俺達が潜水艦に潜入すると同時に、
ドゴンッ!!
というエンジンの駆動音が聞こえた。
どうやら潜水艦は沈み始めたみたいだ。もう後戻りは出来ない。
「何ですかここは……」
雪菜は目の前に広がる光景に声を漏らす。
そこはまるで博物館か美術館だった。高い天井から巨大なシャンデリアが照らし、床には恐竜の全身骨格標本がそびえ、周囲には動物の剥製が並べられていた。
生きたシーラカンスや熱帯魚を入れた水槽が並べられた暗い部屋は原子力潜水艦にあるはずのない芸術的、学術的な部屋だった。
「こいつは教授の趣味だ。全部本物だよ」
ジャグラスは何度も見たことがあるんだろう。それらには目もくれずに前に進む。
「まずはアリアさんですね」
「ああ。早く探さないと」
世界最大は伊達ではないらしく、船室の数も尋常ではない。それぞれが異なる芸術品の展示室になっていた。
手当たり次第に扉を開けるがなかなか見つからない。
多彩な部屋の数々を走って突っ切るが、全くアリアが見つからなかった。
だがコッコロが、
「おや? 主様! わたくしが飛ばした風の精霊に反応がございます!」
コッコロの導きに従って、俺達は走る。
その先にあったのは教会だった。奥ではステンドグラスが綺麗に光っている。元々あったものか、それともこれもシャーロックの趣味なのか、教会に備え付けられているとは思えないほどの設備だ。
「アリアッ!!」
アリアはステンドグラスの下で祈りを捧げていた。服装は見慣れた防弾制服になっている。その周りでコッコロの風の精霊が舞っていた。
「翔……雪菜……コッコロ……」
アリアは振り返る。
俺達はアリアのもとまで駆け寄る。だが逆に、アリアは一歩下がってしまった。
「帰って」
「え……?」
「……」
冷徹な一言。アリアの言葉に耳を疑う雪菜。その言葉を予測していた俺は何とか冷静に受け止める。
「あたしはここで、曾お爺さまと暮らすの」
「何を言ってるんですかっ!」
雪菜はたまらず詰め寄るが、アリアは体の向きを変え、正面から取り合わない。
「……」
俺は黙って話を聞く。
「雪菜……一族は果たすべき役割を正しく果たすことが求められるものなの。そうじゃないと、存在することが許されない……」
アリアは自分の一族について、悲しげに言う。
「あたしは欠陥品と呼ばれ、バカにされて、ママ以外には無視されてきた」
アリアはスカートを掴む手に力を込める。
「あたしはッ! ホームズ家にはいないものとして扱われてきたのよッ!! ずっと昔からッ!!」
アリアは叫ぶ。声と一緒に涙が零れていた。その叫びは怒りや悲しみなどの、負の感情が詰まったものだった。
「アリア様……」
「あたしがここまでやって来れたのは、曾お爺さまを心の支えにしてきたからよ。彼は武偵の始祖でもあるの。だからあたしは武偵になった」
アリアはさらに後ろに下がる。
「あたしにとって曾お爺様は神様のようなものなの。その人があたしの目の前に現れて、あたしを認めてくれたの! 欠陥品と呼ばれたあたしを後継者とまで呼んでくれた!」
「でもそのシャーロックさんが、かなえさんに罪を着せたんですよ!」
雪菜の反論にも首を横に振る。
「そんなのもう解決できるわ。曾お爺様はあたしにイ・ウーをくださると言った。だからこの事件は……」
「は、犯罪者の一員になるんですか……!?」
「そうじゃないとイ・ウーに勝つことは不可能よ! 曾お爺様がリーダーだった時点で!」
アリアは叫んだ。だが、
「あなた達じゃ……曾お爺様には……勝てない……」
すぐに声は小さくなった。
「私のことはもういいから、ケガする前にみんな帰って! みんなにお別れを言えないのは残念だけど、今までありがとう、雪菜。コッコロも。あんたとはあんまり話せなかったけど、元気でね……」
そのお別れの言葉に、雪菜たちの顔が青くなる。あのアリアがこんなに素直にお別れを言うなど、ここでの言葉が本気であることの何よりの裏付けだったからだ。
雪菜とコッコロが俺を見た。俺からも何か言って欲しいと訴えている。
「アリア……」
「翔、あなたは凄い人よ。たくさんの人を助けて、救ってる」
「アリアだってその一人だ」
「もういいの、私のことは。あなたには他に助けないといけない娘がたくさんいるでしょ? 自分のことは自分で出来るわ……最初からそうだったのよ。私はアリアなんだから」
武偵も血も涙もない奴らばかりではない。アリアがきちんと事情を説明すれば、実力差はあるにしても、協力してくれる人はいるだろう。
それでもアリアが一人だったのは、その性格ゆえだ。俺の様に最初から事情を知っている人でもなければ、近寄りがたい性格だった。
でも俺達の仲間に、パーティになってアリアは
俺は目を閉じた。
「でも、俺もここで帰るわけにはいかない」
「じゃあ、『こう』するしかないわね」
「ああ」
最後は武偵らしく、『強い方の言う事を聞く』。
「ごめん、みんな。ついてきてもらって早々だけど」
「わかってます。1対1じゃないのは、って私も思いますし」
「ジャグラスもいいのか?」
「俺は俺で好きにやらせてもらうだけだ。ま、今回はおとなしくしておいてやるよ」
それが聞ければ十分だ。
俺は一歩前に出た。
アリアは強い。だが一方通行やサーヴァントに比べてしまうとどうしても劣る。今の俺なら―――
「翔、あなたもしかして、私には楽に勝てるって思ってるんじゃないの?」
「……アリア?」
様子がおかしい。
「確かにあなたは強いわ。ううん、どんどん強くなってる。でも―――」
アリアが手を伸ばすのは、スカートの中のホルスターではなかった。懐から取り出したのは、
「―――何の勝算も無しに、私が決闘を受けるわけないでしょ?」
《W》
「ウォッチだと……!?」
アリアの体が怪物のものへと変わる。体半分が緑、もう半分が黒の怪人に。
「そ、そんな、アリアさんが……!」
「アリア様が、怪物に……!?」
アリアが、アナザーダブルへと変身してしまった。何の脈絡も無しに。
「どうして……まさかシャーロックが渡したのか……?」
全くの予想外の出来事に、俺も動揺を隠すことが出来なかった。
「私は本気よ。そしてこれが最後。今なら曾お爺様にお願いして、学園島に帰れるようにするわ。だから今すぐ帰って。ここで曾お爺様に手は出さないって誓って」
意識はしっかりとある。アリアはアリアの意思で変身したんだ。
なぜ、どうして、という疑問は尽きない。
だが、
《ZI-O!》
「変身……!」
《RIDER TIME! 仮面ライダーZI-O!》
今は戦うしかない。
「それは出来ない」
「そう。残念ね」
側頭部にすさまじい衝撃が走った。
「がっ、ぅ……!?」
それは疾風を纏った蹴りだった。一切の手心が無い攻撃。気が付いた時には地面に転がっていたため受け身を取ることも出来ない。
「ぐっ……!!」
転がりながらもジカンギレードのガンモードを構え、発砲。
「そんなもの!!」
アナザーダブルは弾丸を拳で打ち消し、蹴りで跳ね返す。そして外れた数発が教会のステンドグラスに風穴を開けた。
「はッ!!」
風で加速された蹴りが、俺の手から武器を奪い取った。
ここで、俺はようやく理解した。
目の前にいるのは異形の怪物ではない。ライダーなんだ。俺はアリアと戦っているのではなく、ライダーと戦っているのだという事を。
それもビルドの様に戦闘経験が無いティアーユ先生が変身しているわけでも、アナザーオーズの様に暴走状態になっているわけではない。
パワーで言えばアナザーオーズに及ばないのかもしれないが……1本のベルトを何人かの人が使いまわす感覚に近い。
変身者が違えばこうも強くなるのか、という感想だ。
《Cyclone》
《Metal》
アナザーダブルの半身の色が変わった。鈍い銀色に。背中には専用武器の『メタルシャフト』が形成された。
普段使っていない武器のはずだが、アリアにとってはそんなことは関係ないらしい。
俺の体を強かに打ち付けてくる。何とか防ごうともがくが、素手ではどうしようもかなった。
《Cyclone》
《Trigger》
またもやアナザーダブルの半身の色が変わる。メタルシャフトが消え、拳銃型の武器、『トリガーマグナム』が出現する。
「くそ……!!」
遮蔽物が無いッ!!
俺は走り出した。とにかく動き続けなければ。
アナザーダブルは銃を横にして連射し始めた。静謐な教会に銃声が響き渡る。瞬く間に壁に弾痕が増えていく。
サイクロン状態のトリガーマグナムはそこまで精密な射撃は出来ないのが救いだった。それでも確実に追い込まれていく。
銃弾は容赦なくステンドグラスを破壊し、バラバラになった色とりどりのガラスが降り注いだ。
ガラスの雨の中、俺は走るが―――いつまでも逃げきれるものではなかった。
足元に着弾した衝撃でよろける。そこを見逃すアナザーダブルではない。
「貰ったわ」
「ぐああああああぁぁぁっ!!!!」
俺は全身を撃たれてしまう。
変身が解除され、倒れた俺にアナザーダブルがゆっくりと近寄ってくる。そして俺の額に銃口を向けた。
「チェックメイトよ、翔」
「……ああ、そうみたいだな」
アリアを見くびったツケだったな。自分と同等の力を持つライダー相手に戦うことになるとは。
「どうした撃たないのか?」
「……撃って欲しいの?」
「そりゃ撃たないで欲しいけど。俺にとどめを刺さないとシャーロックと戦いに行くぞ」
「……っ!!」
トリガーマグナムが揺れている。
「アリア、戻ってきてくれないか?」
「戻ってどうするのよ。あたしは曾お爺様と戦えない。それどころか、曾お爺様の言う通りにすれば、ママを助けることが出来るのよ」
「お母さんを助けたとしても、アリアが犯罪者になっていたら意味がないはずだ。雪菜だって、コッコロだって一緒に戦ってくれる。それに俺は、アリアのパートナーなんだろ? 俺達でシャーロックを倒して―――」
「……アンタ、アタシの事まだパートナーだと思ってたの?」
「え? それはもちろん―――」
そうだ、と言おうとして、
「パートナーだって言うなら! アタシのことをもっと気にしなさいよ!! いつも、いっつも他の女の事ばっかりじゃない!!」
「そ、それは……」
ちょっと否定できないかもしれない。
「ブラドと戦ったのは理子のためだし、あの覇王の娘の悩みを解決して、特務六課への入隊も勝手に決める! この前はほとんど関わりが無い娘のために第1位の超能力者と戦った!! アタシに相談無しで!! どこがパートナーだって言うのよ!!」
それはその通りなんだけど、アリアに言われるとは。みんなとの関りで丸くなったからこその言葉なんだろう。
「おい。この流れ、さっきも見た気がするんだが?」
「……そうですね。そろそろ止めに入ります」
「そうでございますね」
後ろでジャグラスと雪菜、コッコロが何か話しているのが聞こえる。
「アリアさん、落ち着きましたか?」
「ふーっ、ふーっ!! ……ふぅぅぅぅっ」
アリアの姿が元に戻った。
「雪菜、コッコロ」
「分かりますよ、アリアさん。先輩、私達の心配なんてお構いなしに戦いに行きますから」
「はい。わたくしも、そう思っていたところでございます」
そうだね。それも否定できないよ。
「でも、あたしは……」
「シャーロックと戦えないのは分かってる。それは俺に「俺達に」……俺達に任せて欲しい」
雪菜に訂正されるが、最後までセリフを言いきることに成功する。
「そうです、アリア様。アリア様の曾お爺様が悪いことをされているというのから、わたくし達の手で捕まえなければ」
「もうアリアさんだけの問題じゃないんです。私達の手で、イ・ウーを事件を終わらせましょう」
「コッコロ、雪菜……」
アリアが涙ぐんだ。
「翔」
アナザーウォッチを持ったアリアの右手が、俺の右手に重ねされる。ウォッチが手渡された。アリアが腕をどかすと――――――そこにはダブルウォッチがあった。
アリアが俺達の所に戻ってきてくれた。その証だった。
「それで、私はどのタイミングで祝えばよいのかな?」
「お前、今回は空気を読んどけよ……まあ、いちいち痴話喧嘩しないと戦えないのか、とは思うけどな」
ウォズと士が、そんなやり取りをしていたのだった。
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「みんな、覚悟はいい? この先に曾お爺様がいるわ」
今度はアリアを先頭にして進んでいた俺達だったが、無骨な、飾り気のない扉の前に到着する。これまでの美術品に飾られた部屋とは大違いだ。
扉を開けて先に進む。
今までに一番広い場所に出た。今まであった美術品は1つも無い。だだっ広く、奥には巨大な柱が並んでいた。
「ICBM……!?」
雪菜が驚く。柱の正体は大陸間弾道ミサイルだ。しかもこれだけの数。搭載する弾頭次第では複数の国を滅ぼせるだろう。
「なんでなの……!」
アリアが周りを見渡す。
「あたし、この部屋を見たことがある……!」
「え? どういうことでございますか?」
「……」
コッコロは疑問に思っているが、俺は理由を知っている。
「本当なんですか?」
「ええ、間違いないわ。それだけじゃない。ここでみんなを見たことがあるわ……」
雪菜が何か言おうとしたとき、音楽が流れてきた。独特のノイズ音から、流れてくる音楽レコードだ。曲はモーツァルトの『魔笛』。
「音楽の世界には和やかな調和と甘美な陶酔がある」
その曲をBGMにシャーロックがICBMの裏から現れた。杖をカツカツッと響かせながら近づいて来る。
「それは僕らの繰り広げられる戦いという混沌と、美しい対象を描くものだよ」
シャーロックは立ち止まり、笑みを浮かべる。
「このレコードが終わる頃には、戦いのほうも終わるだろうね」
「曾お爺さま……」
アリアは一歩前に出る。
「わ、わたしはあなたを尊敬しています。だから銃を向けることは出来ません」
アリアの声は小さいが、目を逸らさずにシャーロックと向き合っている。
「彼らは私がやっと見つけた大切な人たちです。だから……」
「いいんだよ、アリア君」
シャーロックは笑顔だった。
「それでいいんだ。僕より彼らが大事な存在になったことはとても良いことだ。君達は先ほど、より強く結びついたのだろう」
シャーロックの言い方に苛立ちを感じる。
「全部推理通りってことかよ、名探偵」
シャーロックの推理力は
さっきの戦いも、全て推理通りだったんだろう。
「こんなの推理の初歩だよ。人の気持ちというのは、推理しにくいものではあるけどね」
シャーロックは俺たちを弄ぶかのように笑う。俺の横にいる雪菜とコッコロの熱も、だんだん高まっていくのを感じる。
「ジャグラス君もやはりここに来たんだね。君の求めていたものはすぐに見ることが出来るよ」
「……ッチ! 言ってくれるな……!」
ジャグラスがここに来ることも推理通りだったってわけだ。や、それも推理の必要が無い、まさに初歩だってことなんだろう。
まさに俺達はシャーロックの掌の上ってわけだ。
「ウォッチを渡したものお前なのか?」
「その通りだ。それが無ければフェアな勝負にならなかっただろう?」
「お前……! これをお前に渡したのはどこのどいつなんだッ!! これは―――」
この世界に存在しないはずの物だ。ギリギリの所で、アリアが横にいることを思い出して踏みとどまる。
「この世界には存在しないはずの物。そう言いたかったのかな?」
「存在しない……?」
「ああ、アリア君にはまだ説明していなかったね」
あのゾンビはシャーロックに会っていた。だったら、俺達の秘密について知っていてもおかしくない。
そしてそれをしゃべろうとするシャーロックを、俺は止めない。
「彼はこの世界の出身ではない。彼の出身も能力も、異世界が起源なんだよ」
「……本当なの?」
「……ああ。本当だ」
素直に認める。能力の入手方法について何も言わないのは、アイツなりの情けだろうか。それとも、アリアの(性)知識では理解できないと推理してあえて口にしていないのかもしれない。
「そう……でも色々と納得できるわ。あんたの不思議な能力も、別世界のものなのね」
なんとも、アリアはすんなりと納得してくれた。
「すぐに言ってこなかったのは腹が立つけどね!」
「すぐに言ったって信じないだろ」
後ろでは雪菜とコッコロがほっと息をついていた。突然の暴露だったが、また先ほどのようなケンカにならずに済んで良かったと思っているんだろう。
そして、人の秘密を勝手に暴露してくれた名探偵は、
「ああ。それも推理通りだよ」
そのセリフで、俺の中の何かがキレた。
いちいち推理推理うるせえんだよ。そんなに自分の推理自慢がしたいのかよ!
「シャーロック、俺達はお前をマジで倒す」
「そうかい」
俺はシャーロックを睨み付ける。だがその表情は余裕だ。
「戦っても得るものは何もないよ。僕の推理では、君達では僕に傷一つつけることは出来ないからね」
「そんな下らねぇ推理、今すぐにぶち壊してやるよッ!!」
俺、雪菜、コッコロ、ジャグラスが武器を構える。
シャーロックとの戦闘が始まった。