夏休みも残り2日になったこの日。夜ご飯を食べ終えた時のことだった。
「ふう……」
アスナが疲れたようなため息をついた。
「おや、アスナ様。お疲れですか?」
俺と同じことを思ったのか、食べ終えたお皿を運んでいたコッコロが問いかける。
「何か疲れるようなことしたっけ?」
諸々の事件も片付き、今日は1日中家でのんびりしてたと思うんだけど。
「今日の、っていうか、昨日までの疲れが取れてない感じかな。こんなに体を動かすのって初めてだったから」
「あー……」
そう言われて納得する。
アスナはゲームの中でこそ超人的な動きと剣技で戦う剣士になるが、現実世界では本当の意味で普通の女の子だ。
ゲームでも疲労は溜まるかもしれない、だが現実で実際に体を動かしての戦闘は、ゲームの疲労の比ではないだろう。
それに夏も働きっぱなしだったと考えると、確かにお休みも欲しくなるかもしれない。
「じゃあ、どうしよっか……」
疲労回復の方法なんて、寝る以外に思いつかないぞ。
「もー、大丈夫だって。私よりも働いてる翔君が平気なんだし。明日ゆっくり休めばすぐに元通りになるから」
そう言って笑うアスナだったが……うーむ。
「それはいけません。アスナ様、良ければわたくしがマッサージなど致しましょうか?」
「へぇ~、コッコロちゃんマッサージできるの? じゃあちょっとお願いしようかなぁ」
「はい。お任せください。わたくし、主様にもマッサージをしているので……アスナ様に同じマッサージは難しいと思いますが」
「翔君に、マッサージ? ふぅん? そういえば、そう言う事もしたんだよね、翔君?」
メアからの情報提供のおかげで、俺の性事情はすべて筒抜けだ。プライバシー的な観点からどうかとは思うけど、それ以上のクズ行為をしている俺は口を挟めないんですよね。
どれ、刑が確定する前にこの場を離れると致しましょうかね。
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「というわけなんだよ」
《あ~、なるほどねぇ》
部屋に戻った俺は、理子に電話していた。
用件はもちろんアスナに関してだ。女性の疲労回復の方法なんて全く分からない俺は、その手の知識の豊富そうな理子を頼ることにしたのだ。
「つか、理子いつ帰ってくるんだ? もう明日で夏休み終わりなんだけど?」
《予定では明日の夜だよ~。荷物置きたいからその日は向こうに帰るけどね》
向こうというのは、元イ・ウーメンバーであるジャンヌや夾竹桃と一緒に借りている部屋のことだ。
「ギリギリだな。や、まあ桜もそういう予定らしいけど……」
《向こうは向こうでお姉さんに会ってるんでしょ? ギリギリまで一緒にいたいんじゃない?》
「お姉さん、か……」
それが誰を指しているのか、俺には心当たりがあった。まあ、今はここにいない人のことを考えていても仕方がない。
「それで、アスナの事なんだけど」
《ああ、おけおけ、それはこっちで考えてみるよ。やっぱりお世話になってる人にはリフレッシュしてもらいたいよね~》
「そうだよな。申し訳ないけど、お願いしてもいいか?」
《まっかせて~……どうせ、最後は翔君が仕上げすることになるんだしね》
そんな感じで、リフレッシュプランは理子に任せることになった。
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翌日、3人の女性が並んで歩いていた。
メンバーはアスナ、アリア、そしてジャンヌだった。
3人とも、理子からのメールで呼び出されたメンバーだった。
翔が想定していたのはアスナだけだったが、蓋を開ければこのようなメンバーになっていたのだ。
「なんだか不思議だね。この3人で集まるなんて」
「そうね。あたしはジャンヌとは何度か会ってるけど」
アスナの言葉に、アリアはちらりと横を見ながら答える。
視線を向けられたジャンヌは、目を瞑りながら鼻を鳴らした。
「フン、お前の弁護士と会うためにだがな」
「ああ、司法取引で……」
アスナは納得して頷いた。
犯罪者であるジャンヌや夾竹桃、そして理子がこうして自由に過ごせているのは、司法取引をしているからだ。
アリアの母にかけられた冤罪について証言することを条件としている。
そのため度々話し合いの場が設けられていた。
ジャンヌが言いたいのは、つまりそういう事情があるからであって、アリアと好き好んで仲良くしているわけではないということだ。
「でも、2人ともしっかり協力してるよね」
「そうしなければ即座に刑務所だからな。私も別に、組織に対してそこまで忠誠があったわけではない。自分の身を守るためなら、いくらでも話すさ」
「それに敗者が勝者の言うことを聞くのは当然だもの。あのジャンヌダルクの子孫って言うならなおさらね」
その言葉に、ジャンヌはピクリと眉を吊り上げた。
「言っておくが、私達は夜月 翔に負けたのであって、お前に負けたわけではない。さも自分の手柄のように言っているがな」
「あたしのパートナーが倒したんだから、別にいいでしょ!」
「パートナーにしては、ずいぶんと浮気癖があるようだがな、あの男は。せいぜい他の誰かにとられないように気を付けることだ」
「なんですってぇぇぇぇ!!」
「ま、まあまあ、2人とも!」
アスナが慌てて止めに入る。
元々が敵同士だったのだ。戦いが終わったからと言って、そう簡単に仲良くできるものではない。何食わぬ顔で一緒に生活出来ている理子の方が大物なのだ。もっとも、理子には他の目的があって翔の家にいるのだが。
それがどうして、今回は一緒に出掛けているのか。
「あっ、ほら、もうすぐ着くよ!」
「みたいね」
「ふむ」
それは理子から、とある施設のチケットを貰っていたからだった。
「いらっしゃいませ」
施設の中に入ると、明るい色調の受付があり、そこにいる店員が頭を下げてきた。
そう、今回3人が訪れたのはマッサージ店だった。
「な、なんだか緊張するね」
「そうね……」
こういった場所に慣れていないアスナとアリアがひそひそと話していた。
そんな中でも堂々としているのはジャンヌだ。
「峰理子の名前で予約が入っているはずだが」
「少々お待ち下さい」
店員が端末を操作する。
「確認が取れました。こちらにどうぞ」
案内されるがままに、3人は店の奥に入っていく。
「今更だけど、今日受けるのどんなコースか全く知らないよね」
アスナが思い出したように口にする。
「そうだな。理子からのメールにも、場所と時間の指定しかなかったからな」
「そうだけど、マッサージはマッサージでしょ? 寝転んでたら終わるわよ」
適当な雑談を交わしながらも、店員の後ろをついていく3人。
「それでは、こちらで施術着にお着換え下さい」
そう言い残して、店員は扉を閉じた。
「ま、それもそうよね」
まさかこのままの服装でマッサージをするわけがない。施術着とやらは、かごの中に準備されているようだ。その横には着てきた服をひっかけるためのハンガーが準備されていた。
アリアは何気なくかごの中を見て、
「……え?」
固まった。
「どうかしたのか?」
「これ……」
アリアは施術着を摘まみ上げた。
そう、それらは摘まみ上げられるほどの面積しなかった。下はいつも身に着けている下着とほとんど同じ面積、上はへそから上の胸元を覆う布地だ。色はどちらも白になっている。
どちらも極端に面積が少ないという訳ではない。だが、急に誰かが用意した水着に着替えろと言われたようなものだった。
「こっ、これに着替えるの!?」
「そのようだな」
それを見てもジャンヌは落ち着いていた。
隣のかごから施術着を取り出す。頷くとすぐに着替え始めた。
「ほ、ホントに!?」
「何をそんなに恥ずかしがっている」
「ジャンヌさんは経験あるの?」
アリアと同じように尻込みしていたアスナの問いに、
「ああ。このタイプの施術着は単に体を揉み解すだけではない。肌のケアで美容液やオイルを塗るだろうな」
そう言う間にも着替えを進めていたジャンヌ。
モデルの様に引き締まった体が惜しみなく晒された。極限までシンプルな水着のような服だが、それが逆にジャンヌの長い手足を引き立てていた。
腰に手を当てて立っているだけだが、それがそのまま雑誌の表紙を飾れそうなプロポーションだ。
「何をためらっている? これは病院で聴診器を当てるのと何も変わりは無い。あまり時間をかけると店にも迷惑がかかるぞ?」
「そう、だよね」
「ううう……っ、しょ、しょうがないわね……!」
顔を赤くしつつも、2人は着替えるのだった。
着替え終わった3人は従業員に連れられて、ベッドが3つ並んだ部屋に通された。何やらお香がたかれているのか、甘いにおいが充満している。ベッドは仕切りによって区切られていた。
「それでは、そちらにお願いします」
3人はそれぞれのベッドに仰向けに寝かされ、マッサージ師も準備する。
「それでは、失礼します」
「ああ。よろしく頼む」
横になったジャンヌはリラックスして目を閉じた。
「あれ? お嬢ちゃん、もしかしてお姉さんがコースの選択間違えちゃったのかな? 小学生はこのコース受けられないはずなんだけどな……」
「……あたしは高2だから。2度と間違えないで」
「……? え?」
青筋を立てたアリアに、マッサージ師は首を傾げた。
「ふふ、お客様、そんなに緊張なさらずに」
「は、はいっ、ひゃうっ!?」
ぬるりとした液体が纏わりついた手で触られたことで、変な声が出てしまう。
「(は、恥ずかしい……! 大丈夫、大丈夫。これはマッサージだからっ)」
店員は慣れた手つきでアロマオイルを塗り込んでいく。手の平の中で人肌に温められたどろりとした液体が薄く伸ばされる。
「け、結構際どいわね」
「大丈夫ですよ、リラックスしていてくださいね~」
アリアは寝た状態から首を動かして、自らの手を這いまわる手を見ていた。両手がぴくぴくと動いている。何とか自制して体を動かないようにと我慢していた。
はじめは上半身から、仰向けになった晒されたお腹を重点的に、店員の手が滑らかに動く。
上、下、上、下、上のインナーギリギリから、下のインナーギリギリまで、アリアの場合体の起伏に乏しいために、油断すればイケナイ場所を触られてしまうのではないかと、アリアはひやひやしている。
オイルの塗られた部分がピリピリとするような感覚がある。焚かれたお香の匂いが胸を満たすと、なんだか頭が重くなったような気がした。
「……んっ」
「痛みますか?」
「いや、続けてくれ」
ジャンヌは取り繕って答えた。
へその下あたりをグリグリと押し込むような動き。そこから執拗に繰り返される内臓を圧迫するような刺激に、じんわりと体の内側が熱くなるような感覚が広がってる。
体全体の代謝が上がっているのか、丁度の室温だったはずなのに、汗が噴き出してくる。
「では追加のオイルを塗っていきますね~」
「あ、は、はいっ」
上塗りされていくオイルに、アスナは慌てて返事をする。ぼーっとしていたせいで、意識がふわついていたのだ。
「(気持ちいい……これがデトックスってものなのかな……)」
お腹の中心から広がった熱は体全体に及んでいる。
手足の指先まで揉み解され、凝り固まった関節を柔らかくされる。
「はぁ~……生き返るわ。最近忙しかったから……」
「へぇ~、そうなんだね~、大変だね~」
「……そこはかとなく馬鹿にされているように感じるんだけど……まあいいわぁ、ああ……」
あのアリアですら、子供扱いされても許してしまうほど、極楽のマッサージだった。
「お客さん、本当にスタイル良いですね。日ごろから何かされてるんですか?」
「そ、そうだろうか? 私としてもう少し小さいほうがいいのでないかと思っているのだが……」
「そんな、もったいない。この引き締まったヒップ。コツがあるのならぜひ教えてもらいたいですよ」
「そ、そう言われるのは、悪い気はしないな……むふふ」
ジャンヌはにやけるのを止めることは出来なかった。
そうして、天国のマッサージは進んでいった。
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施術を終えて、3人はシャワーを使って体を清めていた。
「すごく良かったね!」
アスナは水滴を弾く自分の肌を見て興奮した様子だ。
「そうだな。私もこんなに目に見えて効果があるマッサージは初めてだ。心なしか、体の体温も上がっている気がするな」
「これでお金も理子からだって言うんだから信じられないわね。何かあるんじゃない?」
「うーん……」
疑わしいとアリアは眉を寄せている。アスナはそんなわけないと言いたかったが、いつもの様子を見ると断言できなかった。
「でも、やっぱりいつものお礼なんじゃない? 照れくさくて言えないだけなんだよ」
「そうなのかしらね……」
「理子は義理堅い奴だからな。感謝をしていれば何か返そうとするだろう」
「それをするなら翔にだと思うけど……まあ、いいわ。どうせ聞いたって答えないだろうし」
アリアは考えるのを諦め、体を洗うのを再開するのだった。
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「さーて、そろそろ終わった時間かな~」
理子は飛行機の機内にいた。学園島行きの飛行機だ。
「急だったけど、予約とれてよかったなぁ。夏休み最終日だったらかな?」
翔に言われて用意したアスナ達のリフレッシュマッサージだったが、当然ただのマッサージではない。
学園島の研究成果を利用したマッサージ。科学的に解明された人体のツボを効果的に刺激することで疲労を取り、そのほか様々な効果をもたらすマッサージだ。
3人に塗られていたオイルも、肌から吸収されやすい成分を含んでいた。
「アスナってやっぱり風紀委員だから、理由を作ってあげないと自分からは難しいよねぇ?」
リフレッシュとは体だけではなく心に対しても重要な行為だ。その理由を無理やり作ろうという魂胆だった。
「アリアはまあ……このままじゃ、勝負にもならなそうだからな」
アリアの時だけ、口調が少し鋭くなる。
何の勝負か、それははっきり口にしない。何せ2人の間には因縁がありすぎる。その中のどれを指しているのか。理子本人にしか分からないことだった。
だが、それとはまったく関係ないジャンヌを巻き込んだのは。
「ま、面白そうだしね」
そこだけは適当だった。
「マッサージはこれからジワジワ効いてくるはずだから。お楽しみは夜だね。くふっ……ふわぁ~あ」
ここ数日の打ち上げのせいで寝不足の理子は、そのまま眠りに落ちていくのだった。