「ティオは今、リインさんが預かってくれてるよ。魔力を補給して少し休ませておけば、すぐに良くなるってさ」
「はい……」
「お前も、ケガが無くて良かったよ」
ノーヴェの言葉に、アインハルトは力なく頷いた。
医務室に運ばれたアインハルトは、すぐに目を覚ましていた。最後の最後、正気に戻ったエレミアの攻撃は、アインハルトの残りライフをギリギリ削り取る程度のものだった。
大きな怪我も無く、無事に試合が終わったのである。
確かに、途中の『鉄腕』の攻撃を受けていれば分からなかったが。その点に関しては、ノーヴェはホッとしていた。
目を覚まして完全に冷静になったアインハルトは、今日の失態を深く反省していた。
「今日の私は自分の過去にとらわれて……競技選手としての本分も、周りの人のことも、今日は翔さんが見に来ていることも、全て忘れてしまいました。チームのみんなの夢を、受け取ったはずだったのに……っ!」
「謝るな。お前は悪くない。チビ達だって、お前を責めたりしないさ。翔だって、別に怒ったりしないだろ?」
涙を浮かべるアインハルトの頭を、肩に抱き寄せるノーヴェ。
「それにアタシも、練習を重ねるたびにどんどん強くなっていくお前達に、試合で観客を沸かせてるお前達に、チビ達の憧れの先輩をしっかりやってくれてるお前達に、すっかり甘えちまってた」
アインハルトも綺凛も、大会に出るのは初めてなのに、自分よりも年下のヴィヴィオ達に気をかけていた。
そのおかげで、同じく大会初参加のノーヴェは自分の仕事に専念出来たのだ。もっと自分に余裕があったら、何かのケアが出来たかもしれない。ノーヴェはそう思ってしまう。
「今日の敗戦はお前だけの敗戦じゃねぇ。指導者としてのアタシの敗戦でもある」
乱暴に抱き寄せられたが、それに逆らわず、涙を流すアインハルト。
「うんうん。ノーヴェがいれば、アインハルトちゃんは大丈夫かな」
「ミカヤさん?」
「うん? ああ、君か。君もアインハルトちゃんを励ましに来たのかな?」
「そう言うミカヤさんこそ」
そこに、こっそりと忍び込んでいた翔が到着する。大会関係者ではない翔は、見つかればすぐに摘まみだされてしまう。
だがそれは、すでに試合が終わったミカヤも同じだ。
トップ選手であるミカヤは翔と比べれば、軽い注意で済むかもしれないが。
「ノーヴェに加えて君までいれば安泰だね。じゃあ私は、もう1人の方を励ましてくるとしようかな」
扉越しに聞いていたミカヤは、寄りかかっていた壁から背中を離す。
軽く手を振りながら、どこかへ行ってしまうのだった。
―――――――――――――――――――
ミカヤさんの背中を見送った俺は、医務室の中をこっそり覗き込んだ。
中にいるのはアインハルトとノーヴェさんだけ。どうやら常駐のスタッフはいないらしい。負けた選手に気を使って席を外しているのかもしれないが、俺にとっては好都合だった。
2人して抱き合って涙を流している中に声をかけるのは大変勇気がいるが、ここにずっといてもしょうがない。
心の中で謝罪しつつ、部屋の中に入る。
「アインハルト、ノーヴェさん」
「えっ、あっ、翔さん……!?」
「あ、おまっ、どうしてここに!?」
俺の登場に、2人はたいそう慌てていた。
「アインハルトの様子が気になって」
「そりゃ、そうかもしれないけどな……っ」
ノーヴェさんは凄まじいスピードでアインハルトから離れ、腕を組んだ。顔が赤くなっているが何とか取り繕いたいらしい。
その後ろで、アインハルトは涙に濡れた自分の目を擦っていた。
やっぱりタイミングが悪かったか。
「や、アインハルトが元気そうなんで、俺はこれで」
アインハルトがここから持ち直すことを、俺は確信している。特に大きな怪我がないことを確認出来れば、俺は満足だ。
「バ、バッカお前! アタシを気にすんな! ほらほら、せっかく会いに来たんだろ!」
ノーヴェさんは俺の後ろに回り、グイグイと背中を押してくる。
でも、俺への善意での行動ではなく、恥ずかしさをごまかすためってのが理由の9割を占めているだろうな。
「じゃ、アタシはこれで! 綺凛の試合があるからな! アインハルト、これからも頑張ろうぜ! 翔も、綺凛の試合までには観客席に戻れよ! じゃあな!」
残された俺とアインハルト。良いというのなら遠慮なく。
「アインハルト、体の調子はどうだ?」
「はい。少しだるいですけど、ケガはありません」
「そっか」
魔力を限界まで使って、アシムレイトまで発動させていたんだ。疲れていて当然。むしろその程度で済んで良かったとすら思う。
原作ではアシムレイトを使うまでもっと時間がかかっていた。手に入れてからのこの短期間で発動させたのは凄いんだけど……自由には使えないだろうな。
試合の様子から見ると、自分の意思で発動したってわけじゃないだろうし。明鏡止水の心には程遠かった。
でも、俺ももう少し説明してあげても良かったかもしれない。原作と変わらない部分はなるべく手を出さないようにって思って、今回は何も言わなかったんだけど。
こうなることがわかってるんだったら、少し口を出すべきだった。言ったところで、どれだけ効果があるかわからなかったとはいえ。
「ごめんな。俺ももう少しアドバイス出来ていれば」
「違います。私が未熟でした。でも、最後の方には皆さんに、何より翔さんの応援に助けて頂きました」
「俺の声援?」
「はい。チャンピオンの締め技の時に聞こえてきたんです」
「流石にわからないでしょ。試合中には」
「本当ですっ、何故かはわからないんですけど、本当に聞こえて……あっ!」
アインハルトは何かに気が付いたのか、顔を真っ青にする。
何事かと思っていると、アインハルトは勢いよく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!! 翔さんに頂いたガンダム、壊れてしまって……!」
「ああ、その事ね」
アインハルトは何度も頭を下げてくる。
確かに試合での損傷で、ビルドバーニングは最終決戦もかくやという姿になってしまった。もはや装着しないで戦った方が強いと言えるくらいまで。
アインハルトには俺の能力を説明している。別にお金をかけて手に入れた道具ではなかったし、何ならアインハルトのおかげで手に入れた感まである。
今までは手に入れたMSの整備は出来なかったんだけど、ついこの間、と言うか今朝、その問題が解決されたのだ……昨晩のオルタのおかげで。
MS修理ドッグ(ダイオラマ球)
手に入れたMSのメンテナンスを行うことが出来る施設。
ここに格納しておくと、自動的に修理される。
ガチャ回数を消費することで即時の修理が可能。
また、別アイテムである『ハロ(修理用)』を使う事で、修理スピードを速めることも可能。
気配遮断EX(行為中)
女性との行為中、まったく関係ない第三者から介入を受けることが無くなる。たとえ外でしていても、気づかれなくなる。
このアイテムのおかげだ。
MS修理ドッグ(ダイオラマ球)に入れておけば、多分大丈夫だろう。
試しにビルドバーニングを受け取ってドッグに放り込んでみると、携帯に修理中の通知が届いた。残りの修理時間が1週間と表示されている。あの大破の状態で、大体修理に1週間かかるってことだな。
つまり、基本どんな状態でも、MSは修理出来るようになったってことだ。
気配遮断EX(行為中)については、はい、あんな外でしてたから手に入れたんじゃないでしょうかね。
その内役に立つのではないでしょうか。
MSは修理出来ることを伝えると、アインハルトはホッと胸を撫でおろしていた。
「良かったです。MSは壊れたら直せないと聞いていましたから」
「ん、ま、偶然ね。タイミングが良かったんだよ」
「……? ……もしかして、私達と……えっち……した後、誰かとしたんですか?」
アインハルトはジトッとした目を向けてくる。
非難、とまではいかないが、おもしろくなさそうな顔をしている。
「別に、分かっていたことですから。翔さんのことを好きな人は他にもたくさんいて、翔さんもそれに応えているってことは」
「うん」
アインハルトの言葉を甘んじて受け入れる。どんなに言い繕ってもそれは事実だ。
「その分、私ともして頂ければ……」
アインハルトは消え入りそうな声でそんなことを言ってくれる。
「それは男冥利に尽きるな」
「あっ、いえ! 翔さんもお忙しいでしょうし! 他の方との兼ね合いもありますから!」
アインハルトは真っ赤になって手を振る。
さっきまであんな激戦をしていたとは思えないな。あの真面目だったアインハルトがねぇ。流石は中学生の性欲か……。
「もうっ、私はもう大丈夫ですからっ。綺凛さんの応援に行ってあげて下さいっ」
「分かった分かった。そうするよ」
綺凛の試合まで時間が無い。アインハルトに言われた通り、俺は客席へ戻るのだった。
―――――――――――――――――――
「またやってもーた……」
試合が終わり、シャワーを浴びていたエレミアはそう呟いた。
「公式試合じゃ使わへんって決めてたのに……」
イレイザーの技は封印していたはずだった。あれは『エレミアの神髄』の象徴ともいえる技。子供のころとは違い、めったな事が無ければ出てくることは無くなったとはいえ、今日のような、自分の奥底にあるモノを呼び起こすような戦いでは表に出てしまう。
まともに振るえば必殺、非殺傷設定でも場合によっては大怪我に繋がる。
それでも戦いから離れられないのは、エレミアの中にある500年分の記憶のせいだった。
「あの子が避けてくれたから大ごとにはならへんかったけど……もし当たってたら、ウチはまた……」
思い出されるのは去年の記憶だ。
ぐしゃぐしゃになったミカヤの手と、運ばれてくる担架。呆然とするエレミアと、それとは関係なくアナウンスされる、エレミアの勝利。
「(いろんな人に救ってもらって、導いてもらったのに……あのころから、何にも変わってへんのかなぁ……)」
壁に手をついて頭からシャワーをかぶる。
「ん? なんだ、まだいたのか。ずいぶんと長ぇシャワーじゃねーか」
「あ、番長……」
シャワー室に入ってきたのはハリー・トライベッカだ。隣のシャワーを使いだした。
「あれ? 試合は?」
「んなもんとっくに終わったよ。昨日のチビの方がまだ歯ごたえがあった」
「アハハ、そっか……」
「案の定、ボケッとしてやがるな」
「……ん」
髪を洗いつつ、ハリーは言う。
「まさかとは思うがテメェ、イレイザーを使ったことを後悔してやがんのか?」
「それは……」
「言っとくけどな、ああ、前にも言ったけどなぁ、お前はいずれ俺らが倒す相手だし、俺らが目標にしてんのは『鉄腕』も含めたお前だ。そこんとこは分かってんのか?」
「それは……」
吐いた唾は吞めない。
公式の場で見せた技を目標にされるのは当たり前だった。他の人にとってはチャンピオンの全力は『エレミアの神髄』なのだ。
もし試合で戦った時にアレを使わなければ、使わずに負けたのなら、それはつまり『手抜き』をしていることになる。
「私もそう思うよ」
もう1人、シャワー室に入ってくる女性がいた。
「ミカさん!?」
ジーンズに、上は脱いでさらしだけという恰好のミカヤだ。そしてその手に持っているのは、
「(刀!?)」
エレミアは体にタオルを巻いて向き合った。
持ち運びのための袋に入っているが、間違いない。この場にそんなものを持ってくるなんて―――
「自分を負かした相手は、強い選手であってほしいというのもあるけどね」
腰を落とし、袋に手を添えるミカヤ。
「ちょ! ま、待ってミカさん!」
「そんなこと言ってる場合かジーク? もうミカさんの間合いだぜ?」
標的になっていないハリーは呑気なことを言っている。もちろんそれは理解しているエレミア。だが、いきなり襲ってくる理由までは理解出来ない。
「(でも、もう構えに入ってる。私は防具を付けてない。斬られ―――)」
「ッ!!」
次の瞬間、空間を切り裂くような抜刀術が繰り出された。それと同時にエレミアの腕が魔力を纏う。
迫る斬撃を下から跳ね上げるように消し飛ばした。
「……あ」
「君の体が命の危機を感じると反射的に発動してしまう『エレミアの神髄』状態。ご先祖様がくれた大切なギフトなんだろう?」
ころころと転がるのは刀身の真ん中を消し飛ばされた刀―――竹刀の先端だ。
「(竹刀……ミカさんの殺気で本物に見えた……)」
「由来はどうであれ、君が手にしている力のすべてを私たちは目的にしている。選手なら、負傷はみんな覚悟の上だしね」
かつて破壊された右手首を振って見せるミカヤ。
「全力を出した君の力と技を超えて、次は必ず自分が勝つ。君に負けた人たちはみんなそう思っているはずだよ。もちろん私もだ」
それと同じくらい、エレミアにくよくよして欲しくない理由があった。
「それに、アインハルトちゃんも君と同じ痛みを背負っている。分かっているだろう?」
「そ、それは……」
確かに試合中は、みんながそうしてくれたように、今度は自分が導く側になろうと思った。
「だったら、迷っていてはいけないよ」
「……はい」
「……それならよかった」
満足そうにその場を後にしようとしたミカヤだったが、
「ああ、そうだ。忘れていたよ」
思い出した様に立ち止まって振り返る。
「今回の大会では戦えなかったからね。それは回復完了のお披露目だと思ってくれ」
「え……?」
すぐには意味が分からなかったが……その直後、胸元を押さえつけていたタオルが緩くなった。
「おお、神業」
「え、ええええええぇぇぇぇぇぇ!?」
ハリーは呑気に言うが、切られたエレミアはたまったものではない。
斬撃は防いだと思っていたのに、何と、タオルだけが切り裂かれていたのだ。
「ふふ、アインハルトちゃんはもう目を覚ましてるよ。早く上がっておいで。じゃないと、今度はヴィクトーリアに活を入れられることになるよ」
「……はい~」
しゃがみ込み、局部を隠すエレミアは、赤くなりながら答えるのだった。