「あ、あのっ!」
「はい?」
緊張した面持ちの男子学生が、俺達に声をかけてきた。正確には聖天子様にだけど。
よく見る防弾運動着。魔力の類は感じないので、超能力者か無能力者か。
「も、もしかして聖天子様でありますでしょうかっ!」
緊張からか、口調がめちゃくちゃだ。丁寧なのか軍隊に所属しているのか分からないしゃべり方だ。
額には汗を浮かべ、視線も泳いでいるその様子は、緊張しているというよりも挙動不審と言う方が正しい。
「……うん?」
俺はスイッチを切り替える。
「実は今借り物競走中で……」
そう言って男子学生は手に持っていた紙切れを俺達に見せてきた。その紙きれには一言、『有名人』と書かれていた。
まあ、武偵相手の借り物競走だ。校庭で声を張り上げた程度で手に入るものはお題にはならない。
大衆にもわかるもので、なおかつ武偵としての技術や人脈と言ったものが問われる課題が出されるのだ。
「……それが有名人だと」
まあ、そういうこともあるんだろうな。
「あのっ、もし良ければ、一緒に来ていただけないでしょうか! 僕、こういう課題は苦手で! 聖天子様に来ていただけないと多分ビリになってしまいます……!」
「……わかりました。護衛の方も一緒ですがよろしいですか?」
「もちろんですよ! さっ! 早くいきましょう!」
聖天子様が男子生徒に手を引かれる―――ことは無く、俺が間に入り、男子生徒の後ろをついていく。
「それでは皆さん、ちょっと行ってきますね」
「いってらっしゃ~い」
「気を付けてくださいね?」
ユースティアナとラ・フォリアは笑顔で手を振っている。
「こっちは頼む」
「主様……」
「分かりました。先輩も気を付けて下さい」
雪菜とコッコロの言葉に頷いて歩きだした。
しばらく男子学生についていくと、路肩に止めてあるハイエースが見えてきた。
「じゃあこれに乗ってください!」
「用意がいいな」
「僕、車輛科なんですよ」
そう言って、扉を開ける男子学生。
「……翔さん?」
何の疑いも無く乗り込もうとする聖天子様の肩を掴んで、それ以上行かせない。
「……や、何をしてるんですか? 早く―――」
「一体、誰に頼まれた?」
「はい? 訳が分からないんですけど……?」
俺の口調から何かを察したのか、聖天子様の体を固くしている。半歩下がったため、彼女の背中が俺に当たる。
「……」
「……」
困り顔の男子学生と、睨み合う。
女性1人を間に挟んでいるその姿は、まるで1種の修羅場だ。しかもそれがとんでもない美少女で、洞察力がある人が見れば、TVでたびたび見る聖天子様。
段々と周りの注目を集めていく。
暑さからか、それとも別の何かからか、男子学生の額に汗が伝う。
次の瞬間、
「クソっ!!」
男子学生が銃口を突き付けて―――
「きゃっ!?」
「があっ!? な、何が?」
すぐ近くで起きた銃声に、俺の手の中にすっぽりと納まるように、聖天子様が身を寄せてきた。
男子学生―――や、本当は学生ですらないかもしれない男は、手を押さえ、憎々しげに俺を睨みつけてくる。
「なんで分かったんだ……!」
「騒ぎになる寸前だったからな。目ざとい奴らは何かしてきてもおかしくはない。それに、あのお店はラ・フォリア王女が用意させたんだ。店に着いてあんなすぐに一般人に見つかるわけがないだろ?」
空閑遊真の嘘を見抜けるサイドエフェクトがあれば、カッコよく『お前、つまんないウソつくね』って言えたものを。残念ながら、そんな能力は手に入れていない。
「怪しいと思ったから、少しカマかけたんだよ。聖天子様を知らない人について行かせるわけないだろ(レプリカ、
耳元に、にゅっ、と出ているレプリカに問いかける。
「(すでに終了している。潜むように待機しているのは合計5人。場所は―――)」
「(ふむふむ)それで? 俺の質問には答えてもらってないぞ? 何処の手先なんだ?」
すぐにこちらに襲い掛かれる位置にいるのは3人。車の中に2人か。目の前のコイツを合わせて合計6人。
「それをお前が知る必要は無いッ!!」
直後、周りから向けられる悪意。
「
地面から飛び出してくる黒い影。大きく広げた翼で俺たちを包む。
「トリガー、オン」
その隙に、俺はBJを展開。
「
俺は印を作り出す。
「え?」
聖天子様の足元に。
「きゃああああああああっ!!?」
「「「ッ!?」」」
強烈なトランポリンが突如足元に発生した聖天使様は、雅さからほど遠い悲鳴を上げながら、空に投げ出される。
周りを囲んでいた連中も、大空へ射出された今回のターゲットに息を呑んでいるのがわかる。
「なっ、あいつッ!! 何を考えているんだ!」
「受け止めろ! 絶対に! 傷一つつけるな!」
いつの間にか俺への攻撃は止まっている。視線すら外されている。
「はっ!!」
「「「ぐあッ!!」」」
後ろにいる3人を素早く気絶させる。
「むっ」
そこで、俺の体にオレンジと水色の輪っかが巻き付いた。車の中にいた2人は魔導師だったみたいだ。
さらに、俺達をここまで連れてきた男子学生の手が、一度弾き飛ばしたはずの拳銃を握り、俺に向けていた。
「問題は無い。すでに解析は終了した」
「バインド」
ブラックトリガーの能力でコピーした魔法をそのまま返してやる。
「うっ!? ク、クソ……!」
車の中に魔導師ともども、残りの3人を拘束する。
「――――ひあっ!!」
「おっと」
と、ここで空に逃がしていた聖天子様が帰ってきた。お姫様抱っこの体勢でしっかりと受け止める。
「お帰りなさい」
「あ、は、はい?」
自分の身に何が起こったのか分かっていないのか、目を丸くしている。
10数秒の空中旅行の内に、襲ってきた奴らは全滅。少しざわついていただけだった周囲の視線は、完全にこちらに注がれている。
その視線は複数人の人間をノックアウトさせた俺と、落ちてくるときに盛大にワンピースがめくれあがっていた聖天子様へと半々だ。
一瞬だったし、まあ、ね? もちろん俺は見てないけど。もちろん俺は見てないけど! ヤミの時と同じような失敗はしてないけど!
「す、すみません。私が軽率でした……この方々、悪い人だったんですね。助けていただいて、ありがとうございます」
いや、そこは激怒してもおかしくないところだからね。
囲まれてたから上に放り投げたけど、もっといいやり方があったかもしれないし。
「な、なんて、滅茶苦茶な……お前、護衛じゃないのか……!」
なんかうめいてるな。
とりあえず、ここを離れないと。お忍びでここに来てるから、管理局とかがここに来ると面倒なことになる。
聖天子様の護衛、あのどこかで見たことのある3人に連絡しておく。そのくらいのケアはしてもらわないとな。
「このまま行くぞ」
「え? あっ―――」
俺は聖天子様をお姫様抱っこしたまま、その場を離れるのだった。
―――――――――――――――――――――――
「お帰りなさい!」
「どうやら無事だったみたいですね」
店に帰ると、ラ・フォリアとユースティアナが変わらない笑顔で迎えてくれた。
「こっちは変わりなかったか?」
「はい、特には」
「主様と聖天子様もご無事で。競技の結果はどうでしたか?」
「や、競技なんてなかったよ」
俺はみんなに事情を説明する。
「そんな、そうだったんですか……」
「危ないところでございました……お二人ともお怪我はありませんか?」
「見ての通りだ」
「はい。今回も助けていただきました」
聖天子様はあくまで、大空に飛ばされたことは言わないでいてくれるらしい。別に弱みを握ったとかではなく、単純に助けるための行為だと思ってくれているんだろう。
「(すべて俺の計画通りだ……!)」
「(狡いな、マスター)」
レプリカさんが何か言ってる。
「そうですね。見事な大立ち回りでしたよ、夜月さん」
「ラ・フォリアさん?」
「あなたほどの腕があれば、聖天子は安全でしょうね。私の護衛と比べても遜色ない……どうしてこれほどの人材が全くの無名なのか分からないくらいですよ」
まるで見ていたように言う……というかこれは実際に見てたな。ラ・フォリアじゃなくても、他の誰かが実際に。
「ええ。何かあってはいけないと思って、こっそりと私の護衛を。案の定だったようですね」
「ラ・フォリアっ、あなたはそんな、勝手にっ!」
聖天子様が少し顔を赤くしている。まんまと騙されていた自分を恥じているのかもしれない。
何処まで詳細に説明されたのかは知らないが、このお店に入る一歩手前までお姫様抱っこをしていたのだ。場合によってはそれも。
「ふふ、別にいいでしょ? お話を聞くよりも実際に見たほうがわかりやすいもの。それに、『もしも』のことがあっても、私の護衛がどうにかしてくれるわ。それに、あなたの護衛が優秀だって言う事が分かったんだもの」
もし俺がしくじっても大丈夫なようにしていたってことかよ。
「《それに》」
「う、ん?」
頭の中に直接ラ・フォリアの声が? 念話か?
「《あんなやり方、なかなか思いつきませんよ》」
「……」
「《敵を倒す手際は見事でしたけど……護衛対象を空に放り投げて、ふふふっ、もしも私が護衛されるときは気をつけないといけないですね。スカートの時には、中に見えても良いものを履いておくべきでしょうか?》」
ガタッ!!
「おい、どうした」
「なななに、なにがぁ?」
テーブルのラ・フォリア以外の視線が俺に集まる。特にライネスが不審者でも見るかのような目を向けてくる。
「そこまで挙動不審になっておいて、『何が』は無いと思うが」
「何か気になることがあるんですか?」
ある。
目の前で笑っている王女様がいったいどこまで知っているのかが。
「《別に言いふらすつもりは無いですよ。一瞬の事でしたし、最初から注目していた私たち以外、見た人はいませんから。面白いものを見せてもらったお礼ということで》」
「……」
護衛に話を聞いたんじゃなくて、その時の出来事を映像か何かで見てるな。
にこにこと笑って首を傾けるラ・フォリア。俺との会話(というよりも、一方的にしゃべられた)を知らないみんなは、俺が落ち着くとすぐに普通通りにしゃべり始めた。
「数少ない友達ですからね、聖天子は。そのくらいのことはします」
「ラ・フォリア王女は、あの人が怪しいと分かっていたんですか?」
「姫柊雪菜、ラ・フォリアって呼んでちょうだい? 私も雪菜って呼ぶから。コッコロちゃんとライネスも。別に私たちは、いがみ合うような関係じゃないでしょう?」
「え、で、ですが……」
「恐れ多いです……」
「はいはーい! それなら私もユースティアナって呼んで欲しいです!」
元気よく手を上げるユースティアナ。
で、今挙げられたメンバーに俺が入ってないんだけど? や、まあ、そういうこともあるよね?
「王女殿下がそれをお望みなら。私は構わないさ」
「……わかりました、ラ・フォリア、ユースティアナ」
「これからよろしくお願いします」
顔を見合わせていた雪菜とコッコロだったが、ライネスが了承したことで首を縦に振った。
「これからよろしくね。と言っても、あまり会う機会はないかもしれないけれど」
「一気にお友達が増えちゃいました、ヤバいですね!」
「あなたももう少し、危機感を覚えましょうね? ここはランドソルじゃないんだから。
「えへへ、こっそりお散歩でもしようかと思ってましたから。誘われてラッキーでした!」
マジでゾッとするな、それは。この2人は先に集合場所に来てたんだけど、ユースティアナはもしかして徒歩でここまで来たのか。よく誘拐とかされなかったな。
今頃護衛の人は大慌てだろう。
「親御さんに連絡はしといてくださいよ。人が多いんですから、今みたいに何が起こるか分かりません」
「親御さんって……」
「ユースティアナ様の親御さんと言いますと……王様になるのでしょうか」
「そうなりますね!」
「……大丈夫でしょうか」
雪菜とコッコロの言葉にユースティアナは首肯する。
聖天子様は顔を反らしている。そう言えば、俺たちもこっそり抜け出している身でしたね。
そんな中、ラ・フォリアだけが笑っていた。
「いえ、ごめんなさい。翔の言い回しが独特で……大丈夫ですよ。ランドソルにはすでにこちらから連絡済みです。彼女の無事はアルディギアが保証していますよ」
「安心した……!」
そうじゃなかったら帰りに送り届けるまでがお仕事になるところだった。
「でも、あなたほどの腕があれば、お姫様3人を同時に守る、なんてことも出来るんじゃありませんか? ね、聖天子?」
「そうですね。彼のことはとても信頼していますよ」
「主様が皆様に褒められると、わたくしまでうれしくなってしまいますっ」
「……そうですね」
「そうは聞こえないぞ、姫柊雪菜?」
「……そんなことありませんよ」
ライネスのからかいに、いちいち反応する雪菜。不満たらたらなのは手に取るようにわかる。
「それで? 聖天子はどうやって『カレ』と知り合ったの?」
「『カレ』って……とある事件に関わっていたんですよ。あんまり大きな声では言えませんけど……」
とある事件とは『武偵殺し』の一件だ。島のごく一部の偉い人の耳にしか入っていない事件。ラ・フォリアにも言えないことらしい。
歯切れの悪さに何かを察したのか、ラ・フォリアは事件への追及はやめてくれる。
その代わり、
「それで、どうしてわざわざその人を護衛に? いくら腕が良くても、そんなわがまま。菊之丞さんは反対しなかったの?」
「お爺様はあまり何も。なぜかと言われると……その時のセリフで、とても印象に残ったものがあったから、ですね」
「聖天子様、やめましょうか。ね?」
あの時はスタンドを手に入れて少し『ハイ』になってたから! もちろん本心なんだけど! 本音をさらけ出しすぎて少し恥ずかしいっていうか!
「本人もこう言っているみたいなので。これ以上は控えますね?」
「あら、彼との思い出は独り占めってこと?」
「い、いえ、そんなことはありませんけど……」
「おおっ、ずいぶんとグイグイ行きますね、ラ・フォリアちゃんっ!」
「……ええ、本当ですね、先輩」
「足が痛いんですけど……」
ぐりぐりと足を踏まれる。
「ごめんなさいね。近頃、嫌な話が多くて」
「嫌な話、ですか?」
「将来の伴侶の事よ。お母様にそろそろって言われてね。私の国、色々と面倒な位置にあるでしょう?」
「自分の国を面倒って……」
疲れ気味にため息をつくラ・フォリア。その姿も絵になりそうだが、口から出てくるのは愚痴だった。
「そう言えばアルディギアは隣国が」
「ええ。戦王領域があるから。おのずと私の将来に自由は無くなっているの」
「それは……」
戦王領域とは、ストライク・ザ・ブラッドに登場する第一真祖『キイ・ジュランバラーダ』の国だ。この世界でも強大な吸血鬼として知られており、その力は全力のブラドも軽く捻ることが出来るほどだ。
そんなところと、敵対と言わないまでも、仲のよろしくない状態。
さらに言えば、王家の血を引く人間には、つまりラ・フォリアには強力な霊的資質と魔力がある。国のために次の子供を産まなければいけない立場にあるのだ。
「それも宿命と言われればそうなんですけどね」
「魔術師の名家と同じだな」
「返す言葉もないな。だが、そうして成り立っている国なんだろう? ……ん? 待て、君の母上は確か、自分で相手を選んでいたはずでは? 現王は元々傭兵上がりだったはず」
じゃあラ・フォリアも自由に相手を選べるのでは? ライネスが問いかける。
「お母様は、結婚直前まで自分の身分を明かさなかったから。もう逃げられない状況にしたらしいわ」
「そ、そんなことが可能なんですか?」
「そのくらい本気だったってことよ、雪菜」
まあそこはね? お互い好き合っていたんなら問題ない……訳ないよな。結婚という人生の一大転機、そこにサプライズで明日から王族です。俺だったらご免被りたい。
「だから私もお母様に言われたの」
「何をですか?」
「そろそろだって。そろそろ―――自分の好きな人と一緒になりたいなら、準備しないといけないって」
「「「……」」」
「まあ、今のところ相手がいないんですけどね」
俺、雪菜、聖天子様は絶句する。
「あの国の王女様は、ずいぶんと強かなんだな……」
あのライネスですら、ちょっと引いてる。
「ユースティアナ様の国には、そういったものは無いんですか?」
比較的ダメージが少なかったコッコロだ。
「う~ん、私の所はそういうのはあんまりですね。最近までランドソルは他の国との関わりもありませんでしたし、隣にはエルフの国もありますけど、仲良しですからね」
「エルフの国ですか?」
「はいっ! あっ、コッコロちゃんもエルフですよね。今度ランドソルに来た時に行ってみてください! 今は昔と違って、そこまで外の人を嫌いませんから!」
「はい。その時はぜひ」
エルフの国、ねぇ。うーん、何に警戒していくべきだ?
「まあ聖天子の場合はね。逆にむやみやたらに、という訳にはいかないのかも」
「どうでしょうね……」
「日本だもの。直接的な力よりも、他の国とのバランスもとらないと。それにあなたのイメージもあるからね」
「不自由なものですね、私達も」
「ホントですねー!」
「ユースティアナ? あなた本当にそう思ってる?」
普段はあまり聞かない話を聞きつつ、時間は過ぎていくのだった。