「そして、新たな種は蒔かれた」
島から飛び立っていく飛行機を見送りながら、ウォズはページをめくった。
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ここは遠阪邸。滞在期間中に凛が私室として使っている部屋だ。
「それじゃあ姉さん、明日も早いし、私はもう寝るから」
「そうね。と言っても、『向こう』ですぐに会うことになるけどね」
「そうだね」
桜は笑って頷く。
凛が学園島に来るとカミングアウトしたのは、何の冗談でもなかった。それどころか、このまま時計塔に戻ることも無く学園島へ向かうつもりだ。
お互い、冬木への滞在時間は知っていた。桜が帰る日に合わせて凛も計画を立てていたのだ。
流石に飛行機の便まで一緒ではなかったが、明日の夜には凛も桜も学園島にあるベッドで眠っているだろう。
「ふふ、私、意外とワクワクしてるみたい。桜の『カレ』がどんな人なのか」
「あはは……まあ、翔君も忙しいし、すぐに会えるかは分からないけどね……」
「大丈夫よ。今は一緒に住んでるんでしょ? だったら姉として、ちゃんとあいさつしないと」
「う、うん……」
桜は翔と一緒に住んでいることは話してしまっていた。
だが、2人で住んでいるわけではないことは話していなかった。シェアハウスと言えば聞こえはいいかもしれないが、実態は世間の常識とはかけ離れた爛れた空間だ。
タイミングを逃した桜は、とうとうそのことを言えずにここまで来てしまった。
「(どうせだったら、最初から正直に言えばよかった……!)」
嘘とは長引けば長引くほど訂正し辛くなる。隠しておこうにも、凛は会う気満々だった。それを訂正させるのは不可能だ。
「(寝ればいい考えが思いつくかも……)それじゃあ、おやすみ、姉さん」
「うん、おやすみ、桜」
そう言って桜は自分の部屋に戻っていった。
「さてと……」
凛は荷造りを再開した。着替えを詰め込み、魔術の触媒になる宝石のストックを確認していく。
「ん? これって……」
凛は宝石箱の中に転がっていたモノを手に取る。
「何だったかしら……」
少なくとも凛の知らないものだった。懐中時計のような形だが、時を刻むはずの針が無い。その代わり、『2012』の文字があった。
「誰が入れたのかしら……」
悪戯にしても、こんなおもちゃを荷物に忍ばせるような相手に心当たりが無かった。
「……まあいいわ」
凛は特に深く考えずに、荷造りを再開するのだった。
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「ふう、明日から学校かぁ」
机に座るメガネの少女、『暁美 ほむら』は憂鬱そうに息を吐いた。
楽しかった夏も過ぎ去り、明日からは学校が始まる。その事がほむらの心に重くのしかかっていた。
それは単純に休みが終わるという気持ちからではなく、武偵としての生活が始まることに対しての不安だった。
ほむらにはある種の才能があった。豊富な魔力に加え、レアスキルに近い反則的な魔法、『時間停止の魔法』が使えたのだ。
だがその反動か、他の魔法がまともに使えなかった。基本の基本である身体能力強化と念話がかろうじて使えるという程度だ。
さらに言うと、ほむらは絶望的に運動が苦手だった。普通の銃や剣の扱いも、徒手格闘もうまく無い。
そのため、せっかくの能力も宝の持ち腐れになっていたのだ。そもそも性格的に他人と争うことが絶望的に向いていなかった。
どうせ高い魔力を持って生まれたのだからと選んだ道だったが、それが仇になっていた。親友である『鹿目 まどか』がいなければ、この夏にはドロップアウトしていてもおかしくは無かった。
「はぁ、銃の手入れしとこ……」
デバイスの格納空間から拳銃を取り出す。机の上に敷物を敷き、分解を始めた。ここ一月まともに撃っていなかった銃はそこまで汚れていない。一種の現実逃避のための行為だった。
攻撃魔法が苦手なほむらにとって、拳銃は大切な獲物だ。撃つ時には決まってへっぴり腰になり、マズルフラッシュに驚いて目を瞑るせいてまともに当たらないとしても。
そんなほむらの部屋、閉められていたはずの窓を通り抜けるものがあった。黄色い人魂だ。その中心には『2007』が刻印された時計がある。ソレは、音も無くほむらの背中に吸い込まれていった。
「……?」
何か気配を感じたのか、後ろを振り向くほむらだったが、その時にはすでに体の中だ。
ただ、足と服の隙間から、砂が落ちるだけだった。
さらさらと。落ちるだけだった。
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「―――ふっ!!」
アイズの剣閃が何人もの人間を吹き飛ばした。実際に切り裂いたわけではなく、纏っていた風を叩きつける打撃のような技だが、コンクリートの壁に叩きつけられて一撃で昏倒させられる。
「このッ!!」
横にいた男がマシンガンを構え、弾丸をばらまく。しかしアイズを取り巻く風によって、全ての弾丸が明後日の方向に飛んでいく。
「はっ!!」
上段から剣を振り下ろす。上から下に叩きつけるような暴風が、男を地面に押しつぶす。
「ふぅ……」
「よし、これで全員だな」
今日のリーダーであるリヴェリアの声で、アイズは戦闘の緊張を解く。それと同時に纏っていた風が収まった。
夏の騒ぎに乗じて増えてしまった犯罪者を狩る依頼を受けたロキ・ファミリアは、連日島中の犯罪者を逮捕して回っていた。
アイズが剣を鞘に納める。するとティオナが勢いよく、後ろからアイズに抱きついた。
「アイズ~! なんだか最近調子いいんじゃない?」
「そう、かな?」
「ああ。前よりも魔法の精度が上がっているように思えるぞ」
「ありがとう、2人共」
2人に褒められたアイズは、嬉しそうに表情を変えた。
そしてその夜。アイズはロキの部屋で、ステイタスの更新を行っていた。
「ほい、終わりや」
「ん……」
上に跨っていたロキがアイズからどける。
ステイタスの更新のためには背中を露出する必要がある。まくり上げていたシャツを元に戻しながら、アイズは起き上がった。
「ふ~む、ふむふむ」
ロキは、アイズのステイタスの書かれた紙を見てうんうん唸っていた。ステイタスを更新すると、まるでプリンターの様にこの紙が作成されるのだ。
「リヴェリアに聞いたんやけど、最近調子いいみたいやなぁ」
「うん。そうなのかも」
「ステータスもずいぶんと伸びとるよ。数値にも現れるなんてなぁ」
「そうなの?」
紙に書かれている文字はアイズには読めない。そのためどのくらい数値が変わっているのかが分からないが、実際そうなのだ。
自分の子供の変化には敏感なロキ。何か理由があるのか気になっていた。
「なんかコツとかあるん?」
「うーん?」
アイズは少し考え、
「鍛えてるから?」
「ぷっ、あはははっ! それはそうやな!」
「うん。最近は鍛えてる」
「うんうん、それじゃあ、今後も続けてもらおかな」
「うん」
そう言ってアイズは部屋を出て行った。
「鍛えてるかぁ。やー、若いってええなぁ」
「あなたが言うと、別の意味に聞こえますね」
「何でや!!」
独り言のつもりで言ったロキだったが、アイズと入れ替わるように部屋には行ってきたフィンにツッコまれてしまう。
2人は向かい合って座る。
「それで、やはり今回も」
「そやな、今回も要請があればウチらが手を貸すことになった」
今回も、というのは数年前に有ったJS事件のことだ。あの時もロキ・ファミリアは機動六課と協力して事件の解決にあたった。
「分かりました。それでは、いつでも動けるように準備しておきます」
「ん、よろしく頼むわ~」
話題が移る。
「それと、イ・ウーの件ですが」
「ああ、リーダーがいなくなって事実上の壊滅したって?」
「それをやったのが、夜月 翔だとか」
「驚きやなぁ。ベートとの戦いを見た時からやるもんやとは思ってたけど、まさかここまでとは」
あはは~、お気楽に笑うロキだったが、内心では、
「(ま、あの夜月 翔ちゅーガキ、あの予言に関係しとるらしいしなぁ。むしろ頭角を現してきたってとこか……)」
「どうかしましたか?」
「……そやな、フィンには伝えといたほうがええかもしれんな」
ロキは予言の話をした。全てを聞いたフィンは頭を抱えていた。
「はぁ、そういうことは先に言っていただかないと……」
「あはは~、まあまあ、細かいことはええやん―――そんじゃ、そっちも合わせて頼むわ」
「―――はい。わかりました」
一瞬で真面目な表情になったロキに、フィンも硬い声で返すのだった。
一方アイズは、自らの部屋に戻っていた。
物が少ない簡素な部屋だ。アイズに何かを集めるような趣味が無いからか、無駄な小物の類が全くない。
そんな中でも、ひときわ目立つものがあった。
「これを拾ってから、なんだか調子がいいな」
それは『2005』と書かれた時計だった。数日前、依頼を受けに行く直前で、部屋の中に転がっていたことに気が付いたモノだ。
帰ってきたら捨てようと思い、帰ってきてからは明日捨てようと思い……いつの間にか机の上の棚に定位置を作っていた。
確かにアイズとしても、このところ自分の鍛錬がいつも以上に身になっていると感じていた。しかし、他から見ても、さらにはステータスという数値にも現れるなんて。
実は最初のころ、アイズが効果を実感し始めた頃に、リヴェリアにこの時計を見せたことがあった。何かそう言うまじないのかかった品ではないのかと思ったからだ。
リヴェリアの結論は『ただの玩具』。この時計に特別な力が無いというものだった。
「でも、実際効果が出てるわけだし」
たとえ特別な力が無いとしても、人のプラシーボ効果というのは馬鹿に出来ない。
「私は、もっと強くならないといけない―――」
だったら、玩具だろうとうまく利用しなければ。
「明日は休みだし、しっかり鍛えよう」
そう考えたアイズは、部屋の電気を消し、布団に潜り込むのだった。
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「あ~、よかったぁ」
「ああ。病院には予備電源があるからね。病院が直接襲われない限りは集中治療室の患者さんは大丈夫なんだよ」
担当医の言葉に、ほっと胸をなでおろすユウキ。
《もう、慌てすぎだよ、ユウキは!》
「だってだって! 外は本当にすごいことになってたんだよ!」
スピーカーから聞こえてくる声に、ユウキはムキになって言い返した。声の主はユウキの目の前で横になっている人物だ。
透明なアクリルガラスに遮られた無菌室、そこでベッドに横たわりながら、頭を巨大な機械にすっぽり覆われている。女性と言われなければ性別も分からないほど、その体は痩せ細っていた。
この少女の名前は『紺野 藍子』。ユウキの双子の姉に当たる人物だった。
紺野家は父、母、ユウキ、藍子、全員揃ってとある難病にかかってしまった。
唯一の希望は学園島で開発されていた試験薬だった。その希望に縋り、そして家族の中でユウキだけがこうして回復した。外で飛び回れるくらいに。格闘技の大会に出場出来るくらいに。
だが、家族で平等に薬の効果が出たわけではなかった。
父と母には効果が表れずにそのまま亡くなってしまい、姉である藍子は容体を安定させることしか出来なかった。
それ以来、藍子は医療用のVR機器であるメディキュボイドに繋がれ、そこで生活するようになったのだ。
「それじゃ、ボクはそろそろ帰るね」
《うん、それじゃまたね~》
別れを告げてユウキは病室出る。そして扉が閉まると同時に、担当医が口を開いた。
「紺野さん、少しいいかな?」
「はい? なんですか?」
その内容は、年の割に飄々としているユウキの表情を凍り付かせるに十分なものだった。
「え、それ、って……」
「もちろん、今日明日なにかあるのか、という訳ではないけどね」
それは、藍子に投与している薬の効果が薄くなってきているという話だった。
「で、でも! このままじゃ……!」
「紺野さん、落ち着いて。何度も言うけど、今日明日何かあるわけじゃないよ」
「……はい」
何年も、それこそ両親が逝ってしまうその時も診てくれていたこの担当医のことを、ユウキは信頼していた。
だからこそ短い言葉で落ち着くことが出来たのだ。少なくとも表面上は。
「大会に出るって言ってたから、その期間中は言わないようにしてたんだけどね」
「え、じゃあ……」
「兆候自体は今年の4月から出ていたんだ。でも―――」
ユウキの視界が暗くなる。
「(そんな、4月、から? ボクは、ずっと何にも知らないで……)」
「―――さん? 野さん? 紺野さん!」
「は、はいっ!」
「大丈夫かい? 一度、落ち着ける場所に移動したほうが良いかい?」
「い、いえ! 大丈夫です!! すみません、今日はこれでっ」
ユウキは逃げるように病院を後にした。
治療のためにこの島に移り住んでからというもの、両親の代わりに姉妹2人で助け合って生きてきた。
両親が死んでしまってもこうしてやってこれたのは、姉がいたからだった。お互いに励まし合っていたからだ。その姉がいなくなってしまう、かもしれない。
「どうしよう、どうしよう……!」
ユウキの心はかつてないほど、ぐちゃぐちゃに乱れていた。
いつの間にか、ユウキは自宅に辿り着いていた。一人暮らし用の学生寮だ。
「はぁ……」
少しだけ落ち着いたユウキはため息を吐きつつ扉を開けた。簡素なワンルームだが、年頃の女の子の部屋らしく、可愛らしい家具や小物が並んでいた。
そんな部屋の中に、
「やあ、帰ってきたな」
「っ?! だ、誰ッ!?」
見知らぬ男が座っていた。
相対するまで気配に気づくことが出来なかった。
「あなた、誰? ここ、ボクの部屋なんだけど?」
「まあそう言うな。姉の話を聞いてきたんだろう?」
「な、どうして、そのことを……」
ユウキは背筋に悪寒が走った。そのことを知っているのは自分と担当医だけ、なんていうつもりは無いが、少なくとも知らない人物が知っているはずがない。
「そんなことはどうでもいい。説明したところで、理解は出来ないだろうからな。重要なのは、俺がお前の姉を救う手段を持っているという事だ」
「……何それ。信じられないよ」
「それは道理だな。だが、いいのか? 俺の手を振り払っても。唯一の家族なんだろう?」
「……っ」
「それとも、都合の良い奇跡やヒーローを待つのか?」
「ボクは……」
ふらふらと伸ばされていくユウキの手。
その手に、『2015』と書かれた時計が手渡された。
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「今回の事件で、我が魔王の存在は広く知られ、我が魔王の力も次の段階に進みつつある。物語は、一度幕が下ろされ、また開かれる」
ウォズは一度本を閉じた。
「再び幕が開かれる時を、お楽しみに」
そう言い残し、その場から消え去るのだった。
ここまでで8月編は終了になります。
次回からは幕間を挟み、六課入隊編が始まります。お楽しみに。