「翔さん、大丈夫でしょうか……」
「命に別状はないらしいとは連絡を受けましたが……」
坊主の護衛が気遣うように慰める。しかし、そんな慰めの言葉は全く意味がない。
「やはり私が護衛を頼んでしまったから……」
「い、いえ、そんなことは―――」
「そんなこと言うのやめてくれる?」
相当ピリピリしているクロ。すでに戦闘服に無限バンダナを巻いている。少し変な表現になるが、暗殺者を待っているのだ。翔を病院送りにした暗殺者を。
「絶対にそいつを病院送りにしてやるわ」
いつものふざけた様子は鳴りを潜め、年に似合わない殺気を振り撒いている。エリートのはずの護衛がビビるくらいと言えばその凄さがわかるだろう。
「ク、クロエさん? 気持ちはわかりますが、少し落ち着いて……」
「あなたも、集中してないと後ろから刺されても知らないわよ」
「……もうヤダ、中間管理職」
坊主の男は死んだような目になる。
ほかの護衛は見かけたら道を譲るレベルの最近の保脇への事務報告、斉武との会談と暗殺者に狙われたことでグロッキー状態の聖天子様のケア(保脇は聖天子様が拒否した)で、ぼろぼろの心に追加が入った。
テンションが真逆に振り切っている2人の女子に挟まれる。この仕事が終わったら休暇を取ろうと、心に誓った護衛官だった。
「そ、それにしても遅いですね! 斉武さん!」
それでもまじめなこの男、場の雰囲気を和らげようと口を開く。
「暗殺でもされたんじゃない?」
「そうですね……約束の時間からもうすぐ1時間たつのにまだ連絡が?」
「あ、はい。まだ特に。こちらからも連絡はしているのですが繋がらなくて……」
「……それ、普通にまずいんじゃないの? ま、あんなおじさん、どうでもいいけど」
坊主護衛官はそれには同意です、と心の中で思う。この男も、聖天子が斉武に取り込まれるのはいいと思っていない。
突然、クロが叫んだ。
「坊主! 聖天子を守りなさい!!」
―――――――――――――――――
ティナは向かい側のビルのフロアから、狙撃銃のスコープを覗いていた。
スコープには3人の人物が写っている。スコープ越しにもだらだらと汗をかいているのがわかる坊主の男。暗殺対象の聖天子。そしてクロだ。
狙撃銃の狙いは完璧。後は引き金を引くだけで聖天子の頭はバラバラになる。しかし、引けない。引き金を引く指に力が入らない。
運動しているわけでもないのに動悸が激しくなり、息も細かくなっていく。ただ伏せて狙撃銃を構えているだけ。マスターの命令通り引き金を引いて銃口の先にある頭を吹っ飛ばす。
つまり、聖天子を――
(―――殺す……?)
スコープの十字は聖天子の頭にぴったりとついているが、視線の先にはクロがいた。彼女は今何を思っているのだろうか。似ていなかったが、お兄ちゃんと呼んでいた人が怪我をして。
どんどん狭くなっていく視界の中、見えた。
そのクロが、まばたきをし終えたときには弓を構えているのが。
「ッ!!!!」
反射的に飛び上がる。
それはもはや、弓の次元ではなかった。拳銃を上回る速度、威力を持ったそれは、床に置いていた狙撃銃をかすめただけで半壊させ、上のフロアまで届くくらい天井を削り取る。
無限バンダナのおかげで限界まで魔力を込めた矢だ。魔力の消費を気にしないで放ったそれは、
――――
起爆した。
魔力が込められた宝具を壊して中に詰まっている魔力を暴発させる技。無限バンダナを巻いたクロは誰よりもこれを使いこなせる。
「
たった一度の攻撃で崩れ始めたビルのフロアを脱出しながら、体に染みついた動きでクラスカードを使う。
ティナの服装が変化する。青いドレスはグレーを基調とした服装に代わり、頭には髑髏の仮面がのせられる。
クラスカードとは『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』のキーアイテム。英霊という過去の偉人の力が宿ったカードで、使用することでその人の逸話や武器が具現化した『宝具』を使用することができるようになる。
ティナが所持するカードに宿っているのは、百貌のハサン。宝具は『
本来は、多重人格だった百貌のハサンの人格1つ1つを個体として分離、行動させることができるという宝具。
クラスカードとして使えば、本人の意思を持ったコピーを作り出すものになる。
初めてティナがマスターにもらった装備だ。狙撃銃よりも付き合いが長い。
「
クロは聖天子がいる部屋の窓を突き破り、空に身を投げ出した。
それは、さながら空を走っているようだ。
(しっかり避けるのが見えた! 今日は何人で襲ってきてるのかはわからないけど、こっちを狙える位置に狙撃手がいるのはマズイわ。まずはそいつから潰す!)
ものの数秒でティナの狙撃地点に到着する。
「やっぱり、あんただったのね」
「あ、あの……っ」
投影した干将・莫耶を突きつけられ、まだ距離があるというのに身動きが取れなくなってしまう。
「……なんで泣いてんのよ。そんなのおかしいじゃない。泣きたいのはこっちなのよ」
「…………っ!!」
その言葉にティナは、再度自分が取り返しのつかないことをしてしまったと悟る。もう家族のいない、マスターに従っていなければ生きていくこともできない自分と翔とでは、悲しんでくれる人の有無が決定的に違っている。
そこに更なる乱入者が現れる。
「見つけました……片方はクロエ・フォン・アインツベルンですね。ですがもう一人は……護衛官の中にはいませんでした。あなたが
「え、え……?」
「は? な、何言って……そもそもあんた誰よ!」
クロとティナの動きが止まる。
昼間に暗殺を決行するという大胆不敵なことをしたヤミだが、最低限、周囲の路上カメラはハックしていた。
映像は残らず、めちゃくちゃになった公園は、腹を刺した犯人と翔の戦闘の結果だと結論付けられていた。
つまりクロは、
すっかり戦意を喪失しているティナにヤミの右手が迫る。手刀の形になっていた手のひらは形を変え、刃物になる。
しかし、ティナの首をはねることはなかった。クロが受け止めたからだ。
ティナはそれに驚愕する。
「ど、どうして……私は翔さんを……っ」
「……知ってるわよ。でもそんな顔してるのに攻撃したら、私の方が悪者になるじゃない」
涙を流しているティナを見て、クロの中にあった怒りの炎が、少し収まった。問答無用で病院送りにしてやろう、から、話を聞いてから病院送りにしてやろう、くらいには。
「依頼だったとか、誰かに命令されて仕方なかったとか、弱みを握られてるとか、そんなのどうでもいい。あんたがお兄ちゃんを刺したことに変わりはないから」
クロの言葉に目を伏せるティナ。
「死に逃げなんて許さないわ!」
「ッ!!」
クロの言葉で、体に少し力が入る。
(死ぬならせめて、翔さんに謝ってから……っ!)
押し戻されたヤミが距離を取る。
「……わかりました。それでは、あなたにも死んでもらいます」
常識の外にいる3人の戦いが始まった。ヤミとクロは、壁や天井、果ては翼を出したり、剣を足場にしたりして、剣戟を重ねる。
しかし、接近戦は、ヤミのほうが有利だ。
いくら武器を作り出したとしても腕は2本、足を加えても4本しかない。どっかの海賊は口にくわえたりするが、クロは女の子、そんなことはしない。
対するヤミは全身武器。特に、自在に動く髪の毛が厄介だ。
手足だけの戦闘力も侮れるものではないのに、視界の外から現れた鉄球にまで対処するのは至難の業だ。
クロは莫耶の刀身を真ん中から砕かれる。新しい莫耶を投影しようとするが、髪の毛で作られた手で掴まれ、動きを止められてしまう。
自由な2本の手が振り下ろされる―――直前でヤミが回避する。
ティナは
「山を抜き、水を割り」
干将・莫耶を3組投影。そのうち2組を投擲する。
「なお墜ちることなきその両翼」
合計4本の干将・莫耶は壁に刺さることなく跳ね返り、着実にヤミへの包囲を狭めていく。
「鶴翼三連!!」
互いに引き合う性質を持つ干将・莫耶を三対投影し、投擲と斬撃を重ね当てる不可避の剣技。
そこに、
「
5人の分身体が襲い掛かる。
不可避の技、そのさらに針の先よりも小さい穴すらふさぐように、短刀を構えたティナの宝具が襲い掛かる。
常人なら、いや、達人でも3,4回は死んでしまうこのコンビネーション技。
「無駄です」
しかし相手は、それをやすやすと超えてくる。
闇夜に光っていた髪の毛が、全方向からの攻撃に対応してきた。飛んでくる干将・莫耶の軌道を変え、ティナの分身体を貫き、直接切りかかってきたクロと切り結ぶ。
「ッ!!! まったく、勘弁してほしいわね!!」
ティナの投げナイフも、視線を向けることなく髪の毛で跳ね返し、本人は、クロを追撃する。
攻撃にも防御にも使える万能能力、
「これならっ」
「なにをっ!!」
気配遮断でひそかに近寄っていたティナの
「
その隙に距離を取り、ねじれたドリルのような矢を放つクロ。
ティナに撃った初弾とは比べ物にならない威力。ビルの壁を反対側までぶち抜く。ずいぶん風通しがよくなったビル。ここまで荒らされて上のフロアの重みに耐えることができるのは設計のおかげだ。
「どうですか?」
「多分当たってないわ。それよりも、あの分身ごと撃ったけど大丈夫なの?」
「あ、はい。私の魔力を分割して動かしているので。個体ごとに意識はありますが、魔力の塊なので痛みはありません」
「あっそ。でも、やり過ぎには注意しないと。魔力、あっという間になくなるんじゃないの?」
「そうですね……あと5人やられると、戦えなくなりそうです」
「そうですか」
「「ッ!!!」」
壁に空いた大穴の横に、ほとんど無傷の闇が立っていた。
「ほんと、何なのよ、あの女……っ!」
「翔さんは、あの人を撃退していました」
「お兄ちゃんが……? え、ちょっと待って。お兄ちゃんがあの女の人と戦った? いつ?」
「……私が刺す、直前です……翔さんの能力からあの人の弱点がわかったりしませんか?」
「え、そ、そんなこと言ったって……」
クロは余裕の表れなのかゆっくりと歩くヤミを見ながら、頭を働かせる。
しかし、特に有効そうな攻撃方法は思いつかない。
(まさかお兄ちゃん、誰かとHなことしたんじゃ……)
だとしたら、自分も知らない新しい能力だということになる。
流石のクロも、パンツ宣言してフリーズしているところに不意打ちしたとは思わないだろう。
そんなヤミの体を
超高圧電流が貫いた。
「ひっ、がぁ……っ、な、なぃ、を……っ!?」
常人なら間違いなく死んでいるが、ヤミは意識すら飛んでいなかった。しかし、それだけだ。体には全く力が入らず、身動き一つとれない。
ぼろぼろになって倒れてしまったヤミに呆然と立ち尽くすクロとティナ。
何かの作戦かと、動かないでじっとしている2人。そんな2人に、靴音が聞こえてきた。
保脇 卓人だ。
無様に瓦礫と埃まみれの床に転がるヤミに、汚物を見るような視線を向ける。
「使えない、本当に使えないなぁ! 金色の闇ぃ! 武偵1人、ガキ2人もまともに殺せないのかぁ? 社会のクズがよぉぉぉォォォ!」
狂ったようにではなく、本当に狂っている。狂人そのものの叫び声をあげる保脇。
「そんなゴミはさっさと掃除しないとだよなぁ! この私のスタンド、『レッド・ホット・チリ・ペッパー』でなぁッ!!!!」
保脇はその場の全員に高らかに告げるのだった。
―――――――――――――――――――
「ク、クロさん!!」
「聖天子様! 今は言われた通りにしましょう!!」
飛び出していったクロ。割られた窓ガラスに駆け寄ろうとする聖天子を坊主護衛官が必死に止める。
1回目の襲撃で狙撃が行われたことは頭に入っている。不用意に窓のそばに行くのは危険。自分が盾になって窓のないところに行くのが最善だ。
「そうですよ、聖天子様。ここにいては危険です。さあ、こちらへ」
「「ッ!!」」
後ろに音もなくたっていた、保脇。
「保脇、さん……?」
表情は普通なのに、『普通』ではない。聖天子は自分の後ろにいるはずの暗殺者よりも、目の前にいる、よく知っているはずの男に体が震えていることに気が付いた。
そんな聖天子を知ってか知らずか、笑顔で手を差し出していた保脇だったが、突然真顔になった。
「それはそうと、てめぇ、何気安く聖天子様に触れてやがるんだァ? あァ?」
「え? 突然何ギャアアアアアァァァァアアァアアア!!!!!!!」
坊主護衛官は悲鳴を上げながら倒れた。体から焦げ臭いにおいが立ち込め、カエルの解剖のように痙攣している。
「や、保脇さん!? な、何をしているんですか!!」
「何を、とは?」
「……え?」
「いやあ、不思議なこともありますねぇ。私は特に『何もしていない』んですが、こんな『不幸な事故』が起こってしまうなんて」
『何もしていない』、『不幸な事故』、それが嘘だとはいくら平和主義の聖天子もすぐにわかった。
しかし、保脇にこの手の能力がなかったのも確かだ。
(まさかこの人、保脇さんに変装した暗殺者!?)
保脇がスタンド能力を手に入れたことを知らない聖天子はその可能性に行き当たり、保脇から距離を取り始める。
「聖天子様? まったく、困った人だ。なぜ私から距離を取るのですか?」
保脇はゆっくりと歩を進める。
と、その時、向かい側のビルから、何かが飛んできた。
無表情になった保脇。
「すみません、聖天子様。私も、向かい側のビルの様子を見てきたいと思います。他の護衛官をつけるので少しお待ちを」
保脇が部屋を去ったことでほっと息をつく聖天子。
自分の肩を抱いてソファーの影に腰を下ろすのと、ガラス張りの壁を破って誰かが侵入してくるのは、ほとんど同時だった。
「キャ――――――……え!? あ、あなたは!!」
とっさに悲鳴を上げようとして開けた口は、侵入してきた人物を見てふさがらなくなってしまったのだった。