それとこの回から、地の文のジークリンデの名前をエレミアで表記します。
「エレミアの技、受けてもらおか?」
先ほどとは全く違う攻撃に、アインハルトの表情が引き締まる。
渦を巻くように空中に待機している魔力弾。滑らかに動くそれは、決してこけおどしの攻撃ではなかった。
「一発一発の密度がすごいわね……」
「ヒットすれば貫通判定を取られかねねぇ……あの鎧だってな」
「受ければ致命傷になるわね。体のどこかが使えなくなる」
セコンドのクロとノーヴェはエレミアの技を分析している。避けるか、防御するか、どちらにせよ対処するのが難しい技であることは間違いない。
しかしアインハルトには、
「ゲヴェイア・クーゲル―――ファイヤッ!!」
「覇王流―――」
アインハルトに殺到する魔力弾。次々と着弾し、リングが破壊されていく。
「カノーネ……」
ダメ押しの魔力がエレミアの指先に収束していく。アインハルトの姿は土埃で見えないが、ならばそのすべてを吹き飛ばしてしまえばいい。
その砲撃の発射よりも前に、
「―――旋衝破ッ!!」
覇王流旋衝破。もはや仲間の間ではおなじみになったその技で、エレミアの弾丸を投げ返す。
弾丸をそのまま掴んで投げ返す旋衝破の前に、どれほど強くても弾丸は通用しない。
「むむっ!」
《な、なんと言う事でしょうか!! アインハルト選手、弾丸を掴んで投げ返した!?》
大会で使ったのはコロナとのゴーレム戦が最初だったが、岩を投げ返すのと魔力弾を投げ返すのはわけが違う。
残念ながら準備していた砲撃に相殺されたことでダメージにはならなかったが、この試合で初めてエレミアの表情を変えることに成功していた。
「ふぅん? なるほどなぁ。君には『
楽しそうに笑っているエレミア。
「ほんなら……」
エレミアは体勢を低くした。そのままの姿勢で、アインハルトめがけて突撃した。とてもその姿勢から出せるスピードではない。
「(古流武術家ちゃんは、低空タックルを如何捌く?)」
エレミアの出した問題に対してのアインハルトの回答は、
「はああぁぁぁっ!!」
顔面をめがけての全力の蹴りだ。蹴りやすい位置に相手の頭が自分から飛び込んでくる。なら、反射的にそういう攻撃をしてしまってもしょうがない。
そもそもエレミアのタックルスピードは、ちんたら何かを考えていられるほどスローではない。
「ふっ!」
「ッ!?」
だが、アインハルトの回答は不合格だった。
がっちりと受け止められてしまう脚。そこを起点にして、
《チャンピオン投げたァッーーー!! そしてそのまま
「う、ぐぅぅぅ……っ」
力を入れても技は全く緩まず、むしろ暴れれば暴れるほど関節が悲鳴を上げる。
クラッシュシミュレートは関節技の痛みの再現も完璧だ。ずきずきとした痛みに、額に脂汗を書くアインハルト。
「つ、ぅ……ッ!!」
「わッ!?」
アインハルトは自由な足で踵落としを決める。怯んだ隙に固定されていた足を無理やり引っこ抜いた。
《アインハルト選手、強烈な蹴りで何とか関節技から脱出しますが―――》
「ぅ、つ……っ!!」
関節技を決められていた膝に鈍い痛みが走る。
関節技の痛みは経験が無く、ついその場所に目を向けてしまう。関節技であっても、この痛みはシミュレートだ。外から見ても、外傷があるようには見えない。
「(ッ!? チャンピオンは―――)」
戦闘中に関わらず、目の前の相手から目を離してしまう失態。それはすぐにアインハルトに跳ね返ってきた。
目の前にいたはずのエレミアがいつの間にか消えている。
「逃がさへんよ」
「ッ!!」
声が聞こえてきたのはすぐ下だった。体勢を低く、獣のように近寄っていたエレミア。腰をしっかりと固定され―――
「か、っは―――」
次の瞬間、アインハルトは地面に叩きつけられていた。
「まだまだっ!!」
よろよろと立ち上がったアインハルト。前から股下に手を通され、腰をがっちりと掴まれる。
一切の抵抗も出来ず、再度地面に叩きつけられるアインハルト。
何度起き上がっても、待っているのは地面への固い衝撃だった。
《きょ、強烈!! 投げ技2連発がアインハルト選手を襲います!! この連続技にアインハルト選手は……ッ!! た、立っています!! ライフは大きく削れていますが、すでに2本足で立っています!!》
自分の力で立ち、ファイティングポーズも取っているのなら、レフリーが確認するまでもない。試合が再開された。
「良かったです。アインハルトさん、まだまだ大丈夫のようですね」
「ですが大きくライフを削られてしまっております……」
「はい。投げ技にもあまり慣れていないみたいですから、次に組み付かれるとそのまま終わってしまうかもしれませんね……」
聖天子様、コッコロ、雪菜は今の攻防に思い思いの感想を述べている。
翔も、アインハルトの心が折れてしまう心配はしていなかった。翔が心配しているのはもっと別のことだ。
「さて、まだまだ序盤や。君もまだまだこんなもんとちゃうやろー?」
エレミアはぐるぐると肩を回す。
あれだけキレイに技をかけられ、ライフも削られているというのに、アインハルトの闘志は衰えることを知らない。
その様子に歓喜と安堵の気持ちが抑えられないエレミア。わくわくと軽くステップを踏む。
「その笑顔は余裕の証ですか?」
つい棘のある言い方をしてしまうアインハルト。
「あ……ごめん。失礼やったかな? 強い娘との戦いはやっぱり楽しいし、君にも楽しんでほしいかなぁーって……」
圧倒的に勝っている方が『楽しい楽しい』と笑っているのは失礼に当たる。どんなスポーツでもその理論に間違いはない。たとえ本人がそう思っていなくてもである。
エレミアは手を振って謝り、
「というか逆に聞いてもええかな?」
逆に質問をした。
「―――何で君は笑わへんの?」
「……え?」
これまでの試合、予選から今まで負けなしのアインハルトだが、試合中に痛み以外で表情を変えたことは無い。
表情を変えたのは前回のコロナ戦だけだ。傷ついたチームメイトを気遣うときだけ。
試合を楽しんでいる様子は見せたことが無い。
これは命のかかった勝負ではなくスポーツだ。勝てば楽しいし負ければ悔しい。その感情があってしかるべきのはずなのだ。だが、アインハルトにはそれが無かった。
「私は……笑ってはいけないからです」
「うん? どうして?」
「それは……」
「……ごめんな。試合中に話すこととちゃうかったね」
エレミアも普段はここまで他人に踏み込もうとはしない。しかし、何かに追い詰められたように戦うその姿は、到底放って置けるものではなかった。
「あっ、ほんならこうしよ? ウチが勝ったら、君と少しお話させて?」
「力づくでというのであれば、ご随意に」
敗者は勝者に従う。単純な真理に、アインハルトも異論はない。そしてそれは、チャンピオン相手にも負けるつもりが無いというアインハルトの意思表示でもあった。
「よかった。ほんならスパーンと殴り合おか! 実はヴィクターともハリーとも、これで仲良くなったんや」
握った右手の人差し指に、軽く口づけをする。
そして、
「『鉄腕』解放―――」
その一言で、エレミアのBJに変化が起こった。
比較的軽装だったBJ。その両手に、肘までを覆う籠手のような防御武装が現れたのだ。
「(肘の上までを覆う防護武装……別に珍しいものじゃあない。試合映像で何度も見ている)」
アインハルトは生唾を飲み込む。
言ってしまえば、鉄腕はエレミアのパワーアップ形態だ。
別にこの武装は、アインハルトのビルドバーニングのように秘密の武装という訳ではい。過去の試合では何度も見せている。エレミアの言葉通り、過去のヴィクトーリアやハリーの試合でも使っていた。
「(だけど、直接この目で見て、肌で感じて分かった……いえ、『思い出した』ッ!! この装備ッ! の構えをッ!!)」
脳裏に焼き付いた、自分のものではない記憶。それが叫んでいた。
「(私の記憶が、とてもよく知っているッ!!)」
古流ベルカの武術の世界は、広いようで案外狭い。いくつもの源流が混じり合い、今に繋がっているのだ。
その中でもエレミアが使う技は、『黒のエレミア』と呼ばれている。格闘技の概念もあいまいな時代、己の五体で人体を破砕する技術を求め、乱世の世の中でその技術を極めて行った一族。
「エレミア―――!!」
「うん! エレミアの『鉄腕』、受けてみなー」
目の色が変わったアインハルトに、エレミアはまだ気が付いていない。
ラウンド1は残り1分を切っていた。