時刻は日付が変わってすぐ、ウォズが病室を後にした直後。すでに病院の消灯時間が過ぎているため、必要最低限の灯りしかついていない。その片隅で俺はとある相手に電話をしていた。
「ん、ああ、悪い。こんな時間に」
《別にいいけど、何? なんかあったの?》
電話の相手は浅葱だ。
さっきメッセージを送ったばかりだというのに、5分もしない内に返信が帰ってきた。メッセージを送ったもう1人は何も返答がないってのにな。
ずっとデバイスを握り締めているのかとも思ったが、浅葱のことだしずっとPCの画面を見ているってことはありそうだ。
「ちょっと調べて欲しいことがあるんだ」
メインの方針は病院での待機だが、ウォズの話を聞いた後だとそれだけでは不安になってしまう。
ここは島中に目を張り巡らせることが出来る浅葱にも手伝ってもらおうと思ったのだ。
とは言えそこまで詳しい情報を説明しない。最近話題の『裏路地の幽鬼』の正体が『紺野ユウキ』という少女の可能性が高い事。依頼を受けたためユウキのことを探している事を伝える。
《アンタには借りがあるから別にいいけど……アタシの情報、変な事には使わないでよね》
「ああ、もちろんだ。できれば次にどこに行きそうかもわかると嬉しい」
《オッケー。ちょっとやってみるわ」
そう言って電話が切れた。相手は幽霊だが、浅葱ならどうにか探し出せるかもしれない。
俺は病室の前に戻る―――と、そこには、
「ティアーユ先生」
「あ、夜月君」
白衣姿のティアーユ先生とばったり遭遇した。
どうやら業務がひと段落して様子を見に来てくれたようだ。2人そろって部屋の中に入る。
「どう、順調? ……って待ってるんだもんね。まだユウキさん来てない?」
「ええ……まあちょっと厄介なことになりそうで……」
「そうなんだ……」
ウォズからの話は共有しておかなければいけない。そう思った俺達は話しながら病室に入る。
それがいけなかった。
「わっ!?」
「え」
何もないところですっ転んだティアーユ先生。足首がくきっと折れ曲がり、真っすぐ俺の方へ。
ああ。こんなこと、前にもあったな……
そんなことを考えながら、前はティアーユ先生を受け止める形で床に押し倒された。だが今度はそんなヘマはしない。
俺は倒れることなく、しかして変なところに触れる訳でもなく、しっかりとティアーユ先生を受け止める。
「よっと、大丈夫ですか?」
「あっ、ご、ごめんね、夜月君」
俺の手を放し、自らの足で立った。その瞬間。
「痛っ!」
「え゛!?」
今度は不意打ちだった。
さっき転んだときに足首をひねったらしいティアーユ先生。再び俺の方に向けて倒れこんできた。
「(に、二回目---!?)」
隙を生じぬ二段構え。俺の隙を突いてもらっても困るのだが……!!
だがここから入れる保険はない。なすすべなくティアーユ先生に押し倒されてしまった。
俺が下になり、ティアーユ先生が上に。こ、これは大変マズい状況なのでは!? 主に俺の一部が。こんなに簡単に反応してしまうなんて。
「ティ、ティアーユユ先生、早く離れてもらってもいいですか……!!」
自分では止められない流れに危機を覚えた俺は、ティアーユ先生の肩を掴んで起き上がらせようとする。
「ご、ごめんね! すぐに……あれ、何か硬く―――っ」
ぼっ、とティアーユ先生の顔に火が付いた。真っ赤になって湯気すら出てきそうだ。
ティアーユ先生は子供ではない。本人の経験はどうか知らないが、生物学者として新しい生命を生み出す研究をしていた以上、そのメカニズムは熟知しているはずだ。
「ああぁぁああの! あのっ!! ご、ごめんね! すぐに退けるから―――痛っ……!」
「あ、焦らなくていいですから。むしろ無理に動かないで下さい……!!」
何とか膨張した下腹部を触れさせないように、ティアーユ先生の下からの脱出を試みる。ちなみに、気持ちを落ち着けて下腹部をしぼませるというやり方はすでに諦めている。
「(こうなれば―――!!)」
俺は覚悟を決めた。
「ティアーユ先生、失礼します」
「え? ひゃうっ!?」
このままもたもたしていても仕方がない。
俺はティアーユ先生の腹部を俺の息子がこすり上げることもいとわず、芋虫のように脱出を試みる。ずりずりと柔らかいおなかをこする感触が響いてくる。鍛えていないが故の柔らかい身体がぴくぴくと身悶えしているのは本当に心臓に悪い。
ティアーユ先生は目をつぶってその数秒に耐えているが、
「(突っかかった?!)」
俺の膨張した息子が、ティアーユのぱつんぱつんに張りつめたおっぱいに。
ちょっと力を入れただけではびくともしない圧力。これは、
「(ええい、ままよ―――!!)」
ちょっと力を入れただけではびくともしないのなら、思い切り力を入れてしまえばよい。
俺は引っ掛かりを感じつつも、それを無視して動く。凄まじい弾力で押し返そうとしてくるが、同時に柔らかさも兼ね備えるそれは徐々に俺の息子を受け入れ始め―――プルンと跳ねた。同時に突っかかりも消える。
そこからは素早く、しかし丁寧に転がって脱出を成功させた。
「ひぃ、ひぃ……!!」
俺はいつの間にか、運動もしていないのに汗びっしょりになっていた。
「あわ、あわわわわ……っ」
ティアーユ先生は胸を押さえ、顔を赤くしてアワアワしている。それもそうだろう。服越しとはいえ、男のイチモツが自分の胸の谷間を通り過ぎたのだから。
「すみませんでした」
「う、ううん!! 全然気にしなくていいのよ! もとはと言えば私が―――!!」
「あー! いや! 立たなくていいです! 座ってましょうか!」
「そ、そうね! そうしておくわ……」
また足をくきっ、とされても困るからな。ティアーユ先生も反省を生かしたようで、楽な姿勢で座ったまま動かないでいる。さすがこれから転ぶことはありえない。
俺は正座で目をつぶっている。何も考えない。この高ぶった気持ちを静めるのだ。
俺たちの間に会話がなくなった……と思ったが、ティアーユ先生が話しかけてくる。
「夜月君、その……」
「気にしないで下さい。俺も気にしませんから」
あれは事故だ。脱出についても不可抗力。ティアーユ先生に何かさせるとそこから連鎖しそうだったからな。
「う、うん。そうじゃなくて、ね? それ、は……?」
「え? あー……」
ティアーユ先生の視線の先には俺の膨らんだ下腹部があった。
いくら生理現象とはいえ、女性に指摘されるのは恥ずかしいな!
「あまり見ないでいただけると……」
「ご、ごめんなさいっ」
ティアーユ先生もそんなところを凝視してるなんて―――まあ、仕方ないか。不可抗力とは言えさっきまで触ってたんだし。
正面を向いていた俺も悪い。くるりと背中を向け、再び目を瞑る。大丈夫。ただの事故ならば、このまま無心になっていれば……
「わ、わたしが、原因だよね? だったら、私が、その、処理、しようか?」
「は?」
その一言に萎えかけていた息子が一気に力を取り戻した。ホントに正直だな! いかんいかん、心頭滅却心頭滅却……!!
ティアーユ先生も意味を理解しないで言ってる可能性があるし!
「は、初めてだから、できれば挿入はしないで欲しいけど……他の所ならどこでも……!!」
しっかり意味を理解して発言してる!? 本番は嫌だって言っても他はどこでも!?
「い、いや! ティアーユ先生にそんな事させたら俺がヤミに殺されますから!!」
俺の頭に浮かび上がるのは腕や髪を刃物に変身させたヤミが、俺の下腹部を切り落とそうと迫ってくる光景だ。スパッとやられるぅ!!!
「そ、そうね。そうかも。じゃあヤミちゃんには秘密にしておくから!!」
「そうではなくて!!」
「でも私、助けてもらったのにずっと迷惑かけっぱなしで、少しでも……」
「でも短絡的に体を使う方向はやめて下さい!!」
言い争っているところに、
コンコンと扉を叩く音が響いた。しかしそれは入室許可を求めるものではない。既に開かれた扉をあえて叩き、自分の存在を知らしめる為のものだった。
「なーにをしているのかしらぁ?」
「「っ!?」」
聞き覚えのある声に飛び跳ねる。部屋の扉を見るとにこにこと笑った、しかしどこか怒気を孕んでいる御門先生が立っていた。
俺達は接触もいとわずに立ち上がり、距離を取った。
「藍子ちゃんもずいぶんと静かだけど、そんなに気になるのかなぁ?」
《え!? い、いや、いや~、何言ってるんですかね~? 私、全然わかんないな~》
と、ここは藍子ちゃんの病室であることも思い出す。さっきから全然喋らないから完全に頭から抜け落ちていた。
御門先生の話によると、どうやらこの部屋に備え付けられているカメラやマイクは、藍子ちゃんが起きているときはその視線や聴覚に連動するらしい。
藍子ちゃんが見たいと思ったところがズームされるし、聞きたくないと思ったことは自動でシャットアウトされるとか。
「いったいどこに注目していたのか。カメラのログを見ちゃえばすぐにわかるけどね?」
《も、もう! やめて下さいよ、御門先生!!》
アハハ、と笑い合う。
ここまでは冗談だとわかる口調だ。
「―――2人も」
そしてここからは本気だとわからせられる口調だ。
「どこで見られてるのかわからないんだから、軽率な真似はしないでね? 特にここには年頃の女の子だっているんだし」
「俺は一方的にされてただけだと思いますが……」
「でも体は正直なんでしょ?」
御門先生が視線を下げる。その先に何があるのかは言うまでもない。
「これでこうならなかったら不能でしょ」
反応しただけで何かしたわけじゃないんだから勘弁してほしいものだ。誘惑にだって全力で拒否ししてたんだし。カメラ映像をヤミに見せられたって困りはしないぞ。
「そう? 私にはヤミちゃんがいなかったらお願いしてたんじゃないのかって思うけど?」
「……それよりも、ティアーユ先生のズッコケ癖の方が問題ありだと思いますよ? 病院の業務まともに出来てるんですか?」
「そこには触れないで」
御門先生がそれ以上の回答を拒否してしまう。
それはともかくとして、俺はここまでの出来事を御門先生とティアーユ先生に説明した。結果、管理局というか六課には御門先生から連絡してもらうことになった。
俺の方だが、
「仮眠室とかシャワー室は使えるようにしてあるから。休む時はそこに行きなさいね。しっかり休んでおかないと、いざって時に動けないわよ」
「はい、じゃあちょっと休ませてもらいます」
「その間は私達がここにいるからね」
御門先生とティアーユ先生に見送られて、一時病室を後にする。
仮眠室で横になること2時間程度。ユウキがいつ来るか分からない状況なので、すぐに病室に戻る。御門先生とティアーユ先生にも仕事があるからな。
そうしてそのまま何事もなく夜が明け、学生の登校時間になったところで連絡が入った。
《ごめん! 全然メッセージに気が付かなくて!》
「別にいいって、送ったの夜中だったんだから」
今度の電話の相手は御坂だった。昨日のうちに浅葱の方と一緒にメッセージを送ったのだ。
同じようにユウキの説明を行う。
「で、その娘のことを探したいからさ、風紀委員がルームメイトだったよな? それとなく伝えてくれないか?」
《分かったわ。風紀委員でも捜査してるって話だし、何か分かったらそっちにも伝える。そうして欲しいんでしょ?》
「頼む。お礼は色々終わった後に」
《別にアンタには借りがあるからいいんだけど……ま、考えておくわ》
そう言って電話が切れた。
打てる手は打った。後は待つのみってね。
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「はははっ、すげぇ!! すげぇッスよアニキ!!」
「ッチ、はしゃぎ過ぎだ。あのバカが……」
アニキの視線は上に向いていた。その先からはいつも以上にハイテンションになっている手下の声が聞こえてくる。
チンピラ達は男性に連れられ、人気のない廃ビルに来ていた。男性が提供するというアイテム。その試運転を行うために。
見たことも聞いたこともないアイテムではあったが、あの超人的な能力はホンモノだ。
「でもなぁ」
アニキは男性に目を向けた。
「こいつがすげぇアイテムだってことは分かった。それでもあの『裏路地の幽鬼』は物体を透過する能力を持っていやがる。そいつも無効化できんのか?」
「それは無理でしょうね。あのメモリにそのような効果はありませんから」
「何だと?」
それじゃあ意味がない。その意思を込めて男性を睨むアニキ。その視線に対し、慌てずに答える男性。
「私が提供するのはこの力と、紺野 ユウキ最大の弱点です」
「最大の、弱点……?」
ええ、と男性は頷いた。チンピラ達は男性の言う弱点が何なのか、生唾を飲み込んで耳を傾ける。
「それは、―――です」
男性の言葉を、その意味を理解したチンピラ達はいっせいにニヤニヤとした笑みを浮かべ始めた。
「なるほどなぁ。そいつは確かに、でっかい弱点だ」
「この情報とアイテムをどのように使うのか、それはあなた方に任せますよ。これだけあれば十分でしょう?」
「くはっ、そうだなぁ、こっからは俺らの腕次第ってことか」
だが、これだけあればどうとでもなる。
男性が姿を消すと、さっそくチンピラ達は今後の予定について話し始めるのだった。