隣のウェイバーが死んだ顔をしている。なんだコイツ、せっかくの再会がうれしくないのか。
ウェイバーの隣に控えている灰色のフードをかぶった少女は、ちらちらと俺を見てくる。師匠をこんなに狼狽させた俺が気になるんだろう。近くにある獲物に何でもない風を装う肉食獣のように、俺に釘付けになっている。
この娘のことは、名前と簡単な設定くらいしか知らないけどね。
とにかく2人とも、俺には随分と言いたいことがありそうだ。
「(ま、このメンツの前では難しいだろうけどさ)」
ニコニコと笑っている八神さんと聖天子様。メンツ的に何か重要な会議があったんだろう。
立場って奴だ。ウェイバーの容姿は、すでにロード・エルメロイ2世のものになっている。この場にいるってことは、立場的には時計塔の代表みたいな感じだろう。
俺の知らないところで、ウェイバーも大きくなったんだなぁ。しみじみした気分になる。
「ふーん? 君は時計塔のロードとも知り合いなんやなぁ」
「ええ、まあ―――」
八神さんの言葉に普通に頷こうとして思い留まった。
時計塔のロードと知り合いって、しかもこんなフランクに接するって、普通じゃありえなくない?
もちろん俺がタダ者じゃないことは、八神さんも重々承知してるだろうから、今さらな気もするけど。
「―――まあ……はい。色々ありまして」
「……お前は……」
いっそ潔く認めてみるが、ウェイバーはとても何か言いたそうだ。
や、無理だって。君相手にずっとかしこまった態度とり続けるなんて。昔を知っていると、どうしても威厳があるように見えないんだよ。
眉間の皺は、木の年輪みたいに成長を示すものじゃあないってことだ。
だが意外にも、八神さんはそれ以上追及してはこなかった。メインは俺と聖天子様の話だからだろうか。
俺たちはお互い挨拶をして、さっそく本題に入る。
「今回は夏の間の護衛をして頂きたいのです」
「夏の間……?」
はて。赤道付近に位置するここは常夏の島、学園島だ。そこで夏の間護衛と言われても……いつまで護衛すれば良いんだろうか? もしかしてずっと?
と、とぼけるのはやめておくことにする。
「8月の間ってことですか?」
「はい」
聖天子様は頷く。
日本人である俺たちの間では、8月は夏。そして8月は忙しくなるというのは、再三言われていたことだ。人が多くなる。
その間、護衛してほしいという事だろう。
問題は、
「また、誰かに命を狙われたり……?」
「そういうことはありませんよ。純粋に人が多くなるこの時期は、私に限らず特別に護衛を雇う人が多いんです。『何か』あってはいけませんから」
各国要人が集まるこの時期は、テロも多くなるってことか。
「ちなみに、聖天子様お守り隊は?」
「はい?」
「いえ、その、親衛隊はどうなったのかなって」
保脇の件。かなり昔に感じるが、実際はわずか3カ月前だ。色々あって俺の中では保脇が悪人確定になっているが、実際には俺との戦闘中に死亡。
保脇自身、暗殺者(ヤミ)を雇い俺を殺そうとする罪を犯した。それでも、デンジャラスゾンビが殺したとはいえ、俺はそれまで隊長を務めていた人物の死に際に立ち合った人間だ。
親衛隊の人達にどう思われているか。
「それなら安心して下さい。あの事件の後、部隊が再編されたんです」
「そうなんですか?」
話を聞いたところ、あの暗殺未遂、よりも保脇の危ない人格を見抜けなかったことを受けて、親衛隊は完全に解体。
天童菊之丞が直接面接をした人で新設されたらしい。それにより、直接近くにいるのは女性だけになったのだとか。
「ま、そういうトラブルって、何も男性だけに限定はされないと思うけど……」
「はぁ……?」
歪んだラヴ(巻き舌)、女性版、みたいな? その辺りに口を挟める権利は持ってないが、安心だと高をくくるのも不用心だ。
「でも、じゃあ無理じゃあないですか?」
「何が無理なんですか?」
「だから、一度実績があるからって、どこの馬の骨とも知れない男を近くに置くっていうのは」
そんなに厳重に警戒してるって言うなら、
「俺だったら、絶対に許可しませんけどね」
それも、あの天童菊之丞のことだ。大切な操り人形に埃や虫が群がるようなことは避けたいだろう。
「それについては問題ありませんよ。すべて承知の上ですから」
「はい?」
「承知の上で、お願いしているんです。すでに許可はとってあります」
許可が出たってのか?
「それどころか、一度会ってみたいとも言っていましたよ」
「ううん……?」
新部隊は直接目で見て選んだらしいし、俺のことも直接値踏みしたいってことか?
でもそれだと、順序が逆になる。普通だったら、最初に顔合わせがあるんじゃないのか。許可が出るのはその後じゃあないのか?
何か企んでるのか? や、むしろ企んでいないなんて場合があるのか?
色々と気になることはあるが、
「……まあ、その辺りに何も問題ないなら。受けますよ」
「ありがとうございます」
心なしか弾んだ声で、しかし余計なことは言わない聖天子様。
「では内容を説明します」
会議は前期と後期に分かれる。前半3日と後半3日、間に2週間の自由な時間がある。
それは一般にも公開されている情報だ。会議の議題についても、調べれば簡単に知ることが出来る。
少なくとも、表向きの内容は。
「会議の内容については、申し訳ありませんが、私の口からは言えません」
それは機密という意味だ。外には漏らせない重大な内容という意味。
そしてそれらについて、いくつかは心当たりがある。一つはスタンド。正体不明の新しい能力。
そして、
「聞きましたよ部隊長。妹達の事件、研究員達は持っていかれたのに説明責任だけ押し付けられたって」
「はぁ、フェイトちゃんか……」
「別にいいじゃないですか、俺たち身内なんですから」
実はティアーユ先生と出かけたあの日、フェイトからそのことについて聞いていた。
「ま、それもそやな。9月になったら、たんまりと仕事してもらうしなぁ?」
「や、教えてくれたのはフェイトさんなんで。書類仕事はそちらに……」
「あっはっは、新人の初仕事は報連相の練習と、書類の整理って相場が決まっとるんよ? 丁度よく書類が溜まっとるなぁ」
聖天子様が逸れてしまった話を修正する。
「私は会議には出席しません。出席するのは天童閣下です。私が出席するのは下の階で行われる懇親パーティです」
この会議はこの島の最高級ホテルの最上階で行われる。警備や避難の面から見ればどうかと思うかもしれないが、やろうと思えば飛行から瞬間移動、超電磁砲や魔力砲が飛んでくる世界だ。
どこでしようが大きな差は無い。
各国の首脳陣、そのレベルの要人は最上階である50階での会議。
ファーストレディ、およびそのご子息達は遥か下、2階での懇親パーティに出席する……ことが多い。こっちは強制じゃないからね。
でも、世界中の偉い人が集まるということは、そこは世界一狙われ易く、世界一警備が完璧な場所ということになる。親としてそこにいてほしいというのは、当然のことだ。
しかし同時に、そこは政治の場になる。懇親パーティなどと謳っていても、そうなってしまうのは避けられない。
聖天子様もさぞかし面倒だと思っているに違いない。
そう思ってたんだけど、
「……意外と楽しみなんですか?」
「そうですね。もちろん仕事なので、羽目を外してはしゃぐなんてことはありませんが……あのパーティには同年代の方もたくさん出席しますから」
ど、同年代の方、ですか……そういえば数ある創作作品のお姫さまって言うのは、何故か主人公と同じくらいの15~16歳が多いよね。たいして意味のある話じゃないんだけどね? そう言う事が多いって話。
「そう、ですね。それは楽しみだ……」
関わりを持ちたいとは思っているが、ペースというものを考えて欲しい。
「どうしましたか、翔さん。あまり顔色が良くないようですが?」
俺は何でもないと告げ、話の続きを促すのだった。
―――――――――――――――――――――
「それでは、失礼します」
「はい。当日はよろしくお願いします」
「それでは我々も、この辺りで」
「ロードも、これからよろしくなぁ」
話も終わり俺は帰ろうと立ち上がる。タイミング良くウェイバーも立ち上がった。
聖天子様と八神さんに見送られ……扉が閉じられた。
帰りの案内をしてくれるシスターの後ろをついて歩く。
ずかずかと前を歩いていくウェイバー。長髪が尻尾のように揺れているのを、フードの少女と並んで追いかける形になる。
「……」
「……ひさしぶり?」
「……ああ、久しぶりだな」
「どうした。何か怒ってんの?」
「別に怒ってるわけではない」
「そっか」
こりゃ怒ってるな。怒ってるやつに怒ってるって言っちゃ逆効果か。話題を変えよう。
「桜のこと、ありがとな。色々と面倒見てくれて」
「ほとんどケイネス先生のおかげだ。俺は何もしてない」
「そんなことないだろ」
ケイネスとはうまくやれてるみたいだな。
「わかっていたことだが、お前はこっちでも暴れているようだな」
「や、むしろ暴れてたから聖杯戦争に呼ばれたのかもな」
「違いない」
長く、色々と話したいことはあるが、出口までの道のりは短い。
「この後、時間あるか?」
「済まないが、予定が埋まっている。来週からの会議に私も出席しなければならないからな。その打ち合わせだ。何せ、時計塔からの出席者は初めての事態だ」
「大変だなぁ……連絡先くらい交換しておこうか?」
「……ああ」
結局その日は連絡先を交換しただけで別れた。もちろん、後日しっかりと会う約束は取り付けたけどね。
――――――――――――――――――――――――
そしてここはロキファミリアのホーム。その談話室だ。その活躍ぶりを表しているかのような綺麗な調度品が並んでいる。
そこに主要メンバー全員が集合し、思い思いの時間を過ごしていた。
武偵と言えば粗暴な人間が多いが、ロキ・ファミリアは聖王教会のシスター達の教育で礼儀作法は……まあ、完璧と言える。そのおかげでこの空間に馴染んでいる。
しかし今、そのすべてをぶち壊してしまうほどの、とんでもないものが転がっていた。
高級絨毯の床に転がっている空の酒瓶と、べろべろに酔いつぶれたベートだ。
「んぐっ、んぐっ、んぐっ」
「おい、フィン、流石に飲ませすぎだぞ」
「ははは、まあ、何かあれば僕がどうにかするさ。今日ぐらいは大目に見てあげてくれ」
それに付き合っているフィンはまだまだ余裕だ。
「そうだな、リヴェリア。許してやれ」
「だよねー? 私もわかるなぁ、ベートの気持ち」
「確かに、今日のアレは、ぷくく、カッコ悪いもんねぇ?」
「るっせえぞ! クソアマゾネス共!」
酔いつぶれていても、自分への悪口には敏感に反応する。
「そう言う事もある。お前達2人も、油断していると足元を救われるぞ」
歴戦の勇士であるガレスは、いたってまじめに、ベートの気持ちを理解していた。戦士として弱者を許さないベートが、油断していたとはいえ正面からの戦いで簡単に負けたことに。
いや、正確には負けてすらいない。シスターシャッハのせいで、勝負自体がお流れになったのだから。
むしろそのことが、ベートのプライドを余計に傷つけていた。明らかに負けていた勝負に、情けをかけられたような気分になってしまうのだ。
ここは下手に触れないのがベスト―――しかし双子のアマゾネス、ティオネとティオナは違った。
「でもねぇ?」
「普段あんなおっきな態度なのにね?」
「特に最後なんて、腰が引けたヘロヘロパンチだったもんね?」
もう我慢の限界だと、ベートは立ち上がる。足元が怪しいが、拳はしっかりと握られていた。
フィンはいつもで動けるように力を入れつつ、ベートに声をかけた。
「落ち着いてくれ、ベート」
「そもそも、アンタが言わなけりゃ俺は戦ってなかったんだッ!!!」
「だから悪かったと思って付き合ってるんじゃないか。座ってくれ」
「クソ……っ」
「みんなも、これ以上ベートをからかうのはやめてあげてくれ。特にティオネとティオナ」
「「はーい」」
フィンの言葉に、素直に従いそれ以上は何も言わない。
乱暴に腰を下ろすベート。
「クソ、クソ……っ!」
「まあそう落ち込むな。そもそも、油断があったのはいけなかっただろう?」
リヴェリアが隣に腰を下ろし、ベートをなだめる。
ベートとしては、他のメンバーに何を言われようとも、何ともなかった。ただ1人、少し離れたところに座っている可憐な少女に何を言われるのか、それだけが恐ろしかった。
ふらふらする頭で想像する。
―――――――――
「よお、アイズ。俺とあの時のガキ、番にするならどっちがいい?」
「え、何ですか、急に」
「良いから選べよ! 俺とアイツ、どっちがいいんだ!?」
「……少なくとも、あんなカッコ悪く負けたベートさんとは、ちょっと……」
「うぐっ!?」
―――――――――
「うぐっ!?」
自分で想像して自分でダメージを受けていた。あまりのダメージに机に突っ伏してしまう。
「ベート? どうした?」
「……俺は、俺は……」
ぶつぶつと虚ろな目で何かを言ってた。何度問いかけても反応が無い。そのうち、眠ってしまった。
ベートを自室へ運び、会話が再開される。ベートに気を使って話さないようにしていたこと、ベートを負かせた少年についてだ。
「それにしてもさ、あの子誰なんだろうね?」
「ロキは入団希望者だ、なんて言ってたけど……」
「それは考えるまでも無く嘘だろう」
団員の誰も、ロキの適当な嘘に騙されてはいなかった。
「と、すると? 本当に一体誰なんだ、ということになるが?」
「ふむ、どうやら陛下と知り合いみたいだけど……」
フィンはヴィヴィオと翔が仲良く話していたところを見逃していなかった。
「えー? 陛下ってまだ初等科でしょー? 知り合いにしてはちょっと年上過ぎない?」
「実力もな。ベートと引き分けるとは、並大抵の事ではない」
ガレスと、先ほどは馬鹿にしていたティオナもベートの実力を認めている。少し態度に問題があるとはいえ、銃弾を飛び交う戦場を構わず疾走し、敵を薙ぎ倒すベートはロキ・ファミリアの誇る前衛の1人。
そんな相手と互角以上にわたり合う武偵をフィンが知らないというのは流石に無理があった。
「僕の方でも少し調べてみたけど、特に特徴のない武偵だね。武偵高、強襲科の1年生。ランクはC」
「ランクC? 馬鹿な」
「だろうね。意図してランクを上げていないのか、何かきっかけがあって突然強くなったのか」
「変な悪魔とでも契約しちゃったとか?」
「あの禍々しい気配……あながち間違いとは言えんかもしれんな」
武偵ランクの更新は半年に一度。魔法や超能力を使える場合は『超偵』扱いになり別の試験があるが、あの実力なら、Sは固い。
そしていくら成長期でも、半年でつけることの出来るパワーの上り幅を軽く超えている。
何か危ない手段を用いて力をつけたと思っても仕方がなかった。
「……でも」
「うん?」
部屋の隅にいた少女。ベートを笑うでも、気遣うでもなく、静かに聞いていた少女―――アイズ・ヴァレンシュタインが口を開いた。
「もし……もしも」
「アイズ?」
誰かと会話していたわけではない。心の声が思わず漏れてしまっただけだ。
だから、フィンが問いかけても、何も帰ってこない。
「何の不正も無く強くなったんだったら……」
剣姫の呟きは夜の闇に解けていくのだった。