「……ただいま」
午後16時半過ぎ、『藍羽 浅葱』は帰宅した。金髪と華やかに着崩した制服。見た目だけ見れば派手なギャルだ。
《オカエリナサイマセ》
豪邸と言って差し支えない家からは、セキュリティを兼ねたホームロボットの合成音声しか返ってこない。
浅葱はそれに何も返すことなく、自分の部屋に向けて進む。
今日はバイトも無い。偶然友人にも予定があり、今日の放課後はどこに行くでもなく早めに帰宅したのだ。
特に最近はその回数が増えていた。その原因は、
「ったく、基樹のやつも突然武偵高に転校とか、何考えてんのかしら」
生まれた時から学園島で生活して生きた浅葱にとって、同じく小さい頃からこの島にいた矢瀬は腐れ縁だ。
決して幼馴染とかそう言った表現をするつもりは無いが、ずっと同じ学校に通っていたのだ。それが突然、夏休み終了間際になって転校すると言い出した。
決して向いているとは思えなかったが、浅葱が意見する義理も無い。そうしたいのなら勝手にやってくれと言うだけだ。
結果、暇な時間が増えてしまったという訳だ。
「暇だし、バイトの時間増やしてもいいかもなー……」
そんなことを呟きながら自室の扉を開けた。
「……は?」
部屋の中には人がいた。
タキシードに笑う仮面というふざけた格好の男だ。壁に寄りかかり浅葱の本棚にあった本を勝手に読んでいた。
浅葱はこの島育ちだ。様々な能力者や種族が共存するこの島で、物心ついてからずっと生活してきた。
一般校に通っている身とは言え、硝煙の匂いを嗅いだことは一度や二度ではないし、異能力が飛び交う場面に遭遇したこともある。
だが、
「(なに、コイツ……!?)」
こんな濃密な悪意を持った相手を目の前にしたことはなかった。恰好を笑い飛ばすことも出来ない。全身から汗が噴き出してくる。その場にへたり込まないのが精一杯だった。
無意識のうちに後ずさりしようとして、
「だめだよ」
後ろから可愛らしい声が聞こえてくる。同時に背中につきつけられる硬い物。
浅葱が顔だけを動かしてその相手を見る。
「ひひっ」
「……っ」
血のように真っ赤な瞳と目が合った。
黒いドレスを着た少女。背中につきつけられていたのは彼女が手に持った黒光りする金属だった。
「変に動くと刺さっちゃうかもよ?」
無邪気な声だが、そのことが余計に恐怖を増幅させる。全く冗談じゃないのが分かったのだ。背中につきつけられているのが単なる金属の棒ではなく、刃物の類であることを理解した。
「そのまま部屋に入ってくれ。藍羽 浅葱」
「……」
タキシードの男が落ち着いた声で言ってくる。事実上の命令だ。浅葱は黙って部屋に入った。
浅葱に続いて部屋に入った少女が扉を閉める。
「……何の用? ただの居座り強盗、ってワケでもないんでしょ?」
「ふっ」
浅葱の態度にタキシードの男が笑う。
「いや、この状況でその態度とは恐れ入る。恐怖は感じているのは間違いないだろう?」
「島育ちを舐めないでよね。ヘンテコな恰好だけでビビらせられると思ってるの?」
身体は震えているが、浅葱は自分のペースを取り戻し始めていた。それは理論的に安全が確保されていると思ったからだ。
「殺すだけならもうやってるでしょ。私は何の力も持ってない、ただの女子高生なんだから」
会話が成立しているという事は、そんな普通の女子高生である浅葱に何か用があると考えたのだ。
最も、『普通の』という言葉については少し議論の余地がある。どうせその辺りが目的だろうと考えていたのだ。
「それで何がお望み? スパイソフト? それとも、もっと直接的に破壊工作用のアプリケーション?」
「察しもいいな、『電子の女帝』」
「やめてくれない? そのあだ名」
茶化すような雰囲気になった影胤の発言に、浅葱は顔をしかめた。
電子の女帝とは、天才的なプログラミング能力を持つ浅葱に着けられた異名だ。本人は趣味の範囲と言い張っているが、その趣味で人工島管理公社のシステムの大部分を管理している。
浅葱のバイトとはそのことだった。
「謙遜はする必要は無い。前にもそう言う事はあっただろう?」
「まあね。でも実際に会いに来たのはアンタらが初めてよ」
浅葱の電子の女帝としての能力は別に隠しているわけではない。ネット上では隠しているが―――ハッキングの形跡を残さないという意味で―――現実世界で宣伝しているわけではない。
そのことに目を付けた産業スパイやテロリストが、様々な工作用のアプリケーションの作成を依頼することがあった。
「ま、そう言うやつらは
もちろん素直に従う浅葱ではなかった。犯罪の依頼をしてきた相手は、悉くお縄につくことになっていた。
「だからあんた達も、気を付けた方が良いわよ。私に変なこと依頼すると、捕まっちゃうから」
それでもいいの? と浅葱は逆に挑発した。それに対して、
「もちろんだとも」
笑う仮面の口元がさらに引き裂かれ、笑いが深くなるような錯覚を覚える。
「破滅こそが我々の望みなのだから」
「そ、変わってるわね」
浅葱は愛用の椅子に座る。
何枚もあるモニターに、個人が持つには過ぎたレベルの高スペックのPC。女子高生の私物とは思えないものだ。
PCを起動した。
「それで、お望みは?」
仕事モードに入った浅葱。正直言って、ありきたりなアプリケーションは作るまでもない。今まで作ったものを繋ぎ合わせるだけで十分だ。
その上での軽い発言だったのだが、
「この島の総てを」
「……は?」
あまりにも抽象的な表現に浅葱が眉を寄せる。
「君がこの島を動かすために預けられている5基のスーパーコンピュータ。その制御権を私に」
「は!? アンタ何言ってんの!?」
思いがけない要求に椅子を蹴飛ばして立ち上がる浅葱。影胤はこの島の制御権を渡せと言ってきたのだ。
そんな浅葱の焦りを無視して小比奈が影胤に語りかける。
「作ってもらった後は連れて行くんだよね、パパ?」
「よしよし。よく覚えていたね、小比奈。小比奈の言った通り、君のことは連れていくよ。君の腕は窺うべくも無いが、妙なバックドアを仕込まれては面倒だ。何かあればその場で修正してもらわなければね」
「……っ」
浅葱は歯噛みする。この場では素直に従って、後から無理やり制御権を奪い返す策を考えていたのだが、それは出来ないらしい。
「事が終われば君は解放しよう。余計なことをしなければ危害は加えないと約束する」
「……そんなの、信じられるわけないでしょ」
影胤のよくあるセリフをばっさり切り捨てる浅葱。
「それに、私にも仕事を選ぶ権利があるわ。その仕事は絶対に受けない」
きっぱりと言い切った。
相手の目的は学園島の制御権。それを手に入れるには浅葱の力が不可欠だ。仮にこの場で殺された場合、浅葱が作ったロックを解除するのに膨大な時間がかかる。
つまり相手は、どうあっても浅葱に首を縦に振らせるしかないのだ。
その為に目の前の相手は浅葱を拷問するかもしれない。だが、その流れを想像できたとしても、何もされていない時から屈することはない。その程度の正義感は浅葱にもあった。
そして、影胤がそのことを想像出来ないはずがない。
「小比奈」
「はい、パパ」
小比奈は部屋の外に走っていった。
しばらくすると1人の女性を抱えて帰ってきた。
「……っ」
「君のお父さんは再婚したらしいね」
浅葱は何とか悲鳴を漏らすのをこらえた。小比奈が連れてきたのは『藍羽 菫』。浅葱の継母だった。
後ろ手で縛られ猿ぐつわを嚙まされている。そのせいではっきりとした声は出せないが、浅葱を見て必死にうーうー何かを伝えようとしていた。
「……この人に何をするつもり」
浅葱は父親の再婚相手である菫のことを苦手としていた。だからといってこの場でソレを持ち出すつもりは無い。
「予想はついているだろう?」
「だから何するつもりなのか聞いてんでしょ!」
浅葱を拷問する代わりに、菫に何かしようというのだ。自分に何かされる覚悟はしていても、自分のせいで他人を痛めつけられるのは耐えられないのだ。
浅葱に良識があると踏んだ影胤の策だった。
「それは君の答えと行動次第だ……それで、どうするのかね?」
「……分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば!!」
具体的に何をするのか教えられないことで、逆に恐怖心を煽られる浅葱。視界の奥で小比奈が握っている刀が見えたのだ。予告なく菫が斬られるかもしれないと思ってしまう。
「ああ、それと」
「……まだ何かあるの?」
うんざりとした様子で振り返る浅葱。
「だらだらと仕事を引き延ばされても困るからね。作業を始めて10分ごとに、足先から1センチずつ切り落としていくとしよう」
「はい、パパ」
「―――っ、―――っ」
小比奈が暴れる菫を踏みつけ、その右足に刀を添える。
「それでは」
影胤がこれ見よがしに時計を取り出す。
「始めてくれたまえ」
「っ! ざけんじゃないわよっ!! モグワイ!!」
浅葱は吐き捨ててPCに向かう。それと同時にポケットからスマホを取り出し、相棒を呼び出した。
「ケケケッ。嬢ちゃんも面倒なことに巻き込まれるなぁ」
スマホの画面には不細工な人形のアバターが映し出されていた。
人形は島を管理するスーパーコンピュータの化身である人工知能。浅葱の相棒としてスマホに住み着いているのだ。
浅葱はその軽口に付き合わず、スマホを立てかけるタイプの充電器に置き、PCの開発アプリケーションを起動した。
今は1秒でも時間が惜しいのだ。
「アンタは黙って処理しなさい!! 何やるかはわかってんでしょ!!」
「はいはい、っと、これは……」
モグワイの呟きがタイピングの音でかき消される。
「黙って処理しなさい!!」
「へいへい」
アバターはポップに腕を振っているが、浅葱が打ち込むコードをどんどん処理し始めた。
しばらくタイピング音だけが部屋に響く。影胤も小比奈も仕事中の浅葱に気を使っているのか、一言も発しない。人質になっている菫も浅葱の空気にじっとおとなしくなっていた。
「っち」
普段はしないようなタイプミスに浅葱は舌打ちしながらも作業を進める。
そして浅葱がひときわ強くエンターキーを押し、
「ふー……っ」
大きく息を吐いた。
「素晴らしいじゃないか。もう終了したとは」
「うっさいわね……」
9分32秒。PCを起動する時間を考慮すればそれ以下の時間で浅葱は作業を完了させた。
おかげで菫に危害を加えられることはなかった。
制御用のアプリケーションをノートPCにインストールする。
「準備は出来たようだね」
「……まあね」
ノートPCを乱暴にカバンにしまい、立ち上がる浅葱。今回は作っただけで終わりではない。影胤の要求でついていかなければいけないのだ。
「(流石に間に合わなかったか……ま、ついていって機会を窺うか)」
浅葱は仏頂面でそんなことを考えていたが、
「パパ」
「嗅ぎつけられたか、だが……」
強い魔力がこちらにまっすぐ向かってきていることに気が付いた。
仮面の奥の視線が浅葱を突き刺す。その威圧感に負けず浅葱は睨み返した。
「何よ」
「いや、君は予想以上にお転婆だと思っただけだ」
そもそも影胤は警報装置には全く引っかからずに家に侵入した。全く騒ぎも起こしていない。それで管理局に感知されているはずがない。
だとすれば、浅葱が何かをしたと考えるしかない。
実際、浅葱は何かしていた。
影胤の注文に答えながらホームセキュリティを起動させ、警報を鳴らすことなく管理局に通報していた。
浅葱の思惑はほぼ成功していた。
問題は、
「(タイミングが悪いわね……完成しちゃったじゃない!!)」
すでにアプリケーションは完成している。アプリケーション入りのノートPCも、カバンの中だ。影胤がカバンをひったくれば浅葱は抵抗できないだろう。
「パパ、どうするの?」
「相手はずいぶんと思い切りがいいようだ。来るよ」
次の瞬間、影胤と小比奈を挟み込むように壁をぶち壊し、2人の人影が突入してきた。
――――――――――――――――
「どうするんですか?」
目的地に近づくとクローディアが問いかけて来た。どうするのかというのは、どのように突入するのかという意味だろう。
どちらかというと慣れているクローディアに決めて欲しい気持ちがあるが。
「不意打ちで挟み込もう。家の壁を壊しても……大丈夫だよな? 家を壊しても」
「それは管理局に請求されると思いますよ。限度もありますが」
「人命には代えられないよな? しょうがないよな」
「そうですね」
俺は疾風迅雷を纏い黄金の剣を取り出し、クローディアはパン=ドラを起動させる。
そして手筈通り壁をぶち破り、突入した。
が、
「うぐっ!?」
「っ!?」
部屋の内部にいた見覚えのある2人、いや3人。
だがそれを視認した瞬間、俺とクローディアは反対方向に吹き飛ばされてしまった。不可視の力場―――蛭子 影胤のイマジナリーギミックだ。
「ふむ」
影胤が指を鳴らすとさらに不可視のフィールドが周囲に展開された。
「っち」
「これは、AMFだな」
「ああ。情報通りだな」
雪菜達の戦闘記録では、影胤は原作のイマジナリーギミックだけではなくAMFも使っていた。対魔導士用の人間兵器という触れ込みは伊達ではなく、雪菜とヴィータさんのコンビを近接戦で圧倒していた。
AMFのフィールドが張られた瞬間に俺の術式兵装が乱れる。どんなに頑張っても維持が出来ない。
クローディアの方も、展開した魔力刃が乱れていた。俺よりは影響が少なそうだな。AMF用の術式に切り替えたらしい。残念ながら俺はそこまで器用な真似は出来ないが。
俺は術式兵装を破棄する。
「やっぱり無理っぽいな」
「それ以外の戦い方で行くしかない」
レプリカの声で、俺はジクウドライバーを取り出した。
《ZI-O!》
《DE DE DE DECADE!》
「変身!!」
《RIDER TIME! 仮面ライダーZI-O!》
《ARMOR TIME!》
《KAMEN RIDE! DECA!DECA! DECADE!》
俺はディケイドアーマーのジオウに変身、ジカンギレードとライドヘイセイバーを二刀流で構えた。
クローディアも赤と青、2本のパン=ドラを構えた。
「目的のものを手に入れた。そろそろお暇させてもらおうか」
「させるわけないだろ!!」
戦闘が始まった。