ここは学園島ではなく遠く離れたヨーロッパの、お屋敷と言っても過言ではない、むしろそう呼称しなければいけないほどの豪邸。
屋敷の主は17歳の少女である。
今は執事のエドガーに午後のティータイムの準備をさせているところだ。
「そういえば、学園島を騒がせていた自称覇王。ぱったりと話を聞かなくなりましたね」
「まったく。わたくしが学園島に赴いたときに、ついでに叩き潰して差し上げようと思ってましたのに」
この少女、執事にティータイムの準備をさせている最中に、椅子に座りながらダンベルを持ち上げていた。
少女にしてはしっかりとした筋肉のついた腕だが、魔力のサポートがあることも間違いなかった。
いずれにしてもダンベルは、この場にそぐわないものである。格式を重んじるような嬢様なら、存在すら許さないだろう。
そんな異物を、エドガーは完全に受け入れている、
「今年は聖王陛下も10歳になられましたので、参加なさるようですよ。もしかすると、その覇王の娘も出場するかもしれませんね」
「それはいい機会ですわね。旧ベルカ最強覇者は、聖王でも覇王でもなく『雷帝』ダールグリュン」
立ち上がり、ダンベルを持った腕を腰に当てる。
「その現実を、雷帝の血を(ほんの少しだけ)引くこのわたくし! ヴィクトーリア・ダールグリュンが叩き込んで差し上げますわっ!!」
背後でタイミングよく雷が鳴る。雷帝の血を(ほんの少しだけ)引いているだけあって、雷に愛されているのかもしれない。
「今年は勝てるといいですねぇ。去年は決勝前に負けましたから」
「……それは言わなくていいですから。さっさと参加申請書を出してきなさい!」
顔を赤くしつつ、ティーカップに口をつけるのだった。
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日本本土にも武偵高校はある。ここは日本の名古屋。名古屋女子武偵高校である。
なんと、生徒の8割がへそ出し制服を着用している。とんでもない学校だ。
校風として、肌が出ているほど『拍』が付くのだ。『私に防弾服は必要ない。闘っても撃たれないからだ』という意味があるからである。
生徒によっては、スカートもギリギリの長さにしている者までいるのだとか。そこまで行くと半分痴女である。
用紙を書いている赤髪ポニーテル少女も、例に漏れずへそ出し制服。スカートの長さは平均だ。
そんな少女に、3人の少女が近づいてくる。それぞれサングラスをかける少女、マスクで口元を隠す少女、上は胸元ギリギリなのにスカートは足首まである少女だ。
全員そろって、一昔前のスケバン少女のような恰好をしている。
「あ、リーダー!」
「それ、大会の参加申請書ですか?」
「おうよ、そろそろ締め切りだからな。渡航許可書と一緒に提出すんだ」
机の上で紙を整え、席を立つ。
「いやー、今年こそ、リーダーが優勝ッスよ!」
「去年は惜しかったですもんね! ブロック本戦決勝で、あんな変なお嬢様に当たっちまうなんて……」
この少女、ハリー・トライベッカは去年の大会でヴィクトーリアと対戦していた。それはもう壮絶な戦いを繰り広げたのだ。
結果として、お互い相手のライフを削りきれず、ラウンドを使い果たし判定による勝敗になった。
負けたのはハリーだったが、この試合で力を使い果たしていたヴィクトーリアも、次の試合で負けることになる。
とても思い出深い試合だったため、思わず口走ってしまったが、
「バカ野郎!! テメェ、リーダーが気にしてることを……!」
「え? あ! いや、でも……!」
ハッとして口を抑えるがもう遅い。
顔を引きつらせて、ハリーの背中を見る。肩が震えていた。鼻をすする音も聞こえる。
「ほら見ろ! 泣いちゃったじゃねーか!!」
「ス、スンマセン!! 本当にスンマセン!!」
ぺこぺこと頭を下げるが、ハリーはそれを手で制した。
「いいんだ! 泣くほど悔しい気持ちを胸に!」
涙を拭いて前を向く。
「オレぁ頑張る!! 今年は負けねぇ!!」
拳を握って、そう宣言した。
――――――――――――――――――――
それから少しの時が立ち、翔が妹達の事件解決に奔走している頃、ヴィクトーリアは自室のトレーニングマシンを使って日課のトレーニングをしていた。
先祖から受け継いだ屋敷と最新のトレーニング機器。相変わらずのアンバランスだ。
「お嬢様、大会の参加通知が参りましたよ」
「開けてちょうだい」
「そう仰ると思ってすでに開封を。お嬢様は第7組のシード枠ですね」
ヴィクトーリアにとって、自分がどの組にいるのかなど、どうでもいいことだった。
祖先の雷帝が最強であると自負しているのだ。誰が相手になろうと粉砕するだけなのだ。
それ以上に気になるのは、大会で知り合ったライバルたちのことだ。
「ジークは出てる? ……それからあの不良娘は?」
「出場されています。シード枠で第1組です。ジークリンデ選手は去年途中辞退していますからね。おそらく前々回大会の優勝者ということを考慮されているんだと思います」
注目選手の途中辞退というのは、そのくらい大きな出来事だった。本来なら、シード枠を取り消されてもおかしくはなかった。
「そう……出てるならいいのよ。あの子はあの子で、色々と心配だったから」
ヴィクトーリアは飲み物を受け取って飲み始めた。
「ハリー選手は第5組ですね」
「よォし! ちゃんと出てるのね! あのポンコツ娘との決着は決勝ブロックでつけるのよ!」
「勝ち抜いていかないといけませんねぇ」
メラメラと闘志を燃やすヴィクトーリアだった。
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ハリーは背中に取り巻きの1人を乗せ、そのまま腕立て伏せをしていた。魔力を使わないでのフィジカルトレーニングである。
背中に乗った取り巻きは端末を操作していた。そこには大会の参加通知のメールが表示されている。
「うーん……リーダー、今年はシードになれませんでしたねぇ」
「ま、しゃーねーよ。シード枠は去年の成績で決まってるからな」
喋っている間も、規則正しい筋肉トレーニングは止まらない。
ゆっくりと胸が地面につくギリギリまで下ろし、持ち上げる。
「そうッスよねぇ。去年はシード枠だったのに……」
「あ、あのヘンテコお嬢様は第7組かぁ。今年は勝てますかねぇ」
「お、おい! だからお前らは……!」
いつもいつも口が軽い取り巻きが注意されるが、口に出してしまったものは呑み込めない。
このパターンはいつもの流れだ。
「まあ、あのヘンテコお嬢様は強かったからな」
ハラハラと見守っていた取り巻き達だったが、ハリーの静かな声に目を丸くする。
「また戦えるようなら、今度こそきっちりブッ倒すけどな。あんなグダグダの泥仕合じゃなくて、白黒はっきりつけようぜって。あいつもそう思ってんじゃねーかな」
去年の大会でヴィクトーリアに負けてしまったハリーは、予選から闘っていかなければならない。
試合も近く、集中しているハリーにとって、その程度でメソメソするような精神状態ではなくなっていたのだ。
「「「(やっぱり、ウチのリーダーはカッコいいな!!)」」」
取り巻き達の心は一致するのだった。
―――――――――――――――――――――
ヴィヴィオたちが予選で汗を流している時、ヴィクトーリアは観客席でとある人物を探していた。
「見つけた―――」
長そで長ズボンの黒のジャージ。フートまでかぶっている。体の凹凸からかろうじて女性であることは分かるが、それ以上は何も分からない。
それでも、隠しきれない強者の空気がある。
その少女は売店で売っているポップコーンを胸に抱えて、止まることなく口に運んでいた。
それを見たヴィクトーリアはため息をつく。
こっそり後ろから近寄り、フードを取った。
「んあ?」
今まさに口に運んでいたポップコーンが、ポロリと零れた。
フードで押さえつけられていたボリュームのあるツインテールが解放された。
「ヴィクター?」
「久しぶり、ジーク。そんなにフードを深くかぶってちゃだめよ。試合、見にくくないの?」
「目立つの、嫌やもん」
そう言ってまたフードをかぶろうとする。
この少女はジークリンデ・エレミア。インターミドルチャンピオンシップ、前々回大会の優勝者である。
前回大会はとある事情で辞退してしまったが、負けなし最強の選手であることは間違いない。それがこんなところに座っていることが分かれば、それはもう騒ぎになってしまうだろう。
静かに試合を見たいと思っていたジークにとって、それでは困るのだ。幸い、観客は試合に熱中しているため、今の一瞬ではバレていない。
「それに、またこんなジャンクフードを……」
「あー!」
フードをかぶり直す隙をついて、ポップコーンのカップを取り上げてしまう。
「ちゃんとしたご飯は食べてるの?」
「食べてるよ。それは偶々なんよ!」
ヴィクトーリアもずっと取り上げておこうとは思っていない。隣に座ってあっさり返した。
「はぁ……でもよかったわ。試合が始まる前にあなたに会えて。今年はどう? 最後まで戦えそう?」
「……去年はゴメンやった。あんな風に欠場してしもうて」
「そんなこと別にいいのよ。あなたが元気で、今年の大会に出るつもりがあるんだったら、それで良いの。あなたは私の目標なんだから」
「前から言ってるやん。ウチは目標にしてもらうような選手とちゃうよ……ウチなんかよりも、ヴィクターや番長たちの方がずっと凄い」
「それでも私は好きよ。あなたの戦技も強いところも」
「もう、恥ずかしいからやめて」
言っているヴィクトーリアの方も恥ずかしくなってきた。話が変わる。
「それで、今年の選手はどう? 予選はずっと見てるんでしょ?」
「ん、面白そうな娘は何人かいたよ」
開会式が終わってからずっと、ジークは予選の試合を見ていたのだ。
ライバルを観察しているということもあるが、純粋に強い選手を見るのが好きなのだ。
具体的な話になる……前に、騒がしい、ヴィクトーリアにとっては憎たらしい声が聞こえてきた。
「あーあ、やっちまった。すっかり寝過ごしちまったよ」
「ウチらが起きれたらよかったんですけどねぇ」
「全員そろって寝過ごしましたからね!」
「とりあえず、そろそろ出番ですから行かないと……」
30分ほど前に会場に到着したハリー一行だ。
大会当日だというのに寝坊したせいで、開会式には出ることが出来なかった。
出なくても別にペナルティはない。いくら会場が広いと言っても、世界中から集まった参加者全員が整列することは出来ないからだ。
予選に出る選手は、指定された時間に指定されたリングの前に居さえすればよい。
「アホのエルスが生意気に開会宣言するって聞いたから、笑ってやろうと思ってたのによ、と……お?」
「な……!」
偶然にも、2人は出会ってしまった。
「ポンコツ不良娘! どうしてあなたがここに!?」
「なんだ、ヘンテコお嬢様じゃねぇか。あれ? お前、予選からのスタートだっけ?」
「ち が い ま す わ よ! わたくしは第7組のシード枠!!」
「あー? そうだったっけかぁ?」
わざとらしくとぼけるハリー。
「こちとらお前の事なんざ眼中になかったからなぁ。見落としてたかもしんねぇや」
取り巻き3人が『はじまった』と肩をすくめている。
お互い、誰よりも相手を意識しているのだ。忘れるわけがない。
「貴方こそ、確か予選からよね? そのまま敗退してくれると助かるわ……っていうか負けちゃって? あなたと戦うの面倒くさいからっ!」
いつものお嬢様口調が消え去り、年頃の少女の様に言い返すヴィクトーリア。
「んだとテメェ!?」
顔を近づけ、火花を散らせる。口角を怒りでひくひくと痙攣させている。
「あー、ヴィクター、番長……」
ジークが注意しようとするが、すっかり『温まった』2人にはそのボリュームでは聞こえない。
「「っ!?」」
次の瞬間、2人の体に光の鎖が巻き付いた。拘束用のバインド魔法だ。
「なんですか! 大会上位選手が場外でケンカなんて!」
2人にバインドをかけたのは、眼鏡をかけた生真面目そうな少女だ。
「会場には選手のご家族もいるんですよ! インターミドルがガラの悪い子たちの大会だなんて思われたらどうするんですか!」
この少女の名前は『エルス・タスミン』。ハリーが『アホのエルス』と呼ぶ少女だ。この島の武偵高の生徒で、去年の大会ではブロック本戦準決勝で、ハリーと熱戦を繰り広げた。
その生真面目さから、今大会の開会宣言の選手にも選ばれていた。
この行為も、そのまじめさからくる行為だったが、
「そやけど、リング外での魔法の使用もどうかと思うんよ」
おずおずと手を挙げてジークが主張する。
「え? ああっ!? も、もしかして、チャンピオン!?」
その大声が波紋となり、どんどん広がっていく。
始めは周りが、それが通行人に。みな口々に話している。
ジークはフードを深くかぶり、じっとしている。余計な動きを見せず、嵐が過ぎ去るのを待つ姿勢だ。
その様子を見たハリーとヴィクトーリアは、目線だけでやり取りをする。
「騒ぎになるのもめんどくせーしな。ま、ここはおとなしく退散するかね。試合に遅れちゃいけねぇや」
「そんなに簡単に!?」
「まったくよ。どうしてあなたに会うと、こんなにグダグダになっちゃうのかしら」
「こっちも!?」
ハリーは力任せにバインドを引きちぎり、ヴィクトーリアは魔力を放出し、バインドを粉々にする。
そんな簡単に抜け出されてしまうのは、エルスにとっても面白くない。
真面目と言っても、勝利を目指す選手であることには変わりない。1年間鍛えた筈のバインドをこうもあっさりと抜け出されてしまうとは。
「お、そういやアホのエルス」
「アホの!? 何ですかその言い方は! というか、私の方が年上です! 出来れば敬語を―――」
「はいはい、そのうちにな」
そのまま立ち去るのかと思われたハリーだったが、足を止めて、
「お前と俺は同じ組だよな。まあ楽しくやろうぜ」
「―――去年の雪辱は果たしますからね!!」
「はっ! やれるといいなあぁ。くれぐれも、予選で落ちるんじゃあねぇぞ。今年は初参加組もつえぇからな」
今度こそ、立ち去っていくのだった。
その場に集まっていた人々も、徐々に散っていく。
大会の予選はこれ以外にトラブルはなく、進んでいくのだった。