「あ゛~、やっと帰ってこれた~」
疲れた体を引きずって、俺はようやく家に到着することが出来た。
もう寝る。仮眠とかじゃなくてしっかりとベッドで寝る。おいしいものを食べてぐっすりと。
そう思ってドアノブにかけた手が止まる。
「まさかとは思うけど、ここに入ったらまた怒られるんじゃ……」
妹達の一件を思い出す。あの時ドアを開けた先には、激怒したみんながいたんだよな。
雪菜とコッコロが一緒に行ったとは言え、敵の本拠地に勝手に乗り込んだわけだしな。
「いやいや、まさか」
乾いた声で笑いながら、ドアを開けた。
「ただいまー……」
恐る恐る中に入る。
「誰もいないか?」
びくびくしながら家の中に入っていくが、家の中はしんと静まり返っていた。
「まさかな……」
こんな連戦はもうやめて欲しいが……まさか、イ・ウーの誰かが敵討ちに来たか? それともウォズがまた意味不明なことを言いに来たか?
そんな風に警戒していたが、
「帰ったか」
「お疲れ様です、翔。今回も大変でしたね」
リビングにはアルトリアとオルタが普通にいた。
「ただいま。みんなは?」
「皆、働きに出ている。クロとティナは友の家に行っている」
「雪菜とコッコロは上で寝ています」
「あー、そっかそっか」
怪獣騒ぎのせいで、どこもかしこも人手が足りないんだったな。
今はお昼を回って午後の3時だ。そりゃまあ、まっとうな人間や企業なら活動している数の方が多いだろうな。
「ふー……そっかそっか、みんななんか言ってた?」
「いえ、特には?」
「兵は拙速を尊ぶ、という言葉があるだろう。今回に限って言えば、お前の判断は正しかった」
「そうですね。元々こちらは隙を突かれていたのです。限りある戦力で、最高の戦果を。もともと戦場に『安全』なんてありませんから」
2人はずいぶんと高評価をしてくれているみたいだ。
「他の者もおおむね同じ考えだったぞ」
「はい。それよりも、あなたが戦っているレベルを知って、やる気を出していましたよ」
それならよかったけど。
「それをいうなら、2人ともお疲れ。どうだった? この時代に召喚されて、初めての戦闘だったけど」
この2人には怪獣の相手も任せていたんだったな。
「問題は無かったな」
「そうですね。前に召喚された時と大きな違いはありませんでしたよ」
「ま、流石に宝具を2回使われると俺の方が持たないけどな……」
この2人の場合、剣技だけでも十分の場面も多いかもしれないけど、切り札が使えない状態で戦闘してもらうのは少し怖い部分もある。
話をしていると、俺の端末が振動した。
「ん?」
メールだ。聖天子様から。
内容は……なるほど、明日依頼満了のあいさつを正式にしたいってことね。俺は了解の旨を返信した。
「ああ、そう言えば」
今回、聖天子様の依頼を達成したから、新しい女の子を召喚できるんだったな。
確認すると、女の子ガチャのポイントが増えていた。正式な完了報告前だが、依頼期間が過ぎていれば、依頼完了扱いになるらしい。
そのことを2人に伝える。
「そうなんですか。私としては複雑な気分ですが、早めに召喚したほうがいいでしょうね」
「召喚したらお前も少し休め。その間に、私達がここのルールを叩き込んでおこう」
「新人いびりはやめてくれよ……」
弱気な女の子なんて、オルタの視線が向けられただけで物陰に隠れてしまうだろう。オルタとか、その辺りの配慮なんて絶対できないだろうし。
「それじゃあ……」
俺は女の子のガチャを回した。
「………………」
「翔? おや?」
「おい、どうした? む?」
2人も何かに気が付いたようだ。
「この気配、召喚されたのはサーヴァントですか?」
「そのようだな。もっとも、すでに最良の私がいるからな。出番はないだろうな」
「私が? 『我々が」の間違いでしょう?」
2人は呑気にしゃべっている。
だが俺は、内心焦っていた。慌てていた。ともすれば、アリアが攫われてしまった時と同じくらいに。
「(ヤバいか? ヤバいよな? 絶対ヤバいな!!)」
カチャカチャと、鎧が擦れる音と階段を下ってくる音が聞こえてくる。もう時間が無い。
俺のデバイスに表示されていた女の子の名前は、
『モードレッド』をゲットしました。
「セイバー、モードレッド推参だ。父上は――――」
「「――――――」」
召喚の口上を述べていたモードレッドだが、その威勢の良いセリフがぴたりと止まる。
ひやりとした殺気が俺の後ろで研ぎ澄まされていく。
「ちょま――――」
俺の静止の声よりもはるかに大きな轟音が響き渡る。魔力の波動が部屋に亀裂を入れ、物理的な衝撃が壁を突き飛ばした。
「ああ……」
気が付いた時には壁に大穴が空き、モードレッドの姿は消えてしまっていたのだった。
――――――――――――――――――――――――
「おはようございます……大丈夫ですか? ずいぶんと疲れているようですが」
「いえ、聖天子様の時間を無駄に取らせるわけにはいきませんから」
アハハ、と笑う俺。
横の雪菜とコッコロが本当に大丈夫なのかと言いたそうな顔を向けてくる。
「ダイジョブ、ダイジョブ」
「そうですか……?」
「主様……なんとお労しい……」
あの後は本当に大変だった。
いつか来るとは思っていたけど、ここで来ることになるとはね……こういう、仲の悪いキャラクターが召喚されてしまうことが。
来るとすれば、やっぱりFate系のキャラクターだろうとは思っていた。アルトリアが来た時点で、爆弾になりそうなキャラクターはいた。そしてそのキャラクターが召喚された。それだけの話だ。
あの時、オルタを止めるために結局令呪を使うことになった。この世界での初令呪だったな。
だが、その時にはすでに壁は切り裂かれ、大穴が空いてしまっていた。
――――――――――――――――――――
昨夜、リビングにて
「やっぱりダメか?」
「反逆者と肩を並べるつもりは無い」
「――――」
オルタは絶対に曲がらず、アルトリアは徹底的に無視だ。
「……父上がなんと言おうと、今のマスターはこいつだ。マスターが言うなら従うだけだ」
「よくも吠えるな」
「オルタ……」
―――――――――――――――――――――
3人の仲は絶望的だった。
その為、現在モードレッドは部屋に籠っている。軟禁状態と言っても良い。
サーヴァントであるため食事も排泄も必要もないため、本当に部屋から出てきていない。まだ1日も経っていないが、多分ずっと。
オルタも、とりあえず見ただけで攻撃を始めるような状態ではなくなってくれたけど、同じ空間にずっといられると、こっちが参ってしまう。
こうしてまた、悩みの種が増えてしまったという訳だ。
「疲れているように見えても、それはこちらのお話なので……」
「そ、そうですか?」
はぁ、壊れた壁は狂三の能力で直してもらったからいいんだけどね。長年の不和はそううまくはいかないな。
「それは……大変でしたね」
「いえいえ」
聖天子様は気の毒そうな顔をするが、
「それでは改めまして」
雑談になってしまいそうだった空気を引き締める。
「今回の護衛の件、ありがとうございました。このあいさつで、その任を完全に解きたいと思います」
「いえ、こちらこそ、ご贔屓にしてもらって、ありがとうございます」
思い返すと、武偵として正式に受けた仕事は聖天子様のものしかないと思う。ああ、探し物とかガイアメモリ関連の仕事もしたっけか。
そうだとしても……なんだこれ、俺はずいぶんと偉い人とかかわりがあるな。Rランクみたいじゃないか。
「でも申し訳ないですね。8割くらい遊んでいましたから」
「ですが、楽しいひと時でございました」
「そうですね。結果的に私には何もなかったので良かったのではないでしょうか」
聖天子様も楽しめたのなら何よりです。
実際の襲撃でもそれなりに役に立ってたよな? 立ってたよね?
「はい、それはもちろん」
聖天子様は笑顔で答えてくれた。
「最初の襲撃を乗り切れたのは翔さんのおかげですよ。最終日も、怪獣を撃退できたのは翔さんのおかげでしたし」
「先輩はすぐに離れてしまって分からないかもしれないですけど、あの後周りの反応がすごかったんですよ」
「はい。特にラ・フォリア様とライネス様が」
「なぬ!? そうだったのか……」
緊急事態だったから会話もそこそこで、この夏はもう会うことも無いだろうけど、次が怖いな。
「特にラ・フォリアさんは先輩にすごく興味を持ったみたいで。だから先輩、次に会う時には気を付けてくださいね」
「はい。主様は女性の方には流されてしまいやすいので」
「そうですね。あの顔になったラ・フォリアは何かを企んでいますから」
「え、聖天子様まで……?」
ちょっとショックだ。
「い、いえ! もちろん翔さんが頼りになるのは重々承知しているのですが! 私はラ・フォリアの強引さも知っているので!」
ちょっと大げさなくらい謝ってくる。
もちろん冗談だ。ラ・フォリアの思考が読めないのは俺も知ってるし、いざ何か言われれば、自在に操作されてしまう自信がある。
「そこに自信を持たないで下さい……」
「油断してると既成事実を作られて、アルディギアに連れて行かれるかもしれないな」
「さ、流石にそのようなことは、しないとは……」
否定しようとした聖天子様だったが、途中で声がしぼんでいく。やりかねないと思われたんだろう。
「それで、ですね。次のお話ですが」
「次ですか?」
はて、次とは何だろうか。このほかに重要なことがあったっけ?
「はい、次の護衛の件についてです」
「え、ちょま、次って、そういう『次』ですか!?」
さらりと出て来た言葉に、俺も滑らかに言葉を出せなくなる。
「はい、そのつもりでお呼びしたのですが」
さも当たり前のように言って来る。
「せ、聖天子様? 先輩は来月から管理局の特務六課に配属されるので、これまでの様には時間が取れないと思うのですが……」
「それは存じています。なので、予め予定を聞いておきたいと思いまして。それに八神さんなら、多少の融通もききますから」
そんな、権力をチラつかせなくても。
「どうしてそこまで俺を?」
「どうして、と言われましても……翔さん以外を雇う理由がありますか?」
「む……」
前回の暗殺を防ぎ、内部にいたストーカー(保脇)を炙り出した。もちろん聖天子様には傷一つつけていない。
今回も結果的に成功。俺は怪獣騒ぎであちこちを飛び回っていて、しっかり護衛をしていたかと言われれば微妙だけど。
「それは私が言ったことですから。結果的にあなたは、私の身だけではなく、島も守り切った。実績と信用を考えれば、『もう一度』という話が出るのは難しくありませんよ」
「まあ、そうです、ね……」
「ちなみに、すでに許可はとってあります」
「はっや……」
行動が速い。
「一つお聞きしますが……」
雪菜が口を開いた。
「先輩を再び雇用する、というのは聖天子様の判断ですか?」
「え? ええ、そうですよ。天童閣下にも確認したところ、すぐにOKを貰えたので」
ああ、天童菊之丞閣下ね。そう言えば護衛初日にちらっと会ったな。
「……それは天童閣下から言われたものではないんですか?」
「そうですね。閣下に言われる前に私から提案しました」
雪菜は何を考えて行っているんだろう。
「いえ、このまま先輩が聖天子様の護衛を続けていくと、勝手に公認の護衛として認識されてしまうのではないかと思ったんです」
「あー、なるほどね」
長く続けていれば、その人がやるのが当然になる、という感覚だ。
「それに先輩も聖天子も、ラ・フォリアばかり警戒していますけど、今一番先輩に近い権力者は、聖天子様ですから」
「ですがわたくしは」
「分かっています。聖天子様にそんなつもりは無いことは。でも、聖天子様の上にいる人にとってはそうじゃない」
「それは、そうですね……」
「えと……?」
中々話が難しいのか、コッコロは首を傾げていた。
つまり、天童菊之丞が俺に対して何かアプローチをしていないかという事だ。
「はい……翔さん、申し訳ありませんが、今回のお話は一度保留にさせていただいても―――」
「いえ」
俺は聖天子様の声を遮り。
「やります。何かあれば知らせてください」
「翔さん?」
「先輩っ」
「上の思惑が何であれ、それは聖天子様には関係ないでしょ。危険があるというのなら、どうにかしますよ。俺が出来る範囲で」
「ですが、それは……」
「『自分から選ぶ』のと『いつの間にか取り込まれている』のでは全然違いますから。俺はあくまで聖天子様の味方です。そちら側の、他の誰の命令も聞くつもりはありませんよ」
「っ、あ、ありがとう、ございます」
当たり前のことだ。
「……はぁ、先輩がそういうのなら。分かっていたことですけど」
「そうでございますね。それが主様です」
雪菜とコッコロは呆れとも、あきらめとも言えない表情で、そう言うのだった。
―――――――――――――――――――
その夜。
「失礼します」
「ん、ああ。これは聖天子様。どうされましたか、このような時間に、このような老体の部屋に」
聖天子は菊之丞の部屋を訪れていた。菊之丞は聖天子の補佐官という事もあり、聖天子と住まいを共にしているのだ。建物は別になっているが。
時間も時間だ。2人共寝間着に身を包んでいる。
だが、そこまで長い時間話すつもりは無い。確認したいのは1つだけだ。
「一つ、お聞きしたいことがあります」
「ふむ、何でしょうかな?」
「私の護衛、翔さんのことについてです」
「フム?」
菊之丞はとぼけたようにあご髭を弄った。
「彼に何かしようと考えていますか?」
駆け引きなど考えない直球の言い方だった。
「何か、と言われましてもな。もっと具体的に言っていただかなくては」
「それは……ですから、私を起点にして彼を利用して、我々の利益になるようなことを考えているのでは、と」
「ですが、彼の雇用を続けたいと申されたのは聖天子様では? 私はそれに対して、首を縦に振っただけに過ぎませぬ」
「それでは、そのようなことは何も考えていないと?」
「それはもちろんでございます。聖天子様のご友人相手に、そのようなことは」
「……そうですか。分かりました。お時間を取らせました」
一応の納得をした聖天子は菊之丞の部屋を出ていくのだった。