ハリーのライバルである雷帝、ヴィクトーリア・ダールグリュンは自分の控室で、ハリーとリオの試合を見ていた。
もうすぐ試合だが、その顔には緊張がない。
「相も変わらず、あの不良娘は不格好な試合ですこと」
「いい試合でしたけどねぇ。新技も披露されてましたし。向こうもかなり腕を上げてきたようですね」
執事のエドガーも、顎に手を添えて試合の感想を述べた。
「雷撃対策も地面からの噴射砲撃も、ハナからわたくしには通じませんわ。見た以上、いくらでも対策が立てられますしね!」
「ふむ、『ハナから通じない』のか『対策出来る』のか、どちらでしょうか?」
「うるさいですわエドガー!! 重箱つつき禁止っ!!」
雷帝としての実力を兼ね備えるヴィクトーリアだったが、長年連れ添った執事の前では形無しだった。
あっさりと強がりを見抜かれ、逆にからかわれてしまう。
「ま、引き出してくれた春光拳の娘には感謝ですわ。本線ではあの子の分までギタギタに叩きのめして差し上げますっ!!」
「負けられない理由がまた1つ増えたのは結構ですが、今は目の前の試合に集中してくださいね、お嬢様?」
『言われるまでもありません!』という大きな声が、選手控室に響くのだった。
ヴィクトーリアの試合は、綺凛とユウキの試合の後だった。相手は聖王教会代表のシャンテ・アピニオンである。
序盤はシャンテが、自身の分身を作り出す魔法と持ち前のスピードで、ヴィクトーリアを翻弄する展開だった。
ラウンド1とラウンド2で削ったライフポイントは、シャンテがリードしていたほどだ。
だが、ヴィクトーリアの硬い防御と攻撃力の前には力及ばなかった。
第3ラウンド、一歩踏み込んだ攻撃を仕掛けたシャンテだったが、その悉くを防がれることになる。
返しの攻撃。一撃でライフの9割を削られ、フラフラになっているところに、ダメ押しの攻撃を叩きこまれ、惜しくも敗退することになってしまった。
――――――チャリン、チャリン
――――――――――――――――――――
その後の試合も順調に進み、全てのブロックで勝者と敗者が決まった。
日も沈みかかり、試合が終わったスタジアムからは波が引くように観客がいなくなり始めていた。
ロッカールームでは選手達が帰り支度をしていた。その中にはチームナカジマのメンバーもいる。
「あーあ、これでチームナカジマ初等科チームは全滅かぁ」
「ね~」
「残念~」
激しい試合を繰り広げたというのに、ヴィヴィオとコロナ、リオが軽い調子で言った。元気いっぱいの子供達は、すでに疲労をどこかに置いてきてしまったらしい。いや、疲れてはいるが、まだ元気が残っているのだ。
「という訳で! 私達の夢はお二人に託されました!」
「明日の試合も頑張ってください!」
「は、はいっ!!」
「あはは……全力を尽くしますね」
アインハルトと綺凛は各々、その激励に答える。
話しながら歩いていると、ノーヴェやなのは達との待ち合わせの場所に着いた。
特に何かミーティングがあるわけではなく、このまま解散の流れだ。
「んまあ、今日は全員疲れただろ。アインハルトと綺凛はもちろんだが、ヴィヴィオ達もしっかり休めよ。3人は明日、応援に来るんだろ?」
「はいっ」
「もちろんです!」
「自分の試合と同じくらい全力で応援しますよ!」
ヴィヴィオ達は元気に答えた。
「ならしっかり休むこったな。ここ数日はずっと試合だったんだ。とりあえず8月いっぱいは体を休めることだ」
「そうだよ。休む時はしっかりと休もうね?」
ノーヴェとなのはは2人に告げた。
ええっ!? そんなに? と口々に不満を言う3人だったが、そこはノーヴェがしっかりと言い聞かせた。
「あはは、『体を休めて』かぁ。なのはが言うと説得力があるね」
「それはもう。自分が痛い目見てるからね」
フェイトの言葉に、なのはは笑って答えた。自分が昔、無理をし過ぎたせいでやらかしたことがあったため、少し強めに言ったのだ。
ノーヴェの説得に納得しない場合は、なのはが『おはなし』するつもりだったのだ。
3人が納得したところで、しなければいけないことがある。
「色々ありがとうございました!」
「今度、教会にお礼に行くね!」
「い、いえ、お気になさらず!」
「ゆっくり休んで下さいね」
それは、今までこの大会に出るために手伝ってくれていた人たちへお礼を言う事だ。
その人たちにとっては、立派な試合をすることが何よりのお礼だったのだが、しっかりと言葉にすることも大切なのだ。
リオとコロナはオットーとディードに、今まで特訓に付き合ってくれた2人に頭を下げる。
そして今まで付き合ってくれて、一番お世話になった人物と言えば、
「ノーヴェコーチも!」
「お、おう!?」
「「「ありがとうございました!!」」」
今度はヴィヴィオも一緒に頭を下げた。
「や、やめろって! そんな大声で!」
人が少なくなっているとはいえ、周りの視線が集まる。少女たちの真っ直ぐなお礼に、そもそもお礼を言われることに、こそばゆい感情が芽生えてしまうノーヴェは赤くなってそっぽを向いた。
「じゃあ、リオちゃんとコロナちゃんは私の車で送っていくね」
「うん、よろしくね、フェイトちゃん。私はご飯作って待ってるから」
「アインハルトさんはこちらにどうぞ」
「はい。よろしくお願いします、綺凛さん。それでは皆さん、また明日、会場で」
「「「はいっ、また明日!!」」」
アインハルトの一言で、それぞれの車に乗り込んでいく。3台に分乗した子供たちは、それぞれの家へと出発するのだった。
――――――――――――――――――――
綺凛は刀藤家の娘、送り迎えは当然ついていた。その車の後部座席に並んで、アインハルトと綺凛は座っていた。
2人共自分から話しかけるタイプではないため会話は無いが、それでも考えていることは同じだった。
今日の試合、そして明日の試合についてだ。
アインハルトの明日の相手は、元チャンピオン、負け知らずの最強選手、『ジークリンデ・エレミア』だ。
「(誰が相手でも負けません。私の願いとチームの想い。この拳にかけて―――きっと勝ちますっ)」
綺凛の相手は『雷帝』、ヴィクトーリア・ダールグリュン。優勝予想では、エレミアについでの番付だ。
「(あの人の防御……今日のユウキさんとは違う意味で私の攻撃が通るかどうか……それでも、皆さんの分まで、切り裂いて見せますっ)」
勝ち進んでいけば、必然的にトップ選手が残っていく事になる。その中でもこの2人は、最強の相手を引き当てていた。
「お互い、明日の試合が勝負になりそうですね……」
「はい。頑張りましょう」
2人は頷き合うのだった。
――――――――――――――――――――
「とうちゃーく!!」
なのはとヴィヴィオは自宅に到着した。
「お疲れ様、ヴィヴィオ。ママはご飯作り始めるけど、先にお風呂に入っちゃう?」
「うん! そうする!」
試合終わりにシャワーは浴びたが、それとお風呂は全く違う。湯船に浸かれば1日の疲れがどこかへ吹っ飛んでしまうのだ。
頷いたヴィヴィオは2階の自室へ荷物を置きに、そして着替えを取りに向かった。
それを見送り、なのははキッチンに立った。
鼻歌を歌いながら料理を始めるなのは。今日は試合を頑張ったご褒美にヴィヴィオの大好きな料理を作ると決めていた。
材料の下ごしらえを終えて、念のためにレシピを確認しようとして―――天井へ視線を向けた。
「(ヴィヴィオ、部屋から降りてきてない?)」
すぐにお風呂に入るものだと思っていたなのはは、不思議に思い、様子を見に行くことにした。
「(魔力を限界まで使ってたし、寝ちゃったのかな?)」
それならそれで、お風呂は後回しにしてしまっても問題は無い。疲れているのならご飯の時間まで寝かせてあげようと思っている。
すぐにヴィヴィオの部屋の前に着いた。そこには、
「クリス?」
扉の前にはヴィヴィオのデバイス、ウサギ人形の外装が特徴のクリスが浮かんでいた。短い腕をバッテンに交差させている。
ここから先にはいかないで欲しいと、行動で示していた。
「どうしたの? ヴィヴィオ、寝てる?」
ふるふると首を横に振るクリス。
「なら……、ぁ」
一歩踏み出したとき、なのはは気が付いた。
扉の向こう、布団に顔を押し付けているのか、くぐもった泣き声が聞こえてくる。
「ん……じゃあ、私は下に行くね。料理が出来たらまた来るから」
こくこくと、クリスは頷いた。
そしてそれは、車でコロナとリオを送っていたフェイトも同じだった。
目だけを動かしてルームミラーを確認すると、後部座席に座っていたリオとコロナがお互いに抱き合い、声を押し殺して泣いていた。
フェイトにばれないように唇をかみしめているが、それでも漏れる声を押さえることが出来ていない。
「……」
フェイトは聞こえないふりをして、車を走らせるのだった。
――――――――――――――――――――――――――
「ずいぶんと浮かない顔だな、ノーヴェ」
「ん、あ、ああ……」
帰りの車の中、ノーヴェ達のグループで、ミカヤがノーヴェに声をかける。
「まったく、コーチが選手以上に落ち込んでてどうするんだい?」
「べ、別に落ち込んでるわけじゃ……っ」
ノーヴェは否定するが、天瞳流の剣士の眼力はごまかせない。
「君は今、『もっと勝たせてやりたかった』、『教え方を間違ったんじゃないか』ってことで頭がいっぱいだ」
ノーヴェは何も言わない。
「明日の試合のことは半分くらいしか考えてないし、試合のことも、『負けた時にどうしよう』って事しか考えてない」
「……ああ、正直言って後悔ばっかりだよ。もっともっと勝たせてやりたかった」
「でも、みんな全力で、良い試合をしたよ」
コロナはアインハルトとの同門対決で、どちらかは負けてしまう試合だった。リオはトップ選手との試合。ヴィヴィオとミウラは本当に紙一重の試合だ。ミウラも1回戦でミカヤを破っている。それはもうトップ選手と言っても過言ではない相手だ。
「それでも勝たせてやりたかったんだ。やっぱりさ、こうして結果が出ると考えちまうんだ。アイツらのコーチが、アタシじゃなくて他の、もっとちゃんとした指導者だったらって」
「その先を言ったら友達をやめるよ。慰めてもあげない」
「わーってるよ!! 思っただけだ! アイツらの前じゃ見せねーよ!!」
「ならよし。みんなも、1回泣けばすっきりしてまた頑張れるさ」
負けない選手はいない。一部を除いて、本当に一部を除いて、負けない選手はいないのだ。
みんな敗北を乗り越えて次の試合のために強くなっていくのだ。
「ああ! アタシも、今回の敗北をアイツらの強さに変えて見せるさ! まずは、明日の試合だな!」
調子の戻ったノーヴェを見て、ミカヤも微笑むのだった。
―――――――――――――――――
そうしてヴィヴィオ達が青春の涙を流している頃、各国のトップ層の会議も終わりを迎えていた。
各々が護衛に連れられ、滞在しているホテルへと帰っていた。これにて今日の護衛は終了。雇われの身であるアリアもそうだった。
「ん、じゃー帰っていいぞ」
キャーリサは椅子に腰を下ろし、足を組んだところでそう言った。
「はい。それでは……」
「ああ、そうだ」
帰っていいと言ったキャーリサだったが、思い出した様にアリアを呼び止めた。
「前に言った件、考えたのか?」
前に言った件とは、アリアを王室御用達の武偵、『R』ランクの武偵として、王室に雇われないかという話だ。
それを受けた場合、当然この島にはいられなくなる。学校だって退学になるし、王室の護衛になると下手に誰かと会うことも出来ない。
「それは……申し訳ありません、まだ……」
「そーか。まあ別に急がなくてもいいとは言ったがな。期限は分かってるんだろーな?」
「はい」
期限。それはキャーリサがこの島に滞在している時間だ。もし受けるのなら、キャーリサの帰国の時に、一緒にイギリスに行くことになっている。
「ま、その時までに答えを決めておいてくれ」
「はい、わかりました……」
そう言うと、アリアは家路についたのだった。
その途中でも、アリアは考えていた。
「(キャーリサ様について行けば、間違いなく『イ・ウー』についての情報が今以上に入る。でも……入るだけで身動きはとれなくなるかもしれない)」
王室の護衛になるとは私生活を犠牲にすると同義だ。キャーリサは実力があればいいなんて言っているが、実際はそんなことは無い。
自分の身を国に捧げられるくらいの愛国心が無ければ、すぐにリタイアすることになる。
だが、『イ・ウー』の情報はそのくらいの価値があった。
ブラドを倒してからというもの、メンバーが全く尻尾を出さなくなってしまったのだ。このままでは母親の裁判に間に合わなくなってしまう。
「(みんなのおかげで、ブラドを捕まえることが出来た……まあ、最後にブラドをブチのめしたのが理子ってのは気に入らないけど……みんながいなかったらダメだった)」
このメンバーならあるいは、イ・ウーとも戦えるのではないか。そう思っていたアリアだったが、相手の方が見つからずにタイムオーバーになってしまっては意味がない。
そしてこの事は、みんなに言っていなかった。
みんなはみんなで忙しそうだったし、アリアはアリアで自分にため込むタイプだった。ずっと長い間『
「でも、パートナーくらいには、言ったほうがいいかな……」
そう思うこともあったが、翔は翔でたくさんのお姫様、聖天子様の護衛、子供達の大会と抱えていることがたくさんあった。
「ま、いっか……」
今のままだったら、断ることになるんだし。アリアは、そう考えるのだった。