遥か昔、無数の死体が転がる戦場。2人の若い男女が向かい合っていた。
人の肌が焼ける嫌な臭いの中にあっても、その男女の持つ育ちの良さは無くならない。
「もうやめましょう、クラウス。これ以上続けたら、本当にあなたを傷つけてしまいます」
眉を落とし、困り果てた声色でそう言うのは、初代聖王『オリヴィエ・ゼーゲブレヒト』。
「行かせませんッ!! ここを通せば、私はあなたを見殺しにすることになるッ!!」
男女の内の1人、初代覇王『クラウス・G・S・イングヴァルト』は剣を構え、自分よりも二回り以上小さな女の子の行く手を阻んでいる。
オリヴィエはその手に何も持っていない。それどころか、その両手は義手だ。それでも、オリヴィエが一歩踏み出すと、クラウスは半歩後ずさりする。
それは単純な実力差もあるが、クラウスがオリヴィエを傷つけたくないと思っているからだ。そしてそれは、オリヴィエも同じだ。
この2人は、敵味方で殺し合っている仲ではなかった。
「だけど、私は行かないといけないんです。私が『ゆりかごの王』になれば、この戦を終わらせることが出来るかもしれない」
「『かもしれない』実験のために、全てを失うつもりですかッ!!」
剣を投げ捨て、必死に説得を試みるクラウス。
「あんなものは単に玉座を守る操り人形です!! 二度と船から降りられない!! 自分の意思で体を動かすことすらできなくなるッ!! 『ゆりかごの王』になるとはそう言う事なんですよ!!」
「それでも、です」
オリヴィエの意志は固かった。長く続いた戦いを、この戦乱の世に平和をもたらせるのなら、オリヴィエは迷わない。
表情は変わらず、困ったような笑顔だ。それは気持ちが変わっていないことを表していた。
「お願いですから話を―――」
言葉による説得はもう出来ない。そう判断したクラウスは、大きく踏み込んだ。自らが使う覇王流、その技法を使った最高の技。覇王断空拳だ。
「―――聞いて下さい!!」
しかし、クラウスの全力の攻撃は、あっさりと受け止められてしまう。
「もう決めたことなんです。私がやらなければ、他の誰かがやることになります。もともと私は、■■■■のくれたこの腕と『聖王核』が無ければ生きることすら出来なかったんです。今までみんなと暮らせて、溢れるくらいに幸せでした。だから、もういいんです」
あまりにも綺麗な笑顔だった。自分の運命を受け入れた顔だ。
「よくありませんッ!!」
クラウスは泣きそうになりながらも拳を振るが―――結果は分かり切っていた。
去り行くオリヴィエの背を、薄れゆく意識の中で考えていた。
「(私の力は、私の拳は、彼女の笑顔を曇らせることも出来ないほど頼りなくて……止められなかったのは私の弱さが原因だ)」
だが、だけど。
「(いったい誰が彼女をここまで強くした? ここまで自分を貫く強さを与えたのは誰だ? 誰が彼女にこんな運命を強いた?)」
―――――――――――――
「これは『エレミア』が作ってくれた、私の大切な義手ですから」
「『エレミア』の技はすごいんですよ! クラウスも少し習ってみたらどうですか?」
「私が強くなれたのはあなたと『エレミア』のおかげですから」
―――――――――――――
―――その記憶は、試合中のアインハルトと、観客席で応援しているヴィヴィオ、2人が共鳴して、共有していた。
自分のものではない記憶が強引に流し込まれる、あるいは思い出される未知の感覚に、ヴィヴィオの意識が一瞬遠のいた。
「っ!? ぁ……っ!」
「ヴィヴィオ!?」
「大丈夫!? どうしたのっ!?」
「どっ、どうしましょうか……!」
「とりあえず大人の人に連絡しないと……」
リオとコロナが心配して駆け寄る。
ミウラは突然の事態にわたわたして、ユウキは比較的冷静に端末を取り出し、連絡を取ろうとしていた。
そして、戦っているアインハルトは、
「エレミアァァァッ!!!」
「えっ!?」
咆哮と共に、ビルドバーニングの青いクリアパーツが、燃えるような赤に変わっていく。
それはアシムレイトと呼ばれる機能だった。。
原作の『ビルドファイターズトライ』では、ガンプラファイターが強力な自己暗示をかけてガンプラと五感を共有し、その機体性能を向上させる現象のこと。
この世界でも強烈な集中力によって、ガンダムの性能を最大以上に引き出す現象のことだ。
それがアインハルトの精神に反応して作動していた。相手への強烈な闘志。明鏡止水とは程遠いものによってだったが、確かに作動していた。
「あああぁぁぁぁぁッ!!!」
さらに受けたダメージはティオによって回復される。
「次元覇王流―――疾風突きッ!!」
まさに疾風のような攻撃。先ほどよりも圧倒的にスピードもパワーも上昇している。
その衝撃はリングの外にも伝わっているが―――エレミアのガードを崩すことは出来ない。
「聖拳突きッ!! 蒼天紅蓮拳ッ!! 聖槍蹴りッ!!」
敵を射抜く拳、錐揉み回転を加えたアッパーカット、宙に飛び上がった勢いを利用した鋭い蹴り。そのすべてを、エレミアは最小限の行動で回避する。
「と、とと……!」
強引な攻めに、エレミアも眉を寄せる。
「流星螺旋―――」
アインハルトが大きく振りかぶった。突進するイノシシの様に攻撃しか頭にない行動。大きく開いた胴体がエレミアの目の前に晒される。
「君はちょう落ち着こうか? ―――シュペーア・ファウスト」
「ッ!!!???」
アインハルトの体が破壊された。
突き刺さった拳はガンダムの装甲をいともたやすく破壊した。その下にあるBJも貫通し、右肺を守っていた肋骨を全てへし折る。その痛みの再現がアインハルトを襲う。
《リングアウト、ダウン!! チャンピオンの打撃がアインハルト選手に直撃!! アインハルト選手へのダメージはあまりにも甚大!! 触れるものすべてを砕く破壊の鉄腕に、全身を破壊されていますッ!!》
あまりの痛みに、起き上がれないアインハルト。エレミアも追撃することはない。なぜならもうすぐ―――
《そしてここで第1ラウンドが終了!! 勝負は次のラウンドに持ち越されますッ!! いえ、もしかするとこのラウンドで試合が終わってしまうかもしれませんッ!!》
エレミアの圧倒的な試合展開に、会場は沸き立つ。
そんな中、眩暈が収まったヴィヴィオは席に座り直していた。
「やっとインターバルになったけど……ヴィヴィオ、本当に大丈夫?」
「う、うん。ちょっと眩暈がしただけだから」
まだ少し顔色が悪いとはいえ、調子は元に戻っている。
「(ほんの少しだけど、オリヴィエの思い出が私にも見えた……どうして? 今まで思い出すことなんてほとんどなかったのに……)」
聡いヴィヴィオは、突然人が変わってしまったように攻撃を始めたアインハルトと、自分の異変を結び付けずにはいられなかった。
「(やっぱり、アインハルトさんも昔の記憶を……)それよりも今はアインハルトさんのことだよ!」
「そうだよね……大丈夫かな?」
ヴィヴィオは、今は試合の心配をすることにした。
「第1ラウンドから熱い展開ですね、チャンピオン!」
エレミアのセコンドのエルスは、興奮した様子でタオルを渡す。
「それにしても、アインハルト選手とは過去に何かあったりしたんですか?」
「ウチの方には心当たりが無いんやけど……」
今の様子で試合を続けるのはやめたほうがいい。そう判断したエレミアの全力に近い攻撃だった。
エレミアの視線は、アインハルト側のベンチに向けられているのだった。
「いったいどうした? まるっきりらしくねぇ展開だぞ!」
ノーヴェとクロによって運ばれたアインハルトは、目をつぶって荒い息を吐いていた。
「とにかく落ち着け! 練習でしてきたことを思い出せ!」
「それもあるけど……クラッシュは大丈夫なの? 試合を止められてもおかしくないと思うんだけど」
クラッシュシミュレートは痛みの再現であり、実際にケガをしているわけではない。なので痛みを無視してしまえば、問題無く動けるのだ。
だが、そのやり方はスポーツとしてあまり認められていない。ルールでは規定されていないが、審判には試合をストップさせる権限があった。
「アインハルト選手は大丈夫ですか? 厳しいようでしたら棄権も……」
当然の仕事として、審判はベンチに横たわっているアインハルトの様子を見に来る。
「大丈、夫です……っ。ティオ、お願いします……っ」
アインハルトが光りに包まれる。
ティオの働きによって、アインハルトのライフが大きく回復する。それだけではなく、クラッシュまで完全回復していた。
さらに、アシムレイトは継続されている。それはアインハルトの気持ちが途切れていない証拠だった。
「やれます」
「おいっ、ティオの回復補助にも限界はあるんだ! もう無暗に突っ込むなよ!!」
「……すみません」
そう言い残し、アインハルトはリングへと歩いていく。
「聞いてないわね、アインハルト」
「そうだな……」
生返事だったのは2人ともよくわかった。
「(目の前のエレミアが悪い訳じゃない。オリヴィエに鋼の義手を送り、戦闘技能を教えた昔のエレミアが悪いわけでも無い。だけど、それでも―――)」
一足先にリングにのぼり、エレミアに睨みつけるような視線を送るアインハルト。その様子を見て、エレミアはとあることを確信していた。
「なんとなくわかったよ、ウチのご先祖様関連や。ご先祖様同士になんや因縁があるとか、恨みを買ってるとか、そんなんやと思う」
「そんな……」
そう言ったことに無縁のエルスは、それ以上の言葉を繋げられない。
「ほんなら、ウチが受け止めたげなアカン」
「チャンピオン! だからと言って手心を加えたりとかは……」
「あー、それは心配あらへん……ウチはずっとエレミアやから」
意味深なことを言い残し、エレミアはリングへと向かう。
アインハルトがはるか昔の、初代覇王の記憶を受け継いでいるように、エレミアも先祖から受け継いでいるモノがあった。
ただしそれは個人の記憶ではなく―――先祖から続く、数多くの『エレミア』達の、『戦闘経験だけ」を受け継いでいるのだ。
最低でも500年分の経験と記憶が、エレミアの心と体に刻まれているのだ。
アインハルトとエレミアはよく似ていた。
望まずして受け継いでしまった記憶という鎖に縛られ、過去と未来に迷いながら今を生きているところが。
《第二ランド……開始ですッ!!》
ラウンドが始まっても、無暗に突撃するようなことは無かった。
アインハルトも少しは頭が冷えたらしい。もしくは、思考が一回りして逆に冷静になったのか。
エレミアもただ試合を楽しむのではなく、自分の運命と向き合う覚悟を決めていた。
「君の望みは?」
「全力のあなたに勝利することです。そしてその上で、あなたのご先祖様について伺いたいことがあります」
「うん。ほんなら、ヴィクターに聞いてみよ。過去の事なら、ウチよりもヴィクターの方が詳しいし」
別にそんな約束なんてしなくても、エレミアはその場を設けるつもりだった。しかし、これは大事な儀式である。
さっきエレミアは、自分が勝った時の要求を言った。自分が勝ったらお話しようという要求を。
しかしアインハルトは何も言わなかった。勝手にしろと言っただけで、何も求めなかったのだ。それを今、求めた。
結果として、どちらが勝とうがゆっくりお話しすることに変わりないのだが、それは些細な問題だ。
これで2人は対等になった。
「まあ、それはそれとして……」
「っ!?」
瞬きの瞬間に踏み込まれていたアインハルト。
とっさに繰り出した右ストレートは、エレミアにとって格好の餌だ。
捻られながら、一本背負いで床に叩きつけられる。
肺の中が一気に吐き出されると同時に、背中は割れるような痛みを、右手は砕けるような痛みを訴えてくる。
「い、っ……!」
「全力のエレミアを相手にして、五体満足で帰れると思ってもらったら困るよ」
しばらく呼吸ができなくなりむせているアインハルトに、エレミアは冷たく告げる。
『全力のエレミアに勝利する』とのたまったアインハルトに、エレミアは一切の手心を加えない。全てを破壊する『鉄腕』は、たった一撃でアインハルトに深刻なダメージを刻み込む。
背中はともかく、アインハルトの右肘には複合骨折のシミュレートが入るが、
「たとえ五体が砕けようとッ!!」
その怪我はティオによって瞬時に回復する。
「どれだけ血を流そうとッ!!」
起き上がり構えを取り直すアインハルト。
「守るべきものを守りきる! それが覇王の意思です!!」
2ラウンドは始まったばかり、しかしお互いに全力のぶつかり合いだ。この試合、もう長くは続かない。それだけは確かなことだった。