「―――、―――」
会議2日目は、相変わらず大人気の聖天子様の後ろに控える形で幕を開けた。それでも、昨日より人が少なくなったな。
そりゃ外交のあいさつなんだし、ずーっと同じところにいる訳にもいかないんだろう。昨日は大国相手に、今日は自分たちの周辺国にって感じだな。
「どこもかしこもご苦労なことだな。人の顔色を窺って、機嫌を取る……まあ、時計塔の老害共もそんなものだが。どの世界にいても、人間は変わらないという事か」
何故か横にいるライネスは、退屈そうに言う。
今日パーティ開始と同時に……どころではなく、会場の入り口にスタンバイしていたライネス。そのまま俺たちに並んで会場に入り、今に至る。
「なぜあなたがここにいるんですか……」
「硬いこと言うなよ、姫柊雪菜。私はこう見えてもか弱いレディなんだ。内心、初めての舞台に怯えているのさ。知り合いと一緒にいたいんだ」
「……」
雪菜はとてつもなく不満そうにしている。
「それに、こんなところにいるというのに、私の従者はトリムマウしかいない。コイツのことは信頼しているが、不安なんだ。昨日も言ったが、護衛が欲しいくらい不安なんだよ」
時計塔支部ができると言っても、他の家が協力してくれるわけではない。それどころか、エルメロイ家でも意見が分かれているのだ。当主であり、一番力を持っているケイネスの声でも、島に行こうというもの好きはいなかった。
ライネスを除いては。
「それは大変でございますね」
「そうだろう? 私は助けを求めているんだ」
「幸い、主様は優しい方です。きっと快く引き受けてくださいますよ」
「(この人は危険です。身の危険、という訳じゃありませんが、近くにいられると、どうしようもなく弄られてしまうような、そんな予感がしますっ)……護衛と言うからには、しっかりと料金をいただきますが?」
コッコロはニコニコと受け入れるが、どうあっても刺々しい態度をとる雪菜。昨日の食事会で話したから、もう知らない人ってわけじゃないんだけど。
知ってる人イコール一緒にいてもいい人ってわけじゃないからな。まじめな人が道を踏み外すところが大好きなライネスとは、あまり反りが合わないだろう。
十中八九、自分がターゲットにされると分かっていればなおさらだ。
スッとライネスが雪菜に身を寄せる。
「そうカリカリするなよ。別にオマエの男を取ろうってわけじゃないんだ。それとも、そんなに心配か? アイツが私に惚れるかもしれない。そんな心配をしてるのか?」
「別にそういう訳じゃありませんっ。私が心配なのは―――(ライネスさん。あなたがいつの間にか先輩を好きになることですからっ!)」
「昨日も言ったろう? 恋愛は自由だ。小さい頃から桜が頑張ってきたのは知っているが、それはそれ。どうにも、恋愛という強い感情は抑えが効かないらしいからな」
「そ、それは……っ! (抑えが効かない……この間先輩とした時もそうだった。好きだっていう気持ちと、この人に捧げたいって気持ち、そして―――気持ちよくなりたいって気持ちが抑えられなくて……って! な、何考えてるんですか、私はっ!)」
「お前たちが相思相愛かは知らないが、胸は張っておくんだな。そうすれば少なくとも、私なんかが割って入る余地がないくらいには、君は魅力的な女性さ。桜にも引けを取らないくらいだ」
ライネスと話している雪菜の顔が見る見るうちに赤くなっていく。やっぱり相性は良くないんだな。
「お二人とも、すっかり打ち解けたようですね。あんなにくっついて、親しそうにお話しています」
「そだな」
純粋すぎるコッコロにはあの2人の関係をイマイチ理解出来ていないみたいだ。や、もしかして、理解してにこにこと笑っているのかもしれない。とんだママだ。
ライネスも、コッコロにはいたって普通に接している。いくらSのライネスも、この年齢の少女に対しては、食指が動かないのかもしれない。
コッコロという存在が、ライネス相手のカウンターになるのかも……?
「ですが主様?」
「うん?」
「ご友人が増えるのはとても喜ばしいことでございます。ですが見たところ、女の子が多い様子。節度を持って、お付き合いくださいまし」
「お、おう……」
君相手ですら、もう節度を越えた付き合いをしてるんだけどね。
冷や汗を流していると、雪菜との会話を終えたライネスが訪ねてくる。
「それで? 引き受けてくれるのかな?」
「いや、聖天子様に聞かないと」
1人守るのも2人守るのも変わらない、なんて不用意には言えないが、何かあってからでは遅い。
そしてライネスは、何かあってもおかしくない人物だ。
「何の話をしているのですか?」
聖天子様が戻ってきた。あいさつに来た方々への対応はひと段落したみたいだ。ここからは多少自由な時間になるのだろう。
俺は事情を説明する。
「翔さんのご友人というなら、私は構いませんよ。お困りなのでしょう?」
「ご心配なさらず。本当に有事の時は、翔には聖天子様を優先してもらうからな」
有事の時には聖天子様に、って、お前は護衛して欲しいのか、1人でも大丈夫なのかどっちだ。本当に、俺達にちょっかいかけたいだけなんじゃないのか? だけなんだろうなぁ。
「それにしても、どうして夜月 翔を護衛に? 言い方は悪いが彼はまだ学生だ。命を救われた事実があるのかもしれないが、それはそれ。天童菊之丞が選んだ護衛の方が良かったのでは?」
「確かに、以前の成果もあります。ですがわたくしは、実力以上に彼を信頼しているのです。信頼は時に、実力以上の力を出しますから」
「……それはそれは。立派な考えだな」
ライネスに肘でつつかれる。
「脈があるな」
「うるさいぞ」
一抹の不安を残しつつも、ライネスが場に馴染んだところで、とうとうその時が来た。
ざわざわと会場がどよめく。
会場の一角から、こちらに進んでくる女性。聖天子様は白髪だが、向こうは銀髪。王族らしく均整の取れた体を、白いドレスが飾っている。
聖天子様の空気が少しだけ緩んだ。仕事場でありながら、知り合いに会えた。そういう空気だ。
「久しぶりですね、聖天子」
「はい、ラフォリア」
2人の美少女はお互いに微笑み合う。
「来たか……」
俺は声を漏らす。
ラフォリアの後ろに控える黒服に倣い、聖天子様の後ろに立つ。同じ立場のライネスは興味深そうに覗いている。
ラ・フォリア・リハヴァイン王女殿下のご登場だ。『ストライク・ザ・ブラッド』のヒロインの1人。北欧、アルディギア王国の第一王女。ガチ物の王族だ。
や、実は聖天子様もこの世界では皇族だったりするんだけど。考えてみれば、この平和な状況で、俺と同じくらいの歳の女の子が代表やってるってのが無理ある。
そこに、よほどの理由が無ければ。
まあつまりは、日本のアレね。象徴になってる一族に名前を連ねる方なんだよね。
やだ、今までの無礼とかどうしよう。
「それ、今さらじゃないですか?」
雪菜に呆れ顔で言われたのは記憶に新しい。
そんなことは重要じゃない。今は目の前で楽しそうにお話している2人だ。
聖天子様もラ・フォリアもお互いに笑顔で話している。こうしてみると、美しすぎることを除けば、本当に年頃の少女と言った様子だ。
俺はちらりと雪菜を見る。
「どうしたんですか?」
「や、何も?」
俺の持つ能力と女の子召喚システムについてと、この世界については、相変わらず謎だらけだ。
この世界について分かっているのは、いくつかの作品をベースに、都合の良いように混ざっているという事だけ。
しかし雪菜もラ・フォリアも同じ『ストライク・ザ・ブラット』のキャラクターだ。
片方は召喚され、片方はこの世界に元から存在していた。つまり、混ざっている作品のキャラクターすべてがこの世界に存在しているわけではないということだ。
これは調べたことであるため、確定している事だ。
だから何だということは無い。雪菜もラ・フォリアのことは知らないみたいだし。
積もる話は1年分。それこそいくらでもあるんだろうが、一番に出てくるのは、一番話したいことで―――
「心配したのよ、暗殺者に命を狙われたって聞いたから」
「はい。ですがこの通り、何処もケガしてませんから」
無表情。
「おい、どうした、能面のような顔をして」
「何かおかしいか?」
「面白いな」
うるさい。
「暗殺者って、ティナちゃんのことですよね?」
「そうだ、あの事件の事はあんまり口外できないけどな……」
「え……? ティナ様は暗殺者だったのですか?」
「何? どういうことだ? 暗殺者と知り合いだと? もしやマッチポンプか?」
「んなわけあるかっ!」
コッコロはこの島に来てまだ日が浅く、俺たちの関係のすべてを把握しているわけではない。
そしてライネスは、俺たちの事情など何も知らない。
俺たちがこそこそと話している時も2人の会話は続いている。
「情報によれば、あの金色のヤミすらも退けてしまったとか。よほど腕の良いガードマンなんですね。あの……前に見た、ヤスワキさん、だったかしら? 今日も一緒に?」
「い、いえ、あの人ではなく……この方に護衛していただいて。そのおかげで」
聖天子様は非常に微妙な顔をして、俺たちを掌で示した。
「それは……」
すっ、と前に出るラ・フォリア。そしてあろうことか、王族である彼女が俺に向かって頭を下げてきた。
「私の友人を助けて下さり、ありがとうございます。この感謝は言葉だけでは伝えきれません」
周りの人々もラ・フォリアの護衛もその様子に慌てるが、彼女は全く動じていない。
「や、あの……っ」
何を言っていいのかわからず、何を言っても無礼に当たると思い、聖天子様に助けを求める。
「ラ、ラ・フォリア? ホラ、周りの目もありますから」
「うーん……? たしかに、この場であまり話し込むのはいけないかもしれないですね。聖天子、良かったらぜひ、この後。その方も連れて。その時のお話が聞きたいわ」
「そうですね……」
や、そうですねじゃないんですけど? そんな簡単に予定を決めないで!
「あ、主様は一言も話していないのに、女性との約束が……?」
「そうですよ、これに困ってるんです……」
「爆速、などという言葉すら生ぬるいな。しかも王族と、とは。さすがの私も驚いたぞ……」
俺もびっくりだよ!
そこに、さらに加わる人物がいた。
「何してるんですか? なんか騒ぎになっちゃってますよ? ヤバいですね☆」
神聖な雰囲気を持っていた2人とは違う、明るい色合いを想起させる少女だ。連れている護衛は、スーツではなく甲冑姿というのだから、その特徴は際立っている。
俺のイメージでは、この子はいつも食べてる、って感じ。特にこんなパーティでは、その両手から料理が無くなることはない。そんな勝手な思い込みがあった。
しかし目の前の少女は、多少元気なところはあっても、はしたなく料理を頬張るなんてことはない。まだ『国』では何も起こっていないんだろう。
これからも起こらないことを願うばかりだ。そうすれば、魔物料理なんてサバイバルする必要もない。それでも、2人以上のボリュームに育った双丘が、ドレスの中で窮屈そうに跳ねていたけど。
ランドソル王国、王族の1人娘、ペコリー―――ユースティアナ・フォン・アストライア王女殿下だ。
彼女は『プリンセスコネクト! Re:Dive』のキャラクターだ。この作品、メインの舞台はVRMMOゲームの世界だ。現実でも王女様だが、この世界のランドソル王国は現実に存在している。
ロキ・ファミリアの一件でもはっきりしているように、この世界には亜人族……つまり獣人やエルフ、ドワーフなども種族として普通に存在している。数は少ないけど。ブラドみたいな吸血鬼もいるしな。
この世界の地球上には、マナの濃い場所、ホットスポットと言われる場所がいくつかある。
その地域ではマナの影響で特殊な生態系が築かれる。動植物が過剰なマナに汚染され、凶暴な魔物になるのだ。
そんな場所では、人類文化が育つのは難しい。
だがごくまれに、人が暮らせてしまう場合もある。亜人族は、そういった人達がマナに汚染された姿だというのが、この世界の理論だ。
森で暮らしていればエルフ、鉱山で暮らしていればドワーフなど、何故かは知らないが、そういう変化をすることが多いらしい。
さらにまれに、大きな国になる場合もある。
その1つがランドソルだ。ゲームのような魔物が生息し、人とたくさんの亜人が暮らす国。魔物のせいで近代まで外界からの影響が無く、独自の文化を形成している。
「久しぶりね、ユースティアナ」
「お久しぶりです」
「おいっす! 久しぶりですねっ」
外交の場とは思えないほど軽く話し始める2人。周りの護衛も平然としている。まあ、良くあることなんだろう。
歳が近く、立場も近いということもあり、3人は仲が良いらしい。というのは情報として知ってたけど、それは本当みたいだな。
「甲冑が並んでると落ち着かないな」
「ですね」
周りの好奇の視線を遮るように立つ黒服と甲冑は、まるで壁だ。みんなプロっぽい。実際プロか。聖天子様舐められないかな? 俺たちみたいな面々が護衛で。
「でもよかったです、2人とも元気そうで!」
「ふふ、ええ。実はこの後集まる予定なんだけど、あなたも来る?」
「わぁ! 楽しそうですね! 私も参加していいんですか!?」
「もちろん!」
「あ、あはは……」
ちらりと聖天子様が見てくる。
「あ、主様……!」
「ホントに、ホントにっ、こういうところですよね……っ!!」
「ま、まさかここまでとはな……」
もう、どうでも良いですよ……
「お話し中、失礼します」
そこにさらに割って入る女性がいた。
「楯無さん、ご苦労様です」
「管理局の方ですか?」
「楯無……ああ、日本の更識家の」
「警備責任者として皆様にご挨拶を、と思いまして」
管理局の制服姿の楯無さんは、きちんとした礼儀作法で礼をする。
「警備の方は順調ですか?」
「そうですね。本日はまだ何も。昨日は2件ほどありましたが、どちらも未遂で済みました」
そうだったのか、全然知らなかったな。未然に防げるだけのメンバーが集まってるって訳か。
「失礼、お飲み物はいかがですか?」
こんな場所だというのに、職務を全うしようという心の強いスタッフがいるみたいだ。というより、遠慮が無さすぎるような気も……
壁になっている護衛の間を抜け、迷うことなく3人の美少女の真ん中へ。
「は――――?」
全くの予想外だった。
聖天子様の護衛をしていることも、ラ・フォリアとユースティアナがいることも、この後時間をとって話をするかもしれないことも、近くに楯無さんがいることも。
そのすべてが頭から吹き飛んだ。
そのスタッフは、マゼンタカラーのトイカメラを首から下げていた。