翔が謹慎期間に入って数日。
「どうぞ、八神さん。おかけになって下さい」
「はい」
はやてはユウキの姉の担当医である男性医師に促され、椅子に座った。ここはユウキの姉―――『紺野 藍子』が入院している病院だ。そして、翔がいつもお世話になっている病院でもある。
ユウキが八神道場に通うようになってからしばらくして、ユウキは自分の事情をはやて達に話していた。
切っ掛けは大したことではない。ちょっとしたイベントに参加するときに、親の許可をもらおうとした時だったか。
それからというものはやては時折、藍子が入院している病院へと足を運ぶようになっていた。
ユウキからの紹介もあり、今となっては保護者同然の扱いを受けるようになっていた。こうして主治医から現在の容体を聞くのもその一環だ。
「先月の不調が嘘のように容態が安定しています。一時はどうなるかと思いましたが」
「では、危険な状態からは脱したということでしょうか?」
「そうですね。少なくともこの調子であれば、命を落とすということはないでしょう」
「よかった……」
はやてはほっと胸を撫で下ろした。
夏休み終盤に体調を崩していた藍子だったが、何とか持ち直したようだ。
安堵の表情を浮かべるはやてに、医者はあえて表情を厳しくして告げる。
「とはいえ油断はできません。製薬会社の計算では、現在投与中の薬では病状の回復どころか容態の安定すら出来ないはずです。どのような要因で現状の効果が表れているのか、全く予測できない状況ですからね」
「そうですか……」
調子が良いのは結構なことだが、その原因が分からないのではいざというときに何もできない。逆にその原因がはっきりすれば、病気を治すための新薬のヒントになるかもしれない。
そのこともあり、現在製薬会社による必死の調査が進められていた。だがその調査は無駄になるのは間違いない。ユウキの姉の体調が戻ったのは医学的な要因ではないからだ。
仮に違う専門家が調査していれば何か分かったかもしれないが、今のメンバーでは不可能だった。
その後も現在の状況を簡単に解説される。
説明を聞きながら、はやては一つの決心を固めていた。
――――――――――――――――――――――
担当医との話を終えたはやては、藍子の病室へと向かった。
部屋に入ると自動的にモニターに電源が付く。
「ハロ~、藍子。私、はやてや」
《はやてさん! こんにちは。来てくれたんですね!》
モニターにはVR空間に存在する藍子のアバターが映し出され、スピーカーからは声が聞こえてくる。
ひとしきり雑談を楽しんだ後、はやては本題に移った。
「それで、な」
《はい? なんでしょう?》
「ユウキのことなんやけど」
かねてより考えていたことだ。だがまだ誰にも、それこそ自らの守護騎士達にも話していないことだった。
その第一歩。
《ユウキが? どうかしましたか?》
「ん、それは、な……」
ドキドキと高鳴る心臓を押さえつけ、告げた。
「藍子に何かあったとき、ユウキを私の養子として迎えようと思っとるんよ」
病気によって父親と母親を失い、今また姉を失いかけているユウキ。はやてはその姿に、かつての自分を重ね合わせていたのだ。
フェイトやなのはがエリオ、キャロ、ヴィヴィオを養子として面倒を見ていることも大きかった。
もしも藍子までいなくなってしまうと、ユウキは天涯孤独になってしまう。そうならないように、今の関係を変えようというのだ。
《―――》
画面の中のアバターが動きを止め、スピーカーからは何の音も聞こえなくなった。それほどの衝撃が藍子を襲ったのだ。だがそれは、決して悪い意味での衝撃ではなかった。
1分ほどして、
《私、ずっと不安だったんです。もしも私が死んじゃったら、ユウキはどうなるんだろうって》
「……うん」
いつも元気にふるまっている藍子だったが、常に死の気配は感じていた。両親が死んだこともそうだが、最近の不調のこともある。自分の身体がもう長くないことは藍子も悟っていた。
しかし相談できる大人がいない。病院の医師たちはとてもよくしてくれるが、ユウキを―――人1人の面倒を見てくれなどとは流石に頼めない。
はやての提案は、藍子にとっても最高のものだった。
《はやてさん。ユウキのこと、よろしくお願いします》
「うん。こちらこそ」
2人は安堵していた。はやては自分の突拍子もない提案がすんなり受け入れられたことを。藍子はもしも自分がいなくなっても、ユウキの未来が保証されたことを。
胸のつかえがとれたことで、先ほどよりも軽快に口が動く。
「まあ、今は調子ええみたいやし。当分はそうならないと思うけどね~」
《ね~》
「それにユウキにやって断る権利があるわけやし」
《え~? ユウキ、断るかなぁ?》
「いやいや、もー断られたらどうしよって心臓バクバクやもん」
《じゃあすぐに話しちゃいましょうよ! 別に養子にするのは、私がいなくなる前でもいいですもんね? あ、その時は私も養子にしてくれますか?》
「それはもちろん! むしろ病気直してみんなでパーティしよ!」
軽い調子で笑い合う2人。
そのまましばらく談笑して、はやては帰途に就いたのだった。
―――――――――――――――――――
その話をしてから数日後、丁度翔とウェイバーが夜の捜索を行おうと計画していたその日。はやては珍しく、日が落ちる前に帰宅していた。
外では八神道場のちびっ子たちが汗を流している。その中に目的の子を見つけた。
今日、はやては覚悟を決めていた。自分の守護騎士にも話し、許可を得ている。
藍子に提案するときにも緊張したが、本人に言うのは別格だ。話す前から喉がからからに乾き、ちょっとしたセリフでも噛んでしまいそうになっていた。
「ユ、ユウキ、ちょっとええ?」
「え? うん。大丈夫だよ」
「そ、そっか、じゃあ、ちょっと中に来て? お話があるんや」
「うん? いいけど……」
もしもはやてが緊張していなければ、ユウキの異変に気付くことができたかもしれない。目の下に薄くクマができ、頬の血色も悪い。そんな状態に、はやては気が付くことが出来なかった。
ユウキを導いてリビングへと向かったはやて。
「リィン、飲み物お願いできる? 私は紅茶で、ユウキはどうする?」
「ボクはお水でいいよ」
「は~い。分かりました!」
リィンがキッチンへ引っ込んでいく。はやてが何をしようとしているのかを理解して、タイミングを見計らって飲み物を用意するつもりだった。
ソファに向かい合わせで座る2人。
「……」
「それで、お話って?」
「え、ああ、そやね……」
はやてはユウキに急かされて、緊張も合わさり飲み物が来る前に話を始めた。
「この前、藍子と話してきたんや。ユウキについて」
「え? 姉ちゃんと? ボクの? ……何の話?」
心当たりが無く、ユウキは首を傾げた。養子の件を告げたあの日、結局はやてからユウキに告げるという話になったため、藍子は何も言っていないのだ。
藍子がしっかりと約束を守ってくれたことにホッとする反面、これから告げることがユウキにとって初めての提案になることを意識する。
「ん、この前、藍子の調子がすごく悪くなった時があったやろ?」
「そう、だね。でも今は」
「そう。でも今後、もしものことがあるかもしれない。藍子もそう思ってるんや。自分が死んでしまった時、ユウキがどうなってしまうのか心配しとるんよ」
「―――」
ユウキから表情が抜け落ちる。
「だから、ユウキが良かったらやけど、藍子に何かあった時は私の養子になってくれへん? 藍子も私なら安心してユウキを任せてくれるって……どう、かな? も、もちろん、今すぐ返事して欲しい訳やない。藍子とも話してゆっくり決めて―――」
「どうして、そんなこと言うの?」
「ユウキ……?」
そこでようやく、ユウキの異変に気が付いた。
「姉ちゃんが死んだらとか、どうしてそんなこと言うんだよ!!」
立ち上がり、今まで聞いたことの無いような怒鳴り声を上げる。歯をむき出しにして目は血走っていた。
その態度に狼狽してしまうはやて。犯罪者と相対する中で、発狂した相手と戦う場面はいくらでもあったが、身内がこうして別人になってしまったかのような事態は初めてだった。
「はやてさんは姉ちゃんに死んでほしいの!?」
「ユ、ユウキ、ちょお落ち着いて? 別に私は藍子に何かあってほしいなんて思ってるわけじゃ……」
「嘘だ!! 姉ちゃんと話したっていうのも、姉ちゃんがそんなこと言ったなんてことも、全部嘘なんだ!! 姉ちゃんがそんなこと頼むわけない!!」
ソファから立ち上がるユウキ。
「ユウキ! 待って!!」
「姉ちゃんは絶対に死なせない! ボクが! 絶対に死なせないんだ!!!」
そう言って、ユウキは家を飛び出す。
「おう、どうしたユウキ―――って、オイ!! どうした、帰んのか!?」
先生役だったヴィータに何も言わず、ユウキは夕暮れの街に消えていくのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
アインハルトとの行為の後。
俺は何食わぬ顔でみんなと接していた。ダイオラマ球での行為である以上、部屋に行為の痕跡は全く残ってないからな。
夕食を済ませ、就寝の時間になったところで、
「よし、行くか……」
俺は窓を開けて外に飛び出した。
――――――――――――――――――――――
待ち合わせ場所に到着した。
そこに居たのは、この熱帯の地域に合わせてか、上着を脱いだワイシャツ姿のウェイバーと、この気候に全く合わせるつもりもないフード付きのコートを着た少女―――グレイだった。
「おいっす。待たせたな」
「いや、気にする必要は無い。そちらも色々とあるんだろう? 色々とな」
「何考えてるのかは分からんが、そうだな。誰にも言わずに秘密の外出だからな」
そう言って俺達は捜索を始めた。
俺も初めて行くこの島の夜の街。それも当然駅前などではなく、裏の雑多なところ、普通の人ならば絶対にいなかいような危ない雰囲気を持った場所だ。
「ほへ~、ちょっとわくわくすんな」
「あまりきょろきょろするな。子供だと思われるぞ」
「珍しいんだよ」
いかにもな人物や、昼までは顔を出さない魔族の方々が怪しい店に出入りしている。そんな情景を観察していると、ウェイバーから注意されてしまった。
や、実際子供なんだよ、俺は。年齢的にこんな時間にこんな場所を歩き回ってたら、間違いなく補導されるんだから。元の世界では。
この世界に来てからでも、なんだかんだ規則正しい生活を送ってるしな。
「それは分かるが、限度を考えろ。目を付けられるぞ」
「田舎から出てきた奴が、都会の怖い人にカモにされるってことか」
「そういうことだ」
言われずとも気づいている。俺達は長身長髪の男と未成年の男女という組み合わせ。どうしたって目立ってしまうだろう。
その証拠に、ちらちらと視線も感じる。
トラブルを起こしても面倒だと考え、俺は周囲の観察をやめた。
だがそうすると今度は途端にやることがなくなってしまう。今回は捜査と言ってはいるが、何一つ手掛かりの無い状態なのだ。目印が無いのでひたすら足で稼ぐつもりだった。
一応この場所を選んだのは、幽鬼の目撃情報からなんとな~くだったのだが、
「つーか、俺が捜索場所選んでも良かったのか? 魔術的な観点から『出やすい』場所とかあんじゃないの?」
「もちろんあるが、今回はお前に選んでもらった方が確実だと判断した」
「なんで?」
「お前が事件を引き寄せるからだ」
「お前もそうだろ。活躍は聞いてるからな」
お互いがお互いに嫌な顔になる。これ以上その話でつつき合うとどちらも幸せにならないな。
「そういえばさ」
「なんだ?」
「?」
捜査で歩き回る暇な時間、俺はずっと気になっていた話題を振ってみる。
「ウェイバーって時計塔の学園島支部を作るためにここに来たんだよな?」
「そういうことにはなっているが」
そういうことにはなっているが、本人は全く納得してないんだろうな。宝石翁も絡んでるらしいし、どう考えてもウェイバーをこの島に送り込む口実にしか見えない。魔術秘匿についても完全無視だしな。
それはそれとして、俺が聞きたいのはそこではない。
「エルメロイ教室ってどうなってんの? ケイネスさんが引き継ぎ?」
ああ、そのことか、とウェイバーは頷いた。
「まずケイネス先生のエルメロイ教室と私のエルメロイ教室は全くの別物だ。よって、代行はありえない」
「じゃあ、こっちに来ている間はお休みか」
「いや、いったいどのくらいの期間こちらにいることになるのかわからなかったからな。リモート環境を整えてきた」
「リ モ ー ト 環 境」
思いがけない単語に俺はオウム返ししてしまう。
あの機械が苦手で有名な魔術師がリモートとは……
「ああ。意外に思うのは分かるが何分ウチは特殊な生徒が多くてね。桜だってデバイス機器を使いこなしているだろう? 若い世代は比較的苦手意識を持つものが少ないんだ」
「Z世代か」
「日本ではそういうらしいな」
なんと、魔術の世界にもZ世代の波が押し寄せてきているらしい。
「魔導士の使うデバイスもそうだが、一般にも普及したスマートフォンも大きかった。あれのせいで魔術の秘匿が大変になったという話が聞こえてくる」
「異能なんて溢れかえってるのにな。ごまかせないもんかね」
「それはそれで専門的な話になるが」
「……そのうち、エルメロイ教室に参加してみるかな。体験入学的な奴で」
「……」
ウェイバーは何も答えてくれない。
「桜に聞いてみるかな」
「……好きにしてくれ」
試しに桜の名前を出したらあっさりと折れた。抵抗してもどうにもならないことだってことを理解したらしい。
と、適当な雑談で盛り上がっていた俺達だったが、
喧騒に紛れて怒号が聞こえてくる。それだけであれば今までもあちらこちらから聞こえていた。だが道を行く人々が呟いている。
「おい、今日は向こうに出たらしいぜ。幽鬼が」
「あの店ってことは、シンジ達の溜まり場か。よくやるねぇ幽鬼も。ま、いい気味だがな」
「ああ、やっぱ悪いことは出来ねぇな」
「よく言うぜ、幽鬼に狙われる心当たりがあんじゃねぇか?」
けらけら笑いながら、遠くで起こっているケンカを楽しんでいる。
「ウェイバー!!」
「ああ!!」
「……!!」
俺とウェイバーは頷き合い、グレイも無言で息を呑んでいる。
現場に辿り着いた。店の中からはいまだに銃声が鳴り響いている。店の外にまで硝煙の匂いがしているところを見ると、いったい何発の銃弾が発射されたのか想像もできない。
俺は迷わずに突撃した。
そこに居たのは、
「やっぱりか……!」
目の前にいる怪人。時々輪郭がぼやけるせいで細部までは分からないが、これまでと同様に元のライダーを歪め、エイリアンのようにしたデザインだ。歪められていても元の特徴はしっかりと残っている。あれは、
「アナザーゴースト……ッ!!」
俺はすぐさまジクウドライバーを取り出して腰に装着する。
《ZI-O!》
「変身!」
《RIDER TIME! 仮面ライダーZI-O!》
「よし」
どういう事情でそのウォッチを手に入れたのかは分からないが、見つけた以上はここで確保しなければ。
俺がジカンギレードを構えると、アナザーゴーストも剣を構えた。