アリアはファーストクラスのフカフカの座席に座り、キャビンアテンダントが持ってきた飲み物に口をつける。その表情は憂鬱そうだ。
離陸まであと少し。ロンドンの武偵局からの突然の帰国命令におかしいとは思いつつも従う以外の選択肢はない。
それ以上に、みんなと合わせる顔がない。
(私はみんなのことを、そんな目で見てたりなんて……)
こんな性格だったせいで、今まで付き合ってきた人たちは仕事の関係のみ。そんな中、初めて自分のことを受け入れてくれたみんな。自分はそれに甘えていたんだろうか、焦っていたんだろうか。
パートナーは単純な仕事上の相棒ではないことぐらいわかっていた。でも、それが何なのかわからない。
初めてできた友達といえる人たち。そんな人たちにどう思われているのか、考えるだけでも恐ろしかった。
かなえと面会してから、そのことばかりが頭の中を回って考えがまとまらない。
今は一度ここを離れて考えをまとめたい。
寝不足だったこともあって、だんだん瞼が重くなっていく。
少しだけ眠ろう。そう考えたアリアは、睡魔に身を委ねていった。
――――――――――――――――
「まったく。お前はもう少し思慮深いと思っていたんだがな」
「……」
俺は何も言えない。
「まさかとは思うが、私が氷を使うから炎で対抗しよう、とでも思ったんじゃないだろうな」
俺は何も言い返せない。
ここで一つ質問しよう。
部屋の中で火が出た場合どうなるだろうか。
ジリリリリリリリ!!!
答えは火災報知器が鳴る、だ。
けたましい音が鳴り響く。たぶん空港の管制室は今頃大騒ぎになっているだろう。すぐにここの様子を見に人がやってくるはずだ。
火遊びはいけません。そんな子供に言い聞かせる文言が俺の頭の中を埋め尽くしていた。何も考えないで拳から放射した炎が燃え移り、あっという間に火事になってしまった。
テレビでは都合よく外に出ているが、実際に室内で使ってしまうとこうなってしまうのだ。
先制攻撃だ! と、調子に乗って攻撃しなければよかった。後悔している。これでこっそりここまで来たのが無駄になってしまった。
すぐにジャンヌを倒してしまわないと、警備員に2人まとめて取り押さえられてしまう。
最悪、罪を擦り付けられてジャンヌには逃げられるまである。や、この火事の原因は俺だけどさ。
炎の拳と氷の剣がぶつかり合う。火花を散らし、弾かれる。
今戦っているこの娘について、簡単におさらいしておこう。彼女はジャンヌ・ダルク30世。『緋弾のアリア』に登場するキャラクターの一人で、氷の魔術と剣術を主に使用する魔女だ。
一応策をめぐらせる智将として登場したんだけど……そこは他作品の例に漏れず、だんだんとポンコツぶりが発揮されるようになってしまっている。悲しい宿命だ。
それを考慮して考えると、ジャンヌは原作よりも強くなってるな。剣が振るわれるだけで周囲が凍り付くし、身体能力も軽装とはいえ鎧を着た少女のものとは思えない。
身体能力を上げる魔法か魔術、もしくはその手の科学薬品を服用しているかだ。
氷の魔術も使いすぎると割とすぐに燃料切れになると思ったんだけど、まったく気にしないで使ってくる。
でも、攻撃に少し焦りが見える。
策士、つまり綿密に考えて行動する者は、予想外の事態に弱い。ジャンヌもその例に漏れない。
壁を蹴り、天井を蹴り、3次元的に動き回るジャンヌだが、
「ふんッ!!」
「ッ!!」
俺はそれについていく。
そのたびに火花が散る。ジャンヌには悪いが、一撃のパワーは圧倒的に俺が勝っている。ノックアウトファイターの打撃を受けても全く刃こぼれしない剣はすごいが、俺の打撃を捌くので彼女は精いっぱいだ。
「は!」
時々飛ばしてくる氷の破片も、
「よっと」
腕を軽く振るだけで、簡単に溶けてなくなる。
火災報知機が鳴ったのは計算外だったが、氷に炎を使うのは間違った選択ではなかった。むしろ、火災報知機が鳴ってくれたおかげでジャンヌを焦らせ、攻撃を単調にできたのかもしれない。
「貴様、私をなめているのか?」
「何?」
「さっきから、私ではなく剣ばかりを狙っているだろう。女は殴れない、とでも言うつもりか?」
や、単純にパラドクスのパワーで人に攻撃したら殺しかねないからなんだけど。武偵法でも殺人は禁じられてるし。
メインアームがなくなれば、手加減した攻撃も当てやすくなるしな。今は隙がなさ過ぎてそれができない。
「私を甘く見るなよ」
ジャンヌの雰囲気が変わる。何かを仕掛けてくるつもりだ。室温がどんどん下がっていく。俺の周り以外は、水もないのに薄い氷が張るほどだ。
俺もガシャットを操作する。
「オルレアンの氷花!!」
《キメワザ! KNOCK OUT Critical Smash!》
ジャンヌは地面に剣を突き刺す。そこから、鋭利で巨大な氷片がこれでもかと生まれ、俺に迫ってくる。
部屋を覆いつくすほどのそれはまるで雪崩のようだ。
対する俺は燃えるこぶしで迎え撃つ。この距離では拳自体は当たらないが、降りぬいた拳から放射された火炎放射のような炎は届く。
炎は氷の波を飲み込んだだけではなく、ジャンヌにまで及んだ。直撃すれば骨も残らないかもしれないが、ジャンヌの技でだいぶ威力が弱まっていた。さらに、鎧自体に何かしらの魔術がかかっているのか、目立った外傷はなかった。
氷点下まで下がっていた室温が一気にサウナを超える。
壁をもぶち抜いて吹き飛ばされたジャンヌは、完全に気絶していた。
《KO!》
俺の勝利だ。
――――――――――――――――――
「な、なに!?」
アリアは何かを破裂させたような音に飛び起きる。
これはよく聞きなれた音だった。寝起きの頭でもすぐにわかり、また、一気に覚醒を促す音だ。
つまり、銃声。
急いで廊下に出てみると、数名の男が倒れていた。この機はそれなりの身分の人物を載せるもので、ファーストクラスはちょっとした個室になっている。
その個室にいるのはもちろんそれなりの重鎮であり、ボディーガードも警護に当たっている。
そんな彼らをいともたやすく無効化した。ただものではない。
「みんな部屋に戻ってドアを閉めて! 絶対に外に出ないで!」
ドアから少しだけ顔を出して様子をうかがっていた老人たちを一喝し、自分はスカートの中に手を入れ太もものホルスターから拳銃を抜く。
銃を見た男たちは慌てて指示に従っていく。
機内アナウンスから、意味の分からない音が流れ始める。しかし、アリアにはその意味が理解できた。
「和文モールスね」
《オイデ オイデ イ・ウー ハ テンゴク ダヨ オイデ オイデ ワタシ ハ イッカイノ バー ニ イルヨ ワタシ ハ ブテイゴロシ ダヨ》
「上等よ」
『イ・ウー』はかなえに冤罪を着せた組織。武偵殺しもそこに所属している。まさか自分のほうから来てくれるなんて思いもよらなかった。
「風穴あけてやるわ」
ドアを開けて、バーに突入した。
武偵高校の制服を着た女性がカウンター席に座っていた。手にはウィスキーが入っているだろうグラスを持ってはいるが、その背格好は成人とは思えない。
アリアと同じくらいの身長に緩いパーマがかかった金髪の少女だ。
「今回も綺麗に引っ掛かってくれやがりましたねぇ」
その顔、声に覚えがあった。
「あんた、峰 理子ね」
「Bon Soir。こんばんは」
自分と同じクラスの騒がしい生徒。前に一度、翔の仮面ライダーについて聞いてきたことを思い出す。
「あんたが武偵殺しだったのね!」
アリアは銃を突きつけるが、理子は楽しそうに笑って椅子を降りる。
「この日を待っていたよ、オルメス」
「え!?」
オルメス。この名前を知っている人物はこの島にはいない。データ上でも簡単に調べられないように厳重にプロテクトがかけられている。
「あんた、一体何者なの?」
アリア質問に理子はさらに笑みを深めて答える。
「理子・峰・リュパン4世。それが理子の本当の名前」
「リュパン!?」
アルセーヌ・リュパンとはフランスの大怪盗の名前だ。そして、アリアの祖先とは因縁がある男でもある。
「でも家の人間はみんな理子を【理子】とは呼んでくれなかった。お母さまがつけてくれたこのかわいい名前を」
理子は壊れたように続ける。
「4世、4世、4世様ぁ、ってね。どいつもこいつも……使用人まで理子をそう呼んでたんだよ。ひっどいよねぇ~」
「そ、それがどうしたっていうのよ。4世の何が悪いっていうのよ……」
理子は歩くのをやめて立ち止まる。
「悪いに決まってんだろ!! あたしは数字か!? あたしはただのDNAかよ!?」
「ッ!?」
突然豹変した理子はわめき散らす。その様子はこちらを油断させるためのものではない。心の底からの叫び声だ。
「あたしは理子だ!! 数字じゃない!! どいつもこいつもよォ!! ……曾お爺さまを越えなければ、あたしは一生あたしじゃない。一生、『リュパンの曾孫』として扱われる!!」
理子の銃を握る手が強くなる。
「だからイ・ウーに入って力を得た! この力であたしはもぎ取るんだ! あたしを!!」
理子の目には強い殺意があった。アリアを殺すことに何のためらいもない。
「100年前、曾お爺さま同士の対決は引き分けだった。つまり、オルメス4世を倒せばあたしは曾お爺さまを越えたことを証明できる」
戦いの火蓋が、
「今日がお前の命日だ、オルメス!!!」
切って落とされた。
「ッ!?」
2人は同時に前に出る。体格差はほとんどない。
「アリア、二丁拳銃が自分だけだと思っちゃダメだよ?」
「ッ!」
理子はスカートの中から二丁目の拳銃を取り出す。
アリアと理子の腕が絡み合う。互いの銃口の先には獲物の姿はなく、放たれた弾は床に火花を散らした。
防弾製の服が広く広まったこの世界、拳銃はただ遠くから撃つだけの武器ではなくなった。近接格闘術と組み合わせて使う、近接用の武器なのだ。その技能は『ガン=カタ』と呼ばれる。
ほぼほぼゼロ距離で放たれ続ける4丁の拳銃。装弾数すべてを打ち尽くしても決定打にはならない。高度なガン=カタの末、2人は膠着状態に陥る。
苦しいのはアリア。腕は互角だが、アリアの持ち銃のガバメントは装弾数が劣るからだ。
「くふふ、やっぱり夜月 翔につばつけといたのは正解だったみたいだな」
「え? な、何でここで翔の名前が出てくるのよ!?」
「あいつとパートナーを組まれたら厄介だなって思ったからな。ここには来れないようにしておいただけだ。下手に排除しようとすると、どんな反撃を食らうかわかったもんじゃないからな」
理子が翔を殺そうとしなかった理由はそこにある。自分が武偵殺しだと知られていない(理子はそう思っている)なら、下手に刺激するよりは自分の色香で骨抜きにしてしまおうという訳だ。
しかしアリアは、その中の一つの単語に反応した。
「……あいつは、あいつらは、パートナーじゃないわ」
「えー? でもでもぉ、チャリジャックからずっと仲良かったじゃん。てっきりパートナー決めたんだと思ったんだけど。くふっ、もしかしてフラれたの?」
「そんなんじゃない!!」
ふざけた口調のあおりに耐え切れず均衡を破るアリア。
怒りで注意力が落ちたところに銃弾を撃ち込まれる。
「うッ!!」
足が止まったところを思いきり蹴り飛ばされてしまう。
「あはははははははッ!!」
理子は気が狂ったように笑う。狙いは頭だ。
「このッ!!」
アリアは打ち尽くした銃を投げ捨て、
「なめんじゃ――」
背中から小太刀を抜いた
「――ないわよ!!」
「なッ!?」
理子は驚愕する。
アリアは理子を一瞬にして床に押さえつけたのだ。
「そこまでよ!!」
首にはハサミのように小太刀がクロスしている。少しでも首を動かせば大変なことになるだろう。
「あはっ、アリアは甘いなぁ」
しかし理子は、そんなことお構いなしに笑う。
「な、何よ!」
追い詰められているはずの理子が笑いだし、アリアは警戒を強める。
「こういうことよ」
突然後ろから声がかけられた瞬間、首に何かを刺された。どんどん体の力が抜けていき、倒れこんでしまう。
「あんたは……!」
そこにいたのはイ・ウーのメンバー、夾竹桃だった。手には空になった注射器がある。あれで何らかの薬品を注入されたのだ。
「ど、どうして……!?」
夾竹桃はアリアの戦妹アミカである間宮 あかりが捜査している人物。
「まったく、勝ちを確信したからって油断するからそうなるのよ」
「ごめんね~、キョーちゃん。助かった~」
「これが終わったら、間宮の秘毒を手に入れるのを手伝ってもらうわよ」
「わかってるって」
アリアは自分の甘さを嘆いた。相手が一人だと決めつけていたことを。
「くふふふ、これで理子の勝ちだね」
「あんたは、自分のほうが強いって、証明したいんじゃないの? それなのに仲間と2人がかりなんて……っ!」
「えー? 強い味方をそろえるのも実力のうちだよ? 実際、私のお父様にも何人か仲間がいたみたいだし。そっちのほうこそ、パートナーはどうしたのかなぁ」
理子を挑発したつもりが逆になってしまった。理子は右手に持った銃をアリアに押し付ける。
「さよならだね、アリア」
今度こそ絶体絶命。体を動かすことができなくては避けることも反撃することもできない。
(こんなところで死ぬわけにはいかないのよ……っ!)
歯を食いしばっても体の反応は鈍い。頭の命令が全く伝わっていない。
(誰か……っ!)
弾丸は。
《高速化》
外れた。
パラドクスパズルゲーマーになった翔がアリアを抱きかかえて回避したからだ。
「し、翔……?」
「待たせた、アリア」
ぎりぎり間に合ったな。
あの後、駆けつけてきた警備員に武偵証を見せ、ジャンヌを預けた。そして、こうなってしまっては仕方がないと、警備員を振り切り《液状化》のエナジーアイテムで何とか機内へ侵入したという訳だ。
隙間を探すのと、どんどんスピードを上げる飛行機に振り落とされないようにしていて余計に時間がかかってしまった。
でも、間に合った。間に合ったのだ。
ジャンヌに続いて夾竹桃がいることには驚いたが、パラドクスなら大丈夫ろう。ジャンヌとの戦闘で学んだように攻撃するときは周りのことも考えて。
ここは飛行機の中だ。小技を使ってどうにかする。
「―――!?」
体に異変が起こった。
力が入りづらくなっている。
「な、何?」
「あ、そっか。薬、効いてきたんだね?」
薬、だと?
「理子と会った部屋って、あま~い匂いがしてたでしょ? それにちょっと混ぜておいたんだよね~。ジャンヌと戦ってる時にでも効き始めればいいって思ってたんだけど、まさかこのタイミングなんてね」
理子は苦しい顔から一転する。
「理子、油断するのはやめなさい。体内に入ったのはごく少量。そんなに時間はないわよ」
「わかってるって」
「ッチ!!」
《透明化》
俺は撤退を選択。透明になってその場から逃げ出した。
――――――――――――――――
無人の客室にたどり着いた時には、這って歩くことしかできなくなっていた。
「うっ!!」
同時に痛みで変身が解除される。ガシャットギアデュアルの副作用のせいだ。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの?」
俺と同じく体に力が入らない様子のアリア。助けに来たはずが2人ともやられてしまった。
まずいな、本当にまずい。何より、このことを知っているのが俺だけというのがマジでまずい。なんで連絡しないで来ちゃったんだ。
「それよりもアリアの毒だ。体調に変化は?」
「力が入らないだけよ。特に変化はないわ。殺すつもりなら、即死の毒を使ってるだろうし。たぶん理子が直接殺すためだと思う。あいつ、そのことにこだわってたから」
「なるほどね」
理子の目的は、アリアを倒して自由になることだったな。
正直、それについては手助けしたいが、今回は別だ。
「あいつらは捕まえる」
「もちろんよ」
でもそのためにはどうすればいい? 2人そろって満足に動けない。味方の増援も期待できない。俺たちは相手を殺さず無力化したいのに相手は殺す気で向かってくる。
不利な条件しかない。
それでも、やるしかない。
理子がここを見つけるまで時間はないだろう。
それまでに、2人を倒す、覚悟を決めなければ―――
「あ、れ?」
「し、翔!?」
俺の喉を何かが貫いていた。
左手首に巻いた腕時計型端末から飛び出た何かだ。
それは、『矢』だった。
次回で武偵殺し編は終わりそうです。