俺は部隊長への連絡が終わると早速病院へ向かった。出迎えてくれたのはティアーユ先生だった。
「ごめんね、涼子、ちょっと手が離せなくて」
「いえ、突然来た俺が悪いですから」
一応連絡したものの、あいにく時間は平日の正午過ぎ。ちょうど午後の診察が始まった時間だった。
「後で時間ができたら来るらしいから、先に行きましょうか」
ティアーユ先生に連れられて病院の中を進んでいく。いつも入院している病棟ではない。
部屋に掲げられたプレートにはおそらくその部屋の用途が書かれてあるのだろうが、専門用語すぎて意味が分からない。だが連れてこられた部屋のプレートの意味は分かった。
【〇〇〇社 メディキュボイド臨床試験室】
その部屋の中にある、部屋の面積のほどんどを占める巨大な機械。防弾ガラスの奥にあるその機械のベッドには、やせ細った一人の女の子が寝かせられていた。
俺達が部屋に入ると同時にモニターに電源が付く。そこには女の子のアバターが映し出された。
「藍子ちゃん、起きてるかしら?」
《ティアーユ先生! こんにちは! それと……あなたは?》
細かいことに、画面の中のアバターの視線が俺に向けられる。実際に視線と連動しているのかもしれない。
「はじめまして。俺は夜月 翔だ」
「夜月君はユウキちゃんの事でお話があるのよね?」
《ユウキの……?》
「ああ、実は……」
俺は現在の知りうる限りの情報を話した。
ユウキがアナザーゴーストになって島中の犯罪者を襲い、魂を集めていること。その魂を使って藍子を延命させている可能性がある事を。
《そ、そんな……》
すべてを聞いた藍子はやはりショックを受けていたが、同時にどこか納得もしているようだった。
《はい……やっぱり、そんな簡単に奇跡って起きないじゃないですか。この前体調が悪くなった時、ああ、もう駄目なのかなって思ったんです。漠然と、ですけれどそんな予感がしたんです》
藍子の入院生活は長い。その辺りの予感や感覚というのは、俺には測れないものがある。
《でも、大丈夫だったんです。最初はすごくうれしかったんですけど……後から思えばおかしいなって。奇跡にしては出来すぎてるんじゃないかなって》
「その時から、ユウキにおかしいところがあった?」
《いえ……全然気が付かなくて……多分、その時からなんですよね》
「……ああ」
そう、おそらくその時から。いや、それがきっかけだったんだ。
藍子も覚悟はしていたと言っても、死ぬのが怖くないわけがない。それが回避されたとあっては多少舞い上がってしまってもおかしくないだろう。気が付かずに見過ごしてしまっても仕方がない。
それにユウキだって全力を尽くしていたはずだ。自分のしていることが間違っていると判断する理性は、間違いなくユウキの中にもある。周りにばれないようにごまかすのは当然だ。
事実、藍子や八神道場の面々が気が付かなかったのだ。その執念は並々ならぬものだったんだろう。
《夜月さん》
「なんだい?」
《夜月さんはユウキを捕まえるつもりなんですか?》
「それは……」
そのあたりは考えていなかった。
戦いの結果が俺の勝利だった場合、ユウキをどうするのか。今ならまだ管理局のお世話になることはない。むしろアナザーゴーストのおかげで犯罪者の検挙率が上がっているくらいだ。だから捕まえるという表現は正しくない。
「ユウキの願いも全くの間違いとは言えないからな」
自分の最後の家族に生きていてほしいと言うのは至極当然の願いであり、面と向かって否定できるわけがない。
「だから止める。藍子ちゃんとユウキが話し合えるような場を作って見せる」
藍子が何としても生きていたいと思ってユウキがそれを叶えているというのなら、また違った対応が必要だろう。だがそうではない。藍子ちゃんはユウキが手を汚してまで生きていたいとは思っていない。
ならば動けない藍子ちゃんに変わって何としてもユウキを止め、お話ができる状態まで持ってくるのが俺の仕事だ。
たとえそれが、間接的に目の前の少女の命を奪う事になるとしても。
《わかりました》
俺の考えを伝えるとモニターに映るアバターが深々と頭を下げた。
《夜月さん。どうかユウキを止めて下さい……!! お願いします……!!》
スピーカー越しでもわかる震えた声に、
「ああ、もちろんだ」
俺は力強く頷くのだった。
――――――――――――――――――――――
俺とティアーユ先生は一旦病室の外に出た。
「それじゃあちょっと涼子の所に行ってくるわね。これからのこと、伝えに」
「はい、お願いします」
話はまとまった。
いつ来るか分からないユウキを待ち構えるために俺はこれから毎晩この病院、藍子の病室に泊まり込む。
適当な簡易ベッドやソファーを持ち込むことで寝泊まりもここで、学校にも行かない。とにかく、一刻も早くユウキを捕まえなくてはならない。
俺もこれから一時帰宅して、荷物をまとめてこなければいけない。
入れ違いになっては大変だ。俺はすぐさま家へと向けて出発した。
―――――――――――――――――――――――――
同日、ヴィヴィオ達チームナカジマは練習がオフにもかかわらず全員集合していた。ノーヴェの姿はなく、完全に子供達だけの集まりだ。
そこにはいつもはいないメンバーがいた。八神道場のミウラだ。
屋外カフェにジュースを買って席を取り、ミウラの話に耳を傾ける。
というのも、今日このメンバーが集まったのはミウラの相談があったからなのだ。
「えっ!? ユウキさんが!?」
「はい……昨日、怒ってて、すごい顔で帰っちゃったんです……」
昨日の練習、ミウラはユウキがはやてと一緒に家の中に入っていく所を目撃していた。家の中で何が行われたのかは分からないが、中に入ってすぐにユウキが家を飛び出していったのだ。
「何だろうね……」
「うーん?」
「ユウキさんをそんなに怒らせるなんて」
当然だがヴィヴィオ達には理由なんて見当もつかない。うんうん唸りながらストローに口をつける。
比較的呑気なヴィヴィオ達とは違い、ミウラは今にも泣きだしそうな顔をしている。そんなミウラにクロは何かを感じ取った。
「……」
そして綺凛もユウキに対して気になることがあったが口は開かない。言えるはずがない。ユウキが『裏路地の幽鬼』として、犯罪者を襲っているかもしれないなどとは。
「(それにもう翔さんに相談してるんだもん。私が悩まなくても翔さんが解決してくれるよね……)」
綺凛の内心には誰も気づかず会話は進んでいく。
「で、今日は? ユウキには会ったの?」
「いえ……学校も違いますし……そう! 練習もお休みになっちゃったんです! 今日、突然! さっき連絡があって! だからボク、やっぱり何かあったんじゃないかって心配になって!」
これははやてが手を回した結果だった。ユウキが八神道場の生徒を襲うとは思えないが、万が一という事もある。ヴィータが風邪、シグナムは仕事が忙しいという理由で、当面の間は八神道場を休止することにしていた。
「ふうん、風邪に仕事ね……じゃあユウキとはしばらく会えないのね」
確かにきな臭いとクロは思案する。
「ユウキさんと連絡は取れないんですか?」
「あ、いえ、連絡は取れます! 練習中止になったってメッセージは送ってて」
ティナの疑問にミウラはデバイスを取り出して画面を見せてくる。
《見ましたか!? 今日の練習中止になったって!》
《見た見た。いや~、僕も風邪っぽかったんだよね~》
「風邪ですか」
「ヴィータさんのがうつっちゃったのかな?」
ヴィヴィオ達を横目にクロとティナが小声で話し合う。
「クロさん、どう思いますか?」
「怪しさしか感じないわね。それにこのユウキって娘、お兄ちゃんの『知ってる』娘なんでしょ? 何か事件に巻き込まれてるんじゃない?」
「お兄さんに相談するにしても、何とか情報を得たいですね」
「そうね。これが終わったらすぐにお兄ちゃんに相談してみましょ」
こそこそと、子供達の会話に紛れながらこれからの予定を立てる2人。厄介な事件になっている可能性がある以上、ヴィヴィオ達を巻き込むわけにはいかない。
「でもユウキさんも風邪かぁ」
「そうなんですよね……ユウキさん学生寮に1人暮らしだから……」
「えっ!? そうだったんですか!?」
「じゃあ余計に心配ですよ! 誰も看病してくれないってことですよね?」
「部屋の中で倒れてたりしたら大変……!」
話題は『ユウキが家を飛び出した件』から『ユウキが風邪を引いた件』に移り変わっていた。このまま風邪が心配だね、で終わってくれればよかったが。
ここで、通常の子供にはありえない母性を持つコッコロが一言。
「それではお見舞いに行ってみるのはどうでしょうか」
「「「……それだ!!」」」
こうして、全員そろってユウキのお見舞いに行くことになるのだった。
――――――――――――――――――――――
そこから移動すること30分。学生寮が立ち並ぶエリアにヴィヴィオ達は到着した。
何十棟ものアパートが立ち並ぶ区画。部屋の数は千を超えている。迂闊に迷い込めば出てこれない迷宮のようだ。
そこに子供達は足を踏み入れる。
本当を言うならクロとティナは他の子どもたちを連れて来たくはなかった。ヴィヴィオ達も戦えないわけではないが、それはあくまでも競技の中での話だ。ルール無用の戦いでは力を発揮しきれない。
だが、むきになって自分達だけで行くと主張するのもおかしい。風邪のお見舞いなら人数を絞ったほうが良いということも出来たが、そうすると自分たちを優先しろとは言えない。
結局こうして全員で来ることになったのだった。
「部屋番は知ってる?」
「はい。何度か来たことがありますから」
ミウラを先頭に進んでいく一行。ミウラが間違っていれば辿り着く手段はないのだが、幸いにも迷うことなく『紺野』というプレートが張られた部屋に辿り着くことが出来た。
チャイムを押す。学園島製の防音技術により、部屋の内部の音は外に漏れることはない。
しばらく待つが何の反応もない。二度三度チャイムを押しても結果は同じだった。
「返事がありませんね」
「そりゃ、風邪で寝てるんならね」
「熱がひどくて起き上がれないのかもしれません」
コロナの言葉にクロが返す。コッコロも不安そうに呟く。
いくら心配しようが扉が開かないのでは確認も出来ない。
チャイムに反応がないという事実が全員の心に不安の影を落とす。その様子を見たクロはため息を吐いた。
「ちょっと待ってなさい」
クロは鍵穴を指でふさいだ。
「(
シリンダー錠の内部構造を読み取り、それを開けられる
「クロ、それって……」
「みんなにはナイショだからね」
ヴィヴィオにウィンクして鍵を開けた。特に問題も無く開く扉。我先にと部屋に駆け込んでいくヴィヴィオ達。
「ちょっと、ユウキは病人なんだからあんまり騒がないようにしなさいよ! ……って、ティナ? どうしたの?」
一向に入らず通路の手すりから外を眺めているティナに、クロは眉を寄せた。話しかけても振り向かない。まさか立ったまま寝ているのではとも思ったが、翔と暮らすようになってティナの生活リズムは完全に解消されている。いまさらそんなドジなことはしない。
もう一度声をかけようと口を開く直前、ティナは振り返って微笑んだ。
「すみません、何でもありませんよ。さあ、部屋に入りましょうか」
「そ、そうなの?」
首を傾げながらも部屋の中に入り、扉を閉める。玄関で靴を脱ぐよりも先に、ティナはクロの服の裾をつまんだ。そして耳元でささやく。
「見られてました」
部屋の向こうではヴィヴィオ達の声が聞こえている。そことは切り離されたような静寂が玄関を満たした。
「誰に?」
クロのスイッチも切り替わる。ティナの『前職』のことを考えると、わざわざ警告してきた意味は大きい。
「知らない人です。お兄さんよりも少し年上の男の人で、あまり隠れるのはうまくありませんでした。じっと私たちを見てましたよ」
「ふーん、ロリコンの変態?」
「どうでしょう。このアパートを監視していた、ようにも見えましたが」
「ユウキの件と関係あるかしら」
このアパートにはたくさんの人が住んでいる。軽率にユウキと結びつけるのは危険かもしれない。
「どうしますか。あの程度なら十分私達でも制圧できると思いますが」
「……やめておきましょ。制圧出来ても子供だけで追及出来るわけじゃないし、ただそこに立っているだけだったら通報しても無駄。向こうに余計な警戒心を持たせるだけだわ」
2人はとりあえず放置と結論付けて部屋のリビングに向かった。
部屋は簡素なワンルームだ。生活に必要なものがすべて凝縮された、しかしユウキらしく無駄な物はあまりないシンプルな部屋。
ベッドも同じ部屋にあるのだが、そこで寝ているはずの人物はいなかった。
「何よ、いないじゃない」
「そ、そうなんですよ!!」
クロの言葉にミウラが何度も頷く。
「病院に行ってるんでしょうか」
「んー、まあ、病院に行ってるか、買い物に行ってるか」
別に風邪をひいているからと言って、出かけていけないわけではない。むしろ1人暮らしだからこそ、風邪をひいていてもしなければいけないことがある。
「待ってましょうか。せっかく来たんだし」
ここまで来てユウキの顔を見ずに帰ることは出来ない。全員、思い思いの場所に腰を下ろして家主の帰宅を待つ。
何となくおしゃべりする気持ちにもなれず全員が無言で。時計の針の音だけが部屋に響いていた。
そんな中、綺凛の様子がおかしいことに気が付くクロ。
「……」
「どうしたの綺凛。そわそわして」
「ぇ、いえ、その……落ち着かないなって。他の人の部屋って。本人もいないのに」
「……ま、それもそうよね」
だが納得できる理由にすぐに引き下がってしまう。綺凛が考えているのはそんなことではなかった。
「(なん、だろう、これ……)」
ざわざわと何かを訴えかけるような違和感。胸の奥にある魂が、警報を鳴らしているような、そんな予感が収まらない。
「(もしかして、私の中にあるアレが反応してるの? じゃあやっぱり、ユウキさんは……)」
と、
ピンポーン!!
「「「っ!?」」」
突然鳴り響いたチャイム音に全員そろって体を強張らせる。
「ティナ」
「はい」
クロとティナの目つきが変わる。
扉の向こうにいる相手。隠そうともしない強力な魔力。2人は戦闘態勢になりかけて―――
「あれ? シグナムさん?」
「「え?」」
ヴィヴィオの声に力が抜ける。
2人の横を通り過ぎ、ヴィヴィオが扉を開けた。
「ユウ―――ヴィヴィオ? 何故ここに。む、これは……」
部屋の中にいる子供達に、シグナムは怪訝な表情になる。クロはここに来た経緯を説明した。
「……なるほど、私と同じか」
シグナムは、翔の話を聞いたはやてが派遣していた。
ユウキはシグナムやヴィータにも、風邪気味だからしばらく八神道場を休む旨の連絡をしていた。そのおかげで食い違いが無く話が進む。
ユウキの看病は自分に任せるように、シグナムは否を言わせない口調で宣言した。
子供たちは不満そうだったが、シグナムには意見出来ない。
「大丈夫だ。それに人数がいると返ってユウキの負担になってしまう。みんなは日が出ているうちに早く帰るんだ」
そう言うと、シグナムは全員を追い出すようにして家に帰してしまうのだった。