何とか許してもらった俺は、聖天子様、雪菜と一緒に行動していた。
「八神さんのことは、分かりました。あの人、司令官としてはとても頼りになりますけど、オフの時は、すごくお茶目なところがあることは分かっていますから。私達に見せるためにわざわざ先輩をからかっていたってことは」
「私は信じてましたけどね? 翔さんは紳士ですから。公共の場でそのようなはしたない行為には及びませんよね」
「……紳士かどうかはこの際横に置いておきますけど、その通りですね」
「分かってくれたようで何よりだよ」
誤解が解けたことと、時間が経ち聖天子様のスク水の件もだいぶ緩和されたみたいだ。
おかげでこうして一緒に行動出来ている。
「じゃあ、どうせなら遊びましょうか。2人でいた時は何してたんですか?」
正直、この2人がどうやって遊んでいるのか想像つかないな。
「いえ、あの……」
「あまりこういう場所に来たことが無かったので……」
「ああ、なるほど……」
どうやって遊べばいいのか分からなかったってことか。
「じゃあ何かやりたいこととかは無いって感じですか?」
「いえ、そういう訳ではないんです」
「別に遠慮しなくても」
「では……」
聖天子様が指さす。その先には、
「あれを一緒に滑っていただけませんか?」
プールの中央にそびえ立つ、ウォータースライダーがあった。
―――――――――――――――――――
このプールの目玉でもあるこのアトラクション。当然長蛇の列ができていた。1回滑るのに1時間待ちだ。遊園地のアトラクションじゃないんだから。や、ある意味遊園地のアトラクションなのか?
地上50メートルから滑り降りる、全長400メートルのウォータースライダー。そりゃ乗りたくなっても仕方がないね。
「はい。真ん中にあってずっと目立っていたので乗ってみたかったんですけど……」
「雪菜がダメだと」
「ま、まぁ、高いところに行くわけですから? 飛べない私だと何かあった時に困ると思ったんです」
腕を組んで顔を反らしている雪菜はもっともらしいことを言ってるけど……
「そう言えば雪菜、高いところは苦手だったな……」
「そうだったんですか? だったらそうと言っていただければ」
「ちっ、違いますから! 私は剣な……武偵なんですからっ! そんな、高いところだって別にっ! 本当に! 本当に聖天子様の安全のために!」
そんな必死に否定すると逆に肯定していることになるぞ、雪菜さん? あの聖天子様もにこにこと笑ってるぞ?
今俺達はウォータースライダーの滑り口に続く階段に並んでいる訳なんだけど、その階段は当然上りだ。
一歩一歩階段を上るごとに、手すりの向こう側の景色は高くなっていく。
雪菜は手すりから限界まで距離をとって下を見ないようにしている。
「なあ、雪菜。怖いなら下で待っててもいいんだぞ?」
「大丈夫ったら大丈夫なんです!」
強情な雪菜はそう言ってむくれてしまった。
そうして話しているうちに、ようやく頂上まで到達することが出来た。
それは良かったんだけど……
「え、ダメなんですか?」
「はいー、規則ですから~」
同時に滑ることが出来るのは2人までだと、スタッフの男性に止められてしまった。
こうしてみるとすごいな、このウォータースライダー。滑り台部分が全部透明なんだよ。東京スカイツリーの展望台にある透明の床みたいに、下が丸見えだ。
滑ればさながら、空を飛んでいるかのような心地になるだろう。
「これは―――」
「うぅ……」
「―――無理そうだな」
雪菜の腰が完全に引けている。
俺の腕にしがみつき、首を伸ばして下を確認している。
「夜月さん、どうしましょうか……」
反対の腕には聖天子様が軽く触れ、不安そうに見上げてくる。
「ッチ! 爆発しろ……!」
「おい、聞こえてるからな」
スタッフが舌打ちとか何考えてんだ!
「アハハ? 何のことでしょうか? お早くお決め下さいね~」
「くっそ……」
だが、後ろの人を待たせているのは確かだ。
「うーん」
とりあえず聖天子様を1人で滑らせるのは絶対にない。何のための護衛任務だって話になるからな。
となると俺か雪菜が一緒に滑らないといけないんだけど、この様子だと雪菜は滑れないだろう。
「だっ、大丈夫ですよ! 私が聖天子様と一緒に滑っても!」
「そんな無理しなくても……」
そもそもそれじゃあ、俺がいなくても関係ないじゃないか。雪菜が滑れるんなら、さっきも滑れただろ。
「翔さん、分裂とかできませんか」
「分裂って……」
「前2人に分かれていたので、行けるのではと」
ダブルアクションゲーマーの事か。聖天子様も結構言うな。
「変身すれば出来ないことは無いけど……」
え? エグゼイドで滑んの、俺?
「どうしますか~?」
スタッフが聞いてくる。
「ええい、ままよ! 変身!」
「え、ええ!?」
ダブルアクションゲーマーレベルXXに変身する。2人に分かれた俺に、スタッフの男性は驚愕していた。俺もこの姿で滑ることになるなんてびっくりだけどな。
「じゃあ俺はこっちの娘と」
「俺はこっちの娘と滑るから」
「あ、は、はい……それで問題は、ありませんが……」
「それはよかった。ささ、早く行きましょうか。2人共」
他のお客さんの目が恥ずかしくなってきた。
「どっちから先に滑りますか?」
「ぁ、えと……」
雪菜はまだ決心がついていないらしい。
「それでは私から」
それを察して、聖天子様が前に出て滑り口に座った。じゃあ俺も。
「ぁ……」
聖天子様の後ろに座る。密着したからか、少し聖天子様は体を固くする。
俺の足で挟まれると真っすぐ揃えられていた真っ白な足、その揃える力が強くなる。紺色のスク水に包まれているヒップにもきゅっと力が入った。
「あまり寄りかかると、ベルトに当たりますね……」
「そ、そうですね」
「ッチ!! 下に降りたら、係りの指示に従って下さいね~。途中で離れると危ないので、しっかりとくっついていて下さい~」
「お前また舌打ちしただろ」
あはは~、と笑う男性スタッフ。
「時間も押してるんで、早く行ってくださいね~」
「……はいはい、分かりましたよ」
「行きましょう……!」
俺は透明のウォータースライダーに漕ぎ出した。
「じゃあ次は俺達だな」
「は、はいっ」
高いところが苦手な雪菜は前に座ることは出来ない。俺の後ろにしがみついた。
まだ緊張した面持ちの雪菜。
「……なあ、雪菜。苦手だったら本当に無理しなくてもいいんだぞ? 楽しめないんだったら、本当に」
「大丈夫です! 楽しめますっ、先輩となら……っ」
「そ、そうか」
「ッチ!! 上のランプが青になったら出発してくださいね~」
「もういいわ……」
男性スタッフへのツッコミはやめることにした。
滑り口の上には信号機のようなランプがある。今は赤く点灯している。その横には今は点灯していないランプがある。先に言った俺が下に到達すれば、そっちが青く光るんだろう。
それから1分ほどすると、青いランプが点灯した。
「じゃあ、行くぞ!」
「はい……っ」
俺のお腹に腕を回し、小さく頷く雪菜。
俺達は滑り出した。
―――――――――――――――――――――
かなりの速度で、翔と聖天子は滑り降りていた。透明のチューブの中を右へ左へ、一時も止まることなく滑り降りる。
「おおーー!!」
「―――っ!!」
このくらいのスピード、この世界に来てからの戦闘で翔はすっかり慣れてしまったが、遊びと戦闘ではやはり訳が違う。意識していなくても声が出てしまっている。
聖天子にとっては未知の感覚だった。流れる水に運ばれ、自分の体で風を切るその感覚に、声も出せず、しかし体の奥底がゾクゾクとする感覚を味わっていた。
「おっ」
「ひあっ!!」
スライダーの角度が少し変わった。長さを利用して緩急をつけているのだ。一段階急になることで、速度が上がる。
「ひゅっ……!?」
聖天子の口から、変な声が漏れた。
しかしそれは、速度が上がったからではない。角度が変わったことによって、抱き合っている2人の体勢が少しずれたからだ。
「(しょ、翔さんの腕が……っ)」
お腹に回されていたはずの腕がズレて、胸を下から寄せて上げるように。視線を下に向けると、いつもよりも増量した(ように見えている)谷間が見える。
翔は普通にはしゃいでいるだけで、このハプニングには全く気が付いていない、ように見える。
「(気が付いてないんですよね? 触れていると言っても、軽くですし。滑ってる途中ですし……っ)」
もちろん、おっぱいを触られることに軽いも重いも無いのだが。軽くても重くてもそれは等しく罪だ。
翔が変身していることもあって、表情が全く分からないことも、聖天子が判断できない理由になっていた。
「(とにかく、な、なんとか……っ、体勢を変えて)えええぇぇぇぇ!?」
スライダーは最後の直線。スパートのためにさらに加速する。
もはや体を動かすどころの話ではない。今の体勢のまま、今まで以上に密着して滑り降りていく。少し触れていただけのおっぱいも、少しだけ形が変わるくらいは圧迫されていた。
数瞬後、2人は水を切りながらスライダーから飛び出した。
「いやー、面白かったですね、聖天子様! 流石、目玉のアトラクションなだけありますね!」
スタッフに誘導されながら、翔は興奮した様子で話しかけるが、
「……わざとでは、ありませんよね?」
「何がです?」
胸元を押さえた聖天子様の質問に、翔は首を傾げるだけだった。
―――――――――――――――――――――
「ひああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「雪菜っ、ちょっと雪菜っ!!」
「先輩! 離れないで下さい!!」
滑る前に翔が抱いていた、このウォータースライダーが空を飛んでいるようだという感想は、全く間違っていなかった。
決死の覚悟で滑り出した雪菜の気持ちは5秒で崩れ去り、その口からはジェットコースターを乗っているかのような叫び声が上げられていた。
後ろにしがみついている雪菜の声が翔の耳に響く。
恥や外聞を全て投げ捨て、必死に翔にしがみつく雪菜に楽しんでいる余裕なんてものは存在していなかった。
ひとしきり大声を上げた後は、俺にしっかりとしがみつき、何かぶつぶつ呟き始めた。
「大丈夫、大丈夫です。このスライダーはこの島の特殊強化アクリルを使ったもので耐荷重量はスライダー厚さが5ミリだとしておおよそ500キロ絶対に壊れません壊れない壊れない壊れない……っ」
そんなに心配なのか。
「大丈夫だっ、てっ、俺も一緒にいるんだから!」
「先輩と一緒なのは安心なんですけどっ、逆に不安なんですっ!」
「はいっ!?」
「先輩と一緒にいると、何か事件に巻き込まれるような予感がしますっ! 頑丈な石橋が落ちたり! ビルが倒壊したり!」
「なんだそりゃ!?」
スライダーに流されながら、俺達は言い合う。
「だって先輩! よく事件に巻き込まれるじゃないですか!」
「言うほど巻き込まれてない気がするけどね! 首は突っ込んでるけど!」
「そうですよねっ!! ええ、そうです! 私達には何も言わないで、先輩はいつも一人で!」
「いやそれはっ! 俺にも色々と考えがあってだな!」
次の瞬間、
「「ッ!?」」
俺達は仲良く水面に投げ出された。
ヒートアップした俺の頭は、プールの水によって冷却される。
水面から顔を出すと、
「お~い、大丈夫か~」
先に滑り降りた俺が手を振っているのが見えたのだった。
――――――――――――――――――――――
スライダーで滑った後、2人は少し時間が欲しいとどこかに行ってしまった。
今度は怒らせたわけじゃない、と思いたいけど。顔が赤かったんだよな。あれは怒ってたんじゃなくて、恥ずかしがっていたんだと思うけど。
雪菜は分かるけど聖天子様は……ま、男と密着して滑ったんだから当然だよな。戻ってくるのを気長に待つとしよう。
「ずいぶんと大人気ですね、夜月 翔。いつものことですが」
「ヤミか」
そんな俺のもとにふらりと現れたのは、この前の旅行と同じ水着を身に着けたヤミだ。その美貌と雰囲気で周りの視線を集めているが、本人は特に気にした様子は無い。
それにしても、
「どうかしましたか?」
「いや」
確かに冷たい目なんだけど、前よりも柔らかい気が……
そんな下手なこと言わないけど。
「ヴィヴィオちゃんの方はいいのか?」
「今は八神はやてがいますから」
「いますから?」
だから? 別にここに来る理由にはならなくない?
「八神 はやては、少し気安過ぎます」
「なるほど」
八神さんのノリは、ヤミにはキツイってことね。でもよく離れられたな。みんなゴネそうだけど。それこそ八神さんとか絶対放してくれなさそうだけど。
「夜月 翔と話してくると言ったので。すんなり」
「じゃあ逆にニヤニヤしながら送り出されただろ」
「はい」
じゃあ何か話したほうがいいのかな。
「無難に。そうだな……最近、ティアーユ先生とはどうだ?」
「確かに無難ですが、あれ以来、話してません」
だろうなとは思ったけど。
「もったいない、せっかく再会できたのに」
「私にも私の考えがありますから。生存が確認できたのは良い事でしたが」
ティアーユ先生からヤミに会いに来ることは……あるだろうけど、そこまで強引に迫れるかって言えば無理だ。ヤミも逃げ続けるだろうし、これは俺達の方でまた何か行動しないと。
ここはヴィヴィオちゃんも巻き込んで。そうすればヤミも断れないからな……
「何か企んでますか?」
「まだ何にも」
「高町ヴィヴィオを巻き込もうと考えているでしょう」
バレてーら。
「そりゃあね、今までは大会でそんな余裕はなかったかもしれないけど、これからはそうじゃないだろ? 俺が何かしなくても、向こうから何かしてくる」
「それはそうかもしれませんが……」
「じゃあ俺が何かしても別にいいだろ?」
「本当に、余計なことをしないで下さい」
ここまで頑なだと強引に引き合わせるしかないよな。そのうち考えるとしよう。今日の所はこんなもんで。
「でも今日、ティアーユ先生も誘ってるんだぞ?」
「またそんな嘘を」
「ホントホント。ほら後ろに」
俺が指さした方向をヤミは胡散臭げに見た。当然ティアーユ先生は居ないけどね。俺は呼んでないし。ヴィヴィオちゃんがこっそり呼んでいなければ、絶対にいない―――
そう、俺の指さす方向に、ナイスバディの金髪美女がいたとしても。
「えええぇぇぇっ!?」
「ッ!!?!?!?!」
俺とヤミは一緒に飛び跳ねる。
「テテテティアーユ先生!? な、何でここに?」
「え、え?」
「夜月 翔……! あなた、なんてことを……!」
「お、俺じゃないよ!? 多分ヴィヴィオちゃんが……!」
流石のヴィヴィオちゃんも人が悪い! ヤミだけじゃなく俺にまで秘密にしてるなんてさ!
おかげで慌てる必要のない俺までドキドキしてるじゃないか!
「ち、違うよ? 私、私!」
って、ん? あ、この声は……
「フェイトさん、ですか?」
「う、うん。そうだよ?」
よく見ると瞳の色が赤い。ティアーユ先生は緑だったはず。
俺達の気持ちが一気に落ち着く。
「ご、ごめんね? なんだか驚かせちゃったみたいで」
「いえいえ、そんな。俺が少し冗談を言っただけですから。いやー、びっくりした……」
「こ っ ち の セ リ フ で す っ !!」
怒ったヤミはどこかに行ってしまう。
「おいおい、みんなにはなんて説明するんだ?」
「あなたに失礼なことを言われたと言います」
それはそれで、みんなにニヤニヤされそうだけど。ヤミはどこかへ行ってしまった。
残されたのは俺とフェイトさんだ。
あの時のハプニング以来になる。ばったり会った形になったけど、これはいい機会だ。フェイトさんも逃げたりせずにそこに居てくれる。
「あの、翔……?」
「はい」
「さっきはごめんね。翔は悪くないのに走って逃げちゃったりして」
「いえ、そんな。こちらこそもう少し機転を利かせることが出来ていれば良かったです」
「そんなことないよぉ、私の方が慌てちゃって……っ、うぅ」
先ほどのことを思い出したのか、フェイトさんは顔を赤くして地面に視線を逃がす。
「はぁ……もう9月からは一緒に働くのに。こんな姿を見せちゃうなんて……」
「ああ、そう言えばそうなんですよね」
色々あって忘れていたけど、俺は来月からは特務六課にも所属することになっている。がらりと環境が変わって、新しい出会い(人的にも、事件的にも)があるんだろう。
フェイトさんはそこの機動部隊の1人。とすれば、そのうち共闘することもあるんだろう。
確かに、新しく入ってくる新人に頼りないと思われるのは嫌だな。
でも、
「いや、そんなに気張らなくてもいいんじゃないですか? フェイトさんが頼りになるってのは疑っていないので」
「えっ、そ、そう?」
指揮官としては、若干ポンコツな所もあるけど。強さに関しては間違いない。むしろ肩に力が入りすぎている方がポカをやらかしてしまいそうだ。
「そう、今日みたいなポカを……じゃなくて、今日のことは全然気にしてませんし、フェイトさんの評価がおかしくなるなんてこともありませんから。もちろん、フェイトさんが嫌な思いをしていなかったら、って条件はありますけど」
「(全然気にしてないって言われると、ちょっとアレだけど)う、うんっ! 9月からも一緒に頑張ろうねっ」
フェイトさんがかわいらしくガッツポーズをしたところで、
「先輩……」
「翔さん……」
丁度、雪菜と聖天子様も戻ってきた。というか、今の話聞いてたの?
「「……」」
「……ダメでしょうか?」
「……いえ、別に。私は構いませんよ」
「雪菜さん、翔さんにこういう事が……?」
「はい。それなりの回数、あります」
「……そうですか」
引っかかる部分もあったけど、ここからはフェイトさんも合流して行動した。
子供達の所に行ったり、一緒に八神さんに抗議に行ったり。帰りの時間まで、充実した時間を過ごすことが出来た。
こうして楽しい時間は過ぎ去った。残るは明日。会議の最終日。そして、久しぶりに開催される懇親パーティだけだ。
何も起こって欲しくは無いが、このタイミング、期待するだけ無駄なんだろう。気を引き締めて臨まないといけないな。