「ふう……」
ようやく見えてきた遠坂家の館を目の前に、桜は息を吐いた。
去年まではロンドンからここ、日本の冬木市に帰省していた。学園島から外に出るためには色々な手続きが必要だったためか、それともいつも一緒に帰っていた姉がいなかったからか、いつも以上に移動の疲れが溜まっているように感じる。
桜は館を見上げた。
小さいころに間桐に養子に出された桜には、この家で過ごした記憶がほとんどない。だが自分の一番最初の記憶がある場所であることは間違いない。
まだ何も知らなかった頃の楽しい記憶が。
もっとも、今更それに対してセンチメンタルな気持ちになるほど、桜は過去に囚われていない。思っているのは、『帰ってきたなぁ』という当たり前の感情だ。
夏ということもあり学園島ほどではないが日差しがきつい。そろそろ中に入ろうというところで、扉が開いた。
中から出てくるのは、現在ロンドンの時計塔に留学中であり、現在の遠坂家当主である少女、『遠坂 凛』。桜の姉だ。
「どうしたの? そんなところに立って」
「ううん、ちょっとね」
スーツケースをからからと引きながら、玄関へ歩いていく桜。凛は大きく扉を開けて桜を迎え入れる。
「久しぶりね、桜」
「うん。ただいま、姉さん」
姉妹2人が久しぶりに顔を合わせたのだった。
―――――――――――――――――――――
第四次聖杯戦争終結後、凛と桜の人生は原作とは大きく違ったものになっていた。
まず桜だが、間桐家がなくなったことで、聖杯戦争が落ち着き次第、ウェイバー、ケイネスと一緒にロンドンの時計塔に渡った。
そこからエルメロイ家の改革に参加しながら、翔と一緒に戦うための魔術を研究した。
そして凛だが、後見人になるはずだった言峰 綺礼が死亡したことで、土地の管理がより面倒に。そのどさくさで、母親である遠坂 葵が病死してしまう。
そのせいでさらに土地の管理が難しくなるが、そこに割り込んだのがエルメロイ家、もといケイネスと切嗣だった。
元より聖杯の解体をするつもりだった2人は、余計な介入をされる前に全権を奪い取ったのだ。
その過程で姉妹は再会することになった。
それからは姉妹揃って、魔術の勉強に励むようになった。
遠坂の土地や館の管理はエルメロイ家の関係者が行い、夏には2人で帰省して様々な作業をすることになったのだ。
2人がそろってまず行うことは、
「「……」」
両親のお墓に手を合わせることだ。
幼い頃に死んでしまった両親だが、運命のめぐりあわせは引き裂かれた姉妹を再び引き合わせてくれた。
そのことを毎年報告しているのだ。
墓参りも終わり、土地の見回りをしながら次の場所へ歩く。
その合間、他愛のない話をする。
「それで、ずっと言ってた『愛しの君』には会えたんでしょ? どうだったの?」
「もう、からかわないでよ、姉さん」
「だって気になるじゃない。桜の原動力になったヒーロー。会えたんでしょ?」
2人が再会した時、お互いの今までについてはある程度話した。当時は蟲の影響の治療中だったこともあり、桜が間桐で受けた非道な仕打ちについても、ぼかして伝えられた。
何の因果か桜がマスターになってしまい、サーヴァントを召喚したことも。そのサーヴァントに桜が助けられ、多くの人が救われたことも。
そして、今度は自分が助ける番だと言って、魔術の勉強をしてきたのだ。
桜の腕はいつしか、先に鍛錬を始めていた凛に並び、追い越し追い越されという関係になっていた。
凛も怠けていた訳ではない。むしろ遠坂家の当主として全力を尽くしていた。そんな凛に追いすがるのは尋常ではなかった。
そんな桜を見て、凛は聞いたことがあった。
―――――――――――――――――――――
「桜、何でそんなに頑張るの? 別に桜は無理して魔術を勉強しなくてもいいのに」
「あれ? 前に言わなかった?」
「聞いたわよ。聖杯戦争でお世話になった人に恩返ししたいんでしょ?」
「うん」
「でも、本当にいるか分かんないじゃない。未来から来たって言っても嘘かもしれないし」
「嘘じゃないもん」
「そ、そう……? でも、仮に本当だとしても―――」
「『仮に』?」
「そ、その人と再会出来ても、別に大丈夫、桜の力はいらないって言われるかも」
「その時は、私が勝手に助けるから」
「う、うん……そう……」
―――――――――――――――――――――
実際、再会した時はまだ翔に聖杯戦争の記憶が無かったため、拒否というよりも困惑されたのだが。
「(今思うと、めっちゃ重いわねこの娘)それで、どうなの?」
「それはみんながいるところで、ね? 多分みんなも知りたがってるから」
だが、こうして嬉しそうにしている桜の姿を見ると、そんな気持ちなんて吹き飛んでしまう。
それよりも、この焦らすような言い方。凛はその裏の意味を察してニヤニヤと笑った。
「ふ~ん、じゃあ何か進展はあったってことね? 期待してるわよ?」
「だから~! もうっ!」
妹の恋路が順調そうなのは喜ばしいことだった。
そうして喋りながら歩みを進め―――目的地に到着した。小高い丘の上に立つ日本家屋だ。
チャイムを鳴らすと、すぐに扉が開いた。
「あら、桜ちゃん、凛ちゃん! 久しぶりね~」
「「お久しぶりです」」
そこから顔を出したのは、10年前と変わらない、むしろより若々しくなった美貌を持つ女性、アイリスフィール・フォン・アインツベルンだ。
「暑いし中に入って? もうすぐ切嗣と舞弥が買い物から帰ってくるから」
聖杯戦争中に拠点にしていた例の日本家屋。今ではこうして、衛宮家が日々の生活を営む拠点として使われていた。
「あら、桜、凛、来たのね」
「待ってました!」
アイリの後ろから顔を出すのは『2人』の子供だ。
1人は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。正確には『子供』と表現するのはおかしい年齢の少女だ。
アイリと切嗣の間に生まれた子供―――ホムンクルスであり、聖杯戦争終結後、切嗣とオルタでアインツベルン家から取り戻した娘である。
もう1人は本当に子ども、今年で10歳になる男の子だ。名前は『衛宮 拓哉』。聖杯戦争の後に誕生した、切嗣と舞弥の子供だ。
聖杯戦争中、最終的にアイリを犠牲にするための予行演習、裏切り慣れる為と言って切嗣は舞弥と性行為をしていた。
その行為の中で身ごもった子供だ。
その事実が発覚した時、それはそれでひと悶着遭ったのだが、それはまた別の機会に。
「久しぶりだね、2人共」
「うん、拓哉君も大きくなったわね」
拓哉と桜、凛は年の離れた兄弟の様に、小さい頃から仲良くしていた。何せ赤ちゃんの頃を知っているのだ。
ホムンクルスで成長が止まっているイリヤとは違って、拓哉は目に見えて成長している。
「はい、ありがとう、ございます……」
2人に視線を向けられると、拓哉は恥ずかしそうに下を向いた。
体が成長するという事は心も成長するという事。特に小学生も中学年から高学年に入り始めるこの時期は、異性への関心も出てくる。
そんな拓哉にとって、凛と桜は眩しすぎた。
そんな弟の様子をイリヤは面白くなさそうに眺めていた。
「ふーん、凛と桜も大きくなったわね。特に桜なんて。凛はもう少し頑張ったほうがいいんじゃない? お姉さんなんだし」
「余計なお世話よ! ってか何処見て言ってんのよ!」
「べぇつにぃ~?」
初めて会った時はほとんど同じだった背丈も、すっかり追い抜かされてしまった。
第二次性成長の前で成長が止まる体ではしょうがないが、イリヤも年々女性らしく成長していく2人をうらやましく思っていた。
そんな我が子達の成長をほほえましく見ていたアイリだったが、家の敷地に2人の人影を見て手を振る。
「2人共! お帰りなさい!」
それは買い物に行っていた切嗣と舞弥だった。聖杯戦争中と比べると血色がよくなった2人は両手に買い物袋を持っていた。
「ただいま。それと、いらっしゃい、凛ちゃん、桜ちゃん」
桜と凛は頭を下げる。
「それじゃあ一休みしたら、いつものところ、行きましょっか」
―――――――――――――――――――――――――
アイリの提案で向かう『いつものところ』とは、銭湯だった。
駅前にあるスーパー銭湯。
ここは聖杯戦争中、翔やウェイバーたちと一緒に入りに来た場所だ。数年前、みんなで偶然通りかかった時に、気の向くまま入ったことがあった。
それ以来、みんなが集まった時には、この銭湯に入るのが定番の流れになっていた。
「それじゃあアイリ、また後で」
「ええ、先に上がったらいつもの場所で待ってて」
女性陣、男性陣に分かれて入っていく。
お風呂に入るのなら、当然服を脱がなければならない。
「む~……」
「どうしました、イリヤちゃん」
「桜、去年に比べてすごく育ってない? 色々と。すごく」
イリヤの一言に、全員の視線が集中する。
アブナイ気配を感じ取った桜は、自分の体をサッと隠した。淡い水色の下着に包まれた双丘が少しだけ形を変える。
「成長期だからじゃないかな? 最近運動もしてるし」
「運動?」
「向こうの学校は武偵高で、管理局にも入ったから。魔術補助抜きの体力訓練とかもあるの」
「なるほど、道理で……」
「ね! おっぱい大きいのに体のバランスが取れてるよね!」
凛も興味深そうに桜の体を観察し始めた。イリヤは余計に興奮した様子で何度も頷く。
この年になって姉と一緒にお風呂に入ることも無ければ、裸体を見せ合うと言ったことは当然ない。
だが毎年みんなでこの銭湯に来ているという事は、毎年の成長を観察されているという事だ。
1年分おきに見られる方が、かえって変化がわかりやすいかもしれない。自分が諸事情のせいでほとんど成長しない体であることも、イリヤが特に反応する理由になっていた。
「凛は……まあ、そんなもんなんじゃない?」
実際に見られている分、その言葉には先ほどよりも憐みの感情が多分に含まれていた。
にっこり。
「どういう意味かしら、イリヤ?」
「痛い痛い!! 頭に食い込む指が食い込んでるっ!!」
めきめきと頭蓋骨に指がめり込んでいく。イリヤがじたばたと暴れるが、凛の握力は全く変わらない。
凛も言い返したかったが、成長しない幼児体形相手に『やーい、お前、幼児体形~!』と言ったとして、それはこちらが空しくなるだけだ。
「ほら、3人とも。そんなに騒いでは周りの迷惑になりますよ」
「そうそう、積もる話はお湯に浸かりながらゆっくりとね?」
すでに服を脱いだ舞弥とアイリが止めに入ると、凛はあっさりとイリヤの頭蓋から手を離した。
「ごめんね桜ちゃん」
「いえ、大丈夫ですよ、アイリさん」
桜は笑って下着を脱ぐ。
「でも……そうなのね」
「な、なんですか?」
謝ってきたにもかかわらず、アイリはジロジロと桜の体を観察している。
すべて脱いでしまったことで、恥ずかしさは先ほどの比ではない。
「うん。ちょっとね―――」
アイリは桜の耳元に口を寄せ、
「―――無事、翔君とは結ばれたのね。良かったわ」
「え……ええっ!?」
『結ばれる』の意味を悟り、真っ赤になる桜。いったいドコを見てそういう言葉が出て来たのか、もちろん思い当たる部位はあるが、まさか、そんな。
「ど、どうしてわかったんですか……?」
思わず聞き返す桜。
「そうね。今、分かったわ」
「今? ……あっ!」
ようやくカマをかけられたと理解するが、今さら遅かった。
「まったく、アイリも人が悪い」
「ふふ。だって桜ちゃん達も、私にとっては娘みたいなものなんだもん」
話しながら、女性陣は湯船に向かうのだった。
―――――――――――――――――――――――
「「「「乾杯!!」」」」
グラスが打ち合わされた。
テーブルに広げられるのは宴会用のオードブル。これもみんなが集まった時の恒例の光景だった。
銭湯から帰って、今度は夕飯の時間だった。
親戚がお盆に集まるように、この家族がこうして集まるのは当然になっていた。
「それで再会は出来たんだね」
「はいっ。今年の4月に!」
切嗣の問いに桜は笑顔で頷く。
「良かった。あれから学園島の学校に入学する学生を調査してみたが、彼は発見できなかったからね」
「もう、切嗣ばっかり先に桜ちゃんに連絡貰ってるんだから」
切嗣は一足先に桜からメールを受け取っていた。そのことにアイリは膨れていた。
「アイリ、いまだに電子機器が苦手ですからね」
この10年の生活で、舞弥からアイリへの呼び方は『マダム』から『アイリ』に変わっていた。
「そ、そんなことないわよ? 最近はパソコンだって使ってるし!」
「そうなんですか? だったらメールアドレスさえあれば送れますよ」
「え、あどれす……? ごめんなさい。私、検索しかしてなくて……」
携帯電話で電話する程度なら問題なく行えるようにはなったが、それ以上はなかなか難しかった。
「まあまあ、それを言うなら姉さんも苦手ですからね」
「うっ」
話題がそちらに流れてからというもの、すっかり黙っていた凛が喉を詰まらせた。
「な、何よ! デバイスを使えるのがそんなに偉いの!? 別にいいじゃない、困ってないんだから!」
魔術師は現代の機械に弱い。この場でその原則に当てはまっているのは凛とアイリだけだった。
魔術師の間にも技術革新の波が来ていた。いくら魔術師の家に生まれたと言っても、年頃の子供が電子機器を触れないという事はありえなくなってきている。
「イマドキ普通よ。私も拓哉も、もう自分のデバイスを持ってるんだから」
「ええっ!? 拓哉君も持ってるの!?」
「はい! 5年生になった記念に買ってもらいました!」
イリヤは得意げに鼻を鳴らしながら、拓哉は両手で持って自分の顔を半分隠すように自分のデバイスを披露する。
「私が拓哉君くらいの時は携帯を持ってる子だっていなかったのに……」
「そのくらい、日々色々と変わってきてるってことよ、姉さん。姉さんもデバイス持てばいいのに。ちょっといいAIを積めば、音声認識で自分で操作する必要はほとんどないよ?」
「別にいいわよ……あったってどうせうまく使えないし。余計なお金を使うつもりは無いわ」
凛が得意とする宝石魔術はその名の通り宝石を使用する、というか使い捨てにする金食い虫のような魔術だ。遠坂家も貧乏という訳ではないが、別に必要と感じていないことにお金を使いたくはないのだ。
「それは……そうかも……」
桜は桜で、凛が携帯電話すらまともに扱えない、魔術師の典型のような人物であることを思い出した。
「でも、せめて携帯くらいは使えるようになったほうがいいよ。連絡も取りやすくなるし、今回の翔君のことも―――」
「ああ、それは別にいいのよ。来月には実際に見れるから」
「はい……?」
凛の意味不明な言葉に、首を傾げる桜。
「ふふん、桜には言ってなかったけどね」
「言ってなかった? 電話が使えなくて連絡出来なかったの間違いじゃない?」
イリヤに睨みをきかせる凛。
「言ってなかったけどっ! ――――――私、来月から学園島の時計塔支部に行くから」
「……え?」
「ウチの師匠からの指令でね。エルメロイ先生を手伝って欲しいって――――――桜? 聞いてる?」
もちろん聞いてはいた。
「(姉さんが来るのは素直にうれしいけど、翔君に会う? 姉さんが? ……大丈夫かな? その、色々と……)」
桜は心の中でそう思うのだった。
色々と設定が変わって、みんな幸せになっています。