場の空気が一変していた。
それは、突然通信に割り込んできた女性の力だった。
この人がデビルーク家の王妃、『セフィ・ミカエラ・デビルーク』か……!! あのギドの威圧的な空気すら塗りつぶす優しい空気。ギドどころか、殺気立っていたみんなも、この空気に呑まれていた。
《セフィお前、公務は終わったのか?》
《はい、先ほど。ララ、今日は大変でしたね》
「全然大丈夫だったよ! 翔が悪い人をやっつけてくれたから!」
や、実際にはヤミとナイトの力があったからなんだけどね。俺、実際には囮になってたくらいだし。
《ふふ、そうなの》
ララの笑顔を見たセフィさんは、全てわかっているとばかりに微笑んでいる。恐らくペケが記録した映像やら音声やらをすでに見たのだろう。
《夜月 翔さん》
「は、はい」
《本日は娘を助けていただき、ありがとうございました。デビルーク王家を代表して、お礼を言わせていただきます》
そう言って、頭を下げた。
「いえ。たとえ無理やりでも娘さんを任された身なので。当然のことをしただけです」
《無理矢理でも、ふふ、そうね。どうせギドに無理やり押し付けられたのでしょう? 私の知らないところで》
《ふん……実際、頼んでおいて良かっただろうが》
《そうね。少し調べたけど、日本の聖天子様のお気に入りの武偵なのよね。それに見合った実力がある。そう思ったから彼に頼んだんでしょう?》
《頼みやすい奴に頼んだだけだ。ララが留学したいなんて面倒なことを言い出したのは、コイツと聖天子が悪いんだからな》
ギドはそっぽを向いて、早口でまくし立てた。
武力では最強でも、奥さんとの舌戦では最強ではないんだな。完全に言いくるめられてしまった。これ以上、この場でギドが主導権を握ることはないだろう。
突然の夫婦の会話、今までただ威圧的だったギドの意外な姿に、俺達は全員そろって毒気を抜かれてしまった。
そうして場の空気が和んだところで―――セフィさんは本命の会話をぶつけてきた。
《それで、ララ? 結婚のことだけど―――》
「うん。私、翔と結婚する!」
再び俺の腕に抱きつくララ。
身体を寄せ、それどころか密着状態になる。
そのことで俺の周りが再び、かすかに殺気立った。だがそれも、先ほどとは比べ物にならないくらい弱い。
《ララは夜月さんのことが好き?》
「んー……好き、っていうのはまだよくわからないけど……」
《うん》
セフィさんが優しく続きを促す。
「でも、翔が、仲良しの娘が危ない目に遭ってるのに、それでも私のことを見捨てないでくれて、すごくうれしかった。なんでか分かんないけど、すごくドキドキして。それでね……」
《……うん。分かったわ。そうなのね》
《っち》
セフィさんはすべて理解したと笑みを浮かべている。ギドに至っては俺を横目でにらみながら舌打ちしてきた。
気持ちは分かりますけどね!! これ、もはや公開告白だからね!!
「はぁ……」
さらに誰かのため息が周りから聞こえて来た。
俺は今すぐにでもこの場を立ち去ってしまいたい気分だ。ダメですか?
「翔、言ったことの責任は取らないと」
「耀、お前は面白がってるな?」
「何を言っているのか全然分からない」
空気に耐え切れなくて、耀と余計な漫才をしてしまう。
「だから私、翔と結婚したい!!」
《でもね、ララ。夜月さんには夜月さんの気持ちがあるのよ》
「翔の気持ち?」
ララがこっちを向く。すごい近い距離で見つめあう。
「翔は私と結婚するのはヤダ?」
《そう簡単に答えが出るものじゃないのよ、ララ。ギドも、あなたのパパもそうだったから》
「そうなの?」
《そうよ! この人ったら、こんなに美しい私がアピールしてるのに、全然ちっとも全く気にしてくれないんだもん》
《おい、やめろよ。その話は……》
ギドが居心地悪そうにしている。だろうな。自分達のなれそめを話されるなんて、罰ゲーム以外の何物でもない。
でもそれ以上に気になったのは、
「こんなに美しい私が……?」
誰かが呟いた。
確かに、顔がヴェールで覆われているとはいえ、間違いなく美形であることは分かる。でもそれを自分で言うか? と、みんな思ってるんだろうな。俺は知ってたけど。
「じゃあママは、どうやってパパと結婚したの?」
《もう我慢の限界になってね! 私から押し倒し―――》
「お、王妃!! それ以上は!!」
たまらずザスティンからのストップが入る。
俺達はそろって目線が泳いでいた。唯一ララだけが、意味が分からずぽかんとしている。
そうだったんですね。デビルーク王家はそういう感じで……。
「よくわからないけど、ママは何かして、パパと結婚したって事?」
《そ、そうね! もちろん? やり方は人それぞれだから私から教えられないけど……!》
失言を悟ったセフィさんが少し慌てていた。
《だから、こうしましょう? ララが夜月さんを、ララと同じくらいドキドキさせることが出来るようになったら、その時は改めて正式な婚約者になってもらう。今は、そうね……婚約者候補ってことで》
ララから俺にそして俺の周りにセフィさんの視線が移る。
《夜月さんも、周りの皆さんもそれでいいかしら?》
その提案に、俺達は頷くことしか出来なかった。
―――――――――――――――――――――――――
「ホント、疲れた……」
デビルークの人たちは帰り、俺はベッドに横になっていた。
下手すれば、今日戦った時よりも疲れたかもしれない。早く寝てしまおう。
端末を充電しようとして、
「ん、メールか……業務連絡?」
六課からの連絡メールだ。その内容は、
「夜勤が出来ないか? ふんふん……なるほどね」
それは禁書目録の移送について。当日の夜に、何かあってもいいように待機していて欲しいという内容だった。
―――――――――――――――――――――
ギドの私室の扉が、扉を破壊しかねない力で開かれた。そうして入ってくるのは寝間着姿の2人の少女だ。
髪の長さこそ違うものの、その目鼻立ちは非常に似ている。瓜二つと言っていい。デビルーク王家の双子の王女、ナナとモモだ。
その2人は、机で資料を眺めていたギドに詰め寄る。
「お父様!!」
「父上!!」
「るっせぇな……もっと静かに入って来い」
ギドは資料を適当に放り、2人に向き合った。
「それで、どうした?」
「っ、どうしたではありません!!」
「そーだよ!! 姉上に婚約者ってどうしてだよ!」
2人は家臣にララの婚約のことを聞き、飛んできたという訳だ。
「その話か」
ギドは面倒そうに机に寄りかかった。
「誰に聞いたのかは知らねえが、言葉通りの意味だろ。ララに婚約者が出来た。正確には婚約者候補だが。ま、どっちでも変わんねぇだろ」
ギドにとっては終わった話だが、姉を慕う2人にはそうはいかない。
「向こうに行ってからまだ1週間ではないですか。それなのに、もう婚約者が出来たと?」
「そうだな。俺も驚いてる。やっぱり、セフィの考えは馬鹿に出来ねぇ」
「今までどんなヤツ相手でもヤダって言ってたのに?」
「ああ。コイツだ。見るか?」
人の気持ちはそうコントロール出来るものではないとは言え、モモもナナも、急すぎる決定に納得が出来ていなかった。
ほら、とギドは手元の資料を2人に差し出した。
2人はその資料をひったくり、2人で持って目を通し始めた。すぐにモモは気が付いた。
「この方……お姉さまの護衛を依頼した、現地の武偵ではありませんか?」
「え!? じゃあコイツ、自分の護衛対象に手出したのか!? ヤバい奴じゃん!!」
モモの言葉にナナが激しく反応した。そしてその視線はギドに向けられた。どうしてそんな相手との婚約を認めたのかと。
「手ェ出した、ねぇ。確かにアイツの行動が全部計算なんだったら、見事なもんだけどな」
「違うという事ですか?」
くつくつと笑うギドに、モモは静かに問う。
「ああ。全くの逆だ。ララの方が猛アタックしてるんだよ。むしろ向こうの方が戸惑ってたぜ」
「それは……」
「姉上がぁ? ホントにぃ~?」
まさかの事実に2人はそろって首を傾げた。
三姉妹の中では一番年上のララだが、一番子供っぽい性格をしているのもララだ。身体ばかり立派に育ってしまい、精神は幼いまま。
男性の目線どころか、己の裸体を他人に晒すことすら羞恥心を覚えていないほどだ。
そんなララが男性にアタックしているという話は、にわかに信じがたい事だった。
「しかも今回のことは、セフィも認めてるんだ。小賢しいことを考えたとして、アイツに通じると思うか? あのセフィに?」
「「……」」
ギドのもっともな意見に、2人は口を開けない。その様子を見たギドは軽く手を振った。
「これ以上俺に聞いても仕方ねぇぞ。そんなに詳しい話を聞きたいなら、ララに直接聞くんだな。電話でも何でもしてよ」
その言葉を最後に、2人は部屋を追い出されてしまった。
2人は並んで、自分の部屋へ帰っていた。その手には貰った資料が握られている。
「どーなってんだろうな……」
「私にも分からないわ。まあ、昔からお姉さまには唐突なところがあったから……」
ララの思考を完全に理解している人間など、おそらく母親しかいないだろう。その母親が認めたというのなら信用出来るのかもしれないが、それでも心配なのは変わらない。
「こうなったら、私達が直接見極めるしかないかもしれないわね」
「直接、ってつまり……学園島に行くってことか!? 父上と母上が許してくれるかな?」
「そんなことを言ってる場合じゃないわ。お姉さまみたいに、こっそり行くしかない」
「お前、時々すっごい事言うよな……」
ララは小さい頃から城を抜け出してあっちこっちに遊びに行っていた。それを行おうというのだ。
覚悟を決めたモモ。普段はまじめな優等生を演じているが、いざとなったら手段を選ばないのだ。
ナナも、その意見に特別反対するわけではなかった。すぐに賛成する。
「でも、学園島、学園島かぁ……へへ」
「どうしたの? ずいぶんと楽しそうだけど?」
にやにやと笑いだしたナナ。
「や、学園島に行けばさ、また耀とメアに会えるかなーって。前々から言っておけば時間作れるかな?」
「あなたね……目的はお姉さまの婚約者だからね? そこを忘れないでね」
「分かってるって!! ひひっ、日程が決まったら知らせないとなー」
はしゃぐナナを見て、モモはため息を吐いた。
「(あなたの場合は、お友達に会いたいだけでしょう? 別にいいけど。こんなにはしゃいで、子供なんだから……)」
あからさまに様子がおかしいと、城の人間に気が付かれてしまわないか。そのことを心配するモモだった。
――――――――――――――――――――
世界のどこかにあるラボの1つ。篠ノ之 束はそこで、両手足を使ってキーボードを叩いていた。
足の指すら器用に使い、文字を打ち込んでいく。同時に接続されているモニターは10を超え、その全てに全く別のプログラムソースが構築されていた。
「ふんふふーん♪」
ノリにノッている束。
シャーロックがいなくなったことで、もはや束の行動を制限する存在は居ない。制限できる存在もいない。ただひたすらに、自分のやりたいように好きなことを行うのだ。たった1人で学園島の科学を上回る天災が、新しいおもちゃを作成している。
そんな束に、恐れ多くも声をかける人物がいた。
「束様」
「ん? どーしたの? くーちゃん」
束はその体勢のまま応じる。その間も作業のスピードは全く落ちない。まるで別の脳みそを使っているかのようだ。
声をかけたのは束の側近であるクロエ・クロニクル。流れるような銀髪と白と青のゴスロリ系ドレスに身を包んでいる。
その目はずっと閉じられているが、瞼の奥の視線は束に向けられていた。
「あの男、失敗したようです」
「あー、そうなんだ。デビルークの技術には興味あったんだけどなー、残念無念だねー」
束はそんな軽い調子で笑う。
そう、あの男にスタンド能力を与え、ララの誘拐を陰から支援していたのは、この天災、篠ノ之束だった。
束はイ・ウーが壊滅する際、ホワイトスネイクによって取り出されたスタンドDISCを持ち出していた。そのDISCを男に与えていたのだ。
「じゃ、今頃死んじゃってるかな? そういうふうに書き込んでおいたし」
「ヘブンズ・ドアー……恐ろしい能力ですね」
「ま、寝返って攻撃されるのは面白くないしね。裏切り者には死を! だよね!」
束は虚空から特殊なグローブを取り出す。手に装着し、自分の頭に突き刺した。引き抜かれた指はDISCを摘んでいた。そのDISCにはヘブンズドアーの絵が描かれている。
これもホワイトスネイクの能力を解析して作成したものだった。アゼンダがヤミを襲った事件で、メアがスタンドを回収した時に使ったものだ。
「はい、しまっておいて」
「かしこまりました」
投げられたDISCを、目を閉じたままキャッチするクロエ。
「ですが、良かったのですか? あのスタンド、かなり使い勝手の良いものでしたが……ヘブンズ・ドアーで書き込むにしても、何があっても情報を秘匿する、という形にしておけば……」
「いーのいーの、いいんだよ。使うときには使っとかないとね。出し惜しみばっかりしてたら、心が貧しくなっちゃうもん。それにスタンドの能力がいくら強くても、学園島には
「そうですか……」
束の意見は絶対だ。束が言うのならば、絶対の忠誠を誓っているクロエがそれ以上何か言う事はない。
「じゃ、今日のご飯もよろしくねー!」
「……かしこまりました」
クロエが作る料理は、すべてベル状の何かや炭になってしまうのだが、それを一切気にしない束は毎日のように料理を作らせていた。
クロエが部屋を後にしても、束の作業は終わらない。いや、終わった端から新しい作業に取り掛かっている。
「……それに、彼の戦う所も見れたしね」
ウィンドウが立ち上がり、動画が再生される。
「アイツは生理的に無理で5分以上近くに居たくはなかったけど、こっちならいっかなー」
束はうっとりと画面を眺めている。
「未知の技術すら作成する能力。能力を生み出す能力。ホント、わくわくしちゃうよね! ―――これからどんどん面白くなりそう♪」
そう言って笑うのだった。