「んふふー、おいひいれすー!」
「この値段……普段だったら絶対手が出ませんよ!」
「うんうん、どんどん食べてね。今日は私が全部払うから」
少女4人――――御坂美琴、白井黒子、初春飾利、佐天涙子、その4人の少女は、『学舎の園』の内部にある、陰の者が入れば場違いで死んでしまうそうな、そのくらい小洒落たお店にいた。
テーブルには所狭しと並べられたスイーツの類、それだけで目が飛び出るほどの値段だ。
『学舎の園』とは常盤台中学含む、5つのお嬢様学校が運営する地帯。小さくはあるが街になっている、島の中にある異国の地と言っても過言ではない。
普段この敷地内には、5つのお嬢様学校の関係者しか入れない。お嬢様しか入ることの出来ない、夢見る乙女の憧れの場所。
この敷地内のすべて、高級なスイーツもブティックも、普段はその学生しか使うことが出来ない。
のだが、8月の間、この一月だけは一般に公開される。より正確には、一般入場のチケットが配布されるのだ。
配布方法は、抽選だったり、コネだったり、転売だったりと色々とあるが、どの手段でも超激レアであるのは間違いない。
そんなチケットを使い、美琴と黒子は友人2人を招き入れていた。
「今日はありがとうございますっ!! 学舎の園に入れるなんて……私、もう死んでも……っ!」
「こらこらー、うれしさのあまり昇天しようとするんじゃないの」
甘いスイーツと一緒に解けてしまいそうな初春を、佐天が起こす。
いつもの逆、佐天が初春を注意するという珍しい光景を見ながら微笑む御坂。
「ま、色々と心配させちゃったみたいだしね。このくらいはするわよ」
「「……」」
7月、御坂の様子がおかしかったのは親友ともいえるこの3人は気が付いていた。当然、妹達の事件のせいだ。
美琴は一貫して、『極秘の仕事があった』と言っている。初春と佐天はそれで納得させられても、一緒に住んでいるルームメイトにはそうもいかない。
「それで、その『仕事』というのは、もう終わったんですの?」
「ん。まあ、ね。や、今までで一番骨のある任務だったからね。黒子には、らしくない姿も見せちゃったかもだけど」
「いえいえっ! どのようなお姉さまでも、どんなお姉さまでも、黒子にとっては最高の―――」
「あー、はいはい。分かった分かった。ありがとねー」
飛びついて来ようとする後輩を片手で押さえる。
周りのお嬢様は、この場所ではあまり見ない騒がしいお客をチラチラと見ているが、騒いでいる4人は全く気にしていなかった。
周りの他人よりも身近な友人。美琴も黒子も、そういうタイプだった。
今回のことは、色々と心配をかけたお詫びでもあるんだから。
「(そういえば)」
御坂はふと思う。
「(お詫び、じゃないけど……アイツへのお礼って、あんなでいいのかしら)」
アイツというのは当然、妹達の実験を阻止した男―――夜月 翔のことだ。
お互い忙しかったため、あの日病室で話して以来、連絡は全く取っていない。そして日付が過ぎれは過ぎるほど、連絡を取ろうという気持ちが無くなっていくのだ。
恩が無くなるわけではない。ただ、中学2年生という年齢、御坂の性格も相まって、気恥ずかしさが膨れていくのだ。
同性の相手ならともかく、相手は男性。しかも、正直言ってそこまで知らない相手だ。顔を合わせたのも数回だけ。最初に会った時からタダ者ではないと思っていたが。
「(まさか、一方通行まで倒しちゃうなんてね……)」
目の前では、冷静になった黒子が初春と話している。
「(それに、一方通行と戦った後にも病院抜け出して色々してたみたいだし? どこまで底無しなんだか)」
思考が逸れてしまった。
「(一応? お見舞いでクッキーは渡したけど……あんなんで終わり? って感じもするのよねー)」
もちろん、翔はお礼を望んでいるわけではないが、どうにも釣り合ってない気持ちの方が大きい。
罪の意識にも似た感情だ。どうしようもないもやもやとした感情が収まらない。
「(人のことを助けるだけ助けて、そのままどっかに行っちゃうなんて、子供向けのヒーローでもあるまいし……)」
美琴が悶々としている間も、会話は続いていく。
「そういえば、御坂さんも白井さんも、体操着なんですね?」
「ええ。常盤台は大覇星祭、上位常連校ですから。1年生から参加が義務付けられていますの。わたくしも、この後競技がありますのよ」
黒子は面倒くさそうに言う。
大覇星祭。原作では『能力者同士の大規模干渉のデータを収集する』という名目を持った、学園都市全学校の体育祭。
この島では、学園島の武偵が学校対抗で、己の腕を競い合う体育祭だ。血なまぐさい部分を極力排除した、それでも、近所の学校とは違う迫力を持った体育祭。
能力の使用も推奨されているため、直接ぶつかり合う競技では、ペイント弾や能力が飛び交う、大迫力のSFバトルを拝むことができる。
だがそんな大覇星祭。一般の、ノーマルな技能しか持たない生徒には難しいイベントだ。
「ひゃー! 流石、常盤台は違いますね!」
「私たちの学校はそういう事ありませんからねぇ~」
「というか、出ろって言われても困っちゃうよね? まあ、流石にどの競技にも出ないってことは出来ないけどさ」
「常盤台の人と戦ったら、それはもう、花が散るみたいに吹き飛ばされそうですよね~」
頭に花を飾っている初春が呑気に言う。
「心配せずとも、その辺りの対戦カードは考慮されていますのよ。間違ってもレベルの違いすぎる学校で対抗戦なんて起こることはありませんの」
「でも相手によっては、御坂さんと競わないといけないってことですよね? 死人が出そう……」
「大丈夫ですよ、佐天さん。能力を直接撃ち合うような競技では色々な保護機能がありますから」
「何より! お姉さまはその辺りの『力加減』というものをしっかりと理解して……お姉様?」
「ん、え? 何?」
「どうしたんですか? ボーっとして」
「うーん……や……そうだ、みんなに少し相談があるんだけど」
軽い気持ちで言った。
「この前の任務でちょっと借りができた人がいてさ、ちょっとお礼がしたんだけど―――……」
言ってて、みんなきょとんとした表情になっていることに気が付く御坂。
「そんなの―――」
佐天が口を開く。
「別に気にしなくてもいいんじゃないですか? 武帝憲章1条、『仲間を信じ、仲間を助けよ』。助ける、助けられるなんて、いちいち気にするようなモノじゃないですって」
「そもそも、『借り』とは、いったいどのような借りですの? お姉さまに借りを作れるような人、そうそういないと思いますけれど……」
「あー……うん、それもそうなんだけどねー……」
普通の返しをされてしまい、何も言い返せなくなる御坂。事情を知らない相手ではやはり適切な判断は出来ない。
そう判断した御坂は適当に切り上げようとして、
「……ひひふぉう確認しますけど。んくっ、その借りがある人って女性なんですか?」
初春がパフェスプーンを口に含みつつ、何でもないように言う。
「はい?」
「初春? あなたは何を言っていますの?」
「や、普通そういうお礼とか考えないじゃないですか。御坂さんだった余計に、それこそ『借り』なんてそうそうできないのに」
御坂の不自然な態度を見て、初春がとある結論に辿り着いていた。
「つまりそれって、返す必要のない借りを返したいってことですよね? ……つまり」
「や、あの……」
「まさか御坂さん……その人の事……?」
「いや! 全然違うから!」
「そうとしか思えなくないですか? そう考えれば、色々と納得できると思うんですけど」
「確かに、つまり『借りを返す』って名目で、何かプレゼントしたいってことなんだ!」
「あー、そうだよね。武偵の借りって返す必要無いわよね! 借りなんて作ったことなかったから分からなかったなー!」
御坂が大きな声で遮ろうとするが、思春期入り立ての中学1年生。身近な人の恋バナという最高の餌を手に入れた2人は止まらない。
そしてもう1人、暴走一歩手前の少女がいた。
「お、おね、おおね、おねねっ……!! おね、さまにっ! おおおおおおお男が……!」
「ちょ! 黒子!? あんた大丈夫なの? すごい痙攣してるんだけど!?」
結局この騒ぎは、御坂が競技に行く時間まで続くのだった。
――――――――――――――――――
「わー! また救急車だよ! って、ミサカはミサカは窓にへばりついてみるー!」
「……」
場所は変わり、ここはいつも翔が入院している病院。島が忙しくても病院はいつも通り静か―――という訳ではない。
人がたくさんいるということは、急病人、とりわけ強い日差しにやられた熱中症患者がいつもより多く運ばれてくる。
その為に救急車の出入りも激しくなっているのだが、それに興奮している1人の幼女がいた。美琴をそのまま、幼稚園と小学生の間くらいまで小さくした娘だ。
飛び跳ねるたびに頭のアホ毛がびょんびょんと揺れる。
「元気だなァ、お前」
ベッドに寝転ぶ少年は、うっとおしそうに、はしゃぐ幼女に背を向けた。
頭に巻いた包帯が自身の白髪と同化している線の細い人物。一方通行だ。
2週間ほど前に頭を打ち抜かれ、集中治療室に運ばれていた彼だったが、5日前に意識を取り戻し、それからずっとベッドの上で過ごしている。
「つーかお前、何でここにいンだよ。アイツの家に行きゃあいいじゃねェか」
「う~ん、あの人は忙しそうだからなぁ。周りにも人が多いし。その点、あなたはずっとベッドでごろごろしてて、寂しそうだからっ!」
「人を暇人みたいに言ってンじゃねェよ。こっちは怪我人だぞ……寂しがりみたいに言うのもやめろ」
近くに寄ってきた幼女、すっかり回復したラストオーダーは楽しそうに跳ねている。
「あははー!」
ラストオーダーは笑いながら、再び窓のそばに駆けて行った。
「うん。どうなるものかと思ったけど、意外と仲良くやってるみたいだね?」
「何処を見たらそう思うンだよ」
病室に入ってきたカエル顔の医者は、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、いつものようにとぼけた顔をしていた。
「それにしても、良かったのかい? 彼の提案を蹴ってしまっても。今からでも頼めば、すぐに良くなると思うけど」
「……いちいち掘り返してンじゃねェよ」
一方通行の首には、黒いチョーカーが付けられていた。それはアクセサリーとしての役割ではなく、とある電波を受信するための装置だ。そこから伸びる電極が頭に伸びていた。
これはミサカネットワークを受信するための装置だ。
一方通行は、銃弾によって脳にダメージを負ってしまった。特に彼の能力に必要不可欠な部分を、日常生活すら困難なほどに。
その部分を補うために、残った1万人のミサカネットワークの力を借りているのだ。
それが無ければ一方通行は、能力どころか、まともにしゃべることも、2本足で歩くことも出来ない。
能力に至ってはバッテリーの消費が激しく、たった15分しか使えない。
まさに前とは逆、妹達に生死与奪権を握られているという訳だ。最強の力も時間制限付き、しかも電波を遮断されれば使えなくなる。
「そこは、別に意地を張るようなことじゃないと思うけどね?」
「るっせェな。こういう事しか思いつかねェンだよ」
「罪滅ぼし。贖罪という訳かい?」
カエル顔の医者は、声色を変えることなく問いかける。
この脳へのダメージは、この島の科学力でも完治出来なかった。治癒能力者でも、繊細な脳、しかも最強のレベル5の脳を完璧に治せる人物はいなかった。
しかし例外的に、完璧に治せる、いや、元の状態に巻き戻せる人物がいたのだ。
「時崎 狂三。彼女の能力は規格外だったね。治癒ではなく時間を巻き戻す。確かにあれなら、君を完璧な状態に戻すことが出来るだろうね」
「……断ったンだ。いい加減にしろよ」
翔はすでに狂三を一方通行に会わせていた。
翔は狂三の能力の1つ、物体の時間を巻き戻す弾丸である『
狂三も自らの治療に使っているこの能力ならば、一方通行の怪我も治せる。
狂三自身は、御坂と違って一方通行に思う所は無かったため、翔のお願いならと快諾した。
そうして2人が病院に来たのが今から2日前。
一度殺し合って10日程しか経っていないというのに、まるで友人の見舞いに来たかのような翔に、目元をヒクつかせながら出迎える一方通行。
超能力が魔力のように他人が感じられる波動を出せたのなら、管理局への出動要請が出るくらい。
そのくらいの濃密なやり取りが、翔と一方通行の間で行われた。ラストオーダーがいなければ、このまま取っ組み合いのけんかになってもおかしくない空気だった。
そんな状況で、説明がなされた。
事情を説明された一方通行だったが、当の一方通行がその治療を拒否してしまったのだ。
もちろん感情的に、翔の提案を受け入れるのが嫌だったから蹴ったわけじゃない。いや、それが理由ではないというだけで、感情が大きく関わっているのは間違いない。
「まあ、残念だったねぇ」
「アァ? 何がだよ」
脈絡のない言葉に、眉を寄せる一方通行。
「8月だよ。せっかくの島を上げてのお祭りなのに、ベッドで安静にしてなきゃいけないなんて。残念以外の何物でもないだろう?」
「この俺が人込みに紛れてはしゃぐとでも思ってンのか? 毎年この時期は、部屋にこもって、音も全反射で寝て過ごしてンだよ」
「分からないよ? もしかすると来年にはラストオーダーと手を繋いで一緒に遊びまわっているのかもしれないよ?」
「ンな訳が……」
否定しようとする一方通行に、カエル顔の医者は言葉を被せる。
「分からないよ? 現に今の状況だって、一か月前には夢にも思わなかっただろう?」
「……」
「んん、それじゃあ。呼び出しがあったみたいだからね」
そう言い残して、カエル顔の医者は病室を後にする。
その言葉に、一方通行は反論することが出来なかった。