沢山の観光客がひしめく8月の島。それでも人通りが少なくなる夜中。警備員しかいないインターミドルチャンピオンシップの会場に、1人の男がいた。
選手たちが戦うリングの中央に立ち、値踏みするように手に持つウォッチを眺めていた。
「よし」
手のひらサイズのソレをお手玉のように放り投げ、キャッチする。
「これでいくとしようか」
《OOO》
手に持ったウォッチを落とす。地面にぶつかるかに思われたそれは、地面に吸い込まれて消える。
「さて、うまく育ってくれよ」
そう言い残し、男は消えていった。
―――――――――――――――――――――――
聖天子様の依頼はあるが、俺達にとってはこちらも大きなイベントだ。
超巨大なスタジアム。溢れかえるような人。
常に満員電車に乗っているかのような人混みをかき分け、俺達は何とか前に進む。
「あ、主様……!」
「お兄さん……!」
「はいはい、手を離すなよ2人とも。迷子になるぞ……や、それよりも」
「「わっ!?」」
俺は両手で2人を抱える。
この人混みの中、子供の2人を引っ張りまわしては、怪我をしてしまうかもしれない。それにそろそろ試合開始の時間だ。それに遅れるわけにはいかない。
他の女の子達はそれぞれ仕事を受けている。俺は聖天子様の仕事しか受けていないため、会議が始まる5日後までは暇だ。
そんな俺は、同じく特に依頼を受けていない年少組のティナ、コッコロと共に、インターミドルチャンピオンシップの応援に来ていた。
何とか予約していた席にたどり着く。
「ふぅ……」
やっと落ち着けたか。
「お兄さん、ありがとうございました」
「主様、こちらをどうぞ」
コッコロから水を受け取り、一気に飲み干した。気温と人の熱気でスタジアムの外はとんでもないことになっている。
だが、中に入ってしまえば、そこは適温だった。技術の力ってものは凄まじいものだ。
眼下のフィールドには、予選用の小さいリングが10個ほど設置されている。
「もう予選は始まってるな」
「はい。パンフレットによりますと、ええと……皆様の出番は今の試合の4回後でございますね」
「あ、お兄さん、クロさんから電話です」
ティナが端末を開いた。
空中に浮いたディスプレイに、クロの顔が映し出される。
《もしもし! お兄ちゃん聞こえてる?》
「聞こえてるぞ! そっちもたくさん人いるな!」
周りの喧騒に負けないように声を張り上げる。
クロは今回、ノーヴェ達を手伝い、みんなのセコンドとして登録されていた。今頃は選手用の控室で、最後のミーティングを行っているところだろう。
《そっちは座れた?》
「なんとかな。みんなは?」
《今から会場に向かうところ》
《みんないますよー!!》
《わー!》
元気なことで。これから本番だっていうのに、ヴィヴィオちゃん達はいつもと全く変わりないな。
《お兄さん、ヤミさんは来てますか!?》
ヴィヴィオちゃんがひょこっと画面に入ってきた。
「いや、一緒にはいないぞ」
でも、まあ、来てるだろ。人混みは苦手かもしれないけど、せっかくの大会なんだから。
《おっす、翔。中に入れたんだな》
「ノーヴェさん。みんなはいけそうですか?」
《今見た通りだよ。緊張してる奴なんか―――や、まあ1人を除いては》
《聞いてくださいよ! アインハルトさん、更衣室のロッカーに頭ぶつけちゃって―――》
《ヴィ、ヴィヴィオさん! そんなこと……!》
何だかんだ、アインハルトはこういう空気は初めてだろうからな。
《逆にコロナと綺凛は全然いつも通りだもんな》
《そうですか? あんまり自分ではわからないです》
《私は、刀藤流の門下生の前で刀を振るうことがありますから。こういうことは慣れてるんですよ》
「そんなに緊張してて、実力は発揮出来るのか?」
《それは、もちろんです》
「じゃあ―――頑張ってこい」
《はい―――!》
頷くアインハルトの代わりに、ノーヴェさんが前に出てきた。
《んじゃ、後でな。ブロック分けはメールで送っとく》
そう言って通信を終えた。
この大会、国ごとの代表がいるわけではない。極論を言ってしまえば、申し込めば誰でも出場できるのだ。
未成年限定の大会では、世界一有名と言っても過言ではないこの大会。当然、参加者は膨大な数になる。
なのでまずは、8つのブロックに分かれ、5日間かけて予選会が行われる。
目の前にある小型のステージで、1試合5分だ。ランダムに選ばれた選手と20試合行い、その勝ち星と与えたダメージ量で競う。
その上位63人がブロック本戦へと出場。さらにブロック本戦で優勝した8人が、決勝トーナメントに出場するという仕組みだ。
前の年に決勝トーナメントに出場したことがある場合は、シードとして最初からブロック本戦に出場出来る。
今回のみんなの目標は、多くの選手たちが目標にしているブロック本戦出場だ。
年齢的に言えば、ヴィヴィオちゃん達は最年少に近いだろう。さてさて、うまく勝ち残ることが出来るだろうか。
――――――――――――――――――――
「分かってるとは思うが、この大会は個人戦。チームメンバーと戦うこともある。それは大丈夫だな?」
「「「はいっ!!」」」
ヴィヴィオたちは元気よく答える。
これは命の取り合いではなくスポーツだ。勝っても負けても恨みっこなし。正々堂々と競い合う。
ノーヴェも試合の勝ち負けで、この娘たちの仲が悪くなることは無いと確信していた。これは本当に一応の確認だ。
「じゃあ、それぞれの参加ブロックを発表する。ヴィヴィオ、第4組。リオ、第5組。リオの5組には『
「倒しますよ~!!」
「もちろんそれ以外にもブロック本戦出場者がゴロゴロいる。見た感じ、5組は激戦区だな」
リオは強敵との戦いを想像し、武者震いする。
「ヴィヴィオの4組にはシード枠にミカヤちゃんがいるな」
「えー!? そうなんですか!」
アインハルトと綺凛もお世話になったミカヤ・シェベル。もちろん彼女も大会に出場している。
「色々とお世話になりましたけど、とうとうライバルになるんですね!」
「強いですよ、彼女は」
「頑張ります! あ、そういえば、ミカヤさんのおかげでアインハルトさんの調子も戻ったんですよね!」
「へっ!? あ、いや、その……そうです、ね」
アインハルトとしては、あの練習であったとこはあまり掘り返してほしくないことだった。本人にとっては良くても、他人に話すことではないのだ。
「んんっ、ま、それはそれとして、ね」
「……ありがとうございます、クロさん」
「色々あってそのことは聞いてないからね、後で詳しく教えなさいよ」
クロが割り込んでくれたおかげで、それ以上の追求はなかった。
ノーヴェは続ける。
「綺凛は第7組。ここのシードには去年のベスト4、ヴィクトーリア・ダールグリュンがいる。正直コイツは隙が無いな。六課の面々レベルの魔力量と硬い防御、高威力の格闘、下手に正面から闘うと一発でライフを持って行かれるぞ」
「はい。何とかやってみます」
ヴィクトーリア・ダールグリュン。通称『雷帝』と呼ばれる彼女は、古代ベルカの『雷帝ダールグリュン』の血をほんの少しだけ引いている遠縁の子孫だ。
ほんの少ししか血を引いていないと言っても、同年代では5本の指に入るほどの力を持っている。
「それでな」
少し言いにくそうに、
「アインハルトとコロナ……お前ら2人は同じ第1組だ。同じグループになっちまったな」
「大丈夫です! アインハルトさん相手でも負けません!」
「こちらこそです」
ノーヴェの心配は杞憂だった。
「あとは一昨年の優勝者が1組のシード枠にいるな」
「一昨年の?」
「ジークリンデ・エレミア。敗戦記録は、去年の決勝トーナメントの出場辞退だけ。つまりは、戦って負けたことが無いっていうとんでもねぇ選手だ。予選で当たることは無いが、ブロック本戦じゃ間違いなくあたるぞ。気をつけろよ」
「「はい!」」
説明したところで時間になった。そろそろフィールドに向かわなければならない。
「それじゃあ、やっておく?」
「そうだね」
選手5人とクロは円になり、手を重ねる。
「チームナカジマ、ファイトー……」
「「「おーーーー!!!」」」
「……やめてくれよ、恥ずかしいな」
――――――チャリン、チャリン
呟くノーヴェを背中に、少女たちは会場に向かった。
空まで吹き抜けになっているスタジアムに出ると、出番はすぐに訪れた。
《それでは、予選第15試合を始めます! 表示されたゼッケン番号の選手はリングに上がって下さい!!》
「落ち着いて行けよお前ら!」
「「「はいっ!!」」」
アナウンスに従って、みんなが散っていく。
全員がリングに昇ると、試合が始まった。
ヴィヴィオたちの相手は、試合の相手が小さいとわかると少し嬉しそうにする。儲け試合だとでも思っているのだろう。
その認識をすぐに改められることになる。
油断からか、試合が始まった瞬間から押し込まれる。慌てて意識を切り替えても、それでも勝てない。明らかに実力が上なのだ。
やがて全員の勝利が確定した。
やはり驚異的だったのはアインハルトと綺凛だ。2人とも一撃、10秒で試合を終えていた。
その結果に満足そうに頷くノーヴェ。
「やっぱやるな。アインハルトは少し心配だったけど持ち直したんだな。翔とうまくいったか? そういうのは、本人は話さないからな……」
すると後ろから声をかけられた。
「ノーヴェ」
「おお、旦那!」
ノーヴェに話しかけてきたのは筋骨隆々な男性だ。浅黒い肌と獣人としての狗耳が特徴的だ。
彼は八神 はやてが所有する戦力、ウォルケンリッターの1人、盾の守護獣『ザフィーラ』だ。
シグナムと同じく、八神道場で師匠として働いている。ここにいるということはつまり、選手のセコンドということだ。
「そっちは今から試合か?」
「ああ。そうだ」
「あっ! ザフィーラ! 久しぶり~!」
試合を終えたヴィヴィオたち5人も近寄ってきた。
「ふむ、ちょうどいい。ヴィヴィオ達には、まだちゃんと紹介していなかったな……試合が終わるまで少し待っていてくれ」
しばらくすると、次の試合が始まった。
そしてすぐに、ヴィヴィオたちに負けないほど早くに終わる試合があった。
「ミウラ、ユウキ、こっちだ!」
ザフィーラが声を張り上げると、2人の少女が駆け寄ってきた。たった今試合を済ませたばかりだというのに、息すら切れていない。
「あっ! ヴィヴィオさんですよね! はじめまして、ミウラ・リナルディです! 今回は八神道場の代表で大会に出てます!」
「同じく、紺野ユウキです!」
その2人にアインハルトが反応する。
「アインハルトは久しぶりだね」
「はい。お久しぶりです」
ユウキの笑顔に、アインハルトが頭を下げた。
「お知り合いですか?」
「前に、八神さんの家にデバイスを取りに行ったときに少し。やっぱりあなた達2人は大会に出てたんですね」
「ふぅーん……」
クロの目がスッと細くなる。なるほどそういうことかと。何か理解したような顔だ。
アインハルトは、この2人がデバイスの調整に付き合ってくれた時のことを思い出していた。
趣味で開いている道場にいるには、あまりに突出した才能を持っているのが分かっていた。大会に出れば、間違いなく強敵になる予感もあった。
「2人は何組なんだ?」
「ミウラが4組、ユウキは7組だ」
「ということは……」
ミウラとヴィヴィオ、綺凛とユウキが同じ組だ。
「なるほどな」
ノーヴェはニヤリと笑う。
試合を見て、ミウラとユウキの戦い方は分かっていた。
ミウラは強襲型、ひたすら敵に近寄って攻撃する打撃選手。ユウキは恐ろしいほどの反射神経に合わせた高速の剣術。
「面白い試合になりそうだな」
「ああ。そうだな」
指導者2人は、教え子たちの雄姿を想像して笑い合うのだった。
――――――チャリン、チャリン
―――――――――――――――――――――
「試合、あっという間に終わってしまいましたね」
「なー」
ティナの言葉に頷く。
ここまでこんなに苦労してきたにしては、試合があっけなく終わってしまった。でも、一番緊張するだろう初戦をうまく超えられた。良かった良かった。
そんなことを思っていると、観客席の一角が何やら騒がしくなっている。
「何でしょうか」
耳を澄ませると、応援の声以外に良く聞こえる単語があった。
「チャンピオン……? 主様。何やら皆様、口々にチャンピオンと言っておりますが……」
「うん……」
観客席だけでなく、リングの選手も指さしていた。
「一昨年の優勝者、ジークリンデ・エレミア選手だッ!!」
「それに、ハリー・トライベッカ選手、ヴィクトーリア・ダールグリュン選手……上位選手がそろい踏みだッ!!!」
周りの人がカメラを向け始める。
「どうやら、有名な方がいらっしゃるようですね」
「見に行きますか、お兄さん?」
「や、いいよ」
原作で何となく知っている人だ。揉めているのかバインドされてるけど、別に険悪なムードという訳じゃない。
ライバルに会って盛り上がったって所だろう。
だったら、無理に首を突っ込む必要はない。
というのが俺の理由だけど、
「2人は行きたいか?」
「私、あの人達知らないですから」
「はい。特別、見に行きたいということはありません。主様にお任せします」
周りにとっては有名人でも、俺達にとっては知らない人だしな。そこまで興味をそそられるわけじゃない。
やがて係員が来て、騒ぎを沈めた。有名人の方々は出口に向かっていく。これ以上騒ぎが広まると予選が進まないからな。有名になるってのは大変なもんだ。
それから10分もすると、大会は再開された。
皆の試合は終わってしまったけど、俺は試合に興味があった。正確には、試合に出ている選手に興味があった。
原作にはいない、違う作品のキャラクターが混じっていないかという調査だ。そのキャラクターを中心に事件が起きるかもしれないからな。
まあ、パンフレットやネットで調べても良いんだけど、予選の段階だと人数が多すぎて面倒だった。
そういうキャラクターって上の大会に出る可能性が高いし、予選が終わってからでも良かったんだけど……ついでの調査ってことで。予選全部を見れるわけでもないからな。
この島のイベントを楽しみつつの行動だ。
「あ、ルーテシアだ。普通に勝ったなアイツ。やるもんだ」
相手が可哀そうになるくらいの試合だった。得意の召喚獣を使わなくても、全然いけるんだな。後方支援だけじゃないってことか。
そう思いつつ見ていたが、結論、1日目は特に収穫はなかった。