「ふわぁ~、ねむ……」
夜勤が終わったが俺は学校に行かなければいけない。
どうせなら夜勤の日は週末にしてほしかったとか、夜勤の次の日は学校休みにしてほしかったとか、色々と望みはあるが望みを叶えられるほど武偵校は甘くない。
何時出席出来なくなるのか分からないため、行ける時には行かないと。最悪居眠りしてでも席に座っておかないと。出席日数を稼ぐんだ。補習は後でどうとでもなる。
我ながら考え方が末期だな。
という訳で六課から直接学校へ行く。
夜勤明けという事で今日も六課には行かなくてもいい。実質学校は半日だ。それが終わったら存分に休むとしよう。
と、思っていたのだが、
「爆睡してしまった……」
那月先生の授業が無かったおかげで、俺が寝落ちしてしまっても無理やり起こされるようなことが無かった。それでいいのが武偵校の先生方。
気が付けば授業が終わり、お昼の時間になっていた。家でゆっくりと休むつもりだったが、眠くなくなってしまった。
「相当お疲れだったみたいだな」
「矢瀬か……」
「お前、今日来た意味あるか? 授業中ずっと寝てたじゃねぇか」
「そうだな……」
俺だって寝たくて寝ていたわけじゃない。や、眠かったのは事実だけど、睡魔には抵抗してはいたんだ。負けただけで。
「意味ねーよ、それ」
「だな、テストで巻き返すわ」
「それを言えるのは強ぇな」
完全記憶能力のおかげだけどな。
「そういえば土御門は?」
何時も俺に絡んでくる監視役その2の姿が見えない。
「さあ? 授業が終わったらどっか行っちまったぞ。用事があるって言ってたが」
「ふーん? 珍しいこともあるもんだな。アイツが忙しそうにしてるなんて」
俺の監視よりも優先しないといけないことがあったってことか? インデックス関連なのかな?
矢瀬は……まあ、詳しくは知らないのかな。管轄が違う訳だし。
「じゃ、俺は帰るかな」
家に帰ってもやることがあるわけじゃないけど、授業の無い学校にいつまでもとどまっている趣味はない。
「ララ王女はいいわけ?」
「ああ、今日はね」
今日も狂三にお任せだ。
ララは王女様だけど、学校のルールには従わなければいけない。ララにも授業があるし、その授業に学年の違う俺は参加出来ないのだ。
俺は矢瀬に挨拶して教室を出た。
校門を出たところでメールを受け取る。
「ん……聖天子様?」
予想外の相手からのメールだった。
だがお呼びがかかったとあれば、参上しないわけにはいかない。
俺は進路を自宅ではなく聖天子様のお屋敷に向けるのだった。
――――――――――――――――――――――
「急にお呼びしてしまって申し訳ありません」
「いえ、とんでもない」
30分後、俺は聖天子様と向かい合っていた。
テーブルにはお茶……ではなく、お昼御飯が並んでいた。移動中にお昼ご飯は済ませたのか、という追加のメールが届いたことが原因だろう。
特に遠慮する理由も無かったので素直に返信しておいたら、こうして食事が並んでいたのだ。
「こちらこそ、お昼を待たせてしまって申し訳ない」
聖天子様は見知った私服(ドレス?)ではなくどこかの学校の制服を着ていた。恐らくは仕事のせいであまり登校出来ていない学校の制服だろう。
わざわざ学校の合間を縫って会う時間を作ってくれたのだ。
「あ、えと、学校にはもう行ってきていて。これから仕事なので。この後すぐに着替えて出なければいけないんです」
「忙しいですね……」
学校と仕事の合間だった。それでも忙しいことには変わりない。
「それではお話を始めましょうか。あ、遠慮なく食べて下さいね」
「いただきます」
聖天子様は食べながらしゃべるなんてはしたない真似はしない。俺もそれに倣い、しばらくの間は食べることに集中する。
5分ほど経った頃に、聖天子様が口を開いた。
箸を置き、俺を見る。
「それでお話ですが……あ、翔さんは食べながらで結構ですよ」
箸を置こうとした俺を聖天子様が止める。
「日本政府から連絡がありました」
「むぐッ!? に、日本政府から? な、何でしょうか……?」
流石の俺も、政府からの連絡と言われれば身構えずにはいられない。まじめな顔の聖天子様も相まって、自然と背筋が伸びてしまう。
「ふふ、別に翔さんに何かあったわけではありませんよ」
「や、やめて下さいよ、脅かすのは……」
ごめんなさい、と笑う聖天子様。これ、もしかしてわざとやったのか?
「それで、日本政府からの連絡ですが」
「はい」
俺が問い詰める前に聖天子様は話を進めてしまった。
「とある人物がこの島へ不法侵入したという連絡が入りました」
「とある、人物?」
新たな登場人物。その言葉に心がざわつく。不法侵入という事はつまり、相手は悪人である可能性が高い。
「はい。その人物の名前は『蛭子 影胤』、および『蛭子 小比奈』」
「なるほど……」
ここでその名前が出てくるのか。
「日本の極秘計画、魔導士を無力化する兵士、機械化兵士計画の産物です」
機械化兵士計画とは『ブラック・ブレット』に登場する単語だ。薬物による強化や体の一部に機械を埋め込むなどして、超人的な攻撃力や防御力を持つ兵士を造り出す計画。
日本の他、アメリカやオーストラリアで行われた。日本では『新人類創造計画』と呼ばれている。
被験者に特に才能が必要ないため、誰にでも改造手術は受けられることが一応の魅力になっている。
こうしてみてみると、学園島でもやってそうなことだよな。一応、機械化兵士計画は学園島の力を借りずにそれぞれの国で行われていることになっているが。
「機械化兵士計画は魔導士に対抗するために考えられたものでしたが、その低い手術成功率と出来上がる兵士の能力が釣り合わず、長い間凍結状態になっていました」
「それがなんでまた?」
「蛭子 影胤は数少ない成功例です。後期に作成された最も完成度の高い機械化兵士の1人ですから。蛭子 小比奈は―――こちらは幼い少女で機械化兵士ではありません。こちらに来ている情報では彼の娘だと。ただし母親は不明、情報はありません」
原作の設定だと攫ってきた女性に影胤が無理矢理子供を作らせ、さらにその子供に殺し合いをさせ、残った1人が小比奈という事になっている。
恐らくこの世界でも大きくは変わらないだろう。
「蛭子 影胤はかつて日本の陸軍に所属していましたが、犯罪を繰り返し指名手配されていました。蛭子 小比奈も警官や軍関係者の殺害に関与しています。そんな2人がどのような目的でこの島を訪れたのかは不明ですが……」
「わざわざこんな孤島に来るんですから、何かの理由があるのは間違いないですね」
「はい……」
聖天子様は不安そうな声を出している。
犯罪者が不法侵入してくると聞いて、犯罪を思い浮かべない人はいない。日本政府から警告があるのは当然と言えた。
計画に関して、聖天子様は完全に無関係だろう。それでも責任を感じているのかもしれない。
「日本政府は情報をよこすだけで何もしてくれないんですか?」
だとすればかなり無責任な話だ。
「いえ、これから六課と楯無さんに連絡を入れようと思っています。日本の警察や軍隊はこの島で活動しにくいですからね」
「そうなんですね」
そりゃそうだ。表立って人を派遣することは出来ないとしても、すでにこの島にいる人を使って解決する分には問題ない。というか、解決しなければいけない。
その点、この島で起きる事件に無条件で介入できる六課、日本の国防を担う家の1つである更識家はうってつけだと言えた。
六課と楯無さんを分けたのは、管理局への連絡と日本国としての連絡で分けているからだろう
「……あれ?」
「はい。どうかしましたか?」
「まだ連絡してないんですか? 六課と楯無さんには。あ、俺から伝えて欲しいってことですか?」
聖天子様はこれから連絡を入れようと思っていると言っていた。つまり、その2人よりも俺に先に連絡を入れたってことだけど。
「そんなことはしませんよ? 六課に対しては八神さんに連絡しますし、楯無さんにも直接お話しますから。そのために今日は学校を早引けしたので」
「……はあ」
じゃあつまり、今日の午前中に受け取った情報を、俺が一番最初に連絡されたってことになるけど。
「はい。そうなりますね」
それが何か? みたいな顔されても。どうして?
「翔さんならいち早く知りたいと思うのではないかと考えまして。何かあったら、翔さんすぐに首を突っ込んでしまいますし。なら、最初から情報を知っていた方がこちらも安心できます」
「そんな、手のかかる子供みたいに……」
「雪菜さんとコッコロさん、他にもたくさんいるんですよね? 翔さんが心配をかけている人が。私もそうですから、あらかじめ知っておいて欲しいと思ったんです。この島には今、そう言う相手がいるってことを」
「……分かりました。ありがとうございます」
その2人が騒ぎを起こせば俺は間違いなくかかわることになる。なるべく心配をかけないようにしようと心に誓います。
「こちらとしては、心配をかけさせるような行為は控えて欲しいんですけどね?」
「……善処します」
聖天子様の困ったような表情に、俺はあいまいな笑みを浮かべるのだった。
多分無理ですけど。
――――――――――――――――
翔が聖天子様から話を聞いている頃。
「よし、休憩!」
シグナムの号令で六課の訓練が休憩時間に入った。
今日はなのはが夜勤明けで休みのため、シグナムが教導官を代行しているのだ。
「ふぅ……」
雪菜はタオルを使って汗を拭きとる。飲み物を飲んで水分補給も忘れない。雪菜と耀は候補生なので何かあっても六課として出撃することはない。来年になるまで訓練の日々だ。
訓練自体は雪菜にとって苦ではないが、翔と一緒に出撃出来ないのは歯がゆい気持ちになっていた。六課の任務なら何をしているのか分かるのでそのモヤモヤも少なくなるが、翔の場合、外に出れば事件を引っ掻けてくるので気が休まらない。
だが、今日の雪菜は少し気分が良かった。
それは周りにも伝わっている。
「雪菜さん、最近何か良いことありました? 今日はずいぶん調子が良いみたいですけど!」
「そ、そうですか?」
先ほどまで組み手を行っていたエリオが笑顔で声をかけて来た。
雪菜は最近、似たような獲物を使うエリオとの訓練が多かった。そのおかげで真っ先に気が付いたのだ。
「そうだな、数日前までは力押しの印象があったが、今日は以前の柔らかさが戻ってきているように感じる」
歴戦の戦士であるシグナムも頷いていた。
だが同じ場所に住んでいるアスナと耀にも心当たりが無い。
「なん、でしょうね?」
だが雪菜には心当たりがある。そのせいで言い方が少しぎこちなくなってしまった。
「いや、何であれ調子が上がるのは良いことだ」
「そうですね!」
シグナムとエリオは無理に聞き出そうとはしなかった。シグナムは細かい事情までは興味が無いし、エリオも女性の事情に首を突っ込むのは野暮だと思ったからだ。
「はい。ありがとうございます……」
「それで、結局何があったの?」
シグナムとエリオは離れたが、アスナと耀―――特に耀は逃がしてくれない。
「うん。実は―――」
雪菜は今日、学校であったことを2人に説明した。
先日、まどマギ組が翔に仕掛けたその顛末を、雪菜は聞かされたのだ。
「なるほど」
「翔君がそんなことを……」
雪菜の報告にアスナと耀が頷く。
「そんな言葉で機嫌がよくなるなんて、雪菜は単純だね。本人に言われたわけでも無いのに」
「うぐっ」
そんなこと、雪菜にも分かっていた。だからこそ、あまり人に言いふらしたくなかったのだ。
だが、翔の婚約者候補騒動で、『分かってはいても』翔に対して不満を持っていた娘がいたことは事実だった。もしかして、万が一、まず無いことだとわかっていても、ララと婚約したことで他の女の子との関係が切れてしまうのではないかと。
そんな不安に対して、翔はわざわざ本当のことを言う必要のない相手に対しても断言して見せたのだ。
その不安を取り除くには十分すぎる行動だった。
「でも、そうなんだね」
「おっと、こっちにも単純な人が」
アスナはしみじみと、雪菜の言葉を頭の中で反芻していた。
「3人共」
翔のことを知っている人にしか分からない空気を作っていた3人にシグナムは声をかけた。3人は訓練の再開かと思ったがそうではなかった。
「主から連絡が入った。行くぞ」
その言葉で訓練が中断された。
――――――――――――――――――
「はい、集まってくれたな~」
ミーティングルームに集められたのは訓練途中だったシグナム、アスナ、雪菜、耀、エリオ、キャロだった。
前に立つのは部隊長であるはやてだ。
「ついさっき聖天子様から連絡があった。現在この島に、不法侵入した犯罪者がおる。名前は蛭子 影胤、および蛭子 小比奈」
モニターに情報が映し出される。それは翔が聖天子様に教えられたものと全く同じものだった。
「この者の捜索を我々で行うのですか?」
「いんや、違うよ」
シグナムの質問にはやては首を横に振る。
「極秘の情報を聖天子様から個人的に貰ったいうだけで、表向きには管理局には何の要請も来とらんから」
「政治という訳ですか。私には理解しがたいものです」
シグナムが冷めた口調で切り捨てた。
「まあまあ。ちゅうわけで、そっちは何か起きてから……もちろん表向きはな。みんな警戒はしといてな」
「「「はいっ!!」」」
はやての緩い忠告にみんなが返事を返す。
「で、本命の、ウチの部隊が手伝うのは……」
モニターが切り替わった。
「最近、魔族への襲撃件数が急激に増えとる」
映された棒グラフには、ここ数日で急激に増えている事件件数が示されていた。
魔族、特にD種と呼ばれる―――一般的に吸血鬼と呼ばれる種族への襲撃件数(単なる小競り合いを超えたレベルのものが)が大きく増えているのがわかる。
グラフを素早く読み取ったアスナが質問をする。
「これもその蛭子 影胤という人物の仕業なんでしょうか?」
「それは何とも言えんなぁ。時期的には重なるけど、この孤島まで来て、わざわざ吸血鬼に手ェ出すなんて。どういう意味があるのか」
今度は雪菜が口を開いた。
「これは同一人物の仕業なんですか?」
「襲われた吸血鬼はもれなく魔力を吸いつくされて干からびてしもうてる。戦闘があったにしても、全員揃ってそうなるんはおかしいやろ?」
確かに全員揃って同じ症状というのはおかしな話だった。
「という事でみんなにはしばらく、この捜査に加わってもらう。詳しい内容についてやけど……」
はやては吸血鬼襲撃事件の捜査について話を進めていくのだった。