キーストーンゲート襲撃から1週間。10月も半ばに入りかけた学園島。
混乱が予想された事件だったが、予想外に早く復旧が進んだことですでに以前と変わらない様子になっていた。
そんな学園島に、最近になって流れ始めたうわさがあった。
曰く、それはフードを被っている。
曰く、そのフードからは鬼のように1本の角が伸びている。
曰く、それは幽霊のようにおぼろげである。
「そう、これが今この島で一番ホットな噂! 『裏路地の
場所はいつものファミレス。いつもの4人が集まったこの場所で、興奮気味の佐天 涙子が勢いよくテーブルを叩いた。
「それ、噂じゃなくて事実ですよ?」
「そうですわね。こちらの武偵の案件ですが」
そんな佐天をさらりと流すようなコメントをするのは、同じ武偵支部で働く初春 飾利と白井 黒子だ。
佐天が声高々に話した内容は、最近の風紀委員で取りざたされている事件だった。
常に裏路地やビルの隙間にたむろしているような学生、つまりはスキルアウトに対して暴行を働く謎の人物。その人物の特徴がフードとそこから伸びる一本の角、そして幽霊のような体だった。
襲われたスキルアウト達も、フードと幽霊のようにぼやけた身体のせいで顔どころか性別すら判断できていない。だが共通して、凄まじい剣技と建物の壁や障害物を透過する能力(この特徴が幽霊と言われる原因)が挙げられている。
自らの正体を明かさず、暴力沙汰や違法薬物の売買など犯罪行為を働いている相手だけを狙ったその姿は、
「ダークヒーローって感じですね!」
などと、ひそかにネットを騒がせていた。だがそれは一般大衆の考えだ。
「何を呑気なことを言っていますの。大問題ですわ」
襲われたスキルアウトは全員『生気を抜かれた』と表現できる状態になっており、会話できるものは数名だった。幸い匿名の通報がされているため、病院には搬送されている。その通報は状況的におそらく『幽鬼』本人だろう。
犯罪者を取り締まるのはいいが、通報だけして放置というのはいただけない。無責任な行為だ。
「ヒーローを気取っているのかは知りませんが、早く捕まえて一度指導を受けさせなければいけませんわね」
「やってることは全然正しいんですけどね……」
黒子のつぶやきに、初春が苦笑いを返した。
『幽鬼』が襲っているのはチンピラだけではなく、明らかな違法取引をしているにもかかわらず、証拠がないために捕まえられなかった犯罪者も対象だった。
いったいどうやって取引先を突き止めたのか、まさに取引の瞬間を押さえるように攻撃が行われているのだ。
「へぇ? 私みたいにハッキングしてるのかもね」
「お姉さま? 『私みたいに』とは? どういう意味ですの?」
黒子のボヤキを、飲み物を飲むことで回避する美琴。
美琴は妹達の事件の際、持ち前の能力を使って常人には知り得ない情報を手に入れていた。同じ発電能力者なら、御坂と同じような手段で情報を得ることは出来るかもしれない。
「はあ……お姉さま、くれぐれもこの事件に対して、余計な詮索はなさらないよう」
「はいはい。知り合いが被害に遭わなければね」
「佐天さんもですよ!」
「分かってますって! もう懲りてますから!」
「裏路地探検とかもしないで下さいよ」
「初春も疑り深いなぁ」
軽く笑う佐天と美琴だったが、黒子や初春からの疑い眼はなくならない。2人の性格は友達をしていればいやというほど理解させられる。つまり、『注意したくらいで治るものではない』という事を。
「もう……あ、白井さん、そろそろ行かないとですよ」
「そうですわね」
初春に言われて黒子が立ち上がる。
「何、2人共仕事?」
「ええ、ちょうど幽鬼についての対策会議を」
「今の所幽鬼さんの全勝ですけど、いつ間違って返り討ちに遭うか分かりませんから。そうなる前に事情を聴いて、こんなことはやめさせるか、どこかに管理してもらうかしないと」
ウワサを聞くと、幽鬼は単独で行動している。もしも返り討ちに遭った場合、チンピラから相当な恨みを買っている分、壮絶なリンチが行われる可能性がある。
幽鬼の攻撃は島の不良に無差別に降りかかっているため、そのすべての悪意を向けられる可能性があるのだ。
「そっか……ま、何かあれば相談しなさいよ」
「いえですから、お姉さまは風紀委員ではないのですから……」
何度目かのやり取りをした後、4人は解散するのだった。
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という訳で1人になった佐天。元気が有り余る彼女には家に帰るなどといった選択肢はない。さりとて目的もないので、適当に街をぶらつく。
ただ、佐天の悪癖とも言うべきか、友人たちに注意されて本人もいけないとわかっていても、してしまう事がある。
「っと、いけないいけない」
と、言いつつも、先ほどから何度もビルの隙間の裏路地をのぞき込んでいた。
「あ」
「アァ?」
偶然、本当に偶然。
街中や電車でも、思いがけず他人と視線がぶつかることはあるだろう。たいていの場合、何も言わず、そのままお互いの端末に目を戻したり、進行方向を向いたりする。
だが、今回は相手が悪かった。
「何だよ嬢ちゃん。俺達に何か用か?」
「えぇ……いや~……」
裏路地の入口にたむろしていた数人の不良とバッチリ目があってしまったのだ。硬直している佐天へ向けて、不良たちが一歩前に迫ってくる。
「(あ~、やっば~……!!)」
佐天は愛想笑いを浮かべながら半歩後ずさる。幸い佐天がいるのはまだ表の太い路地だ。全力で駆けだせば、目の前の男達も無理に追ってはこないだろう。
だが、その行動をとるよりも先に、
「え?」
「うわっ!? な、なんだ!?」
「ケイちゃん? どうし―――おごっ!?」
佐天に迫っていた不良。そのうちの1人が誰かに首根っこを掴まれ、裏路地に引きずり込まれた。さらにその仲間が、体をくの字に折り曲げながら裏路地に叩き込まれる。
さらに、その後ろにいた不良が慌てたような声を出している。
「いてっ!?」
「な、何だ、コイツ……!?」
「逃げろ!! ほら、行けって!!」
不良たちは急いで路地の奥へと消えていった。
「え、えぇ……?」
佐天の周りの人たちも怪訝な目でみてくるが、一番混乱しているのは佐天だった。
「も、もしかして、私に眠っていた能力が覚醒して―――な訳ないか」
くだらないことを言いながら、不良が吸い込まれた裏路地をのぞき込む。そこには人っ子一人いない。つい先ほどここに入ったはずの不良たちもいなくなっていた。
「何処行ったんだろう……?」
意味もなく目を凝らしていると、何やら声が聞こえて来た。
「これって……悲鳴!?」
かすかにだが、男性の悲鳴が聞こえてくる。それがさっきの不良のものかは判断できないが、人の悲鳴を聞いて知らん顔することは出来ない。
とは言え、佐天の力でこの先に進むには少し心もとない。
そんな佐天に声をかけたのは、
「あの、どうかしましたか?」
「え、あ、あの……!」
どこか疲れたような表情をした女の子。武偵中の制服に、肩からは竹刀袋を提げている。つい先ほど、合同訓練の途中で帰宅した綺凛だった。
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「はぁ、集中してないな……」
ため息を吐きながら、綺凛は街をさまよっていた。
真っ直ぐに帰れと言われたのだが、帰りの電車でボーっとして乗り過ごしてしまい、そのまま引き返す気持ちにもなれず、こうして気晴らしがてら歩いていたのだった。
だが、それほど効果はなかった。
1時間ほど無心で歩いていたのだが、頭を占めるのは剣術の事ばかりだ。
昨日の夢で自分の弱さを自覚させられたからと言って、立ち合いで集中できないなんて、相当重傷だ。
「……先輩にも、隠しちゃった」
ムサシ眼魂が夢で語り掛けてきたこと、翔から具体的な指摘があった時は笑顔を保つのが大変だったものだ。
どうしてか、など考える必要もない。
綺凛自身、あの環境が―――『ムサシ』を名乗るあの人物との死合が、自分に新しい何かを見せてくれるのではないかと思っているのだ。
きっと翔に言えば自分の中にあるムサシ眼魂をどうにかするために動いてくれるだろう。だが、それではダメだ。それでは何もできない自分から変わることが出来ないのだ。
「(でも、少しくらい剣術がうまくなったって、先輩の役に立てるくらい強くなれる訳じゃないよね……)」
自虐的な笑みを浮かべたところで、
「(……あれ?)」
綺凛の目に、とある女の子が目に入った。別の中学の制服を着ているが、その体つきや足運びは素人同然だ。
そんな娘が、裏路地をのぞき込んで何やら唸っている。
綺凛の視線にも気づかずに、おろおろとしている様にも見えた。
たまらず声をかける。
「あの、どうかしましたか?」
「え、あ、あの……!」
佐天は慌てつつも、綺凛に状況を説明した。
「ホントだ、悲鳴が聞こえますね―――っ」
「ですよねっ!! これって放置しても……どうかしました?」
「ぃ、いえ! なんでもないですよ!」
確かに何でもない。外見に変化があったわけでも、体調が悪くなったわけでも無い。ただ、胸の奥、自分の中に入り込んでいるもう1つの
「(もしかして、コレと何か関係が……?)」
胸の鼓動が速くなる。綺凛にも理解出来ない欲求がわき上がってきた。今すぐ、この路地の先で起きていることを確かめなけばいけない。そんな欲求が。
「管理局か他の武偵には通報しましたか?」
「え、あ、まだです! そっか、早くしないと……!」
佐天は大慌てで端末を取り出し―――裏路地に向けて一歩踏み出している綺凛に目を向けた。
「もしかして……」
「はい。私は中の様子を見てきます。あなたはここに残って、駆け付けてきた人を誘導して下さい」
「ちょ、ちょっと―――!!」
戸惑う佐天の声には答えず、綺凛は駆けだしていた。細い路地を走り抜け、悲鳴の聞こえる方向へ。30秒ほど走る。するとビルとビルの間、ちょっとした空き地のスペースに辿り着く。
そこには地面に倒れた数人の男。そしてその男達から『何か』を回収するフードの人物。男の身体からエネルギーのようなモノを吸収している。
「やめてください!!」
綺凛は刀を抜いて叫んだ。
フードの人物が驚いた様子で振り向く。
「(どうなってるの……?)」
佐天の話ではガラの悪い男がいたと言うが、その人達は地面に倒れこんでいる。代わりにフードの人物が男達を襲っている。
男達が倒れているだけなら、フードの人物が制圧しただけかとも思える。だが、それ以上の行為をしていては止めるしかない。
「はぁっ!!」
「っ!!」
刀を向けているのにエネルギー吸収をやめないフードの人物に、綺凛は斬りかかった。同年代から見ても神速と言われる踏み込みから、横なぎの一閃。
フードの人物は大きく後退する。
「(かすっただけか……!!)」
「……!!」
攻撃の結果に、綺凛は冷静に構えを取り直す。
それとは反対に、フードの人物は混乱していた。剣先がかすった自らの服を見て。
「(斬られた? どうして……)」
少しだけ切込みが入った程度だが、確かに綺凛の刀によって斬られていた。今の自分―――半分幽霊になっている自分を、何の変哲もない刀で傷つけたのだ。
「(あれ? なんだ……?)」
フードの人物の眼には、綺凛から立ち上るオーラが見えていた。赤いオーラに体が包まれ、それが刀にまで及んでいる。
「(もしかしてアレが原因……?)」
「やぁ!!」
「ッ!!??」
綺凛の刀を何とか受け止めるフードの人物。考え事をしていたせいで反応がギリギリになってしまった。
「(とにかく、まともに戦っちゃダメだ……!!)」
何とかいなしてこの場を離れる。それだけを考えて、いつも使っているモノよりも大分幅広な―――翔が見ればガンガンセイバーの面影を感じるであろう剣を構える。
だがそれは軽率な行動だった。
「……え?」
その構えを見て、綺凛が声を漏らす。
剣士ならば構えだけで、たとえフードによって顔が隠れていようと、それが誰か区別することが出来る。それも、つい先ほどまで剣を交えていた相手なら。
「ユウキ、さん……?」
「っ!?」
その呟きを聞いたフードの人物が、剣の構えを解いて一目散に走りだす。通路ではなくビルの壁に向けて。
一瞬気を抜いてしまったせいで、刀を握る手に力が入っていない。
「まっ、逃げないで下さい!!」
綺凛の静止も効かず、フードの人物はビルの壁に突撃し、
「そんな!?」
壁を切り裂くのではなく、その壁に吸い込まれるように消える。
壁を調べても何も不審な個所はない。綺凛にはこれ以上追跡する手段がない。胸の奥で鳴り響いていた鼓動も収まってしまった。
「大丈夫ですか!?」
広場の入り口からは武偵を引き連れた佐天が入ってくる。
「はい。でも、逃げられちゃいました……」
綺凛が申し訳なさそうに言うのだった。