ることだ。
病室を出て、御門先生と2人で歩く。
「許可も出てるし、ティアと会っていく?」
「あ、そうしますね」
入り口に向かう予定だったが、進路を変更する。
1日寝ている間にティアーユ先生の検査は完全に終わっていた。これによって、操られていたことが証明され、晴れて監視から解放された。
罪に問われることもなく、今後は事件の捜査協力をしていく形になる。形の上では、だが。
キナ臭い連中が事件を持って行ったため、今後事件について言及があるのかは怪しいもんだ。
「今は住む場所が無いから、私の自腹で病室に泊めてる状態ね。私物が全くないから。ホテルにも泊まれないし」
「そりゃ大変だ」
仕事探しは急務だな。や、私物が全く無いってことは、身分も証明できないんじゃ? その方面だと俺は全く力になれないぞ。
「それはこっちで何とかするわよ。大人の女を舐めないことね」
「大人の『女』って入れる必要あります?」
そう言われると、なんだかいけない想像をしてしまいそうだ。
話していると病室についた。
扉を開けると、
「ううぅ、ううううぅぅぅぅっ、うわぁぁぁっ……!!」
「え、あぁ……! ど、どうしよう……!」
ベッドに寝た金髪美女が泣きじゃくり、横に座っている金髪美女がオロオロしていた。
「……」
「……」
俺と御門先生は無言で顔を見合わせる。
「どこに行くんですか……!」
「いえ、ね? 私は今勤務時間だし、あんまりサボっているのも、良くないかなぁ、って思ってね?」
面倒な空気を感じ取ったのか、少しずつ後ろに下がり始めていた御門先生の腕を掴み、引き留める。
「いやいや、患者のメンタルケアも医者の仕事でしょうが……っ」
そもそも、ベッドで泣きじゃくってる金髪美女はティアーユ先生。御門先生、アンタの友人でしょうが!
「残念ながら、私の専門じゃないから」
入り口での攻防が続く。
「え、あ!! 翔!! こっちに来て! 何とかして!」
オロオロしていた金髪美女、フェイトさんが俺を見つけて手招きする。下手すると、こっちも泣いてしまいそうだ。
「ほら、行ってあげなさい」
「あっ! ちょっと!」
するりと俺の手から逃れた御門先生は、手を振りながら去って行ってしまう。でも、ここで追いかけようものなら……
あ、後で覚えておいてもらおう……!
俺は観念して病室に入っていく。
「何があったんですか、フェイトさん」
「う、うん! 実はね―――」
今日は制服ではなく私服のフェイトさんに事情を説明してもらった。
どうやら、この世界のクローン関係の技術は色々なところで繋がっているらしい。というか、大元はプレシアらしい。
そりゃあ気になって、個人的に話を聞きに来るよな。
研究所で、アナザービルドになって戦う前に少し喋ったらしいが、洗脳のせいでまともな受け答えにはならなかったのだとか。
改めてお話しているうちに、
「わだしば……! わたじあなんで事を……! あの娘のことじぇ、あんなにはんぜいしたのに~!」
こうなってしまったのだとか。
うむむ、これはなんて声をかけるべきか。泣くほど後悔するってのはわかるからな。気にするなとはとても言えない。
これは、俺も力になれそうにないぞ。
頭をひねっていると、フェイトさんは遠慮がちに、
「えっと……翔は私のこと、その、あのことは、知ってたんだ」
「ええ、まあ」
原作知識だけではなく、過去の事件資料にもしっかりと目を通してある。そのあたりの流れや事情は、おおよそ変わりなかった。
説明する流れで、フェイトさんはその事件にも触れてきた。あまりにも普通に話すから、俺もスルーしてたよ。
本人にとっては口を滑らせた感じなのか。
「俺は今回、妹達のために戦いました」
「うん……」
「つまり、そういうことです」
「うん。そうだよね……ありがとう」
クローンやなんだということは気にしていないと、そう告げる。
「やっぱり、翔は翔だね」
「はい? はぁ……?」
フェイトさんは安心したように微笑んでくれた。ちょっと最後の言葉の意味は分からなかったけど。
でも、今安心させないといけないのはフェイトさんではなくティアーユ先生だ。
「初めまして、ティアーユ先生。自分は夜月 翔です」
「ぐずっ、夜月、君? うん、初めまして……」
こう見えてもこの人は天才生物学者。
俺の腕をくっつけるための人工細胞を開発したのもこの人なのだ。そのことについて、まずはお礼を言っておかなければ。
あれが無かったら、今頃は『隻腕の翔』になっていた。
「あの細胞の……じゃ、じゃあ、君が今あの娘と一緒に住んでる男の子?」
「はい。そうなりますね」
静かに肯定する。
「……私もね、あの娘に会いたい。またあの娘と一緒に過ごしていきたい。ずっとそう思ってた。御門にも色々と説明されたわ」
まともな別れ方ではなかったのだ。そう思うのは当然だ。
「でも、ここまで来ても、いざとなると足がすくんで……だって、私が置き去りにしたせいであの娘は……」
どんな恨み言を言われるのかわからないからな。どんな事情だったにせよ、信じていた人間が、母親代わりだった人間が自分を置いていなくなったんだ。
今のヤミなら、あの時に何があったのか完全に理解してるだろうけど……いや、本当に何があったのかは、本人にしかわからないのか。
これは、いきなり会わせるのは危険かもしれないな。
「うーん……ん?」
端末を確認すると、御門先生からメールが来ていた。あの人、やっぱり忙しくないんじゃないか?
確認すると、
《落ち着いたら、ティアと一緒に服を買いに行ってくれない?
とりあえず、どこにでも着ていけるスーツと部屋着ね。
いくらかは一緒に送っておくから。
足りなかったら後で請求してね》
というメッセージが、電子通貨と共に送られてきていた。
「とりあえず、買い物にでも行きましょうか?」
ずっと塞ぎ込んでいても仕方がない。気分転換がてら、ちょっと洋服を見に行くとしようか。
―――――――――――――――――
そんな訳で、買い物と言えばいつもここ、俺達はいつもの大型ショッピングモールに来た。
メンバーは俺と、ティアーユ先生と、そしてまさかのフェイトさんだ。フェイトさんとティアーユ先生が並んで歩き、その後ろを俺がついていっている形だ。
ティアーユ先生は御門先生の私服。これはワザとなのか、わざわざ体のラインが出やすいサマーセーターだ。
それがもうサイズがぴったり。や、これだけ体のラインが出ていてぴったりか、ってのは分かんないけど。特に違和感はなさそうだからフィットはしてるんだろう。
ダイナマイトボディの御門先生の服を着こなすティアーユ先生がすごいのか、それともティアーユ先生が着ることのできる服を持っている御門先生がすごいのか。
アレを見ていると、そんなどうでも良いことを考えてしまう。
そして珍しく制服ではないフェイトさん。
並んで歩くその姿はまるで姉妹だ。実際には10歳以上年が離れているから、姉妹として見られるのはギリギリと言ったところ。ホント、アニメキャラの見た目は年齢詐欺だ。
でも、一番詐欺だと言いたいのはその胸部のボリュームだ。
フェイトさんだって決して小さいわけではない。むしろ大きいはずなんだけど、2人で並ぶと姉妹間の胸囲格差があるように感じられてしまう。
感覚がおかしくなっちゃうよ。
俺の思考もどんどんおかしくなっていくよ。
ここで一度、頭を別の方向へ持って行こう。
「……うーん、わかるもんだな」
ずーっと似てる似てるとは思ってきたが、普通に見分けがつくな、フェイトさんとティアーユ先生。
顔の特徴云々ではなく、雰囲気でしっかりと見分けがつくな。
や、別に体の一部分の特徴で見分けているわけでは断じてないんだよ。うん。
まずい、本当におかしくなってるぞ。
「翔? どうかしたの? 随分と静かだけど」
「夜月君?」
「いえ! なんでもありませんよ!」
心配されてしまった。
よし、今度こそ、話を別の方向に飛ばそう。
いや、それにしてもフェイトさんは本当に頼りになるな。
御門先生からのメール。要約すれば、これからのために服を買ってきてというものだったんだけど、部屋着はともかくスーツなんて知らんのだ。学生の俺は。
そもそもスーツを売っているお店に入ることも無いんだから。どれだけ縁遠いことか。
そこで社会人のフェイトさんがいてくれてよかった。
お店へと迷いなく足を進めていく。店員さんへの対応も完璧だ。
気が付いたときには俺とフェイトさんは試着室の前、ティアーユ先生は中で体のサイズを測っているところだった。
俺、なんもしてない。
「これ、俺が居る意味ありますか?」
「あるある! あるからね! 落ち込まないで!」
落ち込んでないやい。
でも、お店に来ると本当にやることは無い。採寸から用途に合ったスーツの選択、裾上げなど全部向こうの仕事だ。
ティアーユ先生のサイズになると、選択肢が少ないし、服選びにしては案外時間のかからないものだ。
それなのに俺が付き添いを頼まれたのは、護衛も兼ねているんだろう。
ティアーユ先生は罪に問われないとはいえ、実験に参加していた。万が一の証拠隠滅のために暗部連中に、命を狙われるかもしれない。
「試着されますか?」
「はい、一応着てみます」
あっという間に試着だ。
カーテンの向こうで衣擦れの音が聞こえてくる。
「スーツなんて、どれも同じなのかと思ってましたよ」
街を歩くスーツの人たちは全員同じ服に見えていたが、こうして近くで見ると微妙に色が違ったり、ラインが入っていたりしていた。
「私もあんまり着ないんだけどね。普段は管理局の制服だし。管理局の面接ではスーツだったから、その時に着たくらいかな」
そんなことを話していると、
「あっ! や、待っ―――」
「はい?」
中から焦った声が聞こえてきたと思った瞬間、カーテンが大きくたわみ、ぶちぶちと接続部が千切れた。
ああ、そういうことね。スカートを穿こうとしたときに、バランスを崩したわけか。そういえば、ティアーユ先生はドジっ娘だったな。
倒れかかってくるティアーユ先生の恰好を見て、そう判断して―――
「いたた……」
「おっ、お客様!?」
「ルナティーク博士!?」
店員さんとフェイトさんも目を見開いて驚愕している。
「ご、ごめんなさい! カーテン、ダメにしちゃって―――きゃあああ!! ご、ごめんなさいっ、夜月君!」
「いえ、大丈夫ですよ」
上にのしかかるティアーユ先生は上下ともに下着しか身に着けていない。や、足に黒い布切れ、たぶんスカートが引っ掛かっている。衣服の役目は果たしてないな。
これも御門先生の私物なのか、精緻なレースが編み込まれた黒い下着だ。上下セットの。
なかなか大胆な、着るとき躊躇したんじゃないのかってくらいの際どさだ。スケスケだよ。御門先生、絶対わざと渡してんだよな。
俺は、そんなティアーユ先生を抱き留めていた。俺の方に倒れてきたからな。もちろん避けることは出来たけど、それだとケガするし、仕方がなかったんだよ。
仕方なく、バランスを取るために後ろに手を回して、抱き合ってる形になってるけど!
信じられない質量の双丘が俺の胸板でつぶれてるけど!
お互いの顔の距離が5センチしかありませんけど!
「翔! とりあえず離れようか!」
「分かりました!」
フェイトさんの手がすごい力で肩に食い込む。
「わぁ……すごいデザインの着けてますね……」
「えっ、あっ! ち、違うの! 御門が今日はこれしか持ってないって言うから!! だから仕方なく!」
店員さん! 職務を忘れないで! ティアーユ先生に見とれてる場合じゃないから! 気持ちは分かりますけどね!
「翔! 見ちゃダメでしょ!」
「ご、ごめんなさい! 変なもの見せちゃって……!」
自らの体を抱いて隠そうとしているのかもしれないけど、下はともかく上のボリュームを腕だけで隠しきれるわけがない。
むしろ潰れているせいで柔らかさが強調されて、
「翔! だから見ちゃダメ!」
「分かってます!」
「と、隣の試着室に……!」
ようやく我を取り戻した店員さんだったが、残念ながら隣のカーテンは閉まっている。
「……とりあえず、カーテンを体に巻いてれば良いんじゃないです?」
俺は目を反らしつつ、地面に落ちていたカーテンを手渡すのだった。