「ぁ、お疲れ様です、藍羽先輩」
「ん? ん~、お疲れ~」
六課のPCでキーストンゲートの制御権奪取の作業をしている浅葱のもとに、雪菜が顔を出した。
浅葱はゆったりとしている。せわしなくキーボードをたたいていると思っていた雪菜は、その姿を意外に思った。
「休憩中ですか?」
「や、今はプログラムを走らせてるところ。時間かかるのよねぇ」
そう言って浅葱は画面を見た。
その中央にはデータの進行度を示す数値やグラフが並んでいる。
浅葱のプログラムは完璧だ。こうして動かしてしまえば、後は座っているだけで十分。
元々ここの防御は浅葱が管理していたのだ。勝手知ったるではないが、簡単なのは間違いない。それでも、浅葱だからこその芸当だが。
「もう待ってるだけで奪還できるんですか?」
「そうね。でも、全部をそっくり取り戻すのは時間がかかりすぎるから―――」
浅葱は解説する。
「一番最深部の警備システムから復旧させてるわ」
影胤達の目的地は最深部。その最深部から上層に向かって警備システムを復旧させていくことで、いつかは影胤達に突き当たる。そうすることで時間稼ぎしようというのだ。
「そうすれば、アイツが間に合うかもしれないでしょ?」
浅葱は軽い調子で言うが、並大抵のことではない。システムの復旧というが、権限がない状況でのアクセスはハッキングだ。
「そ、そうですね」
雪菜は顔を引きつらせて頷く。だがそれは浅葱の技術に驚いたからではない。
翔のことをアイツ―――この状況ではそれ以外の選択肢はない―――と呼んだからだ。
「先輩に助けてもらったんですよね? 家に侵入されたって」
「そうね。引き換えに家が吹っ飛んじゃったけど」
「それにしては先輩のこと、信用されてるんですね……?」
「は? あ~……、何かゴメンね? なんか勘違いさせちゃって。全然そういうのじゃないから」
「え!? ぁ、あ! そうなんですね!! ……いえ! 別にそういう訳じゃ……!」
雪菜の分かりやすい反応に浅葱は苦笑いする。
浅葱には翔への特別な感情は全くない。
「(や、一回助けられたくらいで惚れるとか、漫画とか小説の読みすぎでしょ。ありえないって)」
浅葱が翔のことを口に出したのは、知っている人間が戦っていることを意識した結果だった。
そこに新しい人物が入ってくる。
「浅葱さん、あとどないかかりそう?」
それははやてだった。シグナムと蛇倉を引き連れている。
「あと20分、ってところだと思います。これより早くなることないですね。遅くなることはあっても」
「そか……」
はやては考え込んでいる。
「雪菜、そろそろ現地に向けて出発する。準備をして5分後に集合だ」
「はい!」
シグナムに言われた雪菜は鋭く返事を返し、部屋を出て行った。翔が戦っている場所に一刻も早く駆け付けたいのだ。
「浅葱さんはそのまま作業を続けて。蛇倉さんは残ってるから、何かあったらこの人に言ってね」
「はい。ありがとうございます」
「蛇倉さんもよろしく。あ、あの連絡もね」
「了解です」
はやてとシグナムは、蛇倉を残して部屋を出て行った。
「(あの連絡……?)」
浅葱も気になりはするが、その件に関してはやては詳しく説明するつもりは無いようだ。そんなに知りたければ浅葱にはその『手段』がある。だが、そのつもりは無かった。
蛇倉はその思考に気が付いている。こちらはこちらで特に口を開かなかった。自分の席に座り、端末を起動した。
「(さてと、事件も大詰めだが……特攻気味とはいえ、ここまでやってくれるとはね)」
蛇倉は浅葱からは見えない位置でニヤリと笑う。
だがそれも終わりだ。
蛇倉ははやてに命じられたダメ押しの一手を打つ。
はやての名前を使ってとある学校に連絡する。
「はい、特務六課の八神 はやてからの要請で……はい。織斑 千冬さんに取り次いでいただけますか?」
ダメ押しの一手、それはIS学園だった。
―――――――――――――――――――――――
「つーん」
「うーん……どうしようかしらね」
「今は確保しておくだけでいいんじゃないですか? こんな小さい娘ですし、無理矢理尋問するのは規定違反になりますし」
ところ変わってここは医務室。そのベッドにはバインドにぐるぐる巻きにされた小比奈が横にされていた。
小比奈は壁の方を見て口を尖らせている。何もしゃべるつもりは無いという意思表示だ。
その様子に困った顔になっているのはシャマルとフェイトだった。
翔に捕まえられた小比奈だったが、非常事態という事もあり、何処へも移送できる状態ではなかった。事態が収束するまで、六課の預かりになっている。
影胤にとっては愛する娘だ。悪の組織ならここで小比奈を使って交渉でも始めるところだが、管理局はその手段をとらない。そもそも影胤と連絡を取ることも出来ないので、交渉という選択肢が無いが。
さらに六課はこれから、浅葱が権限を奪い返した後に備えて現地に行かなければいけない。
シャマルは監視役として、この場に残ることになっていた。
そこに踏み込む人がいた。
「失礼する」
「ステイル!!」
赤髪の神父が、同僚の制止を振り切って医務室に踏み込んできた。
「ちょ、ちょっと、あなた達何を……!」
2メートル近い長身のステイルが、ベッドに横たえられている小比奈を見下ろした。
小比奈は首を傾げている。
「この娘か……」
ステイルは目を細める。フェイトの方を振り返った。
「尋問は誰が行う予定になっているんだ?」
「尋問? 今は予定されていないです。年齢のこともありますし、人でも足りていないので」
「なら僕がやろう。心得がある」
「「は?」」
ステイルの提案にフェイトとシャマルの声が重なる。
ステイルの言葉は真実だ。必要悪の教会の神父として魔術結社をいくつも潰してきた。魔女狩りとしての尋問、拷問という表現の方が正しいが、その行為も行ってきた。
「……管理局が確保した容疑者への尋問は、管理局の規定に従って行われます。管理局員ではないあなたの尋問の許可は出来ません」
「この非常事態にそんなことを言っている場合か? 少しでも情報が欲しい。違うか?」
フェイトの声が硬くなる。ステイルの纏う本気の雰囲気を感じ取ったからだ。
フェイトとステイルが睨み合う。
「だからと言って、この娘に過度な尋問を行うことは認められません」
「ステイル。焦る気持ちは分かりますが、ここは抑えて下さい」
ステイルの後ろにいた神裂が声をかけて来た。
「そうね。インデックスちゃんのことが心配な気持ちは分かるけど、だからってこの娘に強く当たったら、インデックスちゃんが悲しむことになるんじゃない?」
シャマルの声でステイルの勢いが弱まる。
「……心配ないさ。僕達のことは忘れるんだ」
誰にも聞こえない大きさで、ステイルが呟いた。
部屋では数瞬、沈黙が流れるが、
「インデックス? って、あの娘かな?」
「「ッ!?」」
口を開いたのは小比奈だった。
フェイトは息を呑んだ魔術師を制し、小比奈に優しく問いかける。
「知ってるのかな? 銀春碧眼の女の子なんだけど」
「うん。その娘って、パパと一緒にいるよ。私が連れて行ったんだし。だいぶ具合が悪そうだったけど―――」
そこまで答えて、小比奈はハッとした表情になる。
「つーん……」
そのまま横を向いてしまった。
インデックスが影胤達と一緒にいたという事は、突入前のミーティングに参加していたフェイト達は知っている。だがステイルたちにとって、蛇倉の予想でしかなかったことが確定されたのだ。
しかも、具合が悪そうという追加情報付きで。
「今までの非礼を詫びたい。本当に、申し訳なかった」
「は、はい。いえ、非礼というほどでは……」
突然頭を下げて来たステイルに困惑したフェイトだったが、すぐに気を取り直す。
「重ねてお願いがある。今回の突入作戦、ウチの神裂も参加させては貰えないだろうか」
「……申し訳ありませんが、それは……」
フェイトが首を横に振る。丁寧な態度を取られたとしても、命令系統を乱す可能性がある人物を作戦に加えることは出来ない。
「……その場合はこちらで勝手に動くことになる。こちらも一刻を争う事態だ」
「それは……」
「我々が責任をもってインデックスちゃんを保護します。それではダメですか?」
シャマルの言葉はステイルに受け入れられなかった。その頑なな態度はかつての自分達―――自分たちの主を救わんと躍起になっていた自分達の姿―――に重なって見えた。
「そこまで言うのは、何か事情があるからではありませんか?」
「……」
ステイルは迷っていた。協力を申し出た以上、ステイルも事情について説明するのが筋ではないか。むしろ説明したほうが、自分たちの意見が通りやすいのではないか。
それは神崎も同じだった。
「分かりました。それでは……」
魔術師の2人は自分たちの、インデックスの事情を話す決意をしたのだった。
―――――――――――――――――――――
そしてキーストーンゲートを下へ下へと下っている影胤達。外側はとっくに海、つまり海抜0メートル以下になっている。
ここで問題が起きていた。
「閉まっていますね」
「……やられたか」
影胤達がこの階層に降りた時、同時に大きな音がした。その時の嫌な予感通り、奥へと続く隔壁が閉まっていたのだ。
「ダメだね。こちらからの操作を受け付けない」
「まさかこんなに早いとは……」
PCを操作する影胤だが、隔壁が開く気配はない。オイスタッハはそれがどういう意味なのかすぐに理解出来た。浅葱が操作権を奪い返したのだ。
ここからは隔壁を破壊して進むしかない。だがこの隔壁は、影胤の能力でも破壊するのは困難だ。
よって、オイスタッハは傍らのホムンクルスに命令する。
「アスタルテ。破壊しなさい」
「
呟いたアスタルテが、背中に背負っていたインデックスを下ろした。
「
背中から広がる透明な翼。それは巨大な腕だ。調整によって神格波駆動術式が埋め込まれた眷獣、
握られた拳が隔壁に叩きつけれられる。
その一撃で隔壁には巨大な穴が開いた。
「流石、眷獣と言ったところか」
信じられない攻撃力に影胤は呟いた。人間の作った壁など一蹴する異界の獣。この力を兵器に転用してしまえば、世界には今以上の混乱が発生するだろう。
「行きましょう。もう時間がありません」
影胤からの視線に気づかず、オイスタッハは穴の向こうへ進もうとする。
だが眷獣を消したアスタルテが道を引き返し―――インデックスを背負った。その間もオイスタッハは進んでいく。
どうせ今後も隔壁があり、そのたびにアスタルテに頼るしかないのだが。
その後は雑談もせずに前へ進むが、
「止まれ」
影胤が静止の声を出す。
目の前には3人の人影。
「やっと追いついたわね」
「追いつかれてしまったか」
そこには楯無を先頭に翔と耀。
特務六課が追い付いていた。
――――――――――――――――――
管理者と話しをつけた楯無さんと合流して再びミラーワールドに入った俺達。電源系統が停止していたため、エレベーターを無理やりぶち抜き下へ。隔壁を破壊し、全速力で。
妨害が無かったため、意外なほどあっけなく鏡の向こうに影胤達を見つけた。コントロールできるはずの隔壁を何故か破壊して進んでいる。
「これって、あの娘がコントロールを奪い返したって事かしら」
「じゃあ六課の増援も今頃向かってる?」
「んー……、でもAMFはまだ展開されてるわね。隔壁の操作だけ優先して取り返したのかもね。少しでも足止めさせるために」
流石は浅葱だ。その辺りの小技も効いているってことか。
それはそうとして、
「それで、どうしますか?」
「奇襲する?」
俺と耀は楯無さんに指示を求める。俺達が鏡の向こうから観察していることを影胤達は知らない。最高のアドバンテージを持っている状態だ。これなら楽に取り抑えることが出来るかもしれない。
「いえ、そんな博打はしなくていいわ。私達の任務は影胤達の足止め。少しでも戦闘を長引かせて、六課の本体が来る時間を稼ぎましょう」
翔君は本調子じゃないしね、と、楯無さんは言う。
確かにコンボの疲労は抜けている、ように感じている。でも動きが鈍っている可能性は十分にあるし、誰か1人でもやられれば人数差ができる。
楯無さんは冷静にそろばんを弾いたんだろう。俺達は素直に、その指示に従って動いた。耀もこんな場面でフリーダムな行動はしないでくれる。
俺達はミラーワールドから外に出る。隔壁を背に、影胤達と相対した。
「やっと追いついたわね」
「追いつかれてしまったか」
影胤が苦々しく呟いていた。それは間違いなく本音だろう。
「こんなにも早く追いつかれてしまうとはね。キーストーンゲートの防衛設備は想定よりも脆かったという事かな」
影胤は俺達が鏡の世界を通ってきたことを知らない。もちろん、正直に話すつもりは無いが。
「問答は無用です、我が同士よ。目的の場所は眼前に。歩みを止める理由にはなりません……!!」
オイスタッハがローブを脱ぎ捨てる。その下からは無骨な黒い鎧が現れた。
「ロタリンギアの聖戦装備、
楯無さんはおしゃべりを始める。本人の言葉通り、時間稼ぎを始めたのだろう。そして、それに付き合ってくれるほど、目の前の2人は優しくない。
「我らがロタリンギアの聖堂より簒奪された不朽体、それをようやく我ら信徒の手に取り戻すことが出来る!! アスタルテ、やりなさい!!」
「
呟いたアスタルテが、背中に背負っていたインデックスを下ろした。インデックスのことも何とかしないとだな。
「
過去の映像では腕だけだった
「なんとしても、君達を突破しなければ、我々に活路はないという事だ。ここは死に物狂いで行かせてもらおうか」
戦闘が始まった。