「(……これは驚いたな。まさか、
多少のことは笑って流すか、笑いつつ魔力弾を撃ち込むエヴァンジェリンだったが、今回ばかりは眉を寄せて考え込んだ。
映像の中で翔の使う技法は、間違いなく
エヴァンジェリンを不死たらしめている秘術、つまり彼女は大部分の吸血鬼とはまた違った不死性を持っているのだが、今問題なのはそこではない。
正確には技術ではなく、呪いに近い危険な代物を、どうして夜月 翔が体得しているのかということだ。そもそも手段が存在しない。
「(一番高い可能性は、同じ境遇の人間がいた……そんなヤツを見逃していたか? この私が何百年間も? ハッ、ありえんだろう? だとすれば……)」
それは異常事態だ。
「(この夜月 翔というガキ……予言のこともあるが、確かに何かあるようだな……)」
普段の遊ぶような笑みではなく、獲物を見つけた時のような凄みのある笑みを浮かべる。
そしてそれとは別に、表情を崩さないことで精一杯になっているのはロード・エルメロイ2世ことウェイバー・ベルベットだ。
「(あいつ! アイツはっ!! 何をやっているんだっ!!)」
成長した自分とは違い、前に別れた時と全く変わらない姿。こんな場面でなければ、無事を確認出来た事を喜ぶところだ。
そう、こんな場面……まるで事件の容疑者のように名前が上げられなければ。
「(もちろん予想はしていたさ! 未来からの英霊なんて、訳の分からない存在として呼ばれるくらいだ。未来でも、そりゃあもう変な奴なんだろうってのは! それがまさか、こんな―――)」
よりにもよって、世界の滅亡を予言した詩文に関わっているとは、想像の範囲外だ。
「(そもそも、あの時は何も言ってなかったじゃないか―――)」
「それで、6つの輝石についてですが……」
色々と考えこんでいたウェイバーとエヴァンジェリンは、聖天子の声で現実に引き戻される。
「皆さんの意見を聞かせていただきたいのです。何か、お心当たりが無いのかを」
目を向けられたウェイバー、エヴァンジェリン、ローラ、アレイスターは全員黙り込む。
誰が最初にしゃべり始めるのか、その機会を窺っているのだ。
知っていることをしゃべる。言葉にすれば簡単だが、つまり機密情報を話すということだ。
知らなければそう答えれば良いと思うかもしれないが、後で発覚し、大きな被害を出した時が怖い。トップ、代表という立場の人間は、『知らなかった』では済まされないのだ。
それを踏まえたうえで、ウェイバーが口を開く。
「……知っての通り、魔術師の魔術は秘匿が基本……この島への時計塔支部も、ようやく成立されたくらいだ。いくら身に余るロードの名を拝命しているとはいえ、他の家の秘術まで網羅しているわけではないことを予め分かっていただきたい」
「確かに、時計塔はある意味イギリス内の治外法権たりけるものね。清教派もそこの堅物にはいつも手を焼きたるところよ」
ローラのちんぷんかんぷんな言葉のせいで柔らかくなっているが、時計塔の外とのかかわりは、ウェイバーにとって悩みのタネの1つだった。
イギリスはロンドンにある魔術の学び舎『時計塔』は、その国よりも長い歴史を持っている。
通常であれば魔術という力を学習、研究する機関、それも世界1,2を争う規模ともなれば、国に管理されるのが当然だ。
当然のことが当然に行われていないから、揉め事が起きている。
例えば今回のように、国に届け出を出さずに時計塔初の海外支部を作ろうと計画され、実行されてしまったり、だ。
その責任者のウェイバーが、いったいどれだけのお役人に睨まれたことか。そしてどれだけ時計塔内部の魔術師に白い目を向けられたものか。
全ては時計塔のトップ、宝石翁の発案のせいだ。
一介の魔術師、そこまで代を重ねていない凡庸な家庭の魔術師だったというのに、なぜ国のお偉いさんの相手をすることになっているのか、本当に悩むことが月に何度もある。今もそうだ。
「……それでも良いのならばお答えするが、私の知識の中に、世界を滅ぼしうる6つの輝石の心当たりはないな」
「本当に?」
今まで表情を窺っていた楯無が追及する。
「本当だとも。この状況で嘘をつく必要は無い。確かに、『6つの輝石』などという代物だ。我々に疑いの目がかけられるのはしょうがないが―――」
「でも、何か思い当たることはあるんじゃないの?」
蒼い瞳がウェイバーを射抜く。
楯無の態度は、時計塔のロードを相手にしているとは思えない。
だが、その迫力に押され、のけ反っているウェイバーを見れば、どちらが優勢なのか、はっきりしていた。
というか、あれだけ露骨に表情を変えていて、怪しむなと言われる方が無理だが。
「逆だ。思い当たるものが無いのさ」
「ん?」
「科学技術には疎い私だが、魔術にはそれなりの覚えがある。何しろ、これでもロードの名を冠しているのだからね」
「(師匠……なんでそんな嘘を……)」
後ろに立っているグレイは、フードの中で視線だけを動かす。
魔術に覚えがあるなんて、いつもなら口が裂けても、体が裂けても言わないジョークだ。それどころか、ロードの名前をこんな風に使うなんてありえない。
「しかし私にも、この少年が使っている術式は見たことがない……いや、どちらかというと、呪いに近しいもののようだが……これについては、そちらの方が詳しいのではないかな、レディ?」
「さあな? 昔戦ったやつにそんなヤツがいたかもなぁ」
話を振られたエヴァンジェリンだったが、肩をすくめるだけで受け流す。
「なるほど。まあ、そう言う事にしておきましょうか。ロードとして、未知の術式に心が躍ったってことにね」
「……」
何とか追及を逃れたが、楯無は疑いを隠そうとしない。
「次に私だが、知っていることは何もないな。6つの輝石についても、この2人の男についても」
「本当ですか? 正直、陣営を問わず長い年月を生きているあなたが、一番可能性があると思っていたのですが……」
「残念ながら」
聖天子の縋るような声も、片手を上げて受け流す。
素直すぎる聖天子に、ローラはあからさまに不満そうに、
「そう言われたる後に話すのは癪たるのだけど……実際、何も知らないのでは形無しけるわね」
「同じく、管理局がそのような危険なロストロギアを保管しているという情報は無いな」
ローラとアレイスターが短く否定する。
ロストロギアとは、管理局が保管している超古代のオーパーツ、無暗に技術が拡散しては危険だと判断された道具、技術の総称だ。
形上は協力関係にある2人に情報を共有しておきたかったというだけで、はやても楯無もクローディアも、情報がもらえるとは思っていなかった。
それどころか、新しい悪だくみの種にされるのではないかという不安すらある。
「ふわぁ~……それで? 話というのはもう終わりたるのかしら?」
「はい。現状ある情報は、これで全部になります」
盛大にあくびをかましたローラ。時差のせいかずいぶんと眠そうな声だ。
「ならこちらから……近々、禁書目録をそちらに送りたる予定よ」
「―――はい?」
「……!?」
はやては言っている意味が分からなかった。ウェイバーは瞬時に意味を理解して息を呑む。
禁書目録。10万3千冊の魔導書―――現代の人間なら1冊読んだだけでも即廃人コースのそれを、完全記憶能力によって10万3千冊も記憶している人間図書館だ。
対魔術師相手なら、見ただけでたちどころにその秘術を看破されてしまう。しかも噂では、魔術回路を1本も持っていないにもかかわらず、魔導書の力を引き出せるとか。
イギリスの治安を裏から支える
そんな重要人物を送る? ウェイバーは何かの冗談にしか思えなかった。
「それはどういうご用件で、でしょうか?」
クローディアの質問に、ローラは笑って答える。
「どういう? これは面白ける問いね。ただ単に、イギリス清教からの応援。それ以外の何があるかしら?」
「……」
「もちろん管理局所属に、ではなく島のイギリス清教協会に。でも、まぁ、有事の際は無償で貸し付けたるのもやぶさかでもない、そういう話よ」
そう言いきられてしまっては、それ以上の追求は出来ない。
協力関係にあるイギリス清教が、虎の子の切り札を貸してくれる。
話の上で、会話の上ではそう判断するしかない。
そして、未知の敵と戦う上で、禁書目録の知識はこれ以上ない戦力になる。相手が魔術関係なら、たちどころに対抗策を見つけられるはずだからである。
「(しかし、おそらくは……)」
この場の全員が思っていることである。
「(本当の目的はほかにある)」
例えば、時計塔の隠し事を残らず暴く、とか。
「(数百年の積み重ねがある時計塔とは違って、この島の支部は赤ん坊同然。禁書目録の目を使って、盗めるだけ盗んでおこうと、そう言う事か?)」
ウェイバーも詳しくは知らないが、今回の支部はあの宝石翁の発案だ。情報が出に入れば、何かあると思われ、禁書目録を差し向けられても仕方ない。
「(また、面倒なことになりそうだぞ……!)」
そして苦労するのはウェイバーだ。
「到着の日時は追って伝えたるわ。少なくとも、騒がしかる8月の内は無いと思ってよりけるわ」
「は、はぁ……わかりました」
すでに決定されている事らしく、ローラは有無を言わせない。はやては首を縦に振るだけだ。
「ふむ。まさかイギリス清教が禁書目録を出してくるとは思わなかったが……管理局からの追加の支援は予定していないな」
「いえ、例の特権だけで十分助かって……」
アレイスターは抑揚のない声で言う。
はやては社交辞令的な返答をしようとして―――思いついたことがあった。
「……1つ、質問してもいいですか?」
「なんだ?」
「先日、六課が解決した事件、ご存知ですよね?」
事件というのは妹達の実験のことだ。
「ああ。それが?」
「あの事件で、管理局に実験に加担していた内通者がいるのかもしれません。実際、我々から捜査権限を持っていった部隊が、不自然に実験を守るような動きをしていました」
「何か証拠を掴んでいるのか?」
「……いえ、それは」
「不要な軋轢を生む疑いはやめたほうが良い。いくら特権があっても、周りに疎まれれば動きにくいだろう?」
「……では、このことは忘れろと?」
「……いや、そちらについては私が調べておくことにしよう。特務六課は通常の業務に力を入れてくれれば良い」
そう言って、本当に会議は終了したのだった。
―――――――――――――――――――――――――――
モニターの電源が落ち、アレイスターとローラの目と耳が無くなった。
「それじゃあな、何かあれば連絡しろ」
そう言って、エヴァンジェリンは颯爽とその場を後にした。
ウェイバーもさっさと立ち去ってしまいたかったが、そうはいかない事情があった。
「お久しぶりですね、エルメロイ2世。グレイちゃんも」
「桜の面接以来ですね、八神部隊長」
「はい、お久しぶりです」
実はこの3人、面識があった。
桜は魔術師ではなく魔術使い。とはいえ、時計塔に所属していた人間が管理局に入ったのだ。過去に例がない事態だ。
桜の先生だったウェイバーは、同時に保護者の真似事もしていた。一種の保護者面談のようなことも行われることになったのだが、その時に顔を合わせたのだった。
「その後どうですか、桜は」
「良くやってくれてますよ。小さい頃のエース・オブ・エースを思い出しますよ。色々と圧倒的です」
「ハハハ、それは……」
桜の力を知っているウェイバーは乾いた笑いを漏らす。
自らの師であるケイネスの姪に当たる少女。彼女に課せられる無理難題にも難なく答える実力を備えているのだ。
「(あの胃を壊す悪魔と対等に渡り合える時点で、な……)」
「それでそれで? 本当は何か知ってることがあったんじゃないの~? あの2人がいなくなったことだし、話すなら今じゃない?」
楯無はテーブルに肘をつき、笑顔で語りかけた。
「いや、残念ながら(過去に英霊として召喚されて聖杯戦争したとか、錯乱したのかって思われそうだし)」
「ふぅーん、そっかぁ……ん~っ……あ~……」
楯無は両手を上にあげて背伸びする。
「六課に来た桜ちゃんが翔君と一緒に住んでるのも、高町さんのお子さんの友達が、翔君と一緒に住んでるのも、ぜーんぶ偶然かぁ……」
「(そんな偶然あるかっ! というか、人間関係が繋がりすぎだろ!)」
ウェイバーは心の中でツッコミを入れる。
もう、わざとらしいほどの牽制だった。
「クローディアはどう思う?」
「私はそもそも疑ってませんから」
「ま、そう言うならそれでもいいわ」
カリムが話を変えた。
「ロードはしばらくこちらに?」
「ああ。この島の時計塔支部の責任者を任せられているので。もっとも、支部など名ばかりのハリボテですが」
宝石翁発案の支部計画だが、それを聞かされた時計塔のロード達は皆同じ事を考えた。それ、作って意味あるの? と。
自らの神秘を外に出す理由が無い。時計塔の魔術師たちは、別に表舞台で勢力拡大したいわけでは無い。わざわざ支部に人を出す名家など、どこにもなかった。
だがウェイバーにとっては別だった。学園島に行く大義名分が出来たのだ。
「(や、別に、アイツがいるからってわけじゃないんだけどな!)」
桜から再会できたと連絡を貰っていたから、という訳では断じてない。決してない。
その時、
「む」
「っ!」
「あら?」
「これは……」
「? 皆さん、どうかされましたか?」
近くに結界が張られた。
それに反応する各人。魔力の無い聖天子が首を傾げている。だが、教会の主であるカリムは落ち着いていた。
「大丈夫ですよ。今頃、シスターシャッハが顔を真っ赤にして飛んで行ってるでしょうから」
「ああ、そういえば、そろそろ時間だものね。話がこじれないように、私はお暇しようかしらね」
「時間とは?」
ウェイバーは何も聞かされていなかった。口ぶりから、何やら予定があることは分かるが。
「この後、来る予定なんですよ。夏の間、護衛をして頂こうと思いまして。実は私、個人的に知り合いなんです」
「まさか……」
「はい。例の夜月 翔さんと」
聖天子は笑顔で告げ、ウェイバーは顎が外れるほど愕然とした。