服を買った俺達は、カフェで休憩していた。
結局あの後、隣の試着室が空くまで、ティアーユ先生はカーテンの無くなった試着室の中に、フェイトさんが通せんぼすることで身を隠していた。
俺はお店の外で待機していた。
外にいる間も、やれ物を落としたとか、やれ頭をぶつけたとか、服の試着とは思えないほど、お店の中は騒がしかった。
御門先生の言う通り、研究者としては優秀でも、それ以外に抜けている部分があるというか、もはやドジっ娘と言ってもいいくらい、他の部分がボロボロなのだ。
これでも本人はまじめに頑張っているので、温かく見守るしかない。頑張れ、フェイトさん。
しばらくすると、
「さっきは本当にごめんなさいっ。わたし、いっつもこうで……」
「あはは、いえ、別に大丈夫ですよ? はい、本当に……」
何度も何度も頭を下げながらお店を出てきたティアーユ先生。フェイトさんは心なしかやつれているようにすら見える。
一体あの中で何が行われたんだろうか。とても気になるところだが、フェイトさんは何も語ってくれない。
荷物は郵送で御門先生の家に送ったようで、2人の荷物は増えていない。
大分くたびれた俺達は、主にフェイトさんの希望によって、カフェで休憩することになった。
話をしていると、どうしてもヤミの話題になっていく。ヴィヴィオちゃんの親として、なのはさんもフェイトさんもヤミの事情については俺が教えている。
「そっ、それで、あの娘は家ではどんな感じなの?」
ティアーユ先生は食い気味に聞いてくる。
ずっと消息がつかめなかったんだ。今どんな性格になっているのか気になるのは当然だろう。
「そうですね……クールな感じですね。物静かで」
「そうなの? 昔は本当によく笑う娘だったのよ。本当に小さな子供みたいで、可愛かったの」
それは確かにずいぶんと変わったな。今のヤミが微笑はともかく大笑いしているところなんて想像つかないぞ。
「趣味とか分かる?」
「趣味……読書でしょうか……」
原作ではそうだったな。学校でも良く図書室に行ってるし、普段も図書館にいることが多い。
でも、実際に本を読んでるところは見たことないな。
「じゃあ、好きなジャンルとかはわからないかな?」
「はい、申し訳ないです……」
たぶん、特定のジャンルに絞ってないと思うけど、不確かなことは言えない。
「それじゃあ好きな食べ物は?」
「それはたい焼きですね」
間違いない。これは絶対に間違いないぞ。
「タイヤキ……日本のおやつよね? そっかそっか、タイヤキか……じゃあ、普通のご飯で好きなのは何?」
「え……えっと……」
好きなご飯か。
「……なんでしょうね?」
「えぇ……?」
ヤミが特に料理にこだわってるところなんて見たことが無い。好き嫌いをしている様子は無し。リクエストはもちろん、味付けにも口を出したことはなかった。
昔の経験から、おそらく食べることが出来て、栄養が取れればなんでも良いと考えているんだろう。
こう考えると、
「俺、本当に一緒に住んでるのか……?」
ヤミのことを知らな過ぎてびっくりする。向こうもあえて隠しているような節もあるとはいえ、改めて問われると何も答えられないぞ。
「そ、それじゃあ、学校ではどう? その……友達とかできてる?」
「そ、そうですね! うーん、と……」
ティアーユ先生が気を使って話題を変えてくれた。
学校では残念ながら、友達と言える仲の人を見たことは無い。
でも、
「ヴィヴィオちゃん―――フェイトさんの娘さんと、とても仲良くしてますよ」
「まあ! テスタロッサさん、そんなに若いのにご結婚されてたんですか?」
「い、いえ! 血の繋がった娘という訳ではなくて、ですね」
フェイトさんとティアーユ先生が話し始める。
ヴィヴィオちゃんは家でも良くヤミのことを話しているようで、どんどんエピソードが出てくる。
「そしたらヤミさんが―――」
「そんなことがあったのねっ! それからどうしたの?」
ティアーユ先生は、それを楽しそうに聞いている。
これ、どうせだったら本人に聞けばいいんじゃないか? ちょっと連絡してみるか。
端末を操作すると、すぐに出てくれた。
「……あ、もしもし、ノーヴェさんですか?」
――――――――――――――
俺が呼んでおいて何だったけど、本当に良かったんだろうか。
大会も近いのに、練習中のヴィヴィオちゃんを呼びつけてしまっても。まあ、向こうが普通に快諾してくれたからよかったんだと思うけど。
「おいっす、翔、テスタロッサさん」
「こんにちはー!」
30分もすると、ノーヴェさんとヴィヴィオちゃんは到着した。
俺たちを見つけると、ヴィヴィオちゃんは走ってこっちまで近寄ってきた。
「そちらの方が」
「ティアーユ・ルナティークです。あの娘の、そうですね……少し、説明しにくい関係なんですけれど……」
「言いにくいことでしたら、ムリに言っていただかなくても大丈夫ですよ! とにかく、ヤミさんのお知り合いなんですよね! 私、高町 ヴィヴィオです!」
ヴィヴィオちゃんは持ち前の明るさで、さっそくティアーユ先生と話し始めた。コミュニケーション能力が高すぎて、どっちが大人か分からんな。
俺はとりあえずノーヴェさんと。
「すいません、急に呼び出してしまって。こっちが行っても良かったんですけれど」
「んにゃ。いいんだ……実を言うとありがたかったんだよ」
それはどういう事だろうか。
ノーヴェさんは俺に耳打ちしてくる。
「大会も近くなってるからな。体への負担が少ない訓練だったり、訓練の時間を短くしたいと思ってたんだが、知っての通り、ヴィヴィオのやる気が凄まじくてな。自分から訓練を中断してくれる口実を貰えてありがたいんだよ」
「なるほど」
追い込みの時期だとしても、もうそろそろ体を休める時期でもある。いくら大人びていても、ヴィヴィオちゃん達はまだまだ加減を知らない子供ってわけだ。
ヤミの昔の知り合いがいるってことを話したら、すぐに行くって即決したらしい。
「で? あの人とはどこで知り合ったんだ?」
「この前の事件のことは?」
「詳しくは知らねぇよ。アタシは六課じゃねーし。めちゃくちゃヤバい実験だって事、お前が活躍したってことくらいだな」
姉のスバルさんが所属してるって言っても、守秘義務はあるからな。
それにしても俺が活躍した、か……結果的に見れば、
「だがまあ、分かった。事件の関係者ってことだろ? ま、その辺りはテスタロッサさんもいるし問題ねぇな」
ついてなくても、あの様子なら大丈夫だと思うんだけどね。保護者としては、知らない大人と2人きりってのは不安があったんだろう。
「そういえば今日は、ヤミはいなかったんですね」
中々珍しいことがあったもんだ。
ヴィヴィオちゃんがクッションになることで、2人の再会がうまくいってくれるんじゃないかって期待もあったんだけど。
「そんなことはないぞ。ついさっきまで、お前たちを見つける直前まで一緒にいたんだ。でも―――は? おい、翔、何処に行った?」
少し離れたところから、ノーヴェさんの声が聞こえてくる。
まさに目にも止まらぬ速さで、俺は黒い影に誘拐されていた。
まあ、黒い影ってのはヤミだったんだけど。
「それで? なにがしたいんだよ、ヤミは」
「……あなたには色々と言いたいことがありますよ、夜月 翔」
不機嫌そうな眼をしたヤミ。これは様子だけではなくて、実際に不機嫌なんだな。
だが、その心当たりはある。
「悪かったって。ティアーユ先生が事件に関わってた事、黙ってて」
「……」
ティアーユ先生との関係のことを喋ってきたのはヤミだったけど、むしろ聞かせてくれたからこそ、報告が必要だったのかもしれない。
「それはあまり気にしていません。私だけじゃなく他の娘にまで秘密にしていた理由は、理解できますから。個人の意見としては、手を出すには危険すぎる事件だったと思っていますが」
まさかヤミにまで注意されてしまうとは思わなかった。
しかしそれでは、言いたいこととは何だろうか。
「問題はそこではなく」
「ふむ?」
「どうして高町 ヴィヴィオを呼んだんですか」
それこそすぐにわかるだろう。
「どうせあなたのことです。高町 ヴィヴィオに私とティアの間を取り持たせようと考えているんでしょう?」
「ご名答。何か問題があるか?」
「あの娘に知られると、その……色々と言われることになるでしょう?」
ヴィヴィオちゃんのことだ。ティアーユ先生と話して事情を理解すれば、間違いなく力になろうとする。
というか、俺が聞いていないだけでもうすでにそういう話になっているかもしれない。
いくらヤミが避けたとしても、ヴィヴィオちゃんからは逃げられない。ヤル気になったヴィヴィオちゃんには母親譲りの不屈の心(しつこさ)があるだろうし、何よりヤミが、ヴィヴィオちゃんとの付き合いをやめることを望んでいない。
これまで通りでいたいなら、早急にティアーユ先生との仲をどうにかするしかないわけだ。
しかも相手はあのティアーユ先生。どこかのラブコメのように、口裏だけ合わせて乗り切る、なんて器用な真似は絶対にできない。
「だからヴィヴィオちゃんに連絡した」
「あなたって人は……!」
俺が無理矢理すると拗れることでも、ヴィヴィオちゃんがすれば問題ない。遠慮なくその溢れる若者のパワーを使わせてもらうことにしたのだ。
「と言うかヤミはさ、ティアーユ先生と仲良くしたくはないのか?」
「……それは」
せっかく再会出来たのに、目の前にいるというのに、こうして壁を作っているなんてもったいないとしか思えない。
それが、望まぬ別れ方をした親代わりの人間だとすれば、なおさらだ。
「仲が良かったのは昔の話です。ティアの中にいる私は、昔の私。あの頃とは何もかもが違います」
どうせ会ったとしても、変わりすぎているヤミにお互い不快な思いをするだけ。表情からはそう読み取れる。
でも、それは別に会いたくないって言ってるわけじゃないんだよな。
それこそ変わってしまった自分を見せることの不安だ。世間的に言えば、ヤミの変化は決して望ましい方向じゃないし。
つまるところ、がっかりされるのが嫌なんだろう。人殺しにためらいが無くなってしまった自分にがっかりされるのが怖いんだ。
「うーむ……」
こうなってしまっては、自分から会いに行くことは無いだろう。つまりこれは、主人公の荒療治しかないってわけだ。
「じゃあ、ヴィヴィオちゃんにお任せするしかないな」
「あなたのそういう所がっ、本当にっ……!」
ヤミの怒気を感じつつ、みんなの所に戻ろうと考え、
「あっ! 良かった夜月君!」
後ろから声が聞こえてきた。
「急にいなくなったからみんな心配して―――」
声の主―――ティアーユ先生はヤミを見て息を呑んだ。かすれた声で、名前を口にする。
「―――……イヴ?」
「っ、ティア……」
無理矢理な形だが、2人は再会を果たしたのだった。
―――――――――――――――――――――
「ひ、久しぶり……! 元気そうでよかったわ、イヴ……」
「今の私は『金色の闇』です。周りにはヤミちゃんと呼ばれていますが」
目線どころか正面すら向かないヤミ。完全に背を向けている。かなり刺々しい態度だ。
「そ、そうなのね! うん。ごめんなさい……」
ティアーユ先生が震えている。
俺達にはこれが普通のヤミだ。でもティアーユ先生は違う。
情報で知っていても、実際に変わってしまったヤミを見たんだ。怖いという感情が浮かんでしまっているのかもしれない。
「……」
「……」
2人の間に気まずい空気が流れる。
「……やっぱり、怒ってるわよね。私があなたを置いて逃げた事」
余計な雑談をする余裕がなくなったんだろう。すぐに本題に入る。
「あの時、組織から抹殺されそうになって、あなたを連れて逃げようと思った。でも、そんなこと組織にはお見通しで、私1人じゃ何もできなかった……」
戦闘能力皆無どころか、ドジっ子属性まで併せ持っているティアーユ先生では、闇の組織から逃げることが出来ただけで奇跡だろう。
そうして素性を隠して各地を転々としている時に、組織が壊滅したことを知ったらしい。
でも、ヤミの消息は掴めなかった。
「金色の闇の噂を知ったのは、その数年後」
話を聞いただけで、ヤミだと確信したらしい。それもそうだ、これだけ特徴的な能力、そうそうあるものではない。
「でも、信じたくなかった……!」
理論ではそう結論が出ても、感情では否定したかった。
「明るくて優しかったあなたが、どれだけ絶望すればそんな生き方に辿り着くのか……!」
話しているうちに感極まったのか、ぼろぼろと泣き出す。
「ごめんね……っ、ごめん、なさい……! 助けて、あげられ、なくて……!」
嗚咽から言葉がうまく続けられなくなる。
「どうでもいいんです、そんな事」
ヤミが静かに応えた。
「貴方に謝られても私のしてきたことは無くならない。金色の闇として殺し屋をしてきた自分を否定するつもりはありません」
それがヤミの答えだった。
生きるためとはいえ自らの手を血に染めたことを後悔していない、ティアーユ先生が気にする必要は無い。不器用なヤミなりの優しさだろう。
そのまま歩き出そうとするヤミだったが、ティアーユ先生が呼び止める。
「あっ! ま、待って―――」
「今私が思うことはたった1つだけ」
―――貴方が生きててよかった。
「それだけだよ、ティア」
「っ」
その時ヤミがどんな表情をしていたのか、それを知る術はない。
しかし、今まで聞いた声の中で、いちばん優しい声色だったのは間違いなかった。
雰囲気ぶち壊しのことを言えば、俺の位置からは耳が真っ赤になっているのが見えたんだけどね。
今回はお互い、言いたいことが言えたんだろう。
ヤミはそれ以上何も言わずに立ち去り、ティアーユ先生も目尻に涙を溜めてはいたが、少しだけ肩の荷がなくなったような、晴れ晴れとした表情をしていた。