「お疲れ様です、いいタイムでしたよ」
「ありがとう、オットー」
コロナはノーヴェの姉妹の1人、オットーからタオルと飲み物を受け取った。
今日の試合も順調に突破したコロナとアインハルト。同じブロックの彼女たちは、いよいよ明日、公式戦で激突することになる。
「そろそろ終わりましょう。明日はいよいよ、です」
「うん、そうだね」
あと片づけをして、家路につく。
「ね、オットー」
「はい?」
「私、アインハルトさんに勝てると思う?」
「それは勿論―――」
オットーは一瞬躊躇ってしまう。
ヴィヴィオたちの中では、コロナが一番賢い。大人だと言ってもよい。半端な慰めを言う場面ではない。かといって、あいまいな言葉で濁すことも難しいだろう。
「わかってるんだ。私は普通の初等科4年生。ちょっとだけ変わった魔法が使えるだけだって」
それはコロナがずっと胸に抱えていたものだった。
「アインハルトさんは才能も実力もあって、ご先祖様から受け継いだ技もある。今でもずっと努力してる。普通に戦ったら勝ち目はないよね?」
「……はい」
そこまで言われてしまっては、オットーも頷くしかない。
「でもね」
言葉には続きがある。
「私にしかできない魔法があるって、みんなが言ってくれるの。オットーやノーヴェ師匠が、私を強くしてくれる。ルーちゃんが作ってくれたブランセルもいる」
沢山の人に支えられて、今ここに立っている。
だから。
「だから勝つよ」
確かな自信を携えた表情で、そう宣言した。
「次の試合は私が勝つ―――!」
「……はい!」
「そのために秘策を試したいの。ノーヴェ師匠、時間は空いてるかな?」
オットーが連絡すると、ノーヴェはすぐに飛んできた。
早速その秘策というものを披露する。
「……おいおい」
「これは……」
その威力は予想以上だった。
「今のは一瞬でしたけど、後先考えなければもっとやれます」
「こんな技教えた覚えはねぇぞ! 体への負担がデカすぎる!」
「これもゴーレム操作の応用です。教えられた技の延長ですよ……これくらいやらないと、アインハルトさんとは戦えないですから」
コロナの言いたいことは分かる。
「でもコーチとして、こんな危険な技は許容出来ねぇよ」
「うまくやりますから」
ノーヴェは割と本気の注意をするが、コロナの態度は変わらない。
「お前な……」
「チームナカジマで、私の能力が劣ってること分かってます」
「「……っ」」
それはコーチをしているノーヴェやオットーが一番理解していた。
今はまだそこまで差が出ていないが、これからもストライクアーツを続けていけば、埋められない差ができる。
「みんなに気を使われたくないんです。みんなにガッカリされたくない。みんなのことが大好きだから、せめてこの大会では肩を並べていたいんです」
ストライクアーツでの限界が分かったからこそ、得意のゴーレム創造を独自に伸ばしていた。賢いからこその選択だった。
「だからって、今みたいな危険な技をバンバン使え、ってならないのは分かるよな?」
「あう……」
「(……はぁ、アタシもつくづく甘いな)仕方ねぇ。練習時間延長だ。ギリギリまで、その技を詰めるぞ。お前なりのやり方で、アインハルトに勝ってやれ!」
「っ!! ありがとうございますっ!!」
本当にギリギリまで練習し、これ以上ないコンディションで試合への準備を完了するのだった。
――――――チャリン、チャリン
―――――――――――――――――――――
「ハァ、ハァ……!」
「良い感じだな、アインハルト」
「は、はい……っ!」
汗だくの顔で、頷いてくれる。
時刻は20時過ぎ。明日、試合であることを考えると、こんなことをしていてよい訳が無いが、アインハルトたっての希望だ。
誰にも見せられない秘策。その特訓に付き合ってもらいたいと頼まれた。
「ちょっとズルしてるみたいですけどね」
「ちょっとな」
この間の行為で手に入れたアイテム。その1つをアインハルトに渡した。俺が使うよりも色々な意味で『合っている』と感じたからだ。
だが、この土壇場で使いこなしたのは、間違いなくアインハルトの努力の賜物だ。
それに、アインハルトが鍛錬に集中できなかった理由の大部分が俺にあるのだから、このくらいの助けはあっても良いだろう。
明日は例によって試合を見に行くことが出来ないしな。
コロナには悪いが。
「勝ってこいアインハルト。覇王流を……いや―――次元覇王流を見せつけてやれ」
「はい―――!」
――――――チャリン、チャリン
――――――――――――――――――――――
《さあ、次の試合です! 両名共に初出場ながら、この2人をルーキーと侮る選手はもはやいないでしょう!》
会場の熱気は、まるでトップ選手の入場を待つレベル。そのくらい注目の試合になっていた。
《レッドコーナーからはゴーレムマイスター、コロナ・ティミル選手! ここまでの試合ではゴーレム完成後は相手を寄せ付けない強さを見せてくれました!》
コロナがリングに上がる。
《ブルーコーナーは古流武術、アインハルト・ストラトス選手! ここまでの試合、ほぼ無傷。かつ1分以内に勝負を決めてきました!》
アインハルトがリングに上がる。
《そして2人は同じチームで研鑽しあう仲間同士! 運命の対決が始まろうとしています!》
2人が向かい合った。
「じゃあ、アインハルト、ティオ、頑張って!」
「油断しちゃダメっすよ!」
「はいっ!」
アインハルトはセコンドであるディエチ、ウェンディに激励される。
「アレの使いどころは見極めろよ!」
「お嬢様、どうかご武運を!」
「うん。ありがとう、オットー」
コロナはノーヴェ、オットーに背中を押される。
始まりを告げるゴングが鳴った。
その瞬間に動いたのはアインハルトだ。
「(空破断で動きを止める―――え!?)」
てっきり距離を取ってゴライアスを創るのだと踏んでいたアインハルト。だからこそ、拳の衝撃波を飛ばす空破断を選択した。
しかし、違う。
「みんなと練習した格闘戦技と、私のゴーレム創成を組み合わせた」
リングの構成材料が再変換され、コロナの右手に集まっていく。一つの部位に集中し、持続性を放棄することで実現した、スピード創成だ。
アインハルトの攻撃よりも早く、コロナの右手にはゴライアスの右手が装着された。
「これが私のっ!
特大の拳、ゴライアスの拳がアインハルトに襲い掛かった。
「くっ……!」
慌てて防御するアインハルト。
「出鼻をくじかれた……! ゴーレム創成に入られる―――!!」
「創成起動―――!!」
コアクリスタルがばら撒かれ、コロナの足元に魔法陣が現れる。
「創主コロナと魔導器ブランセルの名のもとに!」
「させないッ!!」
復帰したアインハルトが、妨害の攻撃する。
詠唱に集中しているコロナは、防御することで精いっぱいだ。
《止まらない攻撃! コロナ選手は防戦一方です! 見る見るうちにライフが削られていきます!! ゴーレム完成まで耐えられるのか!!》
格闘技の腕は圧倒的にアインハルトが上だ。防御をしていても、一撃でライフが5%は持って行かれる。
しかしコロナも負けてはいない。今まで特訓してきたのだ。アインハルト相手にほとんど完璧に防御している。
詠唱は残り少ない。
「これで、決まってッ!!」
アインハルトの渾身の一撃―――しかし、ライフを削りきれなかった。
「叩いて砕け『ゴライアス』ッ!!」
アインハルトに影が落とされる。背後に現れたゴライアスの影だ。
「まず―――ッ!?」
振り上げられた拳、肘から先が回転し、威力が挙げられている。
身の危険を感じて逃げようとするが、足に巻き付くロックバインドによってワンテンポ遅れてしまう。
「ギガントナックルッ!!」
身動きの取れないアインハルトに、鉄槌の様な拳が振り下ろされた。
《決まったぁぁぁぁ!!》
「よっしゃああぁぁっ!!」
実況とセコンド、観客までもが一体となって大歓声を上げる。
《コロナ選手、ゴーレム創成成功!! そしてすでに1分経過!! アインハルト選手の秒殺記録が途絶えました!!》
全身に打撲のクラッシュシミュレートが起きているアインハルトに、レフェリーが試合続行の意志を確かめる。
「もちろん、いけます」
お互いにここからだ。
コロナがゴーレムの肩に乗り、アインハルトが見上げる。
試合が再開された。
絶対的な攻撃力の差。いくらアインハルトでも、ゴライアスを相手に正面から戦うのは難しい。そうならないように、速攻をかけていたのだ。
だが、こうなってしまっては仕方がない。やることは決まっている。
「ゴライアス、グラインドゲイザーッ!!」
「―――!!」
肩に乗ったコロナが指令を出す。
岩が擦れる掘削機のような轟音を響かせながら、前方全てを薙ぎ払う蹴りを繰り出す。その速度は、陸戦試合以上だ。
だが、避けられないものではない。
飛び上がって避けたアインハルトに、ゴライアスの拳が迫る。
勢いに逆らわず、手の甲を転がるようにして着地する。
「ッ!!」
一気に加速した。
とりついてしまえばこちらのもの。魔力を集中させ、先ほどは不発に終わった技を放つ。
「空破断ッ!!」
「く……うぅ……!」
衝撃波を受け、コロナがゴライアスの肩から落ちていく。
「ティオ、力を借ります」
アインハルトの足元に魔法陣が創られる。
ゴライアスが暴れて振り落とされる前に、アインハルトの拳が振り下ろされた。
「覇王流―――破城槌ッ!!」
大昔の先祖は敵城の壁を壊すために使っていた技である。拳からひび割れが広がっていき、やがて粉々に砕けた。
《ア、アインハルト選手、あっという間にゴーレムを粉砕! さらに墜落したコロナ選手、ライフが危険域です!》
コロナにダウン判定が起こる。
アインハルトは指示に従い、ニュートラルコーナーに戻った。
「ノーヴェ! コロナお嬢様が―――!」
「騒ぐな! 終わってねぇ!!」
その言葉が聞こえたのか、起き上がり、リングへと戻っていく。
「確かにアイツには、目立った戦いの才能はねぇ。でも、ピンチになっても崩れない心がある。冷静に戦略をくみ上げる知性もだ」
「それに、アレも」
「そうだ。この時のために作り上げた切り札だってあるんだ」
フラフラとした足取りのコロナに、アインハルトは油断せずに構えていた。
「(残り1分半。インターバルで回復されたら何があるか分からない。コロナさんにはヴィヴィオさんのようなカウンターが無い。接近戦で押し切る!)」
《棒立ちのコロナ選手にアインハルト選手が突撃!! ここで勝負が決まってしまうのか―――!!》
コロナは確かに棒立ちしていたが、攻撃に備えていないわけではなかった。
「(ヴィヴィオと友達になって、格闘技をやってるって知ったときはすごくびっくりしたっけ)」
もうすぐ間合いに入る。くると分かっている衝撃を覚悟して目をつぶる。
「(一緒にいたいから、一緒に練習するようになって。闘うのは好きでも嫌いでもないけど、やめちゃったら一緒にいられなくなる気がして)」
そうしているうちにリオやクロ、アインハルトとも出会った。
「(皆みたいにうまくできなくて、もうやめちゃおうと思うことは何度もあったけど、その時はノーヴェ師匠が励まして、導いてくれた)」
はっきり言って、格闘技が自分に向いていないと言うのは分かっていた。
それでも、
「(もう少しだけ、みんなと同じ視線で歩いていけるように、痛くても使うんだ!!)」
コロナの右腕に自らの意思とは関係ない圧力がかかる。右腕が押しつぶされそうな圧力に逆らわず、身を任せた。
「ネフィリム・フィスト!!」
強烈なアッパーがアインハルトの顎を打ち抜いた。
流れるように、型にはまっているかのように、コロナの体は次の攻撃へと動いた。
反撃が無いと高をくくっていたアインハルトには、現在、意識混濁のクラッシュシミュレートが入っていた。
無防備なアインハルトに綺麗な回し蹴りが入る。
《凄まじいカウンターが入りました! アインハルト選手は勝利を焦ってしまったか! 10カウントです!》
倒れたまま動かないアインハルト。このまま意識が回復しなければ、コロナの勝利になる。
次の試合のため控室にいるヴィヴィオたちも、今の一連の攻防を見ていた。
コロナに対して浮かんだ感想は、アインハルトに接近戦で一撃与えてスゴイ、というものではなく、
「今の、ヴィヴィオのアクセルスマッシュと、リボルバースパイクじゃ……?」
「うん、そう見えたね……」
あまりにも完璧な模倣に対する疑問だった。マネしたにしては、出来過ぎていた。
「(ネフィリム・フィストがうまく作動してくれた。これで決まってくれれば……!)」
体の痛みを我慢しながらそう思うコロナだったが、カウントギリギリでアインハルトは立ち上がった。
《立ち上がった! 立ち上がりました、アインハルト選手! ラウンド1の残り時間は15秒! ライフはお互い危険域! このまま決まってしまうのかァ!?》
「(コロナさんに反撃されるとは思っていなかった。コロナさんを侮っていた。このままでは終われない―――)」
「(残り15秒。創成してる時間はない。ネフィリム・フィストで押し切ろう!)」
お互いが前に出る。
ゴライアス創成の時の防戦が嘘のように、2人は激しく打ち合う。拳をギリギリでよけ続けるコロナの姿に、アインハルトは驚愕する。
「っ!?」
甘く入った打撃を逸らし、コロナが一歩前に出た。
「ネフィリム・フィスト『虎砲』ッ!!」
両手を使った強烈な掌底がアインハルトの腹に向けて放たれる。ギリギリ滑りこんだ左手に阻まれ、ライフを削りきれない。
《ここでゴング! アインハルト選手は何とかライフを残しました!》
2人とも息を切らしていたが、ここでいったん仕切り直しになる。1分のインターバルが入る。
予想していた形とは違うとはいえ、白熱した試合に、会場は試合の再開を待ちきれない様子だ。
しかし、事情を知っている者達はある確信を得ていた。
控室のチームナカジマも。
「最後の技、私の虎砲だった」
「うん。やっぱり、コロナのあの技は……」
実際に戦っていたアインハルトも分かっていた。
「身体自動操作?」
「はい。ゴーレムを動かす時の要領で、自分の体を操作してるんです」
ウェンディに説明する。
「あの巨大なゴーレムを動かす魔法をそのまま転用してるのだとすれば、それはそのまま巨人の拳になります」
しかし、それは同時に体に多大な負担をかけることになる。
アインハルトが反応できないほどの速度を出すには、元のコロナの力を超えたスピードで体を動かす必要があるからだ。
「それを事前にプログラムした動作、特定の攻撃に対するカウンターに設定すれば……」
「反応時間ゼロのオートカウンターっスね……」
「あの様子から見ますと、攻撃にも使われているようですが。対策は……?」
「あります。『思い出しました』。それに、私にも切り札があります」
「切り札……?」
何も聞いていなかったディエチ、ウェンディは首を傾げた。
「次のラウンドでやります」
説明する時間はなかった。もう次のラウンドが始まる。
ティオの働きでダメージが回復したアインハルトはリングへと登った。
それはコロナも同じだ。ダメージを回復させ、リングへと登る。
「ネフィリム・フィストは安定してるな」
「はい。このラウンドは格闘で押していきます!」
「……ああ、行ってこい!」
次のラウンドのゴングが鳴った。