「眷獣だと!?」
ヴィータは目の前の光景に驚愕の声を上げる。アスタルテの背中から伸びた青白い腕。それは魔力の塊であり、異界からの召喚獣である眷獣だった。
ヴィータの見立てでは、青い髪の少女は人間―――いや、ホムンクルスだ。それが吸血鬼しか使えない眷獣を使っている。
だが考えている暇はない。すでに眷獣は召喚され、攻撃が始まっているのだ。
「雪菜ッ!!」
「はいっ! 雪霞狼ッ!!」
雪菜が前に出る。
迫りくる巨椀を、槍一本で迎撃しようというのだ。
「これは……!?」
次に驚愕するのはオイスタッハの番だった。
魔力の塊である眷獣には物理的な攻撃は意味が無い。対応するには同等以上の魔力をぶつけるしかないのだ。
だが魔力そのものを無効化する雪霞狼ならば問題ない。むしろ最適な武装と言えた。
そもそも雪霞狼は、吸血鬼の真祖を殺しうる性能を持った秘密兵器なのだ。そして雪菜もそのことを理解している使い手だ。
「……」
表情を変えないアスタルテだが、一撃を防がれたことで次の攻め手を決めかねていた。
そこに切り込むのはヴィータだった。
「テメェがアイツの司令塔だなッ!!」
「―――っ!?」
手が空いているヴィータが襲い掛かるのはオイスタッハだ。小さな体とそこまで凶悪な見た目ではない武器だが、振り下ろされた地面が砕け割れる。
オイスタッハは戦斧を取り出す。体格では圧倒的に勝っているオイスタッハだが、押されているのもオイスタッハだった。
武器で受け止めるオイスタッハだが、ヴィータのハンマーで大きく吹き飛ばされてしまう。実力では圧倒的にヴィータが勝っていた。
「オラオラ、どうしたッ!!」
「ぐうっ……!! アスタルテ、援護を!!」
「
「させません!!」
ターゲットをヴィータに変えたアスタルテだったが、その間に雪菜が立ちふさがる。形的には雪菜達が挟み込まれている形だが、戦況は雪菜達が圧倒的に有利だ。
「このまま決めんぞ、雪菜!!」
「はいっ!!」
雪菜がアスタルテを引き離し、ヴィータがオイスタッハに攻め入る。雪菜は深追いせずに、ヴィータとオイスタッハの1対1の状況を維持し続ける。
「りゃあああぁぁぁぁっ!!」
「うぐっ!?」
ヴィータの強振がオイスタッハの戦斧を吹き飛ばす。建物の壁面に深々と突き刺さる。
獲物を失ったオイスタッハはヴィータから離れようとするが、
「逃がすかよォッ!!!」
ヴィータの目の前に野球ボールほどの大きさの鉄球が現れ、
「はあッ!!」
ハンマーで打ち出された。
それがオイスタッハに当たる寸前。
「ッ!?」
鉄球が見えない壁にぶつかり跳ね返される。
「同士よ。あまり力を浪費するな」
ヴィータとオイスタッハの間に、シルクハットの男が割り込んできた。
「「ッ!?」」
その姿にヴィータと雪菜が息を呑む。それはブリーフィングで聞いた密航犯罪者―――蛭子 影胤だったからだ。
それを理解した2人が体に力を込めるのと、不可視のフィールドが辺り一帯に張られるのは同時だった。魔導士の力を奪う力場、AMFのフィールドだ。
「こいつ、AMFか……!!」
身体が重くなったことに、ヴィータが苦い顔をする。
「テメェ、蛭子 影胤だなッ!!」
「八神はやての個人戦力、鉄槌の騎士ヴィータか」
お互い会話をしていない。
会話できない相手に向けるのは、『コレ』しかない。
「アイゼンッ!!」
カートリッジがロードされる。
アイゼンが変形する。片方からは三つに分かれたブースターが。もう片方には鋭利なスパイクが作られる。
そのブースターが火を噴いた。
「でええええりゃああぁぁぁぁぁッ!!!!」
ハンマー投げのようにぐるぐると回転ながら勢いを増していくヴィータ。ラケーテンハンマー。生半可なバリアごと相手をぶち抜くヴィータの得意技だ。
だが、カートリッジがロードされたからと言っても、ここはAMF影響下だ。普段通りの威力が出る訳がない。
迫りくる攻撃に対して影胤は掌を向ける。
そこから透明な力場が発生した。
「ぶっ!?」
力場の壁にぶち当たったヴィータ。構えていたアイゼンが変な方向を向いたことで攻撃が逸れ、ビルの壁に激突してしまう。
「あれが……!!」
雪菜は息を呑んだ。
魔力は全く感知できない。はやてに見せられた資料にあった、影胤の機械化兵士としての能力だ。斥力のフィールドを張る力だ。
「その通り。私はイマジナリィ・ギミックと呼んでいるがね」
魔導士殺しの機械化兵士。魔力に頼らないからこそ、体内にAMF発生装置を埋め込むことができ、魔導士に対して一方的に優位に立てる。
そこに薬物や機械でサポートされた兵器や異能力をぶつけるのが機械化兵士の基本戦術だ。
「……ん? AMFのフィールドが届いていない? いや、防がれているのか。面白い」
魔導士の力を奪うAMFを、さらに神格振動波駆動術式のフィールドで無効化している雪菜。
だが、
「雪霞狼ッ!!」
雪霞狼に魔力を送り込んだ雪菜だが、斥力フィールドには何の意味も無い。自分の体を持ち上げられるほどのエネルギーをぶつけられれば、踏ん張ることも出来ない。
「っ!? ぐっ……!!」
ヴィータと同じようにビルの壁面に叩きつけられてしまう雪菜。
対戦車ライフルや工事用クレーンの鉄球すら防ぐことが出来る影胤の斥力フィールドは『最強の盾』とも形容されるものだ。盾としてだけでなく、相手にぶつけることで攻撃にも使うことが出来る強力な能力だった。
「くそっ……!!」
「(そもそも近寄れない……!!)」
じりじりと痛む背中を無視して、武器を構えるヴィータと雪菜。
近接戦を主にする、搦手があまり得意でない2人にとって、影胤は戦いにくい相手だった。霊視を使って未来を『視る』ことが出来ても、相手に勝てるような都合の良いビジョンが視える訳ではない。
2人に武器を向けられている影胤だが、そのしぐさは余裕たっぷりだ。残念ながら表情は仮面のせいで見えないが、その余裕は本当だった。
「同士よ」
戦闘から離脱していたオイスタッハに声をかける影胤。
「これ以上ここに留まるのは危険だ。ここは退散するとしよう。そちらの食事は済んだかね?」
「ええ。これだけ吸えば十分です」
アスタルテが倒れていた吸血鬼から魔力を吸いつくしたのだ。戦闘で使った分いつもより多めに吸っていたが、吸血鬼の生命力なら問題ない。
だが雪菜達にとって、目の前でのんびりと逃亡宣言されていて黙っている訳にはいかない。
「ざっけんな!! おめおめと逃がす分けねぇだろうが!!」
「逃がしません……!!」
「今の君たちに、我々が止められるのかな?」
2人の宣言を影胤が嗤う。
そう言って自らの右手に斥力フィールドを纏わせた。
「エンドレス・スクリームッ!!!」
影胤の腕から、透明な力場が槍となって放たれる。ただ力場をぶつけるのとは違う。明確に攻撃の形で放たれたのだ。
その力場が魔力ではないことを思い知らされている雪菜はとっさに叫ぶ。
「っ!? ヴィータさん!!」
「アタシの後ろに来い!!」
ヴィータは全力で障壁を張る。AMFで落ちる強度を、魔力を注ぎ込むことで無理やり補強した。
障壁に斥力の槍が激突した。後ろに吹き飛びそうになるヴィータを支える雪菜。槍の形に収束していた力場がほどけ、周りに拡散していく。
建物や道路を削り、粉塵を巻き上げ―――やがて攻撃が終わった。
「ふぅ……」
ヴィータはホッと一息ついているが、障壁は解除しない。油断したところを攻撃されるかもしれないからだ。
しかし構えていても何も起こらない。
「ヴィータさん……」
「アタシは大丈夫だ。でも……」
影胤の攻撃の粉塵が収まり、辺りの様子が見え始める。
「ッチ!! 逃げられちまったか……!!」
ヴィータの舌打ち通り、その場には誰もいなくなってた。
―――――――――――――――――――――
「今日は楽しかったね!」
「そうですね」
「ああ。そうだな」
インデックス、神裂、ステイルの3人は帰りのタクシーに乗っていた。今日一日遊び倒した3人は、無事にタクシーに乗り家路についていた。
2回目以降、アプリの操作を間違えることなくスムーズに観光することが出来た。最後の思い出作りとしては上出来の内容だっただろう。
「インデックス、体調は大丈夫ですか?」
「うん。まだ平気だよ」
「そうですか」
予定日が近づけばインデックスは強烈な頭痛に襲われる。その痛みは他人が想像することは出来ないが、前回の周期で苦しむ姿を2人は見ている。
今回のお出かけ中に発症しないか、2人ともひやひやしていたのだ。
今日の思い出を話していると、イギリス清教の教会へ到着した。ここで降りるのはインデックスだけだ。この仕事が終わればこの島を去る2人には、この教会の部屋が無い。
「それじゃあ、また明日、2人共」
「はい」
「ああ」
教会の中に入っていくインデックスを見送った2人はタクシーを発進させた。
2人共、インデックスがいなければ雑談するような間柄でもない。会話するとすれば仕事がらみのことだ。
インデックスがいなくなったと同時にタバコに火をつけたステイルは、窓の外を見ながら言った。
「予定日のことを考えれば、明日には動けなくなっている可能性が高いな」
「そうですね。これが最後だったかもしれません」
神裂は端末を取り出した。そこには今日撮った写真が映っている。満面の笑みのインデックスの後ろにぎこちない笑みを浮かべた2人が映っている写真だ。
その他にも様々な写真を撮っている。そのどれもが笑顔の写真だ。
その写真を見る神裂は優しい笑みを浮かべているが、
「あまり思い出に浸るなよ神裂。浸ればその分、空しくなるだけだ」
「……そうですね」
神裂は端末を閉じる。
「儀式の準備はぬかりありませんか?」
「昨日の時点で準備は整っている。今から引き返してもすぐに開始できる程度にはね。ああ、もちろん、儀式の術式は予定日の星の巡りに対して調整してある」
「……後は、その日が来るのを待つだけという事ですか」
その声にステイルは何も答えなかった。
――――――――――――――――――――――――――
ステイルと神裂の予想は間違っていなかった。
その夜、教会のシスターが寝泊まりするシスター寮で、インデックスは頭を押さえていた。
「痛つつ……」
身を清めたインデックスはいつもの修道服を脱ぎ、寝間着に着替えていた。眠る支度をして襲ってきた鈍痛。頭がガンガンと痛む。風邪をひいた時とは違う痛みだ。
インデックスにも覚えのない痛み。彼女の体質からして、『覚えがない』と表現するのは極めて珍しいことだ。1年周期で自分に訪れる体の変化だとしても、覚えていない。覚えていることが出来ないものだった。
それでも、これが何を示しているのかインデックスには理解出来た。
「うぅ……」
ベッドに横になる。
この調子だと明日、目覚めることはないかもしれない。目を閉じればそのまま今の自分は居なくなってしまうかもしれない。
電灯を見ながらぼんやりと考える。
「人、呼んでおかないと……」
机に置いてある呼び鈴を手に取ろうとする。これをならせば魔術の信号が送られ、当番のシスターに連絡が届くようになっているのだ。
「あれ? 窓……」
開いていた。開けた記憶が無いのにだ。
そしてそこから、
「っ!?」
黒いドレスを着た少女が音もなく部屋に侵入してきた。机の上にあったはずの呼び鈴は、少女に盗られていた。
「それ―――」
インデックスが抗議しようとしたところで、少女に布で口をふさがれる。
少しの抵抗も出来なかったインデックスは頭痛の痛みも忘れ、強烈な眠気に誘われていった。
――――――――――――――――――――――――――
「なんだって?」
拠点に戻ってきた影胤とオイスタッハペア。影胤はオイスタッハに不気味な仮面をつけた顔を向けた。
「はい。あの娘が使っていた槍に神格振動波駆動術式が組み込まれていました。
「なら、もう禁書目録は必要ないかな?」
影胤が目を向ける先には、苦しそうな寝息を立てているインデックスが寝かされていた。薬で眠っている間も頭痛の強さが増し、着ている寝間着はぐっしょりと汗で濡れていた。
明らかに普通の状態ではないが2人の男性は気にせず、2人の少女も無関心―――ではなく、アスタルテは少し気になっている様子だった。
アスタルテは医療用のホムンクルスとして作られた。病人を目の前にすると、自分に刻まれた命令が疼くのだ。
ただ、主の命令なしに勝手なことは出来ないため、直立のまま微動だにしない。
そんなアスタルテを気にせず、オイスタッハは続ける。
「ええ、これならば危険を冒して禁書を読まなくても大丈夫でしょう。仕事をしてくれたあなたの娘には悪いのですが」
小比奈を見て言うが、特に反応はなかった。
「もう少しタイミングが良ければ、イギリス清教が介入する理由を作らずに済みましたが」
「いや、それは元々背負うリスクだった。今は神格振動波駆動術式を容易に完全なものにできると考えよう」
神格振動波駆動術式―――つまり魔力の無効化は、影胤たちの計画に無くてはならないものだった。
元々はインデックスの力を借りて
これで2人の計画は大きく進むことになる。
拉致したインデックスを使う必要は無くなった。元の計画ではインデックスの身柄はステイルや神裂を牽制する目的で使う予定だった。
自分たちを追撃するよりも、インデックスに対しての儀式の方が大切であることを利用した逃亡の手立てだ。
管理局は島が沈むとなれば救助活動を優先せざるを得ない。最初から障害になるとは思っていなかった。
「そうですか。しかしアスタルテの調整の必要もあります。明日は協力企業の施設に向かおうと思っています」
2人の目的が成就することを望んでいる企業がこの島には存在しているのだ。だからこそ、この2人があっさりと島に侵入出来た。
「ああ。管理局に見つかった以上、もう時間はかけられない。明日にはホムンクルス調製施設に捜査の手が伸びる可能性が高い」
いざとなれば切り捨てられるだろうが、管理局の捜査程度でその心配はない。そのくらいのリスクで切り捨てる考えなら、最初から犯罪者の支援なんてしていない。
「分かっています。あなたの方も、もう1つのピースの入手。しくじらないで下さいよ」
「フッ、もちろんだとも。本命の作戦も含めて、2日後までに決着をつけるとしよう」
そう宣言する影胤。
いくら魔力を無効化できたとしても、この島を敵に回して生き残るのは難しい。島のシステムを掌握していれば話は別だが。
「しかし本当なのですか? この島のシステム中枢が女子高生によって運営されているというのは」
「ああ。信じがたいかもしれないが裏も取ってある」
影胤は懐から端末を取り出してターゲットの顔を確認した。
「『電子の女帝』―――藍羽 浅葱か」
影胤の仮面は相変わらず笑っていた。