人工島であるこの学園島だが、自然が皆無という訳ではない。絶滅危惧種の植物や動物の保存エリア。品種改良植物のエリア、武偵のサバイバル訓練エリアなど、島全体に緑が点在している。
さらには娯楽として、キャンプ場のエリアなんかもあったりする。
人工島でも、その手のアクティビティには困らないようになっているのだ。
しかしまさか、そんなキャンプエリアで元世界王者が寝泊まりしているとは、誰も思っていなかった。
川で顔を洗ったジークリンデのデバイスに連絡があった。
《ジーク、おはよう。もう起きてた?》
「ん、起きてたよ、ヴィクター」
上位選手同士、前の大会から仲良くなっていたヴィクトーリアだった。執事のエドガーも一緒だ。
《迎えに来たわよ。一緒に行きましょう》
《朝食の用意もございますよ》
「うん。ありがとう~」
ジークはテントを畳み、指定された場所へと向かうのだった。
同時刻、所変わってここはアインハルトの部屋。
部屋の主であるアインハルトは、姿鏡の前に立っていた。
「相手は1度も負けたことの無い上位選手。この試合に勝てたら、覇王流の悲願に少しは近づけますよね」
ベッドにお座りしていたティオを抱きかかえる。
「行きましょう、ティオ」
「にゃあ!」
とうとう、覇王流アインハルト・ストラトスと元世界王者ジークリンデ・エレミアの試合が始まる。
―――――――――――――――
「す、すごい熱気ですね……」
「今日は特にそうですね」
予選の時よりも圧倒的に多い人。それだけこの試合は注目されているということだ。
それもそのはず。この試合に出るのは前々回大会のチャンピオン、ジークリンデ・エレミア。
もちろんチャンピオンの試合はこれまでにもあったが、今までは、ブロック本選でも試合にならないという具合だった。
だが今回の相手はこれまでとは違う。この盛り上がり方を見ると、少なくとも周囲の人々はそう思っているようだ。
相手はチームナカジマのアインハルト・ストラトス。ここまで破竹の勢いで勝ち進んでいるスーパールーキーだ。
注目の2人の試合という訳だ。わざわざこんな混む試合に聖天子様を連れてきてしまって申し訳ないと思うけど、まったく知らない人の試合を見ても面白くないと思ったから。
というか、俺も面白くない。
「聖天子様、しっかりと水分を取ってくださいね」
「はい、こちらをお飲み下さい、聖天子様」
「ありがとうございます、コッコロさん」
聖天子様はコッコロから水を受け取って飲んでいた。
「帽子をかぶってきたのは正解でしたね」
「はい、試合のことを言ったら、護衛の方が持たせてくれたので」
雪菜の言葉に、聖天子様は自らの頭に手を乗せる。そこには昨日までは無かった麦わら帽子があった。
服装もローテーションして、今日は初日に見た白いワンピースになっている。や、もしかすると、細かいところで違うのかもしれないけど。
それはそうとして、その麦わら帽子はとてもよくマッチしていた。
そういう所は気が利くんだよなあの3人。絶対に人が多くて、熱いところに行くってんであらかじめ対策を立ててくれたんだ。
何とか人込みをかき分けて、俺達は席に辿り着いた。
もうそろそろ、試合が始まる。
―――――――――――――――――――――
ここは選手控室。ジークリンデの方の控室だ。関係者以外立ち入り禁止のそこには、ヴィクトーリアとエドガー、そしてエドガーの作ったご飯を食べているエレミアがいた。
「試合前に食べても大丈夫なの?」
「ん。食べんと力が出えへんから」
その手には本日2つ目のおにぎりがあり、どんどん口の中に消えていっている。
「もう……言うまでもないけど、準備は万端みたいね」
「うん」
いつもと全く変わらない様子のジークリンデに、ヴィクトーリアは呆れつつも安心する。
「昨日改めてあの娘の試合を見た。ベルカ古武術、覇王流の継承者、アインハルト・ストラトス。試合時間が短いから目立たへんけど……体捌きも打撃も十代の娘にしては飛びぬけてる」
エレミアの言葉に思い当たるところがあったヴィクトーリアは静かに頷いた。
「先祖への想い、流派への誇り……過酷な訓練をしてきたんでしょうね」
「ん……強い想いがあるんやろうね。つらい想いや寂しい想いもしてきたんかな……勝っても笑わへんのは、きっとそのせいや」
「……」
控室にジークリンデの咀嚼音だけが聞こえる。
しばらくして、扉がノックされた。
「チャンピオン! そろそろ準備をお願いします!」
扉を開けて入ってくるのはハリー・トライベッカに負けてしまったエルス・タスミンだ。
エルスは自分の試合で負けてしまってから、エレミアのセコンドを務めていた。別にこの大会、セコンドがいなければ参加してはいけないというルールは無い。
だがジークリンデはどこかに所属しているということは無く、基本的に野宿生活だ。そのため大会ではずっと1人で戦っている。そこでエルスがセコンドに名乗りを上げたのだ。
「あっ、待って、すぐ食べちゃうから……」
「い、いえ! そこまで急ぎでは!」
おにぎりを食べ終えたジークリンデは手を合わせた。
「ごちそうさま。っと、よしっ。ほんなら、ヴィクター、行ってきます」
「ええ、頑張って」
軽く手を振って、ジークリンデはエルスのもとへ駆けていくのだった。
そしてこちらはアインハルトの待機室。
「うん、時間ね」
「はい」
クロの言葉に、すでにBJを纏い目をつぶって集中していたアインハルトは、目を開けて立ち上がった。
チームメイトという事で、試合のある綺凛だけではなく、すでに敗退してしまったヴィヴィオやリオ、コロナも応援に駆けつけていた。
「アインハルトさんっ! 綺凛さんっ! チームナカジマ一同、全力で応援しますっ!」
「まずはアインハルトさんですね!」
「チャンピオンを倒してきて下さい!!」
「―――はいっ!!」
後輩たちからの激励を受け、アインハルトはリングへと向かっていった。
―――――――――――――――――――
「始まるな」
「こちらまで緊張してきますね……!」
普段はまじめな聖天子様だが、すっかり会場の雰囲気に吞まれているみたいだ。落ち着かない様子で、そわそわと俺達とリングを交互に見ていた。
「最初はアインハルト様の試合でございますね」
「相手は元チャンピオンですね……」
俺たちが話していると、実況のコールが始まった。
《皆さん、お待たせしましたッ!! 本日、注目している方も多いでしょう、次の試合に参りましょう!!》
まず出てくるのは、
《ブルーコーナー、4戦4勝4KO! うち3試合は一撃での秒殺勝利! 覇王流、アインハルト・ストラトス選手ッ!!》
今までで一番の大歓声に迎えられているアインハルトだが、いつもと変わらない様子だ。その後ろにはクロとノーヴェさんが続いている。
《レッドコーナー、前々回大会の覇者、いまだ負け知らずのチャンピオン! ジークリンデ・エレミア選手ッ!!》
「「「っ!?」」」
「う、っわ……」
会場全体が震えるほどの歓声だった。アインハルトにも人気があるが、ジークリンデのものはそれとは別次元だ。
「アインハルト様、大丈夫でしょうか……」
「はい……まるで
コッコロと雪菜は心配そうな声を出すが……少し離れたところから子供たちの声が聞こえた。
「「「「アインハルトさーん!! 頑張ってくださーい!!」」」」
声の主は、昨日惜しくも負けてしまったヴィヴィオちゃん達チームナカジマのメンバー、それと八神道場のミウラちゃんと、ユウキだ。
さっきまで選手控室にいたって聞いてたけど、観客席に移動していたらしい。
ヴィヴィオちゃん達からの声援に対し、アインハルトは拳を軽く横に突き出した。
「大丈夫みたいですね」
それはアインハルトをあまり知らない聖天子様にも伝わったらしい。まっすぐジークリンデを見据える表情には余計な情報は何も映っていないんだ。
緊張の面では、問題ないことが分かった。
後はこの試合が無事に終わってくれることを望むだけだ。
―――――――――――――――――
《おおっと! チームメイトからの熱い声援です! それに無言で、しかし確かに応えるアインハルト選手! これは心強いのではないでしょうか!!》
ミウラ以外負けてしまったとはいえ、チームナカジマは全員、素晴らしい試合を見せた選手である。気を利かせたスタッフが大型モニターにみんなの顔を映した。
突然大画面に映されて慌てているのはミウラ1人。他の面子はピースしたり、手を振ったりしている。
「あは、向こうは楽しそうやなぁ」
「そうですね。それでチャンピオン。今日はどういった試合の組み立てで?」
それをほほえましい顔で見ていたジークリンデは、緩んだ頬を引き締めた。
だがそこに緊張は無い。
「ん、いつもと同じや。エレミアの技で楽しませてみせるよ。見てる人たちも、戦うあの娘のことも」
2人がリングの上で向かい合った。
当然BJを纏っている。このまま戦い始めることも可能だ。だがアインハルトはその上に、
「ビルドバーニングガンダム……!!」
鎧が現れ、体の各部に装着されていく。赤と白を基調に、各部に青いクリアパーツが使用されている姿。
アインハルトの覇王流と、ガンダムにインプットされている次元覇王流を同時に使用するアインハルトの新しい姿だ。
《前回の試合で見せてくれた『鎧』ッ!! アインハルト選手の切り札であるはずのそれを、今回は試合前から装着しています!! それだけチャンピオンを意識しているという事でしょう!!》
エレミアはその鎧の力をわかっていたが、それでも笑っていた。全力と戦えることがうれしいのだ。
《それでは試合―――開始ですッ!!》
開始早々、
「覇王―――」
いきなり、
「―――断空拳ッ!!」
「んっ!!」
アインハルトの必殺技が炸裂した。
ビルドバーニングのスラスターと覇王流のパワーを合わせた重機のような突撃だ。
ジークリンデの後ろまで突き抜ける衝撃。だが、攻撃はジークリンデを捉えてはいなかった。絶妙な捌きによって、蛇が巻き付くように左手が絡みつき、アインハルトの腕が反らされる。
さらにその反対の腕で形成される魔力弾。それをアインハルトに押し付ける。
大した威力は無かったが、断空拳の勢いは止まってしまう。
「それでもッ!!」
一度技を防がれたからと言って、後ろに下がるわけにはいなかい。アインハルトは前への打撃防御を固め、前進する。
「ふっ」
「ッ!?」
ジークリンデから帰ってきたのは打撃ではなかった。
顔の目の前で構えていた腕の間に入り込むエレミアの腕。拳は握られていない。さらにガンダムの装甲からはみ出しているBJの胸元を掴まれ―――アインハルトの体が浮いた。
「よっと!」
「ッ!?」
直後、見事な背負い投げによって、アインハルトの体はリングに叩きつけられていた。全くの想定外の攻撃に、アインハルトのライフが一気に2割も削られる。
さらにそのまま右手を掴まれ、次の技に―――
「こ、の―――!!」
無事な左手で空破断を放ち、ギリギリの所で脱出するアインハルト。
ジークリンデに残ったのはほんのわずかなダメージと、ガンダムの装甲の残骸。攻撃を防ぎながらも、ジークリンデは掴んだ手を放していなかったのだ。
僅か一瞬、アインハルトから攻撃したはずが、結果はこの通りだ。
会場はチャンピオンの技に大歓声を上げている。
「な、投げ技ですか……!?」
「日本の柔道とも似ているようですが……」
「ああ、ジークリンデ・エレミアは本当に総合選手なんだ。距離を置いての射砲撃に、近接戦での格闘打撃。そして今見たゼロ距離での
翔も戦いたくない相手だと思っていた。投げ技とか締め技とか、どうやって対処すればいいのか分からないのだ。
「(そう、分からない―――ことも無いか? 何度かアリアにかけられてるし……)」
とは言っても、それだけの経験で戦うのは無理だ。
第四次聖杯戦争ではサーヴァントとも戦ったとは言え、ジークリンデの実力はそれに迫る。むしろ、並大抵のサーヴァントでは勝負にならない可能性もある。
「主様、ずいぶんとお詳しいのですね」
「ん、んん、まあね。前々回大会のチャンピオンだし」
「ふーん、そうですか。そうなんですか」
雪菜は何かを察したように目を細めていた。まだまだ翔に対する経験が少ない聖天子様とコッコロは、何も気が付いていなかったが。
「おや? エレミア様とアインハルト様、何かお話していませんか?」
「そうですね……ここのカメラではリングの音声までは拾ってないみたいですけど」
何も知らない2人はリングの様子に釘付けになっていた。
アインハルトとジークリンデは確かに会話していた。試合中の会話は特に禁止されているわけではない。もちろん必要以上の挑発行為は禁止されているが、今回の会話はそれに該当していなかった。
珍しかったのは、今回の会話はジークリンデの方から声をかけていたということだ。さらに、その内容がかなりふわふわとしていることも挙げられる。
「君の試合を見てからずっと気になってたんよ。ウチらはきっと、少し似てるって」
「似て、いる……?」
訳が分からず首を傾げるアインハルト。
「まっ! 今は試合中や。ウチから話振っといてゴメンやけど、詳しいお話は試合の後でなー」
ジークリンデが右手を横に、人差し指を立てると、そこから次々に魔力弾が生み出され、回転しながら展開していく。
「エレミアの技、受けてもらおか?」
まだまだ自分には技がある。笑いながらそう告げるのだった。