「ん」
目が覚めた。そして布団を確認する。
「ふう……」
よし、誰も入ってないな。ララはしっかり言いつけを守ってくれたみたいだ。これがいつまで続くのかわからないが、とりあえず一安心。俺が暴走する可能性が減ってくれた。
「よっと」
俺は布団から起き上がった。今日も朝練だ。結局、綺凛との仲はあのままだけど、サボるわけにも行かない。
昨日は六課でインデックス輸送のミーティングを行った。輸送決行日は今週末。当日は夕方から六課に行くことになっていて、それまではお休みだ。それまではしっかりと体を休めるようにしよう。
部屋の外に出たところで、
「あ、翔! おはよー!」
「っ!? ラ、ララか……! お前な……」
ばったりとララに遭遇した。タオル1枚巻いただけという姿のな!!
シャワーでも浴びたのか、髪が湿っている。それどころかララの周囲だけ、少し湿度が高いようにも感じる。まず間違いなくシャワーを浴びてきたな。や、じゃなかったらタオルを巻いた姿で出歩くわけがないな……ないよな?
「ララ、シャワー上がりか?」
「うん、そうだよー?」
それが? とでも言いたげなララ。色々と言いたいことはあるが、
「ララ、お風呂上がりにタオル1枚でうろつくのはやめような? もちろん裸もダメだぞ?」
「えー? だって着替え忘れちゃって。ペケもまだ充電中だし……」
「今度から忘れないようにしなさい。もしも忘れたら、誰か人を呼んでくれ……俺以外でな!!」
「はーい」
慌てて最後に付け足すと、ララは素直に返事してくれた。
言ったことは素直に守ってくれるのは本当に偉いと思う。それにしてもリトさんにとってはこれが日常か……
「……翔?」
その声に、背筋がぞわりと震える。
この特徴的なアニメボイス。そう言えば婚約云々の時に家にいなかったな……
「ア、アリア?」
後ろにいたのはお久しぶりにみるアリアだった。顔を真っ赤にして犬歯をギラつかせている。これはどう見ても噴火寸前といったところだ。
「その後ろのお方は、いったい何をしているのかしらぁ?」
「や、これは、それよりも拳銃はヤバいって!! 相手は王族!!」
「ッチ!!」
盛大に舌打ちしたアリアは、掴みかけていた拳銃を離して腕組みする。
「ちょっと話があるんだけどいいかしら。それともお邪魔だったかしら?」
「もちろん問題ありません! さ、ララ、君は自分の部屋に戻ろうね?」
「はーい」
返事をしたララは廊下の奥へ駆けて行った。
それを見送った俺達は、リビングに向かい、テーブルに向かい合わせに座った。
アリアが口を開く。
「アタシ、イギリスに帰るから」
開口一番から本題だった。
「なるほど」
「あんまり驚かないのね」
「まあ、な」
ララのことに気を取られてしまったが、アリアも一般人ではない。アリアはアリアでイギリスの貴族なのだ。
俺はそんな相手と。
「そうだよな。俺達、したんだもんな」
「っ!! そ、そうねっ!!」
顔を真っ赤にして、声を上ずらせながら同意するアリア。『何をした』と言わなくても伝わるのは当然だろう。今の俺達の間で『した』といえば、アレの事しかない。
それを想像して顔を赤くするアリアのことを、今日ばかりはからかえない。
「それで、家の人になんか言われたのか?」
「まあ、ちょっとね。古臭いとは思うけど、アタシの立場じゃ逆らえないから。それで一回帰らないといけなくなったの」
未婚の、しかも恋人でもない相手と肉体関係を持つのは、って事だろう。その考えは理解出来る。
まず間違いなく叱られるだろうな。
「すまん。俺があの時自制できてれば」
「や、べ、別に! 嫌だったとか、そういう訳じゃないから!!」
アリアが慌てた様子で否定してくる。
「あの時は、アレの意味は知らなかったけど、後悔とかしてないし……家の奴らに何か言われても、別にアンタ相手だったら……パートナーだしね!! そう! パートナーだから!!」
「お、おう」
今さら取り繕っても遅いとは思うけど、それを指摘すると銃弾が飛んできそうだ。
「とにかく!! あんたは何も心配しなくていいから!! 分かった!? アタシがいない間、むやみやたらに女の子にちょっかいをかけないこと!! 返事!!」
「は、はいっ!!」
俺を無理やり頷かせると、アリアはキャリーバックを引いて玄関に向かう。
「それじゃあ、行ってくるわ」
そう言って、アリアはイギリスへ飛び立っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――
それからは特にトラブルが起きることも無く、登校することが出来た。
1日経って、あの事件の説明を求める生徒はほとんどいなくなった。や、俺達からは情報が取れないと分かって独自に調べ始めたのかもな。
つまり、早くも元の日常に戻ってきたってことだ。
学校内で事件があったにしてはみんなの切り替えが早いけど、それが武偵高なんだろう。俺が土御門や矢瀬と話す話題にも、事件のことは挙がらなくなっていた。
「それでにゃ~」
土御門のバカ話を聞いていると、
「ん?」
何やら教室の外が騒がしくなっている。
「なんだ?」
「さあ?」
矢瀬が首を傾げている。俺もわからなかったが、教室の入り口から見知ったピンク色の髪が見えた。
「あっ、翔~!!」
「ラ、ララ!? 何でここに……」
学年が違うはずのララが、何故かここに来ていたのだ。
「えへへ、授業が始まるまで暇だったから、来ちゃった~」
べたべたと俺に抱きつこうとしてくるララ。さ、流石に教室ではやめて欲しいんだけど……
教師中の視線が俺達に突き刺さり、ひそひそとした喋り声が聞こえてくる。教室には何人もいるはずなのに、舞台の上には俺とララしかいないみたいだ。
「2人とも、ずいぶんとお熱いにゃ~」
「だな。護衛との距離とは思えないが……ま、誘拐されそうになったってんならそんなもんか?」
2人のコメントを聞いてララは、
「うん! だって翔は婚約者候補だもん!!」
「あ」
俺が声を出そうとした時には、すでに手遅れになっていた。
――――――――――――――――――――――――――
そして中等部。2時間目の授業が終わり、現在は休憩時間になっていた。
3年生の教室では、雪菜とマミが次の授業の準備をしていた。そこに駆け込んでくる女の子がいた。
「マミさんに雪菜!! アレ、聞いた!? ってか雪菜! なんで教えてくれなかったわけ? もしかして知らなかったの?」
「え、と……?」
「美樹さん? そんな急に言われても分からないわよ?」
息を弾ませながら駆け込んできたのは、2人の友人である美樹 さやかだった。つかつかと雪菜の席に詰め寄ったかと思えば、肩をつかんで前後にゆする。
だが、よほど急いでいるのか、主語が抜けてしまっていてイマイチ内容が伝わってこない。
「おい、さやか。おめー廊下走ったから先生が激怒して向かって来てんぞ」
気だるげに顔を出したのは杏子だった。杏子は顔を動かして教室の外を確認している。
確かに教室の外から、生徒に向けているとは思えない殺気を感じる。全速力で廊下を疾走したのはいけないことだが、それに対する罰がどう考えても重すぎる。それを予感させる気配だった。
「うわ、やっば……!! 詳しくはお昼の時間に話すから!! それじゃあね!!」
顔を青くしたさやかは一方的に2人に別れを告げ、教室から走り去った。
「何だったんでしょうか……」
「さあ……」
結局内容を伝えなかったさやかに、2人はもやもやとした気持ちになる。その答えが出るまで、あまり時間はかからなかった。
――――――――――――――――――――――――――――
「それで、これってどういうこと!?」
昼休み。いつものメンバーを集めたさやかは興奮気味に端末を見せてきた。そこに写っているは武偵高の情報サイトだ。校内で起こったことを有志の情報科の生徒がまとめているもので、学生らしいゴシップが武偵の能力を使われてまとめられている。
つい最近も、デビルークの王族であるララが留学してきたことで大変な賑わいを見せたこのサイトだが、今日新しいネタが投下されていた。
《ララ王女婚約!? お相手は護衛の男子生徒!?》
「これだよ! これこれ!!」
雪菜の額を汗が流れた。
どこから漏れてしまったのか、なんて考えるまでもない。翔が自分から言いふらす訳が無いし、それは他の女の子も同じだ。ただ1人、ララ本人を除けば。
騒ぎになる可能性を考え、黙っていようと決めたことだったが、それをララがいつまでも守っていられるとは、全員思ってはいなかった。
故意に喋ってしまうことはなくとも、ぽろっと漏らす可能性は十分に考えられた。
「(予想以上にそれが早かっただけですね……)」
まさか1週間持たないとは思わなかった。というだけのことだ。
さやか以外の全員も端末を取り出してニュースを確認している。雪菜もみんなと同じように端末を取り出して書いてある内容を確認する。
「でもさやかちゃん。このサイトってたまに適当なことも書いてあるよね?」
「いやいや、まどか! よく読みなって!」
「え? うーん、と……」
内容はそこまで複雑ではない。今日の朝、ララ王女が夜月 翔の教室まで行き、全員の前で翔が婚約者候補だと言った。そのように書いてある。
「これで嘘だったら、この記事書いた人、大炎上でしょ!!」
「まあ、確かになぁ」
さやかの言葉に、杏子が適当に頷く。
朝の教室という不特定多数の目がある場所で、婚約者宣言が行われたと書いてあるのだ。少し調べればすぐに嘘かどうか分かってしまう内容を書くほど愚かなことはない。
「で雪菜、結局これは本当なの!?」
「お前は信じてんのか疑ってんのかどっちなんだ」
興奮したさやかに杏子のツッコミが虚しく響く。
「それは……」
何と答えるべきか、雪菜は考え始めた。
翔の前ではいろいろと言っている女の子たちだが、本心では理解していた。
ララの婚約者候補になったあの夜、ギドたちとの会話で。王族にあのように詰められて、面と向かって反論できる人物などそうはいない。
それに、あの時の翔の隣にはララがいたのだ。初めての感情を理解しきれずに、それでも有頂天になっていたララが。
そんなララを目の前にして、翔が無慈悲にも「やだよ」なんて言えるわけがない。だから流れに逆らえずにこんな状況になってしまってもしょうがない。
とは思うが、
「(先輩のそういうところは本当にいけないところだと思います! 誰かれ構わず誤解させるようなことを言うから、こんなコトになってるんですよ。まったく、そのあたり自覚してるんでしょうかっ)」
「あ、あの、姫柊、さん?」
「何ですかっ!」
「ひうっ!?」
「あっ、ご、ごめんなさい、ほむらちゃん」
考え事をしていたことと、翔にムカムカしていたことが重なって、自分にかけられた声に対して過剰に攻撃的になってしまった雪菜。
その怒りを受け止めることになってしまったほむらは、小さく悲鳴を上げて少し縮こまった。
その様子を見ていた杏子がふーんと、気の抜けた声を出した。
「怒ってるってことは、この事は知ってたのか?」
「えっと……まあ、知ってはいた、かな?」
「じゃあ、あの男とは別れたってこと!?」
食いついてくるのはさやかだ。
あの男というのは当然、雪菜と付き合っている(雪菜は明言していない)翔のことだ。雪菜の友達であるこの5人、特にさやかは翔のことを怪しんでいるのだ。
それは多数の女性を侍らせているとか、肉体関係を持っているとか、その手のうわさが絶えないからである。それが嘘ならば堂々と「違います」と言えるが、残念ながら真実。それゆえに雪菜は、いつもあいまいに笑って乗り過ごすしかないのである。
今回もなんとかその手で乗り切ろうとする。困ったような苦笑いを浮かべ、
「えっと、そういう訳でもないんだけど……」
「でも、さやかちゃん。これって、正式な婚約者じゃなくて、婚約者候補ってなってるよ?」
「どっちでもおかしいでしょ! 自分には彼女がいるんだからさ!!」
「(もっともですね……)」
さやかの憤りは至極当然であり、雪菜もそこには反論できない。
だが、一部誤解している部分もあるため、そこに対しては反論しておきたい。
「でも先輩も、自分からララさんにアピールしたわけじゃないんです。向こうから一方的に言われているだけで」
「本心じゃないってこと?」
「……そう、ですね」
「な、何で少し言い淀んだんですか?」
ほむらは控えめに問う。言い淀んだのは雪菜にも断言出来ないからだ。剣巫の勘では嫌がっているわけではなかった。単に相手を傷つけないように気を使っている感じだった。
「でも、そうなんだな。向こうからアピールされてるんだな」
「佐倉さん? 何か気になることがあるの?」
食べ終わったおにぎりの包みを握りながら、杏子は続ける。
「や、アタシだったら、恋人がいても結婚するけどなって。だって玉の輿じゃん。こんなの一生に一度ないのが普通の事だろ? 向こうの王女サマって美人なんだっけ?」
「これだよ」
まどかが端末を差し出す。そこには教室で談笑しているララが映っていた。これも情報サイトに乗せられている写真だ。
「ちょー美人じゃん。雪菜と比べてどうかって思ったんだけどな。胸もデカいし、これで嫌な男はいないだろ」
「あー、そっか。男って、こういう露骨なおっぱいが好きだもんねー……ほんとさー……」
「佐倉さん、少し下品よ」
「さやかちゃんも……」
杏子はマミに、さやかはまどかに注意される。
雪菜は自分の身体を見下ろしていた。
「(確かにララさんと比べれば、私は女性的な魅力には乏しいかもしれないですけど……)」
雪菜は2回、ララの身体を見ている。1回目はぴょんぴょんワープ君で更衣室に飛んだ時、2回目はこの前のお風呂場だ。
大きく実った2つの果実も、肉感にあふれたお尻もその目に焼き付いている。女性の雪菜でも魅力的だと思えたのだ。それが男の翔だったら。
「(露骨なおっぱい……やっぱり先輩も、あったほうがいいんでしょうか……)」
全く別のことを考える雪菜だったが、その間も話は進んでいく。
「でも結婚したら王様になっちゃうんですよね……? 色々大変そうです……」
「そうだよね……政治? とかしないといけないんだもんね……」
ほむらとまどかの会話に杏子が乗っかる。
「あー……そっか、それがあったか……確かに面倒だな、そりゃ。そんなうまい話はないってことか……」
「そもそも、そんな動機で結婚相手を選ぶと、絶対に後悔するわよ?」
「そういうもんかね……」
杏子はしぶしぶと言った様子で頷いた。
「(よし、大丈夫かな)」
話題は逸れ、ララと結婚したらどうなるのか、といったものになっていた。いつも通りあいまいに濁して終わらせることが出来た。
そう考えた雪菜は、
「あ、そろそろ行かないとなので、失礼しますね」
そう言って席を立つ。翔は夜勤のために休みになっているが、雪菜達は普通に六課に出勤なのだ。
「いってらっしゃい~」
5人に見送られ、雪菜は屋上を後にした。
それで終わりになる、そう思ったからこそ雪菜はあっさり立ち去ったのだが、
「それで、雪菜のカレシ、どう思う?」
まだ終わっていなかった。