「んー! 今日は何しよっかな~。六課に遊びに行くのもいいし、狂三と一緒に街に行くのもいいよね~」
昼休み。屋上にいるララは、大きく体を伸ばしていた。
いつもなら教室でおしゃべりしているところだが、気分屋のララは、今日は屋上に風に当たることにしたのだ。
「ホントはもっと翔とお話したいんだけどねー」
「ララ様、その、本当にここで結婚相手を見つけるおつもりなのですか?」
「うん。もちろんだよ」
耳飾りになっているペケの問いに、ララは快活に答える。
「私は結婚するなら自分の好きな人がいい。でもまだ『好き』って何か分からないから。ベンキョーしようと思って」
「勉強、ですか……」
「翔の家に住んでるみんな、みんなが翔のこと好きでしょ? だからみんなに色々聞いて、私の『好き』を理解したいの」
その答えにペケは黙った。その思いは理解出来たのだ。しかし、
「そのお考えは理解出来ましたが……しかし見たところ、この学校の生徒達は全員粗暴というか、高貴なララ様とは釣り合わないかと。その夜月 翔もあの人数の女性と一緒に住んでいるというのは、正直普通ではないかと」
「そうかなぁ? それはそれだけ翔に魅力があるってことでしょ? ……って、あれ?」
ララは何か気にが付いた。
「ねえペケ、あれって……」
ララの超視力がとあるものを捕らえた。
「あそこにいるのって翔だよね? 何してるんだろう?」
それは学校のプールサイドに立っている翔だった。1人でプールの水面を眺めているように見える。
「確かに。あの男、あんなところで何をしているのでしょうか……?」
ペケも訝しげな声を上げている。
「もしかして、泳ごうとしてるのかなぁ?」
「いえ、それは無いと思いますが……」
だが気になったらララはじっとしていられない。
「行ってみよっか!」
制服を変化させ、背中から黒い翼を生やすララ。
「ララ様、空を飛ぶのは……」
「あ、そっか」
前に反重力ウイングを使った時、那月にこっぴどく叱られことを思い出す。というか、無用なトラブルを避けるために、ララの発明品を使うことは禁止されていたのだ。
「じゃ、走っていこっか!」
「ララ様、走るのはお控えくださいね? 廊下が大変なことになってしまいますよ?」
「うん、そーするね」
ララは屋上のドアを開けて、跳ねるように階段を降り始めたのだった。
―――――――――――――――――
「ララの誘拐、だと?」
「そうだよ! 簡単だろ? 高貴な身分の娘息子親族その他を強引に連れ去って! 金品その他を要求する行為だよ!」
んなことは理解出来る。言われなくてもな。
「今回誘拐するのは娘で、今回要求するのは、『その他』だがな」
誘拐する相手はララで、要求するのは『その他』?
「デビルークの技術の情報だよ。こいつは欲しがる奴が何人も、何ヶ国もある。単純に金を得るよりも、何度でも再利用が可能ッ!! 素晴らしい商材じゃあねぇか!」
そこに、ララの留学という出来事があった。最強の王であるギドの元を離れ、最低限の護衛だけで学校生活を送るというのは、最高の状況なんだ。そう言ったことを狙う犯罪者にとっては。
誘拐して身代金を要求する。そんな単純なことが出来る環境になってしまったのだ。
「もはや早い者勝ち。そこで一番に動いたのが、俺達だって訳だな」
「……俺『達』?」
その言葉に、俺の背中に嫌な汗が流れる。まさかこの間にララの所にその1人が向かってるのか!?
「複数犯って訳か? そいつは―――」
「というかよぉ」
アクア・ネックレスは俺の言葉を遮る。
「何でお前は俺に質問してるんだ? 質問できる立場だって勘違いしちまってるのか? 今お前は、人質を取られてるんだぜ?」
「……」
ぺらぺらと喋ってくれるからこのまま聞き出せるんじゃないかと思っていたが、そううまくはいかないらしい。
「そして、ここまで言えば分かるよなぁ? お前が首を縦に振るしかないってことがよぉ?」
「……」
気を失っている綺凛を見る。どこもケガしている様には見えない。だがそれは『今は』という言葉が付く。
「お前が断ったら今この場でこのお嬢さんを殺す。楽しみだよなぁ? この透明なプールが、嬢ちゃんの鮮血で染まるんだ」
「……」
「それだけじゃねーぞ。ここまで喋ってやったんだ。お前を殺してお前と一緒に住んでる女も皆殺しだ」
「……っ」
アクア・ネックレスが家で暴れれば、理子のキラークイーンがあるとはいえ、犠牲者が出るのは間違いない。
俺の顔が引きつったことに、アクア・ネックレスが口角を上げる。
「別にいいじゃねぇか。別に特別親しい訳じゃねえんだろ? 無理矢理、デビルークに押し付けられた厄介ごとじゃねぇか。そんなことに自分や周りの人間を危険にさらす必要は無いだろ?」
何も言わない俺に、ゆっくりと、諭すようにアクア・ネックレスが語り掛けてくる。
「何もそんな難しいことを頼もうってんじゃないぜ。ちょっと俺の有利な場所まで連れてきてくれればいい。後はそうだな……俺が襲い掛かる時にちょっとララ王女の意識を反らしてくれれば」
「ララの力を知ってるのか? 綺凛みたいにうまくいくとは思えないがな。それに俺を味方にしても、ララには他に護衛がいる」
単純な身体能力でも、俺達をはるかにしのぐ。非力なアクアネックレスでは、いくら不意を突いても失敗の可能性の方が高い。
それに、学校の外ならザスティンがいる。首尾よく誘拐に成功したとしても、逃げ切れるもんじゃない。あいつらは地の果てまで追って来るぞ。
「そん時にはお前にも協力してもらうぜ。お前の無事は、ララ王女の誘拐が成功しなきゃ保証されないからな。それに親衛隊の方は大丈夫なはずだぜ。もう手は打ってあるからな」
じゃあ何も『簡単な事』じゃねえじゃねーか。完全にララ誘拐の片棒を担がせようとしてるだろ!
しかも、方から見れば俺が実行犯だ。俺が誘拐して何になるんだって話だけど、『性欲に任せて』なんて結論になれば言い逃れが出来ない。
や、ほんとに言い逃れ出来ないな! 俺の人間関係を調べられたら!
「ご明察だ。そこんところも含めて、お前を選んだんだからな。ま、自分の不運を呪うんだな。何のためにこんなにしゃべったと思ってるんだ? 絶対に逃がさねぇためだよ―――それで? 答えを聞こうか?」
答えは決まってるだろうけどな、とアクア・ネックネスは笑う。
ここまで、か。本当はもう少し時間を稼いでおきたかったんだけどな。
「ああ、決まってるさ」
「そりゃよかった。話が速くて助かるぜ。さっそく今日―――」
「もちろん断る」
「……はぁ?」
俺の答えに、アクアネックレスはマヌケな声を漏らすのだった。
――――――――――――――――――――
「ララ様、これは……」
「うん……」
翔とアクアネックネスの会話を聞いていたララとペケ。ララは気にせずに出ていこうとしていたのだが、翔と会話の主の異様な雰囲気に気が付いたペケが隠れるように言ったのだ。
ペケの勘は当たった。
目の前で繰り広げられたのは、ララ王女誘拐の相談現場だった。
正確には翔が脅迫される現場だったが、この内容ではおそらく懐柔されてしまうだろう。
「ペケ、翔はどうするんだろう……」
ララは珍しく不安そうな声を出している。
「……いえ、それよりもザスティンに連絡を。あの男はもはやあてにはなりません」
「あ~、それがね……今日の朝、ザスティンから連絡があったんだ。なんか、みんなお腹壊したんだって」
「何ですと!? っく、こんな時に……!!」
これはアクアネックレスの『仕込み』だった。ザスティン達親衛隊が寝泊まりする施設の水道に、こっそり毒薬を混ぜていたのだ。
それを飲んだザスティン達はまとめてダウン。本来なら2、3日入院するところを、デビルーク人の彼らは、腹下り程度で済んだ。
無事なものは何人かいるが、万全の状態には程遠かった。
「とにかく、集まれる者は今すぐに集まってもらいましょう! それと、南宮 那月。彼女も優秀だと聞きます! 彼女に助けを求めるのもいいでしょう!」
「う、うん、でも、翔が受けるかは分かんないんだし……」
「何をバカな!! この条件で受けない者などいません! 少なくともこの場では首を縦に振るに決まっています!!」
わざわざこの場で相手に逆らって、人質を危険にさらす必要はない。一番合理的なのは、この場では従うふりをして反撃の機会を窺う事だろう。
だが、一度裏切った者に今後も護衛を任せることなど出来ない。今回の留学に賛成していたララの母も、こんな事態になってしまっては考えを改めざるを得ない。
そうなれば、この短い留学は終わることになるだろう。だが今は、無事にこの事態を乗り切ることを考えなければいない。
「―――それで? 答えを聞こうか?」
そうしている間に、翔とアクア・ネックレスの会話は最後の場面に差し掛かる。
「ララ様、あまり時間はありません! 学校の先生に知らせましょう! ザスティンにも、動けなくても連絡をするのです!」
「う、うん」
今まで見たことの無かったペケの剣幕に、ララは素直に自分の専用端末『デダイヤル』を取り出す。
「ああ、決まってるさ」
「そりゃよかった。話が速くて助かるぜ。さっそく今日―――」
「もちろん断る」
「……はぁ?」
「……はぁ?」
「ペ、ペケ?」
アクア・ネックレスとペケのセリフが重なった。ララもデバイスを弄る指が止まる。
2人とも思考を放棄して、真剣に翔の様子を観察し始めるのだった。
―――――――――――――――――――
「断るって……お前な、もしかして、冗談か何かと思ってんのか?」
「冗談? 何がだ? 心配しなくても、お前が全部マジで言ってることくらいは理解してるぜ」
「それで断るってことはよぉ、この娘がどうなってもいいってことなんだよなぁ!?」
アクア・ネックレスがこれ見よがしに手の爪を見せつけてくる。確かに鋭く見えるが、そいつのパワー自体は人に引っかき傷を作る程度。
その凄みにひるまない俺を見て、アクア・ネックレスはさらに口を開く。
「昨日もこの娘とよろしくヤってたじゃあねぇか!! それなりに深い関係ってことだよなぁ!? 押し付けられたララ王女よりも、よっぽど大切だよなぁ!? そいつの命が目の前に転がってんだぞ!!」
確かに、どちらとより仲が良いのか聞かれれば、間違いなく綺凛だ。ララとはまだ半月にも満たない付き合い。しかも学年が違うから学校でもほとんど一緒にいない。
「だったら―――」
「でもな」
俺はアクア・ネックレスの言葉を遮る。
「ララを見捨てる理由にはなんねぇよ」
「は―――?」
「確かにわがままな王女様だって思う所もあるさ。でもな、だからってお前みたいな悪党が好き勝手利用していい訳がねえだろうが!! 俺はやっと叶ったララのわがままを、こんなところで終わりにするつもりなんて、さらさらねえんだよ」
「(なんだ、コイツは……この状況で反抗するだと!? いったい何を企んでやがる? コイツがこのプールまで1人で来たことはセンサーで確認している! 誰かと協力しているにしても、ここをコイツの仲間が見ていたとしても!! スタンドの俺に攻撃は効かないんだ! そいつは、同じスタンド使いのコイツが一番よく理解しているハズだッ!!)」
アクア・ネックレスは俺を睨みつけたまま何も言わない。
「(だが分かったぜ。これだけは分かった。コイツは『危険』だ!! 絶対に逃がしちゃいけない。ここで仕留めないといけない敵だ!!)」
俺はちらりと水面に視線を向ける。アクア・ネックレスではなく、『別の物』に。
「……そうかい、よくわかったよ」
アクア・ネックレスの声色が変わった。作戦を切り替えたな。俺を仲間にする方針から、別の方針に。
「立派だぜ。今どき見ない覚悟だ。キマッてるってやつだな。その辺りは計算外だったよ。仲間だったら心強いことこの上ない。敵だったら、ただウゼェだけだがな。流石、あの『教授』の推理を狂わせただけはある」
「……」
そのことも知ってるのか、こりゃ全部片づけたら色々と聞かないといけないな。
「だがその覚悟が、このお嬢さんを殺すんだぜ!! 運命は決まった!! 死ね―――!!」
綺凛の体内に入ろうとするアクア・ネックレス。
それを読んでいた俺は、その前に爪弾を発射した。
「ごぽっ!?」
爪弾は水を突き抜け、アクア・ネックレスの後ろに消える。だが回転だけは水に残る。体に作られた渦にかき乱され、アクア・ネックレスを構成する水が飛び散っていく。
だがダメージは無いようだ。
「いまさら怖気づいたか? だが遅い!! 俺の誘いを蹴った時点で、お前の運命は決まってるんだよ!!」
再度、綺凛の内部に入ろうとするアクア・ネックレス。ああ、確かに、もう結果は決まってるだろうな。
「ヤミ、『鳴き声』だ!!」
「翔!!」
「ラ、ララ!? 何でここに!?」
「ラ、ララ王女だと!? な、何故ここに!?」
プールサイドに設置されているフェンスを軽々と飛び越えて、ララが俺の隣に降り立った。
突然のララの登場に、俺達はそろって驚愕する。学校でこんな誘拐会議を開いているもんだから、ご本人が登場してしまったのだ。
だが、すでに合図は出してしまっている。
「ララッ!!」
「わっ!?」
「き、貴様、なにを―――!!」
「黙って耳を塞げ!!」
ペケが怒りマークを浮かべるが、かまっている時間は無い。
直後。
バサッ!!!!
「「「ッ!?」」」
水面を切り裂いて、何かが飛び出してきた。それは人ではない。翼を広げたそれは、通常ではありえない大きさの蝙蝠。
ミラーモンスター、『ダークウイング』だ。
「は? おいおい、なんだ、ありゃ―――」
忙しく変わる状況に、アクア・ネックレスが付いていけていない。ただ茫然と、プールの上を飛翔するダークウイングを眺めている。
俺達は耳を塞いだ。
『NASTY VENT』
「――――――!!!!」
ダークウイングから、不快な超音波が放たれた。