「ごめん! ギリギリだった!」
「先輩! 良かったです。戻ってきたんですね。見損なわないで済みました」
席に戻ると、雪菜は心底ホッとしたという表情で迎えてくれた。
本当にギリギリだった。リングでは綺凛とヴィクトーリアが向かい合い、試合が始まる5秒前といったところだ。
や、それにしても、そんなにホッとした顔で迎えてくれなくても。
「いえ、その……」
雪菜が顔を寄せてくる。
「いつまで待っても帰ってこなくて、もしかして、何かしてるんじゃないかと……」
「何かしてる? ……まさか雪菜。それはいくら何でも」
俺の言葉に、雪菜は真っ赤になる。
「だ、だって! 先輩、アインハルトさんともしてるんですよね? 慰めるために色々言っているうちにそういう雰囲気になって……」
「だとしても、流石に今は無いだろ……」
アインハルトとセックスしていて試合を見ていなかったとか、綺凛に対して失礼過ぎる。
や、まあ、アインハルトも、色々と望んでいた節はあったけど。そこは毅然とした態度で断るのが大人ってものでね。
「クロさんやコッコロさんに手を出している先輩が言っても、全然説得力がありませんけどね。本当にいやらしいですね」
「それとこれとはまた別だから」
そもそも、
「あそこでするなんて、俺は全然考えなかったけど。雪菜の方がいやらしいんじゃないのか?」
雪菜といい、アインハルトといい、中学生の性欲って奴か……そうしたのは俺なのかもしれないけど。
「違っ……! 何言ってるんですかっ! 怒りますよ!」
雪菜は茹でダコの様に真っ赤になるけど、照れか怒りか分かんないな。
「主様、もう試合が始まりますよ」
《それでは、試合開始ですッ!!》
コッコロの注意とアナウンスはほとんど同時だった。
「まあまあ、今は試合に集中しようか」
「うぐぐ……っ、本当にっ、本当に違いますからねっ!」
雪菜はすごく納得いかなそうだが、今は綺凛の試合に目を向けてくれる。
俺も、アインハルトに対して以上に応援しないとだな。
―――――――――――――――――――――――
「行きます。レッドフレーム……!」
「そう来るでしょうね」
《綺凛選手、アインハルト選手と同様に鎧を装着しました!!》
赤く派手なMS、レッドフレームの鎧を身に着けた綺凛。脚力とブーストを合わせて一気に接近。
そして連鶴が始まり、規則正しい斬撃がヴィクトーリアを襲う。
試合で幾度となく披露されてきた連鶴だったが、大本は連続攻撃という単純なものだ。何か大きな種があるわけでも無く、ゆえに対策も取りにくい。
大会でも上位に食い込む技量を持つ綺凛。剣技で対抗出来ていたのはユウキくらいだった。
ヴィクトーリアも実力者だが、綺凛と正面から撃ち合うのは難しい。
「ならばっ!」
力強く踏み込んだヴィクトーリア。踏み込んだ足は雷撃を纏っていた。
「四式、瞬光ッ!!」
雷を纏わせた斧槍を横なぎに振るう。膨大な魔力にモノを言わせ、剣技ごと叩き潰す。
前方全てを両断できるほどの攻撃範囲の技だ。しかしその範囲は平面の話だ。
リンボーダンスの様に背中と腰を反らせて、すれすれで回避する。
だがそのすれすれの回避は、綺凛の計算通りだ。
「ッ!?」
ヴィクトーリアが冷や汗を流す番だった。
不安定な体勢から体を起こす。切り上げる刀を半歩下がることで、何とか回避するヴィクトーリア。かすった金髪が数本中を舞う。
だがヴィクトーリアに息をつく暇はない。連続攻撃こそ、連鶴の真骨頂なのだ。
「はぁッ!!」
気合と共に振り下ろされた刀は、
「っ!」
ヴィクトーリアの鎧に阻まれ、ライフを削ることは出来なかった。
回避ではなく防御に魔力を回したヴィクトーリアの鎧はそう簡単に斬れるものではない。
ひるんだ綺凛に斧槍の柄が振り下ろされる。
だが綺凛は不安定な体勢から、アストレイのスラスターを噴かすことで遠くに離れていた。空中で1回転して着地する。
ここ数日で練習したとは思えないアクロバティックな動きを見せる綺凛。地上にいる時も細かくスラスターを使い、動きに緩急をつけていく。
飛び回る綺凛に対してのヴィクトーリアの選択は、
「九十一式、破軍斬滅ッ!!」
ヴィクトーリアは頭上で斧槍を回転させた。纏っていた雷と斬撃が嵐にとなって全方位にまき散らされる。
とっさに後ろに下がる綺凛だったが、予想以上の範囲に回避しきれない。さらにスラスターを使うことで、なんとか攻撃範囲から脱出した。
《綺凛選手が被弾! ヴィクトーリア選手の一撃はやはり重たい! ライフが3割も削られてしまいました!!》
「(先輩に頂いたこの鎧が無かったら危なかったかも……!)」
装甲越しに伝わってきた衝撃。装甲自体にも傷がついているし、もう少し逃げるのが遅かったら感電していただろう。
綺凛は改めて、今戦っている相手の実力を思い出す。
「ふう……」
だが、一息ついたのはヴィクトーリアも同じだった。ようやく連鶴による斬撃の雨から抜け出すことが出来たのだ。
研ぎ澄まされた斬撃は、ヴィクトーリアも油断できない攻撃なのだ。
そこでゴングが鳴った。
綺凛は一度刀を鞘に納める。2人は何か話すでもなく、互いのベンチに向かった。
「どう、綺凛?」
「やっぱり厳しいです。速度では勝っていますけど、魔力の鎧に隙がありません」
「そうよね……」
額に流れる汗を拭きながら、綺凛はクロの問いに答える。
ヴィクトーリアの実力は大会上位常連だけあって相当高い。クロも剣だけでヴィクトーリアにダメージを与えようと思ったら、かなり難しい。
空間転移を併用すれば何とか、といったレベルだ。しかも宝具を使うクロとは違い、綺凛は通常の刀。防御力の高いヴィクトーリアの魔力障壁を突破するのはかなり難しい。
「それでも、出来るだけやってみます」
「そうね。お兄ちゃんからもらった鎧もあるし、うまく削っていきましょう」
集中している綺凛には余計なアドバイスはいらない。
そして集中しているのはヴィクトーリアも同じだった。
「刀堂家の宗家の人間。流石の練度ですわ」
「ここまで綺麗な剣術は中々見れないですね。ミカヤさんとも違う戦い方ですし」
「ええ。ミカヤの速さとはまた別の速さを持っている……そして綺麗な剣ですわ」
ヴィクトーリア自身も近接技も一通りこなせる。しかし、綺凛相手に積極的に使う気にはなれなかった。
近接戦のスペシャリストが相手では、反撃の良い的になってしまうからだ。
「なら、わたくしの戦い方を相手に押し付けるだけですわ」
「落ち着いて戦えば勝てますね」
「もちろん」
敵だけを見据えた2人がリングに上り―――次のラウンドのゴングが鳴った。
お互い小手調べは終わり、本格的な戦闘に移る時間だ。
「はあっ!!」
綺凛はヴィクトーリアに斬りかかった。
《綺凛選手、再度斬りかかりますッ!! ヴィクトーリア選手はそれを迎え撃つ形ですッ!!》
綺凛がその手に持つ刀は2本。自らの千羽切を右手に、ガーベラストレートを左手に逆手に持ち、コマの様に回転しながら斬りかかる。
連鶴を交えた連撃。ヴィクトーリアの巨大な斧槍型のデバイスでは、その速度に対応しきれない。
斧槍をリングに突き刺す。2本の刀に対して、素手で挑もうというのだ。
「来なさいッ!!」
「行きますッ!!」
両者は正面からぶつかり合う。
「(私の刀じゃヴィクトーリア選手の鎧は斬り裂けなかった。正面から斬りかかっても駄目だ!)」
ならばと綺凛が狙いを定めるのは、鎧を着た相手の弱点とも言える部位。鎧で守られていない関節の部分だ。
超速で振るわれる刀が、甲冑型のBJの籠手で受け止められ、火花が散る。それどころか、油断していると刀を掴まれそうになる。
鎧の継ぎ目を狙う、その当然の思考をヴィクトーリアが思いつかないはずがない。
そして、鎧の間という、ごく限られた狙いを守ればよいヴィクトーリアは、綺凛の剣劇にも余裕を持って対処出来ていた。
「二十三式改、刀咬―――!」
「(この人、刀を素手で……!)」
甲冑の無い部分でも、ヴィクトーリアの莫大な魔力量が両手に集中し、堅牢な防壁を作っている。
それを突破するためにアストレイの鎧を纏い、練習途中の二刀流まで持ち出したのだ。だが付け焼刃で持ち出しても、ヴィクトーリアには通じない。
《すさまじい剣戟です!! 地面に突き刺された斧槍を中心にッ!! 両選手の刀と拳が交差しています!!》
手に持っているわけではないのに、地面に突き刺さった斧槍が刀を振る邪魔をする。手に持たずに武器を利用する。ヴィクトーリアは両手と斧槍、3つの武器を使っていた。
「くっ……!」
「二刀流はあまり練習していなかったようですね」
「それでもっ!!」
斧槍の持ち手に阻まれ、火花を散らした千羽切を手放し、バックパックからビームサーベルを引き抜く綺凛。
「甘いっ!」
その攻撃をヴィクトーリアが一喝する。
斧槍の一部分が分離して、電撃が刃を形成する。電撃で出来たビームサーベルだ。
2人のサーベルがぶつかり合い、スパークする。
アストレイのパワーアシストをもってしても、ヴィクトーリアの膂力には敵わない。後ろに大きく跳ね飛ばされた綺凛は、着地してすぐに構えを取り直す。
ヴィクトーリアはサーベルの部品を斧槍に戻し、地面から斧槍を引き抜いていた。
「大したものですね、刀藤流というのは。あなたが特別、ということもあるのかもしれませんが」
ヴィクトーリア純粋に称賛の言葉を述べていた。
「あなたは魔力を攻撃には使わない。身体能力を上げるだけで、使うのは刀の技のみ。それでここまで戦って来るなんて」
「それほどでもありません。ミカヤ選手も同じような物ですから」
「ふふ、そうですわね」
綺凛の返しを、ヴィクトーリアは笑いながら肯定する。
「(でも……)」
「ですが」
2人の思考が重なる。
「あなたと彼女の間には、決定的な差がある。他の選手相手ならその戦い方で勝てるでしょうが、私には勝てない」
その言葉に、刀を握る力が強くなる。
それは薄々、綺凛にも分かっていた。技術だけではどうしても突破出来ない部分があることは。
「(ヴィクトーリア選手の防御を突破できない。それに、今は私の戦い方に合わせてくれてるけど、あの高威力の範囲技を撃たれたら、負ける)」
ずっと刀の技を極めてきた綺凛には、魔法を使った大技というものが無い。必殺技というものが無い。
連鶴での連続攻撃が、綺凛の無二の必殺技である。
まともな斬り合いでは強い技だが、相手を切れなければ意味がない。
さらに連鶴では、広範囲を吹き飛ばすような技、例えば目の前のヴィクトーリアの技の様に、広範囲に雷でも落とされれば、それを防ぐ技が無い綺凛はなすすべなく敗北することになる。
ミカヤの抜刀居合なら、試合開始とともに、全速力で突っ込み、防御ごとヴィクトーリアを切り裂くチャンスがあるかもしれない。
「それでも、今まで倒してきた選手のためにも、ここで諦める訳にはいきません」
「結構。残り時間は1分半。このラウンドで試合を終わらせますわ」
「だったら私は、何としても一矢報いて見せます」
その言葉に満足そうに笑ったヴィクトーリアは、すぐに試合の顔になる。
斧槍で地面を突く。すると、巨大な魔法陣が現れた。
「百式、神雷ッ!!」
《ヴィクトーリア選手の大技ッ!! フィールド中に雷が降り注ぎますッ!!》
リングの全てを覆いつくす巨大な魔法陣。つまり、リングのどこに逃げても、逃げきれない。
「だったら前に出る!!」
「な――――」
ヴィクトーリアの顔が驚愕に染まる。自分に向かって一直線に駆け抜けてくる綺凛を見たからだ。
ヴィクトーリアも綺凛には突撃以外の策は無いとわかっていた。同時に、自分に辿り着く前に、雷に撃ち抜かれるだろうということも。
当然、上からは雷がこれでもかと降り注いでいる。
それらを、
「(雷を、切り裂いて―――!!)」
ガーベラストレートを使って、雷を切り裂きながら突き進む綺凛。ビームすら切り裂けるガーベラストレートだからこそ出来る技だ。
「雷切とでも言うつもりですか……っ!!」
「はああああああっ!!」
結果、ほとんど被弾することなく綺凛の間合いまで接近を許してしまう。
「雷光球ッ!!」
必殺の意思を込めて繰り出す光球。それは前の試合、ユウキにとどめを刺した技だ。
「ッ!!」
「くっ……!!」
その攻撃を、ヴィクトーリアは左手で受け止める。
「つ、ぅ……!」
この試合で初めて、ヴィクトーリアの顔が苦痛に歪んだ。左手の鎧が砕け、亀裂骨折のシミュレートまで入った。
確かに綺凛はヴィクトーリアに一矢報いていた。だがそれもここまでだ。
「六十八式―――」
無事な右手で綺凛の後頭部を持ち、
「兜割ッ!!」
「か、は―――!!」
地面に叩きつけた。
あまりの衝撃に、体が一瞬バウンドする。頭を中心にリングには亀裂が入り、その威力の高さを物語っていた。
綺凛の四肢は完全に投げ出され、ピクリとも動くことは無い。
完全に気を失っている。すぐにカウントが開始されるが、最後まで起き上がることは無かった。
《勝者ッ! ヴィクトーリア・ダールグリュン選手! ダメージを受けてなお攻撃を叩き込むッ!! トップ選手の貫録を見せつけた素晴らしい試合でしたッ!!》
運ばれてくる担架や綺凛のセコンドを横目に、ヴィクトーリアはクールにリングを降りた。
「お疲れ様でした。お嬢様」
「ええ」
執事兼セコンドのエドガーがタオルを渡してくる。
「捨て身とは言え、思いがけない反撃を貰いましたわね」
「相手も、ここまで勝ち上がってくる選手ですからねぇ。楽な試合ばかりではなくなってきましたね」
すでに痛みは消えている左手を見るヴィクトーリア。
最後の綺凛の突撃、何処かヴィクトーリアのライバル(ヴィクトーリア自身は認めないが)であるハリーを彷彿とさせた。
「まあこれも、あの不良娘との試合の予行演習だと思えば、良い経験でしたわ」
そう言って控室に続く道を歩き出すヴィクトーリア。
エドガーはいつも通り、その後ろをついて行くのだった。
また綺凛の試合が短くなってしまった……やっぱりド派手な技か、選手同士の因縁がが無いとボリュームを出せないですね……まだまだ未熟です。
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