「ふぅ……これで終わってくれるのか……?」
「なんだ。まるでこれじゃあ終わらない、物足りない、みたいな言い方じゃないか」
船の上、小さくなる島を見ながら呟いた一言が、ジャグラスに聞かれていたらしい。
「……や、そんなつもりは無いんだけど」
「そうか? だったらすまないな。俺の勘違いだ」
もちろん、身構えていた所ではある。原作で考えれば、この後のことは……
「複雑な気分だなぁ」
「なんだよ、それ」
原作通りに進んでくれれば安心できる反面、来ないで欲しいと思う気持ちもある。
「夜月 翔」
金一が普通に1人で歩いてきた。逃げる心配が少ないとしても、誰か1人は監視してないと。
「いまさら逃げないさ。それよりも、少し話が―――」
言い終わる前に、船が揺れ始めた。否、海が揺れているのだ。
「船を止めろ!!」
「言われなくてもわかってる!!」
金一の叫びに、同じくらい大きな叫び声で返すジャグラス。
リモコンを操作して、船を止める。それでも揺れは収まらない。金一は周りの海面を確認している。俺も同じように確認していると、海中に黒い影が見えた。それがどんどん大きくなる。
海の底から出て来たのは、巨大な潜水艦だった。その巨体が海面を待ちあげ、大きな波を作り出していた。
浮上してきた潜水艦に、金一は歯を食いしばっている。
「ボストーク号……っ!」
潜水艦が現れたことで、いつの間にか全員が集まっていた。
「こんな、巨大な潜水艦が……」
アリアが潜水艦を見て驚く。他のみんなも同じように驚いていた。史上最大の原子力潜水艦だ。それが俺達の船のギリギリ近くまで近づいている。
「来て、しまったのか……」
金一の声は小さかった。その顔は苦々しく歪み、その声色には絶望が浮かんでいた。
「き、金一様、これは……?」
「かつてボストーク号と呼ばれていた、戦略ミサイル搭載型の原子力潜水艦だ」
「な、何故そのようなものがここに……?」
コッコロの質問に金一は答える。
「それは簡単なことだ……!」
一呼吸置き、金一は潜水艦を睨み付けながら告げる。
「ボストーク号は盗まれたんだ……! 史上最高の頭脳を持つ『教授』にッ!!」
「盗、まれた……!?」
「それはいったいどういう……?」
「……」
意味が分からないんだろう。雪菜とコッコロは疑問符を浮かべている。俺はまだ潜水艦を睨み続ける。
横を見ると、ジャグラスも同じように睨んでいた。甲板に立っている男を。
「出たか……あ?」
俺は驚愕した。その男は、狙撃銃を持っていた。
構えるよりも先に、その銃口は光っていた―――否、俺や金一が全く反応出来ない速度で、
「ぐ……ッ!!??」
銃弾は金一の胸を貫いていた。
魔力障壁ごと防弾服を貫く
「キ、キンイチッ!!」
パトラが拘束を振り切って倒れた金一に駆け寄る。
「先輩……!」
「油断するな。来るぞ……!」
黒いコートを着ており、右手にはパイプ、左手にはステッキを持っている。元の世界とは違い、教科書に載っているくらい有名な人物。
特に武偵は一番最初に学ぶ人物だ。
「「「ッ!?」」」
アリアが一番驚いたであろう。
「曾……おじいさま……!?」
アリアの曽祖父、シャーロック・ホームズ1世がそこにいた。
「キンイチッ! 無理をするな!」
パトラが泣きそうな顔で起き上がろうとする金一を抑え込もうとするが……いつの間にか金一の呼吸が整っている。出血はしているが、ダメージは感じられない。
「余所見をするな……!」
金一の警告とそれは同時だった。
パチンッ!!
「「「「「!?」」」」」
俺達は目を疑った。海が一瞬にして凍りついたのだ。ジャンヌの技……だがジャンヌよりもはるかに強力だ。
「コッコロ! 金一に治癒を!」
「は、はいっ! 金一様、動かないで下さいまし」
「そんなことをしている場合ではない……!」
自分が倒れているわけにはいなかいと、コッコロの治療を拒む金一。
超人たちが自分の目的のために、メンバーの能力を学習し合う無法者の集団。それがイ・ウーだ。そのトップであるシャーロック・ホームズ1世。
こいつはイ・ウーの生徒全員の能力を兼ね備えた完成形の、最強の存在なのだ。
「もう会える頃と、推理していたよ」
最強の名探偵はふわりと浮かび上がり、ボストーク号の甲板から俺達の船へと降り立つ。
「初めまして。僕はイ・ウーのリーダー、シャーロック・ホームズだ」
教授とも呼ばれているね、などと微笑みながら自己紹介してきた。
「アリア君」
呆然としていたアリアはビクッと体を伸ばした。
「時代は移ろってゆくけれど、君はいつまでも同じだ。ホームズ家の淑女に伝わる髪型を君は守ってくれているんだね」
ツインテールがホームズ家に伝わる髪型なのか。ヤベー家だな。
そんな適当なことを思っていなければ、この緊張に押しつぶされてしまいそうだ。目の前にいるのは生ける英霊。本来死ぬタイミングを超越し、さらなるスキルを身に着けた存在だ。
敵だと認識した雪菜が雪霞狼を構えるが、
「鋭い刃物を弄んでいると、いつかはその手に怪我をすることになるものだよ」
その言葉だけで、雪菜の体は金縛りあったかのように動かなくなった。
「(視えない……霊視を使ってるのに、この人の隙が全く視えない……!)」
「そう、良い娘だ」
シャーロックは雪菜の前を素通りしてアリアの目の前に行く。
「アリア君。君は美しい。そして強い。ホームズ一族で最も優れた才能を秘めた君。一族に認められない日々はさぞかし辛いものだったろうね」
シャーロックはさらにアリアに近づく。
「だが僕は、君の名誉を回復させることができる。僕は君を、僕の後継者として迎えに来たんだ」
「ぇ……ぁ……」
アリアが小さく声を上げた。何か言いたくても言葉が出てこないという感じだ。
「おいでアリア君。君の都合さえ良ければ、おいで。悪くてもおいで」
シャーロックはアリアに手を差し出す。
「そうすれば、君の母親は助かるよ」
「ッ!?」
「僕はイ・ウーのリーダーだ。僕なら君のお母さん、かなえさんにかけられている冤罪をすぐにでも解くことが出来る」
アリアの目が見開いた。卑怯だが効果的な作戦だった。訳の分からない状況で、たった一つだけ明確にわかる条件を提示する。それも、アリアが求めてやまないものを。
ゆっくりと持ち上がるアリアの右手。ふらふらと前に出されたそれを、シャーロックは掴もうと―――
「アリアに触るんじゃねぇ!!!」
俺は
ガガガガガッ!!!!
「邪魔をしないでくれないかい?」
「ッ!!!」
その全てを、いとも簡単に
だが俺は止まらない。『暗き夜の型』を発動させ、シャーロックとの距離を詰める。俺とシャーロックとの距離は2メートルほどしかなかった。
気が付いた時には、シャーロックに蹴り飛ばされていた。
「ガハッ!!!???」
腹にめりこんだ蹴りは、俺の力をそのまま返されたかのように重い。
そのまま俺は凍りついた海に吹っ飛び、硬い氷の床に叩きつけられる。
「先輩ッ!!」
雪菜の叫ぶ声が聞こえる。視界の端に、船から飛び降りて俺のもとへと走ってくる姿が見えた。
ぱきぱきぱき……っ!!
俺が墜落した衝撃で凍りついた海にヒビが入り、溶け始めた。
「くそ……ッ!!」
俺は必死に体を動かそうとするが、それよりも速く、冷たい海に落ちてしまった。
________________________
「先輩ッ!!」
あっけなく吹き飛ばされた翔を助けに、雪菜が船から氷の大地へと飛び降りる。
「翔……!!」
アリアも正気を取り戻し、助けに行こうと体を向けるが、
「さぁ、アリア君」
「あ……!」
動こうとしたアリアの力を利用して、まるでダンスを踊っているかのように、アリアの動きをコントロールする。
だが、パートナーにダンスを申し込むにしては、その誘い方はあまりにも無粋だった。
そのアリアとシャーロックの間に、白刃が振り下ろされた。ジャグラスの刀だ。
「ふむ……やはりこのタイミングかい?」
「流石は教授だな。全部お見通しってことか」
ジャグラスの刀を二指白刃取りしたシャーロックは、事も無げに言う。
ジャグラスの方も、この程度の攻撃は意味がないとわかっていた。自分の渾身の斬撃を指2本で止められても、対して驚いた様子は無い。
「ちょ! 何よ……!」
「じっとしてな」
いともあっさりと、シャーロックからアリアを奪還してしまう。しかしそれは、善意の行動ではなかった。
アリアの腕を抑え込み、首を後ろから乱暴に掴む。そう、ジャグラスはジャグラスで、アリアを人質に取ったのだ。
シャーロックはあらかじめジャグラスの行動を予期していた。アリアを取り返されたというのに、いたって冷静な表情だ。
「『教授』、取引だ。内容を言う必要があるかい?」
「もちろん、君の推理を聞きたいからね」
全てを推理できるシャーロックにとって、他人の説明を聞く必要は無い。だがあえて、この場の花を持たせるために、ジャグラスに説明を求めた。
「教授、アンタは自分の死期が近いことを悟っている。自分がいなくなれば、それまでおとなしくしていた犯罪者が自由に動くようになる。『穏健派』と『主戦派』が跡目争いをすれば、それだけでとんでもない被害が出る。勝者によっては戦争が起こることもあり得る。あんたは早急に後継者を作り上げる必要があったんだ」
「ふむ、それで?」
ジャグラスは視線をアリアに落とす。
「だからこそ、俺に協力させてまで、このお嬢ちゃんを島の外まで、自分の目の前まで連れてこさせたんだ。自分の後継者にするためにな」
理路整然と説明され、自分の立場を理解し始めるアリア。
「だが問題は、神崎・H・アリアにはイ・ウーのメンバーをまとめ上げるだけの力が無いってことだ」
「確か、イ・ウーは無法者の集団だって話だったな」
士は、ぼそりと呟いた。
「確かにこの嬢ちゃんはアンタの子孫かもしれない。だがそれだけじゃあ、無法者は誰も従わねぇ。従えるだけの力が必要だ。教授、リーダーの席を譲るってことはつまり、その従えるだけの力も譲るってことじゃねぇか? その強さの源も、そっくりそのまま、このお嬢ちゃんにな」
そこまで言ったところで、金一と士はジャグラスの目的に気が付いた。
「ジャグラス、貴様……!!」
「なるほどな、大体わかった」
「ああ。あんたの持ってる『強さの源』。そいつを俺によこしな」
ジャグラスは自身の右手をシャーロックへと差し出した。
反応が無いシャーロックに、ジャグラスは笑って言う。
「心配するな。俺がリーダーになったとしても、無暗に戦争を起こすような真似はしねぇからよ」
「残念だがジャグラス君。それは無理な相談だ」
「この嬢ちゃんが死ぬことになってもか?」
ジャグラスの手が、アリアの喉を締めあげる。暴れて逃げ出そうにも、小柄なアリアにはどうすることも出来ない。
「手に入れたところで、あの力は君を選ばないよ」
「それは手に入れた後、俺が実際に確認するさ」
だからまずはよこせ、そう告げるジャグラス。
「ふぅ……良い推理だったよ、ジャグラス君」
その言葉に、ジャグラスは身構える。これでお話の時間が終わったことを悟ったのだ。シャーロックが要求を呑まなかった以上、ここからは戦闘の時間だ。
サーッ!!
パトラの面積の少ない服から、砂がこぼれ始めた。
「こ、これはっ!? 教授、貴様っ! 妾の砂を操って……!」
「少し使わせてもらうよ、パトラ君」
パトラは焦って砂のコントロールを奪い返そうとするが、今まで手足のように使ってきたはずの砂は全く言う事を聞かない。
全身を砂に拘束され、身動きが取れなくなる。刀を握っていた指も無理やり開かされ、刀が手から滑り落ちた。
「ダメだよ、金一君」
「ぐあッ!!」
金一が動き出す。その前に、銃声が鳴った。
「一応動けるようにはなっているらしいけど、君は重傷だ。そんな状態では、僕の早撃ちには勝てない。これが、元は君の技だとしてもね」
「君たちはどうするんだい?」
「私は、あなたと戦うつもりは無い」
「戦うべき場所と相手は、俺も弁えているからな」
ウォズと士には戦闘の意思はない。シャーロックは2人の前を素通りして、アリアの目の前まで歩いていく。
「アリア君」
シャーロックはアリアをお姫様抱っこをしてボストーク号に向かって飛ぶ。
「行こうか。君のイ・ウーに」
「あ、あの……っ!」
「アリア様っ!!」
コッコロが叫ぶ。
だが、叫んだだけでは状況は変わらない。
シャーロックとアリアは、2人そろって潜水艦の中へ姿を消してしまうのだった。
________________________
「ぷはっ!!」
俺は海面から顔を出す。
「先輩っ!!」
雪菜が氷のふちに両手をつき、俺の名前を呼んでいた。雪菜の手を借りて海から上がる。
「痛つつ……悪い、心配かけたな。それよりアリアは?」
「……潜水艦に。連れていかれてしまいました」
俺はすぐに船まで戻った。
「主様っ、ご無事で……!」
「うん、ごめん……」
涙目のコッコロに出迎えられる。
コッコロのおかげか、金一のケガはそこまで体を蝕んでいないようだ。
士はカメラを弄り、ウォズは本をめくっている。ジャグラスは、面白くなさそうに肘をついて座っていた。
そこから、俺が沈んでいた時間の話を聞いた。
「……分かった。これからすぐに、アリアを助けに行ってくる」
「はい! 今すぐに―――」
「いや」
俺は雪菜の言葉を止める。
「潜水艦に行くのは俺だけでいい」
「……え?」
「……主様?」
2人が困惑したような声を出す。
「コッコロには金一の治療を、雪菜には、ここにゲットマシンを残して行くから、学園島に戻ってはやてさんにこの場所の位置を知らせて欲しい……いいよな、ジャグラス」
「……ああ。好きにしてくれ」
最初の約束では六課には頼らないはずだったが、ジャグラスの企みは潰えたのだ。ジャグラスは半ば自棄になっている部分もあった。
「私は我が魔王について行こう」
「俺もだ。お前を見極めさせてもらう……もっとも、今のままじゃ不合格だがな」
ウォズは恭しく頭を下げ、士は鋭い視線を俺に向けてくる……最後に何か言ってたみたいだけど聞き取れなかったな。
雪菜が明確な怒気を持った視線を向けてくる。
「ふざけないで下さい……!」
雪菜の怒りもわかる。でも、全員で突撃して全滅するリスクはおかせない。敵の本丸だということを考えると、この世界の影響でどんな変化があるのか分からないのだ。
「ふざけてない。これが一番―――」
言い終わる前に、頬に鋭い痛みが走った。
「どうして、先輩はそうやって……! 一人で戦おうとしないで下さい!」
「そうでございます! 私たちがここにいる意味を、もう一度お考え下さい!」
「っ!」
2人の訴えに、俺は大切なことに気が付いた。確かに効率や役割を考えれば俺の言う形が良いのかもしれないが……くそっ、まだまだだな、俺も。
「ごめん、2人共。やっぱり一緒に戦って欲しい」
「はいっ!!」
「もちろんでございます!!」
2人は元気よく頷いてくれた。
「……」
「……ま、ギリギリってところか」
そんな俺達を見て、ウォズは何も言わず、士はため息を吐いた。
「お前はどうするんだ、ジャグラス」
「このままやられっぱなしじゃあいられねぇよ」
座っていたジャグラスは立ち上がる。
よし、これで準備は……
「あ、そうだ、コッコロは……」
負傷している金一をこのままにしてはおけない。流石に治療役のコッコロは残ってもらったほうがいいのでは。そう思ったが、
「俺のことは気にするな。治療はいらない」
金一が笑って言った。痩せ我慢ではないのだろう。
こうして俺達は、みんな一緒に潜水艦に突入するのだった。