すっかり夜になった学園島。管理局に包囲されたキーストーンゲート。特務六課は現場に到着した。
そこではやては、とある人物と向き合っていた。
「久しぶりやな、千冬ちゃん」
「千冬ちゃんはやめてくれ、はやて」
笑顔のはやてに千冬は苦笑しながら返した。
黒いジャケットとタイトスカートを着こなすクールビューティ。現在はIS学園の教師である女性、『織斑 千冬』だ。
蛇蔵の要請を受け、IS学園からここに来てくれたのだ。
千冬と六課の面々は、JS事件の時に面識があった。特に年齢も近かったはやて達は、千冬と仲良くなっていたのだ。
「全然変わってないね」
「互いにな。また教育論についてご教授いただきたいところだ」
「にゃはは。方針が違いすぎて、朝まで言い合うことになりそうだけど……」
同じく教育者である千冬となのは。後から教育者になった千冬は教導についてなのはからアドバイスを貰ったこともあった。だがなのはの言う通り、方針が違う事で言い合いになることもしばしばだった。
「フェイトはどうした」
「フェイトちゃんはちょっと、ね。いつでも3人一緒にいる訳じゃないから」
「そうか。まあ、無理には聞くまい」
フェイトは現在、神裂と一緒に待機していた。ステイルたちの意向を汲み取って、インデックスのことは他の部隊には秘密にしていた。
千冬は察して、下手に突っ込んだ事は聞かなかった。
「それで、突入はいつになる?」
千冬は仕事の話に切り替えた。
「ん、もうすぐ防衛システムが復旧する予定やから、それからになる」
「今のうちに、千冬ちゃんの教え子達に偵察してきてもらう?」
なのはは千冬と一緒に来ていた2人の少女のことを思い出して問いかけた。
この場に来たのは千冬1人だけではなく、学園から引き連れてきた生徒がいた。代表候補性と呼ばれる、自分専用のISを国から貸与された生徒達だ。
この世界、ISは今後の魔導士の花形になると言われている。将来、国のエースになる人材に専用のISを貸し出し、ついでにデータの収集も行っているのである。
当然、同年代に比べれば、大きな才能を持っているのは間違いない。
蛇倉が『戦力が欲しい』という要請を出したため、千冬が気を利かせて連れて来たのだ。
「……やめておこうか。あのヒヨッ子どもには荷が重いだろう」
だが、千冬の評価は厳しいものだ。
確かに露払い程度には役に立つだろうと思っているが、そこまで過度な期待はしていなかった。
特別な立場というのは、時に人を増長させるものだ。確かにそれ相応の才能を持ってはいるのだろうが、代表候補性という立場、専用のISを貸与されるという特別感は、その2人の生徒を調子づかせるのには十分なものだった。
下手なことをして、島が沈む原因を作ってもらっては敵わない。
「にゃはは、それは厳しいね……」
「むしろそちらの指導方針を教えて欲しいくらいだ。今回の突入部隊。一人は楯無だが、他2人はスカウトの隊員だそうだな?」
「ああ、あの2人―――というか1人は勝手に育ってくれるから……」
なのはが思い浮かべるのは1人の少年だ。
耀の方は、なのはもまだ掴みかけているところだった。
「本当にうらやましいものだ……いや、いっそのこと、ウチの生徒も同じ環境で揉んでもらおうか……」
千冬は何やらぶつぶつと呟いていたが、すぐに切り替えてはやて達に向き直った。
「それでは我々の役割を聞こうか。八神部隊長殿?」
冷静な声色でそう言うのだった。
――――――――――――――――――――――
なのは達が千冬と話している最中、フェイトと神裂は車の中で待機していた。
フェイトが運転席、神裂が助手席だ。後部座席から前方に向けて、2メートルを超える日本刀である七天七刀がぶち抜いている。
車内で会話はなかった。
だが、
「……」
フェイトには神裂が内心落ちつかない気持ちでいることは容易に想像出来た。出来ることなら、今すぐにでも自分で突入したいのだろう。
「大丈夫ですよ。インデックスちゃんのことは、突入メンバーがしっかりと保護しますから」
「はい。ありがとうございます」
その返事もどこか気の抜けたものだった。フェイトはさらに口を開く。
「それに先行部隊には翔もいますから。彼がいるなら大丈夫です」
「翔……あの少年、ですか?」
神裂はすぐに思い当たった。六課には男性が少ないし、何より一度道を教えてもらっている。印象としては普通の少年。少なくとも、歴戦の猛者という空気は感じられなかった。
「ずいぶんと信頼されてるんですね、彼は」
「彼には助けられてますから。無理だって思えるような状況でも、彼ならなんとか出来る。してくれる。今回だって、キーストーンゲートだけじゃなくて、インデックスちゃんのことも何とかしちゃうかもしれないですよ?」
「まさか……そんな都合の良い展開が起こるわけがありませんよ」
フェイトは半分本気、半分冗談で口にした。それを神裂は軽く笑って流した。
『前の1年』でインデックスをどうにかしようと奮闘した自分たちにとって、そこまで簡単に『何とかなる』という言葉は使って欲しくはなかった。こっちは散々手を尽くしたんだよ! ど素人が! と言いたくなる気分にもなる。
だが神裂も、この場の空気を気にしての発言に、そこまで腹を立てることはなかった。
雑談をする程度の空気になった2人は、比較的穏やかに突入の時間を待つのだった。
―――――――――――――――――――――――
時間は翔がハザードフォームに変身する少し前に戻る。
翔と耀がアスタルテを、楯無が影胤とオイスタッハを相手取って戦っている場面だ。
楯無達の思い通りに進んでいる戦闘。優勢だからこその緊張感を持ちつつ、いつも通りにふるまい、戦う楯無。
「ほらほら! まだまだ行くわよ!」
地面だけではなく、空中に設置された『水』という名の鏡。
楯無は今も自らの専用IS、『ミステリアス・レイディ』の上にナイトのアーマーを装着している。
実戦で新しい武器はあまり使いたくないという楯無の考えから、カードを使った攻撃はしていない。だが、『ミラーワールドに入る』という能力は最大限に利用されていた。
「ぬぅぅぅん!!!」
振りかぶられるオイスタッハの斧。それをクスリと笑って迎え入れる。
次の瞬間、楯無の身体は水の中に吸い込まれる。
目標を見失い地面に突き刺さる斧。オイスタッハが引き抜こうと力を入れるのと、水から出て来た楯無が斧の上に着地するのは同時だった。
「はい、ダメよ」
「ッ!?」
ランスに搭載されているバルカンを連射され、たまらず後退するオイスタッハ。
「ホント、この力は私と相性が良すぎるわね」
ミラーワールドへの出入口を自在に作り出し、一種の無敵時間を作ることが出来る。頼りすぎるのは良くないが、破格の能力を使わない理由にはならない。
だが、影胤達もバカではない。水の中に入り水から出る。メカニズムが分からなくとも現象を理解できれば対抗策は取れる。
「下がりたまえ―――マキシマム・ペイン」
斥力の力場を壁にして放つ。空中に浮かぶ水球も地面の水たまりも一緒に、自分たちの周辺から押し出した。
楯無はその光景を笑って眺めていた。
「無駄よ。いくらでも再配置できるんだから」
「再配置の手間を作ることは出来るだろう?」
「ぬおおおぉぉぉッ!!」
号砲と共に床に突き刺さっていた斧を引き抜き、楯無に斬りかかるオイスタッハ。
今度はミラーワールドには入らずに、体捌きの身で対応する。
「ISって、的が大きくなるのが玉に瑕よね」
楯無のぼやき通り、ISはBJ(ISの場合はスクール水着のような体にフィットするインナータイプが主)の上に装甲を纏うものが一般的だ。
ミステリアス・レディは比較的大きな装甲がない。小型の装甲から水をヴェールの様に噴出、それを纏う形で形を成している。
オイスタッハの斧は、その水のヴェールを切り裂くだけで精いっぱいだった。
それどころか水がまとわりつき、どんどん武器が重たくなっていく。その負のスパイラルによって、オイスタッハの攻撃はどんどん精細さを欠いていく。
「(とは言えこちらも攻め手に欠ける、か……)」
AMFの影響を受けない楯無の全力魔法なら、影胤の斥力フィールドを突破することは出来るだろう。
だがその場合、周りの施設にもダメージを与えてしまう可能性がある。
作戦的には時間稼ぎなので、このまま戦っていればよい。
そう思って戦闘を継続していた、その時だった。
「―――がッ!?」
何かが墜落した。
それは、
「翔君!?」
地面に転がる翔は変身も解除されていた。
「(均衡が崩れた!? ……いや、大丈夫か)」
タイミング的に変身は間に合う。楯無は目の前の2人に翔を攻撃させないことを最重要目標に据えるが―――
「え?」
瞬きの後、見知らぬ第三者が翔の隣に立っていた。
「……」
「あれは……?」
影胤とオイスタッハも首をひねっている。どうやらその人物に心当たりが無いようだ。
「(2人の仲間じゃない? じゃあ一体……)」
刹那の思考の間に、助けに入った耀が赤い弾丸のようなモノで反対側の壁まで吹き飛ばされる。
「(マズい。均衡が崩れた……!!)」
楯無はこの時点で謎の人物を敵と定めた。
翔が変身する。見たことの無い真っ黒の姿。翔が見たことの無い姿になるのは今更なので、そこに驚いたりはしない。
だが、変身した翔はひどく狼狽しているように見えた。
「アスタルテ、やりなさい!!」
そこに飛ぶオイスタッハの命令。フリーになっていたアスタルテが翔に近づく。
「ベルトを操作させてはいけません! その隙を与えないように!」
それは事前に影胤から言われていたからこその指示だった。
通常は正しいはずのその指示は、この場では最悪のものになる。
振り上げられる
「え?」
次の瞬間、
謎の人物が翔に何かを囁いてその場から消える。
ジオウは真っ黒の姿のまま戦うことにしたようだが、
「眷獣を、ああも一方的に……!?」
オイスタッハが掠れた声を漏らす。
単純な打撃にしか見えないが、マウントポジションを取られた
3人は自分の戦闘すら忘れ、ハザードの戦闘力に目を奪われている。するとジオウは、倒れていた
巨大な質量攻撃となった
「ま、まさかここまでとは……!! しかしッ!! 大義のためにはここで引くわけにはいかないのです!!」
楯無と翔も合流する。
壁に激突した耀が復帰してこない。意識を失ったか、それとも怪我をして動けないのか。どちらにせよ、ここは2人で固まって戦った方が良い。
「楯無さん! このままいきましょう!! ……うっ!?」
「焦らないで! 目的を忘れずに! 耀さんのことが心配なのはわかるけど、今は目の前の……翔君? どうしたの?」
頭を押さえ、何度もかぶりを振るジオウ。激しい頭痛に耐えているような、そんな様子だ。
「あ―――」
突然身体から力を抜き、だらりと棒立ちになるジオウ。
棒立ちになろうとも、ジオウへの攻撃は止まらない。
「チャンスです! やりなさい、アスタルテ!!」
「
次の瞬間、
「ご、―――ぁ?」
ジオウの拳の一振りによってオイスタッハの戦斧が粉砕され、胴体に対して中段蹴りが突き刺さった。
オイスタッハが着ていた鎧は粉々になる。その体も、くの字になって壁に激突した。
その攻防に、戦場に一瞬の空白が訪れる。
オイスタッハがジオウに攻撃を仕掛け、結果的に返り討ちにあった。結果だけを見ればその通りだが、オイスタッハがピクリとも動かない。くの字に折れ曲がっていた身体は、不自然な部分で折れ曲がっていた。
「……」
影胤が全神経をジオウに集中させる。
不自然な部分。人間には存在しない胴体の真ん中でキレイにくの字になっている。
あまりの衝撃に鎧を貫通して背骨をへし折ったのだ。
眷獣がひっくり返るほどの打撃をまともに受けたのだ。その結果は当然だが、あまりにも―――
「(全然手加減してない!? どうしちゃったの翔君!?)」
楯無は心の中で叫ぶ。
今の自分のパワーを見誤ったのか。普段の翔とはかけ離れた攻撃だった。
相手を殺そうとしている攻撃、とも違うように思える。結果的に相手が死のうが何とも思っていない。死んだら死んだ。動くのなら追加で攻撃する。そんな機械的な印象を受けた。
「マキシマム・ペイン!!」
迫りくる斥力の壁。それに押されて後ろへと飛ばされるジオウ。
影胤の攻撃は楯無のことを全く考えていないものだったが、今の一番の脅威は間違いなくジオウだ。その判断は間違いではない。
だがそれは同時に、次の攻撃目標は自分だと宣言している行為だった。
「ッ!?」
ジオウの姿がかすむ。
影胤はとっさに全力で防御の構えを取っていた。
間に合ったのはそのおかげだ。
斥力の壁に阻まれ、大きく跳ね返されるジオウ。
「ふー……っ!!」
何とか命を拾ったことに息を吐くが―――ジオウが茶色と鈍色のボトルを取り出した。
《FORM TIME!》
《YABEE! HAZARD!》
仮面の『ビルド』の文字の色が、赤と青から茶色と鈍色に変わる。ホークガトリングの能力を得たのだ。
ホークガトリンガーとジカンギレードガンモード、二丁の銃を構える。
「くっ……!!」
逃げ切れないと悟った影胤は、斥力のフィールドを、範囲を絞った最大出力で展開する。攻撃ではなく防御のための行動だ。
だが、
「が、っは……!!」
やすやすと突破した弾丸が影胤を貫通する。
それも何発も。
何十発も。
ハザードフォームになったことで、通常の武器の性能も跳ね上がっていた。貫通した弾丸は後ろの壁も削り始める。
「ちょ……!! 翔君! ストップ! ストップ!!」
慌てて楯無が止めに入る。
明らかなオーバーキル。戦闘の結果やむ負えずのものではなく、相手の原形を残すつもりもない攻撃だ。
体の各部に仕込まれていた制御用の機械が破壊されることで、元々意味がなかった斥力フィールドが完全に消失する。
影胤は踊るように鮮血をまき散らしながら倒れこんだ。
「翔く―――」
楯無が呼びかける寸前、
「
マスターの命令に忠実なホムンクルスがジオウに対して攻撃を仕掛けた。
《MAX HAZARD ON!》
次の標的が定まった。