「で、雪菜のカレシ、どう思う?」
雪菜がいなくなったところで、さやかが切り出した。
「その話、続けるんだね……」
「あったり前じゃん!! いっつもはぐらかされてるけどさ、ホントの所はどうなのかって気にならないの!?」
「それは、確かにそうだけど……」
雪菜が詳しいことを伝えないようにしているのは、みんなとっくに気が付いていた。
最初の方は恥ずかしさなのかとも思っていたが、こうも色々なウワサを聞いてしまうと、実は違うのではないかと勘繰ってしまう。
さやかの意見にだれも反対しないどころか、真面目なまどかやマミすらも頷く辺りが、みんなの疑いの深さを現していた。
「でも、前に見た時は普通に見えたよね……?」
「甘いよほむら!! 普通の男が雪菜と付き合えたり、王女様にアタックされるわけないじゃん!!」
それもまた正論だったが、
「でもさやかちゃん。私達、雪菜ちゃんの彼氏さんのこと、全然知らないよね?」
「だったら調べるしかないよ」
そう、彼女たちが通っているのは武偵になるための教育をする専門の学校。相手のことを調べるというのは基本技能だ。
「じゃあ、どうやって調べようかな?」
だんだんとまどかも乗り気になってきた。
「大丈夫。基本的なプロフィールについてはもう調べてあるから!!」
「い、いつの間に……?」
「授業中にまとめておいた!」
「授業はしっかり受けなさいね?」
マミの注意に舌を出しながら頭を下げるさやか。マミもそれ以上叱らない。彼女もなんだかんだ気にはなっているのだ。
さやかから送られてきたファイルを全員で見る。
「知ってることしか載ってないね……」
「そうなんだよね……」
だが、さやかのスキルで調べられる事柄など、学校に登録されている情報程度しかない。それだけ見ても翔の真の実力や実績を理解出来る訳がない。
翔の活躍は情報が規制されたり、記録に残らないようなものがほとんどなのだ。
「じゃあ、後はもう本人に聞くしかないな」
「そう。問題は誰が聞きに行くのかってこと」
杏子の言葉に同意するさやか。すでにここまではさやかの計算通りだった。後は誰にその任務を任せるのか。
「そこはマミしかねぇだろ。なんたってマミは、『CVR』の誘いを蹴った女なんだからな」
「ちょ、ちょっと佐倉さん……!!」
「「「ええっ!?」」」
にやにやと、からかうようにマミを推す杏子。それに反応して他の3人が色めき立った。
「本当なんですか、マミさん!!」
「雪菜ちゃんが誘われたのは知ってしまたけど、マミさんもだったなんて……」
「でもそうだよね。巴先輩、すごくきれいだし。その、スタイルも……」
さやか、まどか、ほむらは口々にマミを褒め称える。そのことに全身がかゆくなってしまったマミは、秘密をばらしてしまった杏子を睨んだ。
「ちょっと佐倉さん! 秘密にしておいてって言ったじゃない……!」
「名誉なことなんだから、秘密にしておくのはもったいないだろ。コイツらにバラしたって何かある訳でもないし」
「そうじゃなくて……!! もうっ!!」
『CVR』―――特殊捜査研究科は武偵の学科の一つ。特殊条件下における犯罪捜査を学ぶ学科だ。
いわゆる色仕掛けの罠。ハニートラップの専門技術を磨く学科であり、美少女か美男子しか入科できない厳しい場所である。
しかもただの美男美女ではいけない。男女ともに身長の制限があり、女性に対しては一部の身体的特徴、つまり胸やお尻などの性的な魅力も入科の基準になっているのだ。
入科に厳しい条件があるために、他の学科にはない『スカウト』を行っていることも特徴に上げられる。
容姿や成績を加味して見込みのありそうな生徒に対し、先生の方から声をかけるというシステムだ。
マミもスカウトで声をかけられたことがあったが、その時から管理局志望だったため、丁重にお断りしていたのだ。
「なんだ、だったらマミさんにお願いするしかないじゃないですか!!」
「え、えぇ? 自信ないけど……何話せばいいかな?」
「それはこっちからサポートしますから!! お願いします!!」
みんなの後押しもあり、マミが翔との会話役になるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――
「ふう……」
今日はホントに疲れた。
ララの婚約者宣言で大騒ぎになった教室。すぐさま那月先生が飛んできてその場を収めてくれたが、見事に面倒な事態を引き起こした俺には理不尽な課題を課せられてしまった。
ララの方だが、自分が不用意に発言して騒ぎを起こしてしまったことを反省したらしく、朝以降は俺の教室を訪れることはなかった。
自分の教室でも、アスナ達に様々な立ち振る舞いについて聞いているらしい。ララはララで成長しようとしているのだ。
でも昼休みはゆっくりできた。六課に出勤しないとこんなに時間に余裕があるんだな。
でも数日後には夜勤があるし、この疲れを残さないようにしないと……
「ん」
メールだ。
コッコロからか。内容は……俺の夜勤のために、今日から数日間、精のつくものを作ってくれるらしい。ありがたや。
「と、なると……」
夜まで本格的に暇になるな。ララは今日はザスティンの所に行って、『お勉強』をするとか言ってるらしいし。
「ま、おとなしく家でだらりとするか……」
変な事件に巻き込まれても、まあ、その時は上等だけど、巻き込まれて本命の夜勤に支障をきたしたら笑えない。
今朝のことが広がったせいだろう。あちこちから生徒の視線を感じながら、校門を出る。
そこで、
「あ、あのっ。夜月先輩、ですよね?」
声をかけられた。しかも覚えのある声だ。
視線を向けると、金髪の縦ロールが目に入る。武偵高に併設されている武偵中の制服に、この暑いのに黒いストッキングを履いている。
まどマギのキャラクターであり、この世界では雪菜の友達という立場の少女―――『巴 マミ』だ。
「そうだけど、何か用?」
少し警戒しながら問いかける。
正直、まどマギのキャラクターが何の用で俺に声をかけてくるのか見当もつかない。さらに言えば、どんな事件が発生するのかも。
魔法のシステムが原作と違いすぎるから、原作で起きる悲劇がこの世界だと起きないんだよな。それはそれで平和だからいいんだけど、だったら何が来るんだって身構えてしまう。
可能性があるとすれば雪菜についてだろうか。何か様子がおかしいとか、そんなことかもしれない。
……ダメだな。もう職業病になってるかもしれない。
そんな難しく考えずに、俺と普通にお話にしに来たって思えば……無いな低すぎる可能性だ。
……というか、何でマミさんは黙ったままなんだ?
「大丈夫か?」
「あっ、はい! 全然大丈夫です! 何も心配していただかなくても!!」
「……?」
気になって聞いてみたら明らかに様子がおかしいだけど。
マミさんは一度深呼吸して、
「少しお時間よろしいですか? お話したいことがあって」
落ち着いた声と笑みで、そう言うのだった。
――――――――――――――――――――――――
「よーし、滑り出しは上々だね!!」
「そうかな? 夜月先輩、怪しんでたように見えたけど……」
「マミが硬いんだよな……緊張してんだな」
「みんな、もう少し隠れないとバレちゃうよ……!」
物陰に隠れて様子を見守っているさやか、まどか、杏子、ほむらの4人。
今はマミが先頭になって翔を誘導している。
雪菜からの情報で、翔が今日六課に行かないことは分かっていた。校門を出た翔を見つけて声をかけるところまでは大成功。
だがマミが緊張したことでその後のセリフが吹っ飛んでしまったのは大誤算だった。
何とかさやか達の指示で持ち直したものの、初手から翔に警戒されることになってしまっていた。
「と言うか私達も、授業さぼって大丈夫だったかな……?」
「そうだよね。こんなこと初めて……」
真面目なまどかとほむらが不安そうに顔を見合わせている。
翔は特別な課外活動として管理局の仕事が単位に反映される仕組みになっているが、そうではないこの5人は普通に授業をさぼってしまっている。
「大丈夫だろ。実技テストの点さえ取ってれば、向こうは文句言わないし」
「最後は実技がものをいうもんね」
杏子とさやかが軽い調子で言う。
実際、知識は大事だが、現場で生かせなければ意味が無い。その考えから、武偵高では実技の配点が非常に高くなっている。
「うう、ママにばれたら怒られちゃう……」
「私、実技苦手だし……」
それを聞いたまどかとほむらが少しだけ暗い顔になった。しかし、学校に戻ろうとはしなかった。
4人は今回の作戦の続行を決心している。
と、そこに、
《美樹さん? ここからどうすればいいかしら?》
5人で繋げた念話のネットワークに、マミの声が響いた。それに対して、さやかが指示を飛ばす。
「じゃあマミさん、近くのお店に入りましょうか」
《わかったわ》
その指示通りに、マミは行動を始めた。
―――――――――――――――――――――――
「ご注文はお揃いですかー?」
「はい」
注文した飲み物、俺はコーヒーでマミさんは紅茶が届いた。
マミさんに誘われるがまま連れてこられたのは学校から少し離れた、こじゃれた喫茶店だった。
え、何なんだろう、この状況。なんで俺はマミさんとお茶することになっているんだ?
「それで、巴さん。話って言うのは?」
「ええっと……」
マミさんは数秒視線を空中にさまよわせた。
「……?」
何だ? なんか、言いにくいことを言おうとしている、っていうよりは、別の誰かからの指示を聞いてる?
「夜月先輩、私のことは知ってるんですか?」
「あ、ああー……ま、雪菜から少し聞いてるからな。君は巴 マミだろ?」
嘘である。
雪菜は学校の友達について俺には全然喋ってくれないからな。もし喋ってたら俺は、まどマギのメンバーがいることをもっと早く気づいていただろう。
どうして教えてくれなかったかは……雪菜に報告義務はないとしても、それ以上に女の子との接点を持ってほしくないと思っていたのか、マミさん他、まどマギのメンバーを見て、剣巫の勘が働いたのか知らないけど。
あ、実際の呼び方は巴さんだけど、心の中ではマミさんって呼ばせてもらってます。
「そうなんですね。それで雪菜ちゃん……雪菜ちゃんとは親しいんですか?」
「ん? そう、だな……」
すかさず食いついてくるマミさん。聞きたいのはそこってことか?
「親しいというのはお付き合いしている、という意味で、ですか?」
「う、うん。そうだな」
ずばずば来るな。面と向かって付き合ってますと宣言するのは少し恥ずかしいところもある。
「でしたら……」
マミさんが端末を操作する。
「これはどういう事でしょうか?」
マミさんが差し出してきたのは学校の情報サイト。今日あったララの婚約宣言だった。当然そこにはお相手である俺の名前も書かれている。
「これは……」
ざっと記事に目を通す。ふむ、特に尾ひれがついている部分は無いな。だったら認めざるを得ない。
「事実だよ」
「そうなんですね……」
再びマミさんが視線を空中にさまよわせる。やっぱり誰かと相談してるだろ。相手は、他のまどマギメンバーか?
「雪菜ちゃんとは『遊び』だったってことですか?」
「あ、遊び!?」
喫茶店の視線が俺達に集まる。おまけにひそひそとした話し声も。
「ちょ、ちょっと……!!」
「す、すみません……!!」
マミさんは慌てて頭を下げてくる。自分が何を言ったのか今さらながらに理解したらしい。学生のちょっとした惚れた腫れたならまだしも、『遊び』だなんて言葉を使うから。
「それで、どうなんですか?」
「それでも押してくるのか」
声のボリュームは下がったが、追及はやめてくれないみたいだ。
「別に遊びってわけじゃない。真剣だ」
「先輩、雪菜ちゃん以外の女性とも親しいですよね? しかも複数人と」
「……そうだな」
「その方たちとは?」
「もちろん真剣だ」
ごまかすことは考えなかった。話題に出されなければスルーしようとは思っていたが、言われてしまった限りは認めるしかない。たとえみんなの目が無い場所でも。
「言ってることがめちゃくちゃですよ……」
そんなのは分かってる。
めちゃめちゃな関係だけど、全員に対して真剣に責任を取るつもりだ……まあ、どうやって責任を取るのかは未定だけど。
ま、デビルークの王様になるのが一番の近道なのか。自分が王様になれば自分が法律だからな。ハーレム否定派のセフィさんっていう、でっかい壁があることに目を瞑れば。
「……」
マミさんは茫然とした顔で俺を見ていた。何か得体のしれないモノを見るような目だ。
そりゃそうか。実質、浮気しながらハーレム作ってますって宣言したようなもんだからな。これは、雪菜に申し訳ないことをしたな。明日からいろいろ言われることになるだろうし。後で謝らなければ。
冷めてしまったコーヒーを口に運ぶ。受け皿に戻すと、かちゃりと音を立てた。その間もマミさんは何も言わない。
マミさんに指示を出している奴も混乱してるんだろうな。
ようやく絞り出された声は、少し震えていた。
「そ、それでは、ありがとうございます。今日は時間を取っていただけて。こ、これで私は失礼します……あっ、お代は私が……!!」
伝票を握り締めたマミさんは、逃げるように、実際に逃げてその場を後にするのだった。
マミさんが店を飛び出した後、レプリカ先生が出て来た。
「翔。先ほどからこちらを観察している者がいる。4人だな。どうする? あの少女と連絡を取っていたようだが」
「別にいいって。こっちから会いに行って追い詰める必要は無いんだし」
「ふむ、翔がそう言うのなら」
俺はコーヒーを飲み干し、席を立った。
周りの視線もいたいし、さっさと退散するとしよう。
―――――――――――――――――――――――――
「さて、雪菜にどう謝るか……」
マミさんとの会話を終え、俺は家路についていた。
間違いなく厳しくなるであろう明日からの追及。雪菜には窮屈な思いをさせてしまう。
「不用意にしゃべったのは失敗だったか?」
「それは無いな」
レプリカの言葉に首を振った。した行為の責任はとる。それは初めて雪菜とした時からの俺の覚悟だ。この世界を生きていく上での覚悟。
そんなことを考えていると、
―――クスクス
「……狂三?」
後ろから特徴的な声が聞こえてきた。
振り向くとそこには確かに狂三が立っていた。それも霊装を纏って。
「ってかお前……」
俺の影に膝から下が吸い込まれていた。や、これは狂三の能力で、今まで俺の影に入っていた?
「何やってんだよ……」
周りの視線が集まりかけたところで、狂三が完全に俺の影から出てくる。
「翔さん、こちらに」
「は、あ、ちょっと!?」
狂三に手を引かれて、俺は路地裏に引き込まれるのだった。